#6 ゼロからのスタート
▼ゼロからのスタート
朔夜の意識が身体に戻ってきたのは、もう夜が明けるであろう頃であった。
夢の中の時間の流れは不規則だ。しかも、無意識界の時間と、意識界の時間が混ざると、その時間は膨大になる。
そんな中まだ覚醒し切れぬ身体を立ち上げハッと息を飲んだ。
「お疲れ様でした。どうもありがとう」
にこやかな八亀の顔が倒れ込んでいた朔夜の目の前にあったからである。
「占夢は効いたようですね。もう、夢に苦しむ事はなくなるでしょう」
朔夜の身体を支え起こすように、叶は側に控えている。その叶に、
「叶?生霊の方は無事片が付いたようですね?」
「当たり前やん。俺を誰やと想っとる?こんな事朝飯前やって」
一度は、焦っていたのにこの始末。
記憶に無いのかこの男は?とも想えるほど、叶にイキイキしていた。
しかしここで、お腹を鳴らす叶。その様子にクククと朔夜は笑っている。
「あの…お礼に、お食事して行きませんか?大したものは出来ませんが、心ばかりのお礼ですから」
八亀は二人の顔を見渡し徴笑みながら申し出る。
「良いんでっか?ならお言葉に甘えまして…」
叶の言葉に二人は一瞬呆れ顔になったが、爆笑する。
「何や?何が可笑しいねん!」
膨れっ面の顔にあどけない性格がにじみ出ている。それが可笑しかったのだ。
「叶、君は本当に面白いですね」
朔夜は支えられている身体を起こしながら答える。
もう大丈夫だとでも言うかのように…
「報酬は、どうしましょう?一応用意させて頂いたのですが…このくらいで宜しいでしょうか?」
軽い食事の後、帰る真際、玄関の所で封筒を渡す八亀。しかし、その封筒の中を見て、
「この分とこの分はお返し致します」
朔夜は封筒の中身を一部引き抜いた。
「不法侵入の際、ガラスを破損させてしまいました。そして、十分な施しが出来なかったのでこちらもお返し致します」
そして、封筒の中は初めの半分に変化する。
「タクシー代と、生き霊払いの分だけ頂きます」
「でも……」
渋っている八亀に、
「朔夜がそう云っとるんや。何も気にする事無いわ。受け取っときい」
叶は朝飯を食えたと、さも満足気に後押しする。
「では、これで失札します。また何か起こったらお気軽にご連絡下さい」
そうして二人は八亀宅を後にしたのである。
「ほんま、がめつないな…商売やろ?」
帰りの井の頭線の電車の中で本音を持ちかける叶。
「商売ではありませんよ。仕事とは名ばかり。飽くまでボランティア活動ですから。報酬は、叶のために貰っているんですから、もう良いでしょう?」
いつもそうである。
報酬は自分のものをもらわない主義を一貫としていている姿は凄いが、叶的には面白くなかった。
慈善事業でこの仕事が成り立つはず等ない。
いつも口を酸っぱくして云っている叶ではあるが、跳ね返ってこない言葉のやり取りだからこれ以上云っても無駄だと理解する。
「それに、私の本職は夢占い師なのですからね?」
雑誌連載の方を本業としている事を改めて言う辺り、叶は頭が上がらない。
確かに地に足が着いてないような仕事ではあるが、叶よりはマシである。
いつまでもバイトして壮事に従事できない自分。定職に付かないでいる辺り問題だとはっきり感じ始めていた。
「陰陽師の仕事なら、心強いんだけどなぁ〜」
しかし、それだけでは食っていけない。
その事を分かっているから、未だにバイトをしている。
でも、いい年だし、もうそうそろ身を固めるのも正しい選択なのかも知れないと少しづつ見解を広めていた。
「なあ、朔夜?お前はこのままこんな調子で生きて行くんか?」
未だ分からない先の未来。
不安はある。
叶はそれを考えていた。気儘な生活は気分が良い。
しかし、生活力のない今、どうすれば良いか考えてる。
「なあ、いっそこの仕事を本業にせえへんか?会社として成り立たせるんや。どや?」
恐る恐る訊きたかった事を口に出してみると、
「会社にするつもりはありませんよ。それだけリスクは増えてしまいまからね。それに、僕にその器量はありませんから」
一方的に撥ね付けられる。訊くだけ野暮であった。
「叶は、何をそんなに急いでるんですか?急ぐ必要性はありませんよ。この僕の目の届く所に居てくれたらそれで良いんですから」
またこれだ。陰陽師として利用できる所だけ使う。
それが、計算高いって云うんだと心で思っているのだが、口には決して出せない。
ずっと居候をさせて頂いているのだからと、内心複雑なのであった。
「分かったわ。それなら、またバイトするわ…」
心に刻む。
結局因縁から離れられるものではないのだと判っているのだから。
「帰ったら、かえでちゃんからお仕事依頼が待ってます。叶も、早く新しいバイト探してくださいね」
人事のように軽く云われると人の気も知らんとと、悪態つきたくなるが、これ以上云っても無意味だと自覚している。
「次はどんなバイトにしよう……」
情けなくもボソリと口に出す。
また今日一日が始まっていた。
気持ちの良い春の日射しが差し込む早朝。こうして二人は各駅停車の電車に揺られながら、下北沢の駅へと眠りそうになる意識を保ちながら向かっていたのであった。
この続きは、番外編となります。
またのお付き合い宜しくお願いいたします。