プロローグ〜告白〜
「好きです。あなたのことが……大好きです」
そう告白した少女は、綺麗な双眸に涙を目一杯ため込んで、薄雪のような頬を朱色に染めていた。それは男の理想像とも言える清純系告白シーンの王道でもあったが、少女に告白された当の俺は、困惑していた。なぜなら──
「俺、君の名前すら知らないんですけど」
◇ ◆ ◇
さて。冒頭のやり取りがある数分前のことだ。俺、佐倉楓は地元のショッピングセンターで買い物をしていた。明日から高校二年生になるものだから、気持ちを引き締める為に新しい文具を揃えようとしたわけだ。
俺と同じように心機一転を狙う学生どもが同じように文具コーナーを漁っている。もう春休みも終わりなんだな、と実感するには十分だ。
「意外と品揃えが悪いな。仕方ない、文具店に行くか」
ショッピングセンターってのは、そもそも浅く広く取り揃える種の店だからな。俺みたいな形にこだわる、良いものを使いたいタイプの人間には不向きな場所である。
手に取っていたシャーペンを棚に戻し、文具店に行こうと踵を返したところで──出会したのだ。
「文具店に行くんですか?」
声をかけられて振り向いた先には、中学生か小学生か、それくらいの年齢に見える少女が微笑んでいる。そんなことを俺に確認する為に走ってでもきたのか、頬を赤らめて荒い吐息を漏らしていた。
「え? うん、まぁ……よくわかったね」
「見ていましたから。気に入ったものがなくて、品揃えが悪いなと。文具店にでも行くかと、そんな表情をしていました」
図星だったこともだが、何よりそう言ってはにかんだような笑みをこぼす彼女は破壊的に可愛らしくて、俺は息を呑んだ。何で初対面でこんなことを訊いてくるんだろうとか、見ていたという彼女の言も恋愛経験乏しい男の心理を揺さぶるには十分過ぎて、俺は少女を凝視したまま、固まった。
背は低い。俺の胸くらいか、もっと。サラサラの黒髪はショートヘアで、彼女の整いつつも幼げな顔立ちを引き立てるようでもあった。そんな彼女が俺に声をかけたことは嬉しくもあったが、どうしても訝る心を拭い切れずにいた。
「正解みたいですね。では行きましょう。私もお付き合いさせてください」
「え? それってあの、一緒に文具店に行くってこと?」
「はい、あの……迷惑でしたか?」
「いや、迷惑ってわけじゃ……」
「と、当然ですよね! いま会ったばかりなのに、何言ってるんだろ、私……。バカみたいですね、それじゃあ!」
少女は泣きそうになりながら必死に笑顔をつくり、俺に背中を向けた。
本当にこれで良いのか? そう思った瞬間、少女とここで別れることを嫌ったかのように、俺は無意識に反射的に──彼女の腕を掴んでいた。
「なっ、なな、何ですかっ⁉︎」
「ごめん! 迷惑なんかじゃないから、一緒に行こう!」
そう叫んだ俺は、傍から見れば変質者だったに違いない。幼い容貌の少女の腕を掴んで、叫んでるんだからな。しかし少女は俺の手を振りほどくこともなく振り返る。幼くも整ったその目には涙をため込み、柔らかそうな色白の頬を朱に染めて、微笑んでいた。ゆっくりと俺に向き直ると、彼女は自身の胸に両手を重ね、言ったのだ。
「好きです。あなたのことが……大好きです」
「俺……君の名前すら知らないんだけど」