Empty mind
こっちが三人に対してー―アーミルさんをいれれば四人だけど――向こうは十人。さらに周囲を塞がれて逃げられないこの状況。
悪魔によって操られているだって?
なんて馬鹿馬鹿しい話だろう。しかし、それも今のこの人達の目を見れば納得せざるを得ない。いくらこっちが静止をかけてもまったく止まる気配がなく、どこを見ているわけでもない虚ろな目。包丁やフライパンによる攻撃に関しても悪魔の力が入っている佐藤さんまで含めて無差別に攻撃してくる。
「ねぇ、佐藤さん。一つ質問があるんだけど?」
「何よ!?今、忙しいんだけど?」
そんなの見ればわかる。
その忙しい中を突破できる可能性があるかもしれないという話をしようとしているのだ。
「佐藤さんに悪魔の力が宿っているのならその能力を使ったりできるんじゃないの?」
「確かに、私もアーミルさんが憑いてから色々力を使えるようになりました」
伊東さんがそう言って大降りの剣を振り上げてみせる。その間にちゃっかり攻撃を喰らって「はぅん」なんて言っているところは天然の悲しい性だろう。
「それでどうなの?悪魔の力は使えるの?」
「う〜ん、それなんだけどあたしの場合はそういうのはないみたい。妙ちゃんみたいに力がついたってわけでもないし…」
「そっか……」
悪魔の力によって操られているというのなら、その悪魔の力を使って操られた人達を統制できると思ったのだけど、それが難しいとなるとやっぱりこの人達を気絶させる程度に倒さないといけないってことか。
「まぁ、どの道変な事件に関わってしまったんだし、そう簡単には死ねないよ」
佐藤さんがナイフの柄でフライパンを振り下ろそうとしている人のみぞおちを突く。しかし、操られて痛みという感情を抜き取られているためか、生半可な打撃では効果がない。そんな時は僕の弓矢で追い討ちをかける。
「やるぅ」
あらかたこっちの囲みは解いた。
次は伊東さんの援助に回ろう。
僕は相手に死角を取られないように十分に注意しながら伊東のほうへと向かう。
「ディアブロウ!」
技名を叫んだ伊東さんの剣が素手の若者を縦に切り裂く。
「ちょ、伊東さん!殺しちゃ駄目だよ!」
「大丈夫です。この剣には人を殺す力はないそうです。アーミルさんが言ってました!」
人を殺す力はないと言ったってあんな風に叩き斬ったら普通は死ぬだろ。しかし、伊東さんが技を放ってから彼女の動きが極端に鈍くなっている気がする。
「アーミルさん、ちょっと力を使いすぎちゃったみたいです。力が入りません…」
「ちょ!?妙ちゃん!!」
まずい!
まだ敵が残っているというのにその真ん中でひざをついてしまった。
「ウオオオオ!!」
スタンガンを持った若者が狂気を含んだような雄叫びを上げながらスタンガンを持つ腕を伸ばす。
伊東さんは完全に力尽きてもはや横に転がって避けるだけの力もない。
佐藤さんは遠すぎるし、今から弓矢を構えていては遅すぎる。
誰もが最悪の事態を予想した刹那、伊東さんの前には一人の男が立っていた。
「やれやれ、間一髪でしたね」
憑依を解いたアーミルさんがなんと素手でスタンガンを受け止めている。
「私には貴方達と戦う意思はありません。さぁ、自分のあるべき場所へと帰りなさい」
な、何だこれは。
建物の中にいるわけでもないのに山彦のようにアーミルさんの声が周囲にこだましている。そして、その声を聞いた操られた人達は虚ろな瞳のまま僕達に背中を向けて去っていった。
「ふぅ……危ないところでした」
「危ないところでした……てアーミルさん、そんな技が使えるのなら最初からやってくださいよ!」
「そうよそうよ!あたし達に無駄な血を流させるつもり!?」
「力を出し惜しみしていたわけではありませんし、貴方達の血を見たかったわけでもありません。先ほども言ったように我々天使が人間界に干渉することは許されていないのです。今、力を使ったのは私の憑依主である妙さんが危険だったからです。被憑依者が死んでしまえば私も死んでしまいます。悪魔を人間界から退散させるまで私は死ぬわけにはいかないのです」
「…勝手な理由だね」
「罵られることは承知でした。ですがこれだけは譲れません」
『………』
「とにかく妙さんを休ませる必要があります」
「じゃ、そこの坂を下ったところの公園へ行こう。時間も時間だから人もいないでしょうから」
僕の提案に二人は小さく頷いた。