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怪盗カミーユと海賊船

僕は海が嫌いだ。海では自由が奪われる。一度落っこちてしまえば、あとは冷たくて暗い闇の中へと、ただ沈んでいくだけ。そんな世界が、どこまでも果てしなく続いている。


 悪い夢を見た気がして、僕はゆっくりと体を起こす。窓の外は明るくて、部屋にはまぶしい日差しが降り注いでいる。朝だ。僕は支度をして、軽く朝食をとる。それからしばらく外の景色を眺めていると、自然と心も晴れてきたみたいだ。

 街へ出ると、みんなが何やら騒いでいるのが聞こえてくる。

「おい、聞いたか? あの海賊船の噂」

「ああ。何でも、普通の何倍もあるでっかい船が、あそこの海を渡ってたんだとよ」

 やっぱり、あの船の話か。やはりあれは、僕の見間違いではなかったようだ。僕はどうしたものか、とため息をついて、足を進めた。

 港の近くまで行くと、フレッドとアンナがいるのが見えた。

「やあ、二人とも」

 僕に気付くなり、フレッドが勢いよくこっちにやってくる。

「おいお前、聞いたかあの話!」

「あの話って?」

 僕はなんとなく分かっていながらもそう答える。

「だから、海賊船の話だよ!」

「ああ」

「すごいよな! やっぱり噂は本当だったんだ!」

 フレッドは相当興奮している様子だ。僕は少し迷ったけれど、二人には本当のことを伝えることにした。

「実は昨日、その海賊船を見たんだ」

「マ、マジかよ!」

 フレッドが大声を上げる。少し離れたところにいる人が、びくっとしてこちらを振り返った。するとアンナがこちらに近づいて、小声で僕に尋ねる。

「そりゃ驚いたねえ。それで、どんな船だった?」

「どんなって言われてもなあ。普通の海賊船だったけど、かなり大きかった。あと、旗に鳥の紋章があったことは覚えてるよ」

「そうかい。そりゃいい目印になりそうだね」

 アンナがそう言うと、フレッドがまた大きな声で叫んだ。

「よし。それじゃあ今日はその海賊船を探しに行こうぜ!」

 それを聞いてアンナは少し眉をひそめる。

「でも、探しに行ったところでどうするつもりだい? 海賊が生きてるんじゃ、あたしらにはどう考えても太刀打ちできないじゃないか」

「そんなの、その時考えればいいだろ!」

 フレッドは本当に何も気に留めていない様子だ。本当に、豪快な男だなあ。

「まあここまで来たんだから、もう確かめてみるしかないさ」

 僕の言葉に、二人は強気な表情でこちらを見た。

「そうだねえ。まあ、あたしも最初っからそうするつもりだったけどね」

「だよな。やっぱりそう来なくっちゃ始まんねえぜ!」

 アンナに続いて、フレッドもそう答えた。

「よし、じゃあ、行こう」

 本当は僕は、一人で動くのが好きなんだけど。またこの二人と、一緒に行く羽目になってしまった。まあ、たまにはこういうのもいいか。僕たちは海賊船を探しに、船の中へと乗り込んだ。


「とは言ってもよお。このあたりをうろうろしてても、全く見つかる気配がないぜ」

「そうだね。やっぱり、あの島に行くしかないのかねえ」

 船を運転しながら退屈そうに言うフレッドに、アンナがそう答えた。

「僕も、あそこにはもう一度行ってみるべきだと思う。気になることもあるしね」

 僕の言葉に二人がうなずく。無人島にはまだ、行っていない場所もたくさんある。近くの海域もそうだ。それに、あの老人の話だって、まだどこか腑に落ちない。聞いたところで、簡単に教えてもらえるとは思わないけれど。

 そして、僕たちは島のすぐ近くまでやってきた。しかし相変わらず、何の変哲もない海だ。このままでは、海域をパトロールしただけで終わってしまう。さて、これからどうしようか。僕がそう思った、その時だった。

 南から強い風が吹いて、急に海が激しく揺れ始めた。空は先ほどと変わらず、さわやかな青に白い雲が浮かんでいる。それにもかかわらず、急に海だけが嵐のように荒れ始めたのだ。

「な、何だこれ!」

 フレッドが大声を上げて、慌てて壁に手をつく。

「変だよ。ここらへんじゃありえない潮の流れをしてる……!」

 アンナが片目を閉じ、髪を手で押さえながらそう言った。

 波の動きが、一層大きくなる。海がうねりを上げて、僕たちがのる船を巻き込む……と思った、次の瞬間。


 目の前の海が、途端に真っ二つに割れた。大きな水しぶきが上がり、僕たちは思わず目を伏せる。 しばらくして、僕はふと顔を上げる。すると、そこには。

 普通の何倍もある、大きな船。旗にはあの、鳥のマーク。間違いない。昨日のあの海賊船が、僕たちの目の前に、その大きな体を動かしながら現れていた。

 フレッドはそれを見て体を震わせた後、と拳を握りしめて勢いよく立ち上がった。

「海賊船だ。俺たちの探してた……海賊船だ!」

「ああ。でも、これじゃあ……」

 アンナが言い終わる前に、その船が音を立ててうごめきながらこちらの方を向く。そして、船体に取り付けられた大砲の先が、こちらの方と向けられた。

「危ない!」

 いくつもの砲撃が、僕たちの乗っている船に向けて勢いよく放たれる。僕は突然のことに身動きの取れなくなっている二人を両脇に抱きかかえると、大きく横にステップを踏んでそれをかわす。それと同時に、僕たちの船が大きく揺れた。

 向こうの船の上には、何人かの海賊が大砲を動かしているのが見えた。僕は二人を安全そうな場所に移動させてから、上着の内側に仕込んであったナイフを取り出すと、彼らめがけて投げ放った。

 僕の攻撃は見事ヒットし、彼らはその場に倒れ込んだ。と、次の瞬間。彼らの体が揺らいだかと思うと、空中にふわりと溶けるようにして消えて行った。

「これは……?」

 まさか、幻だったとでもいうのだろうか? 僕は自分たちの船の様子を見る。あれほどの砲撃を食らったはずなのに、船体には傷一つない。僕があっけにとられていると、後ろからフレッドの声が聞こえた。

「おい、お前……」

 見ると、フレッドがその場に座り込んで、目を見開いて僕の方を見つめていた。声が少し強張っている。その隣では、アンナが何も言わずにただ僕を見つめていた。

「やっぱりそうだ……間違いねえ。そのナイフさばき……お前、カミーユだろ!?」

 一瞬時が止まったかのように静まり返り、また波に揺られて動き出す。ああ、やはり気付かれてしまったか。もう少しだけ、続けてもよかったのに。そう思いながら僕はふと、あることを思い出した。

「もしかして、前にも一度会ったことあるかい?」

「ああ。数日前、船でお前を追いかけて……」

 そうだ。僕が初めて、この街に来た時。港で船に乗っていて、僕は追手に見つかった。その中の一人に、彼に似た人がいた気がする。

 何てことだ。まさかお互いに、敵と知らずに一緒に過ごしていたとはね。僕は少しだけ口角を上げて笑みを浮かべてから、ふう、とため息をついた。少し強い風が、僕の上着のすそをはためかせる。

「そうさ。僕の名前は、カミーユ」

 僕はかけていた眼鏡を外すと、その場に投げ捨てる。

「世紀の大怪盗さ」


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