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#4 真夜中の異変

▼真夜中の異変


「それじゃあ、明日のために徹夜する事になりますから、電気点けてますけど、眠れそうになかったら、云って下さい」

 朔夜はそう云い残すと、部屋のドアを閉める。

 朔夜は、仕事の前の日に必ず睡眠を削除する。それは、次の日のための儀式のようなものでもあることは叶も了解の上であった。こうしないと、朔夜は夢の中に入って、仕事が出来ないからだ。

「ああ、よう判っとるさかい、気にすんなや。俺はいつでも何処でも寝れる体質やからな」

 気にする必要はない。叶は慣れっこだとでも云うかのように、ヒラヒラと手を振って気軽に流した。それが叶流の答えである。

 しかし、先程から気になる事があった。

 何故か虫が知らせて来るのかも知れないが、右の掌が熱くなって来ている。これは、何かの予感かも知れない?

 何か起こる前の兆候が今この体に起こっているのを感じながら、自らの部屋に入りベッドに横になった。

 そんな中眠れる気がしない。

 それが今の叶の心境であった。



 人は何故夢を見るのであろう?

 それは予知夢の類いなのか?

 自らの意思の中に組み込まれる知られざる未知数。

 そして、無関心に放っておく事の出来ない重要な知らせ。



 でも、叶は夢を見る事は無い。

 だから、その感覚は解からない。

 たった一つ、自分に欠けているモノ。

 それが夢だった。


「!」

 

 突然目の前に、流れる映像。それは叶がベッドに横になってから二時間経った頃の事である。

 真っ白い紙が二分割されるかのように引き裂かれた映像が目蓋の裏に焼き付いた。

 これが自ら放った式神に何かが起こった事の暗示である事を悟り、叶は休めていた体を一気に緊張させる。

 そして、飛び起きると同時に朔夜の部屋に駆け込んだのである。


「朔夜!今直ぐ向かうで!八亀はんの身に何か起こったわ!俺の式神がやられた!」

 大きな音を立て、飛び込んだ先に支度を済ませている朔夜の姿を見つけ、

「なんやお前?何しとるんや?」

「分かってますよ……不可思議な印象が頭を過ぎったので…しかし、このまま行って仕事ができるかどうか……」

 光の加減か?青ざめた朔夜の顔。

「調子悪いんか?……もしかして…」

 普段だったらここで一発、喝を入れるくらいの勢いで、叶は接する事ができるのであるが、この事態の流れで行くとそういう訳にも行かない。

 朔夜にとって一日の猶予がなければこなす事が出来ない事も有り得る事態でもあったから…

「取り敢えず、タケシー呼ぶさかい、少し休んでろ。ったくこんな時に…」

 ぶつくさ云っているだけましかも知れない?まだ自らの精神に余裕があるのだから。

 しかし今になって、あの生き霊の力がレベルアップする等とは想ってもいなかった。計算外の出来事。

「シマッタ!侮っていた!」

 と後悔する中、取るべき行動だけは確実にこなして行く。

 こたつの上に置かれている、朔夜宛に送られて来た手紙を手に取ると、裏面に記載されてある住所だけが頼りであった。

 それをポケットに忍ばせると、一目散で自らの携帯から近くのタクシー会社を手配する。

 五分後、タクシーは二人を乗せ、吉祥寺へと向かった。

 それは夜中の零時過ぎの事であった。


 一時間弱の夜間の徘徊。

 タクシーの中で、何とか体調を取り戻したのであろうか、叶は朔夜の顔に血の気が戻って来ているのを察して一息つく。

「何とか意識の方ははっきりして来ましたよ。迷惑を掛けたみたいで申し訳ないですね」

 珍しく躊躇いがちに話し掛ける朔夜。明日は雪でも降るのか?

「別に迷惑なんぞ掛けられとらんわ。それより、八亀はんの方が気掛かりや…俺とした事が、してやられたやなんて…この借りは倍返しやな。朔夜、体調整えとけや。ええな」

 真直ぐ前を見てそれだけ云うと、押し黙る叶。

 屈辱とでも云うかのような後悔の念が、珍しくも叶の中で渦を巻いている事が、手に取るように分かり、朔夜はそのまま気持ちを察し、何も語らなかった。

 そして、いつもと条件の違うこの状況下を、どう打開するかに焦点を向ける。

 睡眠の削除。

 これをしないで、占夢をすると一体どうなるのであろうか?一向に予測が付かない。

 経験の無い事をする上の覚悟をしておかなければならない事は、この時点でハッキリと判った。後は、自らのカを出し切るしか法は無い。

 無常にも時は過ぎて行く。

 不安を拭う間もなく、二人を乗せた一台のタクシーは、夜間運賃のメーターを気にする事無く、無言のまま運んで行った。



 そして目的地、八亀の自宅に何事も無く辿り着いた。

 表札と、ルームナンバーを確認し、ドアの前に立つ叶と朔夜。

 八亀は一人暮らしのアパート住まいであった。

 それを良かったと、叶は感じていた。

 もし、家族と住んでいたら、こんな時間に何の用だと怒鳴られる事を覚悟しなければならないと感じていたから。

 こうして一つの問題は解決したのである。

 しかし一番の問題は、この部屋にどうやって入るかであった。

 現状、部屋に電気が点いてない。それは八亀自身、もう眠りについてしまった事の証である。

 しかしこの状況下、いつまでもドアの前に二人で突っ立っている訳にも行かない。そうなると不法侵入する他無いではないか?

