Mystery girl
「言っとくけど、前みたいな攻撃はこっちには通用しないんだからね!」
佐藤さんは相手と距離をとりながら叫ぶ。
「わかってます!だから今回は…」
『お嬢さん、悪く思わないでください。これも悪魔を倒すためなのです。大丈夫、この攻撃は貴方の魂を傷つけることはありません』
「な…!?」
「女の子から男の声!?」
若い男性独特のテノールが今、僕らの耳にはっきりと聞こえた。
「ディアブロウ!」
セーラー服の女の子が振りかざした剣から一筋の光が放たれる。
「きゃん!!」
光が命中し、佐藤さんが悲鳴をあげる。
はたまた向こうではセーラー服の女の子が「アーミルさん、やりましたよ」と嬉しそうにはしゃいでいる。
「佐藤さん、大丈夫!?」
僕の声に佐藤さんは首を軽く振りながら立ち上がった。
「いっっったいじゃない!魂に傷つかないとか言っておきながらあたしの心は超傷ついたんだからね!」
どうやら無事のようだ…。
まだあれだけ口が回るなら、それほどダメージは受けていないのだろう。
「羽鳥君、今度はこっちの番だよ!」
「了解!」
佐藤さんが飛び出したのを合図に僕も弓を引くタイミングを計る。一方、得意気だったセーラー服の女の子からは明らかな焦りが見えていた。
「そらそら、避けてないでさっきみたいに攻撃してきなさいよ」
「ひぃ!どうしてあの攻撃で倒れてくれないんですかぁ!?」
「そんなの知るかー!」
「えぅ〜、あの攻撃でやられてくれないなんて反則ですぅ!」
「反則なのはあんたでしょうが!二回も不意打ちを仕掛けて!」
「だって、アーミルさんがそうしろって言うから…」
「まだそんなことを言うかぁ!」
「いやぁ、助けてー!!」
う〜む、完全に立場が逆転しているな。
これはさすがに止めないと、僕達が彼女を襲ったことになりかねないぞ。しかし、そう簡単に佐藤さんの怒りは収まらないだろう。考えた末に僕は二人の間に矢を放つことで闘いを終了させた。
僕は弓を地面に置き、セーラー服の女の子の前に立った。女の子は何かされると感じたのか独特の短い悲鳴をあげる。
「怖がらないで。僕はどうして君が佐藤さんを執拗に付け狙っているのか知りたいだけだから。お願いだから今日はその理由を話してくれないかな。お互いこのままだと気持ち悪いだろうし」
「…?」
「………」
佐藤さんは不服そうな顔をしていたが、僕には少し思い当たることがあったのでここは彼女にも怒りを抑えてもらおう。
とりあえず、落ち着いて話ができるように僕は近くの自販機で飲み物を二つ買った。
「はい、お茶をどうぞ」
「あ、ありがとうございます…」
セーラー服の女の子はおずおずとお茶の入ったペットボトルを受け取る。
「佐藤さんも、どうぞ」
「ありがと」
まだ機嫌が治っていないのかもしれないが、お茶を受け取った時の佐藤さんは一瞬嬉しそうな顔をしたように見えた。
「さてと、早速本題に入るけど、君はいったい何者なんだ?佐藤さんに溢れる力っていうのは…?」
「それは……」
「その質問に彼女は答えることができません」
『!?』
さっきの声が女の子の中から聞こえる。口を動かしていないから彼女が言った言葉ではないようだ。腹話術とも限らないが……。
『無論、腹話術などでもありません。私は…』
言葉が途切れ、セーラー服の女の子の体がまばゆいばかりに輝く。そして、次の瞬間には彼女の横には長身の男が立っていた。
「代わりに私が答えましょう」
「わわ!ひ、人の中から人が現れた!」
「!!」
僕も悲鳴をあげてしまいそうになったが、何とか喉の奥に押し込む。
「貴方がアーミルさん…?」
「はい」
男は小さく頷いた。
「あんた、嘘をついたわけじゃないんだね」
「は、はぁ…。あの、怖くないんですか?」
さっきの驚き方とは裏腹に佐藤さんはもう落ち着いているみたいだ。
見た目どおり順応力が高い人だなぁ。
「まぁね。こっちにもいろいろ経験があるから」
佐藤さんはそう言ってニカっと笑う。
いったいどんな経験をしたんだろう。
