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#2 この想いが届くなら・・・

▼この憶いが届くなら……


 麗らかな春の落ち着いた日射しがこの2DKのアパートの一階の窓超しに差し込んでいる中、一人の青年はもう必要でも無いであろう、こたつから一向に離れる様子を見せない。

 その様子を、乱雑なキッチンの椅子に腰掛けながらもう一人の青年は、テーブルに片肘を付きながら呆れ顔をもたげて眺めている。

 そんなその青年は時折、左手にはめている時計を気にしながら、

「お前よく飽きへんなあ?」

 つい堪え切れずに言葉に出してみる。

「何がです?」

 平然と、今取り組んでいる事に終止符を打とうとしない、こたつの中の青年。

「何がって……一日中そんなノートパソコンに向かってメールの確認やら、はたまた手紙を読んでる事や!」

 今一度、テーブル下の膝を組み直して問いかける。

「ええ。飽きませんよ。楽しいですし、それにこれも一つのお仕事ですから」

 云いながらも、熱心にパソコンに向かっている青年。名前を都往朔夜(25)という。

 一見、のんびりとして、人懐っこい容貌に、小奇麗に切りそろえられた短い黒髪の青年。

 しかし、その話ロ調は、のんびりしている。

「そうですか、そら良うございましたね。俺はそろそろバイトの時聞や。出かけるから、ほな!」

 云いつつぶつくさ……

「あー。かえでちゃんまだやし、今日はついてへんわ……」

 頭をもたげ仕方ないと、キッチンの椅子から重い腰をあげるこの青年。名前を塚原叶(24)

 こたつの住人とは全くキャラクターの違う、女好きされそうな茶髪の青年。

 どう見積もっても、この二人の共通点なんて見つけられそうも無いように想える。

「今日は、何時頃戻るんだい?遅くなるようだったら、困るだろう?ちゃんと忘れずに鍵を持って行っておいた方が良い。僕は、一度眠ったら起きる事は皆無ですからね」

 マウスでクリックする動作を止めることもしないで、のんびりとしたロ調でそう云い残す朔夜。

「そんなん分かりとるわ!過去にあんな痛い目におおとるからな!」

 

 それは、寒い寒い冬の出来事。

 夜中のバイトが終わり帰ってみたら、鍵を忘れている事に気付いた。そこで、中にいるであろう朔夜に開けてもらおうと呼び鈴を何度も鳴らしその上、携帯で電話を掛けて呼び起こそうとまでもしたが、結局応答無し。

 仕方なく行く当ても無い叶は、持ち合わせのお金も無く近くのコンビ二で徹夜を決め込んだのである。

 もう、二度とあんな酷い思いはしたくは無い。

 今でもあの時の事を思い出すと、一発殴らなくては気が済まない気持ちであった。

「こんにちわ〜!」

 怒りを表に出そうとしたその時、狭い玄関のドアが開く。勝手知ったる家に入って来るかのように両脇に小包を抱えた一人の少女…基い、一見童顔の為かそう見えてしまう一人の女性が上り込んで来た。

 その姿を見るや否や、今までの怒りをすっかり忘れてしまったかの叶。

 そう、その女性の名前は佐藤かえで(28)

「かえでちゃーん!」

 一目散にかえでに駆け寄る叶は、飛びつこうと云わんばかりである。

 しかし、その行動をすでに見切っているかえでは、慣れたかのようにヒラリと上手く交わす。

 そして、スタスタと奥の間の、朔夜の元に足を運んでいった。

「朔夜ちゃん、またファンレター届いてたわよ!さすが、今人気絶好調の夢占い師だけの事は有るわね!しかし、数多くの大学の教授から、講演を開いて欲しいとの要望も有るって云うのに…いい加減、こんな所から引越したら?熱狂的なファンが見たら嘆くわよ!?」

 六畳の畳の部屋には、ぎっしり績まれた本の山に、手紙の山。はたまた、段ボールの開かれていない山がこの部屋をいっそう狭く感じさせている。

 それはまるで、売れない作家の部屋のようだ。

「その上、こんなお荷物までしょってたら、大変じゃないー!」

 部屋を見渡した後、叶に向かって素っ気無く指をさす。

「かえでちゃーーーーん。そりゃないわあ」

 かえでの一言に傷ついたとでも云うかのように胸に手をやり、よろめく叶。

 余りにも大袈裟なリアクションなので、かえでは呆れ顔で顔をしかめた。

 そう、叶は現時点、朔夜のアパートの居候。中学校時代に、叶が大阪の実家を飛び出してからこの東京で出合い、且つ今まで何の因果か付かず離れずの暮らしを共にして来た仲なのである。

