#5 真っ白な風景
▼真っ白な風景
さざ波の音が聴こえて来る。
朔夜は意識を開放し、体から抜け出るかのようにして、八亀の夢の世界に入り込んだ。
いつもなら、徹夜しての行為なので何だか慣れない感覚ではあったが、真っ白な風景の一角に入り込む事が出来た。
目をこらしてみると、細長いコンクリートで出来た建物が目に飛び込んで来た。
それが灯台である事は慣れて来た目をこらした時ハッキリと目に焼き付いたのである。
暫くすると、この風景が濃く鮮明に浮かび上がってきた。そして、色が滲み出して来たのである。
空は七色に変化する夕刻。
確かにこれが八亀の夢の中である事は、ハッキリと自覚できた。
『失敗はしていないようですね』
無意識界で意識を保ちつつ、八亀の登場を待つ。
まだ八亀はこの場所にはいないようである。
霊の妨害を受けているためか、混沌としたこの無意識界に入り切れてないのかも知れない。
無意識界での動きが取れ始めて、朔夜の意識は順調に制御でき始めていた。
後はこの場所に現れる、八亀を持つばかりであった。
そんな時、透明な室気の中から、一人の女性が浮かび上がって来たのである。
それが判り始めた頃、夕日が水平線に消えようとしていた。
『叶、やりましたね。取り敢えず、生霊の方は片が付いたと言う所でしょう』
一息つく朔夜。
そんな時、西の空に思いを馳せていた八亀の体の背後に、もう一つの影が浮かび上がった。
朔夜は遠目で見ている訳にも行かず、八亀が隣に来るまで近づいてみる。
二人に気付かれないように…
すぐ後ろの気配に気付き振り返る八亀。しかし、もう一人の人影の言葉は届いていないらしい。
『このままではいけませんね』
そう、届かない前園の言葉。
このままでは、始まりも終わりもないエンドレスな悪夢。
『神聖覧強、夢売買致します。まずは…』
大きな意識を室気に溶け込ます感じで朔夜は辺りをなぎ払った。
一新して、崖の有るこの場所から周りが昼聞の草原に変わった。
青々と息づく草は、地平線の彼方まで続くかとも思える雄大な大地に根付く。
その中に前園と八亀は立っていた。
『そして…』
この夢の世界を覆うような朔夜の意識体は黄金色の息を吹き掛けるように風を起こす。
暫くすると音が周りに広がって行く。
風に擦れる草の音が心地よい。
そして…
「克…さん」
言葉がクッキリと辺りに広がって行く。
「どうすれば許してくれるの?私はただあなたに謝まりたいだけなのに…」
泣きながら八亀は問いかける。
「どうしたんだい?君らしくないじゃないか?佳代。俺は、君のいつもの笑顔が見たいな」
「!」
今まで一度たりとも聴こえてこなかった前園の言葉が聴き取れる。
『これで一安心ですね。それでは僕はお邪魔ですから…』
そんな事を朔夜は孝えていた。
しかし、普段ならここで、夢から離脱出来るのであるが、どうやらそういう訳には行かなさそうである。意識を解載から収縮するのに、無理が有る事に気が付いたから…
このまま、八亀の夢が終わるまでこの場所を離れる事が出来なくなったのである。
「克さん…でも私、これからどうずれば良いの?貴方がいない世界に独り取り残されてしまった私には、この先生きる勇気もない…」
前園を前に弱気の八亀。
それは、云いたい事の一つも云えないでいるようだった。
「僕はね、君の幸せを願っているんだよ。さあ、勇気を出して、笑ってごらん。そうすれば、僕は安心して眠る事ができるのだから」
前園は、静かに両腕を差し伸べる。そして、八亀の肩を優しく抱き寄せた。
「僕はね、後悔しないとは云い切れない。佳代をはじめ残して来たものがたくさん有るのだから。返って許して欲しいと想う事ばかりだ」
優しい言葉。
「本当はね。克さんに謝りたかった。私、我が儘だったの。ごめんなさい…こうして貴方とお話ができるのを楽しみにしていたの。一言、ごめんなさいと謝りたかった。これは私なりのけじめ。これからは、どんな時にももっと人を想い遣る事ができるような女にかるわ。だから、私の事を見守っていてね。約束よ!」
二人の重なったシルエットが一面の草原の中で一つのアクセントとしてスウッと消えて行った。
その様子を見て、朔夜は揺れる画面を見ていたかのように一瞬考えを素に戻したが、消え行く残橡を持って、意識はこの場所を離れて行った。
『良かったですね。八亀さん』
そうして、朔夜の意識は現実の世界に舞い戻って行ったのである。