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カミーユと沈没船の噂

前作「ケチャップとヴァンパイア」のスピンオフです。主人公たちのライバルキャラ、カミーユが主役の物語です。

半年ほど前に書いた小説を改稿したものになります。


 やあみんな、ごきげんよう。僕はカミーユ、しがない怪盗さ。

 最初に言っとくけど僕は誰かに語りかけているわけでもないし、独り言を言っているわけでもない。僕は自分の人生を、一つの物語だと思っている。だからこうやって、自己紹介をしてやっているというわけなのさ。

 僕のことを、変なヤツだと思ったかい? それはもっともだ。でも、僕は至って正気さ。だって僕は今隣に誰もいないことも、目の前には広い海が広がっていることも、はっきりと分かっているからだ。

 僕は今、コバルトブルーの透き通る海を、港に向けて渡っている。水面に視線を落とすと、船が進むたびに水しぶきを上げて、きらきらと輝く。一人旅にはぴったりの、素晴らしいロケーションだ。

 僕は昔から、自分のことを僕と呼んでいたわけじゃない。ついこの間まで私と呼んでいたし、俺って呼んでた時もある。僕が今自分を僕と呼ぶのは、そういう気分だから。こうして今大きな船に乗っているのも、甲板に寄りかかって遥か遠くを眺めているのも、全部ただの、気紛れなんだ。

 そうでないと、怪盗なんてやってられないさ。


 僕は今まで、いろんな所を冒険した。サムライのいる国にも行ったし、ヴァンパイアと会ったこともある。嘘だと思うかい? ところが、本当のことなんだ。それにしてもヴァンパイアと会った時は、さすがに大変だった。僕はそんな訳の分からない存在と出会って、しかも戦うことになったんだから。戦いは、得意だけどね。

 しかし問題はそんなことではなく、これからどうするか、だ。実は今、全く見通しが立っていない。いや、港に向かっているからには、それなりの目的があるわけなんだけど。

 僕は遥か彼方、この船の進んで行く方角を見る。すると遠くの方にうっすらと、海岸線と建物が立ち並ぶ街並みが見える。あっ、港だ。ずっと海が続いていて、ちょうど退屈してたところさ。

 僕がそう思った、その時だった。

「見つけたぞ! カミーユだ!」

 誰かの叫び声が、あたり一帯に響き渡る。そうだった。僕、追われてたんだ。

「ほら! あそこにいるぞ!」

 声がする方に目をやると、僕が乗っている船の後ろの、すぐ近くに大型船があった。甲板にはまず、驚いた顔で僕の方を指差している人。そしてその後ろから、その仲間たちが駆け足で集まっているのが見えた。

 騒がしい人達だなあ。僕を捕まえて、一体どうするつもりなんだろう。

そんなことを考えている間にも、そのうちの一人が装置に何かをセットしたかと思うと、僕に向けて大きな網を放ってきた。その網は空間をからめ取るようにしながら、こちらへと向かってくる。

「甘いね」

 僕は薄手のコートを翻すと、華麗にステップを踏んでみせた。あんな分かりやすい動きして、この僕に避けられないはずが無いのさ。ましてや、何の傷も負ってない僕が。そしてそう思いながら、懐からナイフを取り出してまっすぐに投げ放つ。ナイフはちょうどよく人々の間をかすめ、甲板において或る装置へと命中した。網は勢いを失い、僕の目の前で崩れ落ちる。僕はポケットから瓶を取り出すと、向こうの船の中に投げ込んだ。辺り一面が、真っ白な煙に包まれる。

 「こ、こらー! 待て、カミーユ!」

 奴らの声が、遠くに聞こえる。僕は身をひるがえして船から船へと飛び移り、港の方へと駆け出した。

  そう言えば、僕はさっき一つだけ嘘をついた。僕は最初に、自分のことをしがない怪盗だって言ったけど、それは違う。

 僕は世紀の大怪盗なんだ。


 僕は港に降り立つと長いジャケットを脱ぎ、人のいない路地裏であらかじめ用意していた白いシャツに着替える。髪を短く切って、黒縁の眼鏡をかける。完璧な変装だ。ちょっとしたことでも、人の印象はかなり変わる。これで誰も、僕が僕だと分からないだろう。

