イチワ
「はあ……何処かに裸眼の美少女いないかなあ」
「はあ? そんな子いるわけないだろ、何言ってんだお前?」
「ははは、和泉は高校から鏡也と知り合ったから知らないだろうから教えとくけど中学からいつもこんな事言ってるぞ? 口癖のようにさんざん言うから俺は慣れたけど」
「速水それマジ? 各務って中学からそんな夢みたいなこと言ってんのかよ」
授業と授業の合間の休憩時間、溜息混じりの俺の口癖を聞いた和泉陵がこいつ正気か? と、内心思っていそうな顔で聞いてきた。
高校から友達になった和泉に一々説明するのも面倒くさいので中学からの付き合いである速水翔太に任せることにする。
和泉は速水に聞かず俺に直接聞いてこようとするが授業の予鈴が鳴る。
「ほら、チャイム鳴ったぞ。 席着けって」
「あとでその性癖の理由聞かせてもらうぞ」
和泉のその発言に何人かのクラスメートが俺を向くが気にしない。
中学の方が風当たりはきつかったしこれぐらいはどうということもない。
すぐさま日本史の先生が教室に入って来て授業を始める。
俺は日本史が嫌いだ。
特に100年程前の日本史は大がつくほど嫌いだ。
あの時の授業は嫌な記憶として心に残っている。
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――21XX年、日本人のほぼ全ての人が大幅に視力が低下した。
この国全体に氾濫しているテレビやネット環境、そしてそれらを扱うデスクワークなどによる視力低下ではなく、人間を構成する遺伝子が否応なしに日本人から視力を低下させた。
原因はおよそ100年前に遡る。
元々世界中から見ても視力の悪かった日本人だが、視力が悪くて日常生活を過ごすことが出来ないという人はいなかった。
もちろん目の不自由な者もいるが、その人達を除いて。
視力の悪い者はメガネやコンタクトレンズで視力を矯正して日常生活を過ごす。
これが100年程前の普通だった。
そしてその普通を変えてしまう出来事があった。
Z社という大手製造元が販売したコンタクトレンズ。
『一生装着出来るコンタクトレンズ』というキャッチコピーで販売したそれは、なんでもこれまで取り外しが面倒だったコンタクトレンズの短所をなくし、さらには装着していると死ぬまで視力が低下しないといういかにも怪しい商品だった。
その為メガネを愛用していた人たちも興味を示していたが、販売当初はその怪しいキャッチコピーと決して安くない値段から手をつける者はいなかった。
しかし販売から数年後、テレビである有名な芸能人の1人が件のコンタクトレンズを装着して宣伝していた。 「元々メガネだったがこの商品に巡り会って人生が変わった」 と、そのコンタクトレンズを絶賛するものだった。
テレビを見る一般の人たちはそれでも半信半疑の様子だったが、その芸能人から他の芸能人たちに瞬く間に広がりその翌年にはテレビを見る人たちにも広がっていった。
販売から数年経つと生産も安定したのか値段も以前に比べるとだいぶ抑えられてはいるがそれでも安いということはなかった。
しかし、そのコンタクトレンズを使用している人たちが増えるにつれ口コミから購入する人たちが増加していった。
そして販売から10年後、現在から90年程前、国内シェア率99%を突破した。
この驚異的な数字はメガネ業界を地に追いやるものだった。
メガネは前時代的な物へと成り下がってしまった。
メガネショップは次々と倒産し、風前の灯火という状態だった。
そんな世の中になったさらに数年後、大事件が起こる。
ある外来植物による花粉がそのコンタクトレンズに付着することにより目が腫れる炎症が起きはじめた。
普通のコンタクトレンズだったのならその花粉によって炎症が起こるという事は今までほとんどなかった。
しかしその外来植物の花粉と件のコンタクトレンズは相性が最悪と言っていいものだった。
コンタクトレンズを外すことで炎症の進行をくい止めることが出来たが症状が出る予兆が全く無く、発症し始めてからこれが噂の炎症だと気付く者が大半だった。
炎症の進行度にもよるが多くの日本人が視力を大幅に低下させた。
中には失明した人もいるほどに。
なぜそのコンタクトレンズによって炎症が起きたのか、その疑問は約90年経った今でも判明していない。
分かっているのはこの炎症により日本人はまともな視力を奪われてしまったことだ。
コンタクトレンズを装着していた本人だけでなくその子供たちにまで……
日本人を構成する遺伝子から視力を著しく奪うことになった。
これが100年程前に起きた日本人の歴史の転換点だ――。
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この事を中学教諭から教えられた時衝撃が走った。
今のこの現状はたった100年程前に起こった出来事が原因なのだと。
全員メガネを掛けている。
俺以外……
なんてこった、どうりでメガネを掛けていない子がいないわけだ。
中学教諭は追加で今の日本人は小学生から視力が悪くなり中学ではほとんどの子がメガネを掛けるよう推奨されていることを教えてくれた。
今現在、コンタクトレンズというものは日本では販売されていない。
約100年前の事件により、原因となったコンタクトレンズを製造、販売していたZ社は倒産。
他のコンタクトレンズ関連会社も再発防止の名目で全て事業停止に追い込まれた。
そして前時代からあるメガネが代わって台頭してきた。
今ではほぼ全ての日本人がメガネを掛けている。
俺・各務鏡也はその例外だった。
自分でも分からないが何故か視力は低下せずに高校生になった。
中学校から周りは全員メガネを掛けている。
次第に仲間を求めるかのようにメガネを掛けていない、視力の良い裸眼の美少女を求めるようになった。
なんで美少女かって?
そりゃあむさ苦しい男よりも可愛らしい女の子の方が良いに決まってる。
授業が終わり、そんなこんなを速水に言おうか考えていると校内放送が流れた。
「1年E組の各務鏡也さん、生徒会室までご足労お願いします。 繰り返します……」
「鏡也何しでかしたんだ?」
「こいつのことだから成績悪過ぎて呼び出されたんじゃね?」
「お前らなあ。 まあよく分からんけど行ってくる」
「おい各務、例の性癖の話は?」
「また今度な」
速水のからかい混じりの暴言を背中に感じて教室を出る。
生徒会室なんて初めて行くなあと若干浮き足立って生徒会室に赴く各務鏡也15歳、両目視力1.5であった。