 今でもそのなごりか、叶は、朔夜の元に身を寄せている。

「かえでちゃん?引っ越す気は無いですよ。僕は此処が気に入っているし、それに叶は、お荷物なんかでは無く、れっきとした僕の相棒ですよ」

 相変わらず、パソコンの画面を見詰めながらシレッと云って退ける朔夜であった。

「こんらあ〜!朔夜!何勝手に俺を相棒なんかにするんや!そんなん認めとらへんで!俺は!」

 聞き捨てなら無いとばかりに、叶は『ツカツカ』と、朔夜のもとに足を運ぶ。

 そんな叶の事など気にも止めないで、こたつの上に有る、みかん籠からみかんを取り上げて皮をむきはじめる朔夜。

「まるで、小間使いのようにお前の仕事を手伝わせといて……一体俺のバイトどんだけ変えさせたら気が済むんや!」

 こたつのテーブルを一発叩く叶。何だか締め出しを食らった時の事まで思い出して相乗効果。

 その音が狭い部屋に響く。

「でも、ちゃんと、叶には報酬を払ってあげているでしょう?バイト料より弾んでいるはずですが……気に入らないのでしょうか?」

 やっと、叶の方を見上げる朔夜。その顔はにこやかな笑みを携えていた。

 ムキになった叶であったが、この微笑みには勝てるはずも無くてお茶を濁す感じで、顔を背ける。

 そんな中、かえでは朔夜の手許に持ってきた小包を解き中の手紙を置く。

 その中の一通の手紙の封を切りながら、朔夜は叶の出方を見守っていた。

「……気に入らないっちゅう訳や無いんやけど……ただなんちゅうか…」

 叶は、言葉を詰まらせて、しきりに自分の中で思い巡らせている事をそのまま置き換えられる、正しき言葉を選び出そうと懸命になっていた。

 何かを思い描くかのように、視線を斜め上に泳がせる。

「…そう、なんちゅうか…」

 ただひたすら孝え込んでいる叶。全くらしくない事をしている。

 そんなことをしている内に、バイトに間に合わせられるか?そんな時を刻む時計の針の音。

 そんな時、朔夜は二通目の手紙を取り上げると中に書かれている文字を読み始めた。

 しかし『ジッ』と眺めていた手紙の文面から目を離した朔夜は、

「これは…」

 言葉を漏らした。

「?」

 今まで思い巡らせていた叶の頭は朔夜の声に反応し、そしてかえでと共に 視線を朔夜の方へと向ける。

「どうやら、叶。お仕事のようですよ」

『ニマリンコ』と、満面の笑みを浮かべて、爽やかに徽笑む朔夜の様子に、うんざりな叶。

 さてさて、今度の仕事は一体何でありましょうか?



「拝啓 都住朔夜様

 初めてペンを取らせて頂きます。

 私の名前は八亀佳代と申します。

 都住様が裏家業占夢者である事を承知の上、実は折りいった御相談を兼ねこの手紙を書いております。

 この二週間ばかり、私の見る夢が全て同じものであるという不可解な現象に悩まされている。という事から語らせていただきます。

 これは一体どういう事を意味しているのでしょうか?

 何かの暗示?

 それとも、警告なのでしょうか?