 僕は一人、遠くから聞こえてくる街の喧騒を聞きながら、さびれた裏通りを歩く。ふと横に目をやると、落書きの多い壁に僕の顔写真が貼られているのを見つけた。

「大怪盗カミーユ、捕まえたものには賞金100万ドル」

 ははっ、なんだか照れるなあ。もうすっかり有名人だ。そんな大したこと、してないつもりなんだけど。ちょっと王妃の王冠を盗んだり、機密情報を手に入れたりしただけさ。

どちらにしろ、この写真に写る人物はもういない。僕はもう別人、だからきっと全くの無実さ。

 少し歩いてそこを抜けると、先ほどとは打って変わって明るい通りに出る。あたりに立ち並ぶ商店と、その前を行きかうたくさんの人たち。カフェのオープンテラスでは、集まって食事や会話を楽しんでいる姿も見える。誰も僕に、気づく様子はない。はは、愉快だなあ。僕が、すぐそばにいることも知らずに。けど、本当に愉快なのは僕の方かもしれない。だって、こんな人通りの多い場所を、当の本人がのんきにぶらついてるんだから。僕はもうちょっと危機感を持った方がいい。僕はそこまで考えたところで、ぴたりと足を止める。

 それで僕は、何でここまで来たんだろう。はるばるこんな場所まで来たのには、れっきとした理由がある。僕が動く理由はただ一つ。何か、欲しいものがある時さ。僕はここに、お宝を求めてやってきたんだ。さて僕は、どこへ向かうつもりだったんだろう? そこまで考えて、ふと僕は思い出す。

 そうだ。僕はそれを探しにやって来たんだ。


 古くから続く港町、レベッカ。かつて異国との交易で栄えたこの場所は、商工業者がギルドを作りそれが一つの街となったというものだ。世界中の品物が集まるこの街には、今も古い建物や昔から続く商店が数多く残り、いつどこにお宝があっても不思議じゃない。

 それだけじゃない。僕はあたりを見渡して、様子をうかがう。ここは、普通の街とは違う。明らかに何かありそうな空気……そういうものが漂っている。やはり、ここに来たのは間違いじゃなかった。僕はそう確信しながら、目的地へと向かった。

 

 僕は情報を仕入れるために、近くの酒場へと来ていた。店の中は結構人が多く、独特の雑然とした空気に包まれている。そこで、僕は気になる情報を耳にしていた。

「海賊船?」

「ああ。昔この海域には、海賊たちが珍しい品物を求めてよく船や港を襲いに来ていたらしい。そのお宝を乗せた船が海底に沈んで、今も眠り続けているという噂さ」

 背の高いがっしりとした体形の男が、僕の言葉に答える。陽気で人懐っこそうな笑顔。年は30前後だろうか。名前は確か、フレッドというらしい。ちなみに僕は、クロードと名乗ってその場をやり過ごすことにした。

 相手の男は、僕の正体に全く気付く様子がない。おそらくこういう人は特に、人を疑うということを知らないのだろう。まあ気づかれないようにはしてるんだけどね。

「その話っていうのは、有名なのかい?」

「ああ。この街じゃ、知らない人はいねえよ。ただ見つけた人が誰もいないもんだから、もはや伝説みたいになっちまってるけどな」

「そうなのか。何だか興味をそそられるね」

「だろ? 俺もその秘宝に惹かれて、ここまでやって来たっていう訳さ」

そう言ってフレッドは人懐っこい笑顔を浮かべ、テーブルに置いてあったビールを飲み干した。僕も先ほど頼んだ甘いカクテルに口をつける。

 やっぱり、ここには何かありそうな気がしていた。しかも、こんなベタなシチュエーションで。僕は心の中でほくそ笑むと、これからどうやってそのお宝を手に入れるか策略を練っていた。