 分かっているものの、夜中に年頃の女性のお宅に不法侵入する事が躊躇われる…が、そうも云ってられなかった。

「わちゃー!何なんやこの霊気は……こんなに根に持つ生霊は初めてや!根性メチャメチャ悪いやん!」

 苛立っていた叶は、八つ当たりのように癇癪を起こす。

 ドアの奥から感じられるドロドロとした妖気。さしもの叶はその根性に圧倒されていた。

「くそっ!これやったら俺の式神破ったのも頷けるわ!」

 気分悪いとでも云うかのように、吐き捨てる言葉。

「叶?八亀さんの方ほどうなんです?」

 朔夜はスルリと叶の横に立ち、静かに事の次第を訊いて来る。

「まだ、取り込まれてはないわ。それより、このドア開けん事には話にならん。どうするんや、朔夜!」

「管理人呼んで来るったって、この時間やし。見ず知らずの訳の分からん男二人が、いきなり乗り込むんも問題やし…手が思い付かん!」

 そんな焦っている叶を尻目に、何も言わず朔夜は、アパートの裏へと足を向け始めた。

「おい!何するつもりやねん…て…」

「非常事態でしょう?事が起きてからは仕方有りませんからね」

 冷静な表情で徽笑むのを見て、密かに敵に廻したくないなと想う叶。

 裏に回ると、鉄骨の少し錯が付いた階段がある。

 その階段を使って、二階の窓に朔夜は一筋のメスを入れた。

「こんなもん何処から持ってきたんや!」

 どう考えても、泥棒が使う手口であると思われる、道具。しかも旧式。スッと円形に線をひいている。

「何かのために、コレクションしてたんですよ」

 あっさりと云って退ける辺り、犯罪者の匂いが漂って来そうだとも想われたが、叶はあえてロには出さなかった。

 暫くするパカッと開いたガラスから朔夜は手を潜ませると、内側の鍵を閉ける。そしてガラス戸を周りに悟られないように、音をたてないように、

 引くと静かに侵入する事が出来た。

 中は真っ暗で何も見えない状態であったが、奥の方で呻き声が聴こえて来るのに気付き、二人は足早にその方ヘと向かう。

 廊下を出た右に位置する部屋。

 そこから、苦しそうな声が聞こえて来る。

 ガラリと開けたその部屋に、無数に飛び交う禍々しい青白い光の渦。

「なんてこった!」

 叶は、脳の中を素手で鷲掴みにされる気分でその霊魂を見上げた。

 部屋に、生き霊の姿がクッキリと浮かび上がり、眠っている八亀の身体を押さえ付けるように浮かばせていた。

 そして何処からとも無く引き連れて来たのであろう、低級霊までもが浮遊していた。


「どういった状況なんですか?」

 こんな状況で霊感のない朔夜に冷静になってもらっても困ると察して、

「悠長に云ってられるもんやないんや!今直ぐ取りかかる!」

 禊もまともに出来てないが、これ以上の猶予はなく、八亀の精神に異常が出る前に霊を払わなければならない。

 一気に印を結びはじめる叶。部屋の構造も何も把握できてないが、方角だけを頼りに事を進めた。

「霊界の分子よ、我の元に集え!我ここに有らん!」

 叶は言霊のカを借りて、辺りの迷える霊魂を引き寄せる。すると八亀に引き寄せられていた霊達は一気に叶の方ヘと流れ始めた。

 眩しい光が叶の周りに纏わりついて来る。

「今や!朔夜!こいつらの事は俺に任せとけ!少しでも足止めしとるさけ、お前は八亀はんの夢の方を何とかしいや!」

 朔夜にはこの状況の事は一切目に見えてはいなかった。

 しかし、自分のすべき事は見えている。

「後は任せましたよ!」

 すると、大きくすうっと息を吸い込み吐き出すと、心を解放するかのように、気を抜く。

 いつもと同じ仕事の感覚が蘇り、緊張も半ば、立ちのいて行く意識。

 この調子なら、上手くいく!

 崩れ落ちる朔夜の身体。そして、次第に意識は体を離れ現実から遠退いて行くのであった。

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