 その理由を解き明かして頂きたいのです。

 まず、その夢に出て来る人物の事を語らせていただきます。

 去る、一ヶ月ばかり前、私の婚約者、前園克が、結婚式を次の日に控えた矢先、不慮の事故で永眠しました。

 彼は純朴で仕事熱心な、明るく優しい青年でした。

 そんな彼との結婚は、一年も前からゆっくりと時間をかけて話を進めており、私達の中で、早く一緒に過ごせる日々を夢に見ていました。

 しかし、彼が亡くなる前夜。私、がいつものように電話で彼と話している際、ちょっとした言葉のあやが原因で、喧嘩をしてしまったのです。

 今想えば、何であんな事くらいで……と心に痛く響くのですが、そんな自分と、もうこの世にはいない彼との溝は結局埋まらなかったのです。

 そう。私は一言、謝りたかった。

 色んな意味を込めて、披の死がこんなに自分に衝撃をもたらすなんて……

 毎夜、夢に出て来る披。

 彼は何も私に語りかけてはくれない。

 いえ、何かを語っているのに私には届かないと言った方が適切なのかも知れません。

 そんな彼の前で、私は、一言謝ろうと努力をしているのですが、私の言葉は一向に彼の耳には届いてはいないかのように、時は流れて行くのです。

 全身全霊をもって、彼に私の気持を伝えようと、もがく事も有ります。しかし、想いは届かない……

 そんな夢をみるのです。

 このような夢を見始めてからと言うもの、私の周りでは色んなトラブルが立て続けに起こり始めています。

 御願いです夢占い師、いえ、裏家業として占夢者をされていると噂される、都住様。どうかこの醒めない夢を……彼に謝って、自然体でいられる夢にして頂きたいのです。

 詳しくは、一度お会いしてからで宜しいでしょうか?

 もちろん、報酬の方も考えさせて頂いております。

 連絡先は…』


 朔夜を取り囲んでこの内容の手紙を読み終える叶と、かえで。

「何や。別に俺の出る幕なんか無いやん」

 云いながら立ち上がる叶。拍子抜けだとばかりに、一気に肩のカを抜く。

「そんな事は無いですよ。これは明らかに、霊のカが絡んでいる。叶?君の 陰陽師としての力を借りたい。是非、この僕にカを貸して欲しい」

 仕事の話になる時の、一見は穏やかであるがその実、一番熱くなる朔夜の静かなる微笑が叶に伝わった。

「やけど、夢の事は範疇やないで。俺!分かっとるやろお前も!何処に霊がひそんどるっちゅうんや!?霊がこんな夢見させとる……とでも言うんか?」

 結局、バイトの時間に間に合わないと知り、真直ぐな朔夜の目を戸惑い退けながら開き直ったかのごとく、叶は朔夜の横に腰を下ろした。

「実、単なる夢占いでは、死人が出て来る夢は古来より死と再生を意味するんだ。つまりどちらかに転ぶとこれはとんでもない事になってしまうと言う暗示なんです。彼。前園さんが、現れた。つまり、披女、八亀さんに対して、新しい道を歩むように示唆していると考えることも出来る。しかし、問題は、死者と話が出来ないことにある。このことは、幸運を招く事にはならない」

 一瞬押し黙るかの様に日蓋を閉じた。

「何かが、前園はんと、八亀はんを妨害しているっちゅうんやな?その何かを霊やと朔夜は考えてる訳か?」

 叶の中で一つ引っ掛かる言葉。

『トラブル』

 その四文字を思い出したからこそ、今云っていた朔夜の無言の言葉を叶は察した。

「この夢は、婚約者だった八亀さんに対する危機を告げるものに違い無い。もし、夢違いとして処理しようものなら、大変な事になってしまう…」

 朔夜は再び瞼を開けた。

「事は急いだ方が良い。叶?その言葉は同意と取って良いんですね?」

 朔夜の視線に気付き、叶は仕方ないなと頬の筋肉を緩めた。

「かえでちゃん、申し訳ないのですが、そこにある、僕の携帯取って頂けますか?」

 朔夜が指し示すとかえでは、戸棚の上で充電中のワインレッドの携帯を取ろうと、かえでは立ち上がった。

「はい」

 素直に云われるまま行動を起こしたかえでではあったが、手渡す時、微妙に手が止まる。

「?」

「朔夜ちゃん?そろそろ次の雑誌の仕事も入って来てるんだよねぇ。早急に片づけてもらわないと……」

 携帯を受け取りながら、朔夜は満面の笑みをこぼし、

「はい、かえでちゃん。分かっておりますよ。有能なマネージャーさんだからこうやって安心して僕もこの仕事に従事する事が出来るとちゃんと理解ってますから、御安心を」

 今までの緊張感のあった表情とは一変して、ほのぼのとした口調でかえでに徽笑みかける。

 そして携帯の蓋を闘くと、手紙にある連絡先に電話を掛け始める朔夜。

 話の結果、二日後、中央線吉祥寺駅のとある喫茶店にてPM1:00に会う事に決まったのであった。

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