 すると、どこからか彼の隣に一人の女性が現れた。赤みがかった長い髪に、気の強そうな瞳をしている。年はフレッドより少し下ぐらいだろうか。

「彼女は?」

「ああ。俺の仲間だ。紹介するよ」

 すると彼が口を開く前にその女性が一歩進み出て口を開く。

「アンナだ。よろしくな」

 その人はキッとした瞳のまま、口元で柔らかい笑みを浮かべた。

「僕はクロード。こちらこそよろしく」

 僕は彼女と握手してからフレッドの方を見る。

「恋人かと思ったよ」

「まさか。あんなじゃじゃ馬、俺の手には負えないさ」

「あんたは一言多いんだよ」

 アンナはそう言ってフレッドの頭に軽くげんこつをぶつけた。フレッドは頭をさすって苦笑いを浮かべる。

「まあ、ずっと一緒にいるからな。腐れ縁みたいなものだよ」

「そうか」

友達の少ない僕には、よく分からない話だ。

 それからはアンナも交えて、しばらく話をした。話によるとフレッドは航海士で、研究者でこのあたりの海域に詳しいアンナと旅をしているらしい。

 そろそろ話題も尽きてきたころ、フレッドが新しく頼んだ聞いたことも無い名前の酒をあおってから言った。

「お前さんもこれから、海賊船を探しに行くのか?」

「ああ。そうしようかな、と思っていたところだ」

「それじゃあ、良かったら俺たちと一緒に来ないか?」

 フレッドが僕に尋ねる。突然の提案に、僕は驚いて顔を上げる。

「話を聞いてると、どうやらお前はなかなかの冒険家みたいじゃねえか。どうだ? 損はさせねえぜ」

「そりゃいいアイデアだね。あたしもあんたみたいなのが仲間だったら、心強いなと思ってたところだよ」

 この人達はどうしてこうも、初対面の人間に対してフレンドリーでいられるのだろうか。僕は少しだけ考えてから答えた。

「いや、遠慮しとくよ。来たばかりで大して手伝えることも無いだろうし、それに僕は個人行動が基本なんだ」

「そうか、それは残念だな。……じゃあ、どっちが先にお宝を見つけられるか競争だな!」

 笑いながら言うフレッドに、アンナが隣から口をはさむ。

「まったく、あんたはすぐ人と争いたがるんだから。それで勝ったことなんて、ほとんどないだろ? まあ、カミーユ。また気が向いたら、いつでもあたしたちの所に来ておくれ。この酒場には、しょっちゅう来てるからさ」

「ああ。ありがとう」

 僕たちは酒場を後にした。外はもう暗い。僕は二人と別れると、急いで宿屋へと向かった。


 僕は宿屋に着くと、すぐに自分の部屋へと向かう。夜も遅いけれど、まだ寝るにも惜しい時間。僕は部屋で、ナイフ投げの練習をしていた。と言っても本当のナイフじゃなく、ナイフに見立てたトランプで、だけれども。

 怪盗は主に、そんなに力は強くないことが多い。かといって特殊な能力があるわけでも、ましてや魔法が使えるわけでもない。こういうテクニカルな力が、僕たち怪盗を支えている。テクニカルな力を身に着けるためには、テクニックを磨かなければならない。だからこうして、毎晩練習を積んでいるという訳さ。

 こう言うと僕を努力型の人間だと思うかもしれないけど、実際そういう訳でもない。なぜなら僕は今まで、楽しい程度の練習しかしたことがないからだ。ただの遊びみたいな練習を何度も繰り返して、僕はここまでできるようになった。

 あたりは静まり返って、物音一つしない。やっぱり、練習は夜に限るね。もう他にすることも無い状況の方が、集中できるというものさ。今日は一日これだけやると決めて、昼間から練習するのもいいけど、その覚悟を決めるのはなかなか勇気がいる。やるだけなら簡単そうに見えることだって、意外と難しいことだったりもするのさ。それが、どんなにちょっとしたことでもね。

 よし。今日はそろそろ、このくらいにしとこうか。僕はベッドに腰掛けて辺りを見渡す。

 それにしても、殺風景な部屋だなあ。必要最低限の家具以外、ほとんど何も置いてない。今日来たばかりだから当たり前だけどね。花とか飾ったらちょうどよさそうだ。

 そう言えば自分の部屋に家族の写真とか飾りたがる人って結構いるけど、僕にはよく理解できない。だって、僕にはいつもそばにいて欲しい人なんて、いたことがないからね。

 そういえば、僕にも昔は相棒がいた。昔とは言っても、つい最近のことだけど。ヴァンパイアのいる街で出会った、すごく無口な女の子だった。常になんかずれていて、ときどき的外れなことを言ったりする。結構長い間一緒にいたけど、あまり親しくなれた気はしなかった。でもあれくらいの方が、僕の相棒には適しているのかもしれない。

 だって僕は、いつも一人なんだから。


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