それはよくある物語の始まり
「おらおら~、ちゃんと連携を意識して行動しろ~」
「そっ、んなことっ、言われてもっ、いきなりは無理ですって!」
ゴブリンを相手に腰が引けた体勢で打ち合いをしながら、白い騎士甲冑に身を包んだ真面目そうな少年が叫ぶ。少年の鎧の胸元には十字架の意匠があることから、さしずめ聖騎士と言ったところか。
「無理でもやる。考え続けろ。そのうち何となくわかるようになるさ」
「先生、それはちぃ~っと適当過ぎやないん!?」
微妙にイントネーションがおかしい口調で叫んだ少女は小柄ながらもハンマーを器用に操り、全身の動きでハンマーを振り回して二匹目のゴブリンを牽制している。身を包んでいるのは白と青を基調とした服で、胸元には十字架のネックレスがぶら下がっている。その装束から察するに、彼女は神官なのだろう。
「アヤ、お前は神官なんだからあんまり前に出てんじゃないよ。カズキ、槍使いのお前がなんで後ろに引っ込んでんの?ただでさえリーチのある武器なんだから、早くアヤと入れ替われって」
「わっ、わかってるよ!ただおっ俺はだなぁ、魔法使いのメイを守らなければいっ、いけないと思ってだな!」
「わたしは、大丈夫だから。アヤを助けてあげて」
魔法使いの少女、メイは杖をギュッと握ったまま消え入りそうな声で前に立っていたカズキに言う。それを受けて槍使いの少年、カズキは遠くから見ている自分でもわかるほど震える手で槍を構え直し、突撃でもするかのように腰を落とす。しかし、それからなかなか決心がつかないのか、一歩を踏み出せないようだ。
「……アヤ、ちょっと左に避けて」
「ふぇえ!?」
呟くように、それでいてちゃんと聞こえる音量で言われたアヤは慌てて飛び退く。その直後にビュンッと風を切って飛んだ矢がゴブリンの左目に突き刺さり、あまりの痛みに怯んだ隙をアヤが突いて……むしろ頭を思いっきりぶん殴って仕留めることに成功した。
「やったぁ~!」
「喜ぶのはまだ早い」
先ほどの矢を放った人物、黒いマフラーで口元を覆ったおかっぱ頭の少女が短弓に次の矢を番えながら建物の陰から姿を現した。
ここイーストシティ跡は建物のほとんどが廃墟と化しており、いろんな所が崩れてしまっている。その中を通って、彼女は狙撃ポイントでも探っていたのだろう。
「シズやん、ナイス狙撃!ほんま助かったわ~」
「残りの一匹をやるよ。シンイチ、しっかり押さえてて」
「わっ、わかった。って、うぉっ!?」
「あっ!」
突然、ゴブリンが金切り声を上げて持っていた剣をめちゃくちゃに振り回す。それを防ごうと盾を構えたシンイチを見て、自分への注意が切れたと判断したゴブリンは即座に廃墟を縫うようにして逃走を開始した。
「追いかける……!」
「はいはい、深追いは禁止な」
駆けだそうとしたシズの目の前に立ちはだかるように、わざと選んで廃墟の上から飛び降りて止める。
「どうして?」
「ん?どうしてって、周りを見てみればわかるよ」
若干不満そうな視線で見上げてきたシズの頭を乱暴に撫でくり回し、仲間たちの様子を見るように促す。撫でられて乱れた髪を不機嫌そうに直しながら、シズは仲間たちを見遣る。
ほとんど戦闘に参加していなかったカズキとメイは大丈夫そうだが、直接ゴブリンと戦っていたシンイチとアヤの息が上がっている。特に重い鎧に身を包んでいるシンイチは精神的な部分も含めてすぐに動き出すのは難しいだろう。
「この状態で動けて追いつけるのはシズ、お前だけだろう。単独行動も多い盗賊とはいえ、一人で敵を追いかけるのは得策じゃないよ。あくまでもパーティーの一員であることを忘れてはダメだ」
諭すように、それでいて反感を買わないように注意しながら言う。シズは言われたことを吟味するように考えていたのだろう。数秒遅れて小さくコクリと頷いた。
「レイスししょー、今日は上手くできた?」
「そうだな。最後のさえ無ければ、まあ及第点くらいはやるよ」
「……そう」
感情のこもっていない声音で呟いて俯くシズ。落ち込んでいるように見えなくもないが、雰囲気から察するに心なしか喜んでいるようにも感じられた。
まあ、シズのことはそこまで問題じゃない。それぞれが自分の役割を理解しきれていないとか、問題点を一つ一つ上げていけばキリがないが、一番の問題はリーダーが居ないことだ。明確に強い意志を持って皆を引っ張っていく必要は無い。でも、統率するものがいない集団はただの烏合の衆に過ぎないのだ。
「さて、とりあえず金目の物をはぎ取ったらキサラギの街に戻るとしよう。日も中天を過ぎて傾きつつあることだしな」
「はぁ~~、今日の成果はこれだけやってゴブリン一匹か」
「そないなことゆぅ~てるけど、カズキは結局なぁ~んもしとらんやん」
「ばっ、バカなこと言うな!ちゃんとメイを守ってただろ!」
ああ、また始まったよ。カズキとアヤのケンカはもう見慣れたものだ。アヤの言っていることはもっともなんだが、カズキにも仕方ない事情があるのだ。そのことはまあ、またいつか機会があれば語るとしよう。
これは辺境の都市で繰り広げられる、新人傭兵たちと彼らの教官まがいの指導を行っているこの俺、”首狩り”と呼ばれるレイスの物語である。