少女との出会い
窓から柔らかい光が差し込み、僕はゆっくりと目を覚ます。服を着替えてから、軽く朝食をとる。
僕は宿の近くにある広場に散歩に出かけることにした。外を歩いていると、何ともすがすがしい気分になる。広場の真ん中には大きな噴水があって、太陽の光に照らされた水しぶきがキラキラと輝いている。ベンチに腰かけていると、ちらほらと行き交う人々が僕のそばを通り過ぎる。
やっぱりいいねえ、こういう時間は。何もしてないのに、とても充実している。僕には時間がたくさんある。時間があるということは、余裕があるということだ。素晴らしいなあ。僕はそう思ってベンチの背中にもたれかかった。
もし時間がないという人がいれば、それはきっと時間と仲良くないだけなのさ。有意義な時間を過ごすことを忘れて、時間を使うことばかり考えているから、そのうち時間に嫌われてしまうんだ。時間と仲良くする方法はただ一つ。時間とともに過ごす、ただそれだけさ。だから僕はこうして散歩に出かけて、時間と戯れているというわけなんだ。
そこまで考えて、僕はちらっと腕時計を見る。もうこんな時間か、意外と早いものだね。さてと、じゃあそろそろ行くとするか。
僕は街の図書館に行って、海賊に関する資料を探す。少しでも参考になりそうなものはすべて集めて、閲覧室まで持っていくことにした。しかし、こうして見てみるとかなりの量がある。ちゃんと運べるかな。戦いは得意とはいえ、僕は結構非力なんだ。戦いには、力はいらない。世の中には、てこの原理というものがある。戦う人間には、それを知らない人が多すぎるだけなのさ。
僕は積み上がった本をやっとの思いで運ぶと、息をついて席に着いた。閲覧室は静かで、街中の喧騒など思い出させもしないほどだ。僕は本を手に取り、ページを開く。しばらくそれを繰り返していると、僕はある本の中に気になる記述を見つけた。
「セイレーンの乗る海賊船について」
セイレーンって、その美しい歌声で人を惑わして、船を道に迷わせるという、あの? 僕は目を見開いて、次のページを開いた。
「この地域の海域には、海賊の時代をとうに過ぎた現在でも、海賊船の姿が見られるという。一説によるとその船には美しい歌声の少女が乗っていて、その声を聴いたものは我を忘れてしまうという……」
「これは……」
僕はまだかけなれない眼鏡を片手で持ち上げた。なかなか面白い記事だ。これはもしかしたら手がかりになるかもしれない。少し覚えておこう。
僕はその後も、しばらく本を読み続けていた。しかし他には、特に気になる記述は見当たらなかった。まあこの情報が得られただけでよかったとしよう。僕はそう思って、宿に戻ることにした。
図書館を出て気が付くともう、夜になっていた。辺りには街灯がポツリポツリと立っている。僕は海沿いの道を、ゆっくりと歩く。夜の海は、昼間見るのとは全く違う。海全体が真っ暗で、見ていると吸い込まれてしまいそうだ。そんなことを思いながら僕は海沿いの手すりの上に腕を組んで、潮風に体を預けた。
すると僕は近くに、一人の少女が立っていることに気付いた。僕は驚いて、彼女の方を振り向く。白いワンピースのような服装に、青い石のネックレス。銀色の髪は夜の暗闇と街灯の光に照らされて、オーロラのように光り輝いて見えた。少女はこちらを向いて突っ立ったまま、じっと僕の方を見つめていた。
こんな遅くに、女の子が外を歩いているなんて。もしかして、道にでも迷ったのだろうか。
「君は、誰だい?」
僕は彼女に尋ねる。長い絹のような銀色の髪が、風に誘われて少し揺れた。
「私は、サーヤ」
少女がポツリとつぶやく。
「そうか。それで、一体どうしたんだい?」
僕の言葉に、彼女は少し口ごもってから、また口を開いた。
「私は、あなたを探しに来たの」
「僕を?」
「そうよ」
何だろう、全く覚えがない。まさか賞金目当ての人間だろうか? しかし僕を見つめる彼女の瞳は、全くそういう風には感じられなかった。
「どうしてまた」
すると彼女は、僕をまっすぐ見据えたまま答えた。
「海賊に会いに行くんでしょう?」
その言葉に、僕は驚きを隠せなかった。どうして彼女が、そのことを知っているんだろう。もしかして、どこかで見ていたのだろうか?
「驚いた。どうして君がそのことを知っているんだい?」
彼女は何も答えなかった。その代わりに、少し瞬きをしてからまた口を開く。
「私は海賊を知っているわ。だから……」
「何だって?」
僕がそう言った、まさにその時。とたんに風が強くなって、波が大きく揺れる。真っ暗な海が、まるで生きているかのように激しくうごめいた。と思った、その次の瞬間。海が真っ二つに割れ、大きな水しぶきを上げた。あたりは暗くて、はっきりとその姿をとらえることはできない。だけど、僕は確かにこの目で見た。海の隙間から、大きな海賊船が現れるのを。
僕はあっけにとられて、しばらくその場に立ち尽くしていた。こんなものは、いまだかつて見たことがない。その海賊船は暗がりの中に大きな旗をひらめかせ、海をかき分けて進んで行く。その旗には、大きな鳥が描かれているのが見えた。
しばらくして、僕は彼女に尋ねようと口を開く。
「ねえ。君は――」
すると、彼女はもうどこにもいなかった。海賊船の姿も、もう見えなくなってしまっていた。