「まずは自己紹介から始めさせてください。こちらのお嬢さんは伊東妙さんと言います。私が憑依させてもらっている人間です。至って普通の方ですよ」
「至って普通、てどう意味ですか…」
伊東さんは怒ったように頬を膨らませてアーミルさんを睨む。アーミルさんは「言葉のあやです。すみません」なんて謝っているし。
なんと腰の弱い人なんだろう。
「一応、彼女は人間であることを説明しておきたかっただけなんです。私のせいで化け物扱いされるのは耐えられませんから」
「ということはアーミルさんは人間ではないってことですよね?」
僕の質問にアーミルさんは静かに頷く。
「先の戦いで妙さんが言っていたように私は天使なのです」
「天使って言う割にはあの大きな白い羽がないみたいだけど?」
「ちゃんとありますよ」
アーミルは優しく微笑むと、静かに目を閉じた。次の瞬間、アーミルさんの背中からまばゆい光と共に純白の大きな翼が二枚開かれた。
「これでも納得してもらえたでしょうか?」
アーミルさんの問いに佐藤さんは機械的に頷く。
おそらく思考が凍結しているのだろう。しかし、それは僕にとっても同じ事だし伊東さんにも当てはまっていた。
「アーミルさんの翼、初めて見ました…」
「貴方と会ったときには天使の輪を見せましたっけね」
アーミルさんはなぜか懐かしそうに語る。
「私が地上に降りてきたのは他でもない。人間界に降り立った悪魔を滅ぼすためです。一年前に人間界から悪魔の反応が現れたのを知った我々はすぐさま人間界に降り立ちました。幸い、何者かの手によって悪魔は倒されましたが降り立ったのが一人だけとは限らない。そこで我々は定期的に地上に降りては人間界を調査していたのです。結局その反応以来、何も起こらなかったわけですが、最近になって再び悪魔の反応が強まり始めたのです。おそらく一年前のものよりも強い力の悪魔がやってきている。そして天上界の命を受けて私がやってきた。しかし、より強い悪魔の波動によって天使の私は打ち消されそうになっていた。そこで私は人間に憑依し、体の消滅を避けることを考えました。その時にいたのが妙さんでした」
「それで、伊東さんに憑依したと」
「はい」
「私も訳がわからなかったんです。そして強引に中に入られて…」
「ちょっとアンタ、この子にやらしいことをしたんじゃ…」
「そ、そんな!誤解です!いくら話し合おうとしても妙さんは応じてくれず、このままでは体が消滅してしまいそうだったのでやむを得ず勝手に……」
「………」
「本当に申し訳ないと思っています!ただ謝罪するだけでは済まされないということもわかっています。本来は人間を守るべき立場にある天使が人間にこんな乱暴を働いてしまった…」
「初めて僕達が襲われたときに会話の内容がちぐはぐだったのもそのせいですね」
「だって、アーミルさんは私に何も話してくれなかったから」
「人間の貴方に迷惑をかけたくなかったからです。できるだけ私の手で決着をつけようと思って…」
「それが迷惑をかけていることでしょうが」
「うぅ、返す言葉もありません」
「それで、あの時墓地に光っていたあの球体が悪魔なんですね。だから、『力を感じる』と」
「ええ。明らかに怪しいものでしたが、まさか触る人がいるとは思いませんでした」
アーミルさんの嘆きに佐藤さんは場を誤魔化すように咳払いをする。
「悪魔の力が入るとどうなるんですか?佐藤さんに今のところ、病気のような症状はないみたいですけど」
「嘘だ!もし、そうならここに来る間に操られた人間達に会うことはないはずです!」
「え!?」
「お二人も襲われたのですか!?」
いや、よく考えれば襲われて当然か。
アーミルさんと伊藤さんは佐藤さんに憑いている悪魔を倒すためにここにいるんだ。刺客みたいものが襲ってきてもおかしくない。
「だけど、そうすると一つ合点がいかないな。どうして悪魔の力を持っている佐藤さんまで襲ってくる必要があるのだろう。僕だけを狙ってきたのならまだしも…」
「………」
「あ、あの大丈夫ですか?」
伊東さんが佐藤さんの顔色を見て心配そうに尋ねる。そういえば、さっきからずっと静かだなとは思っていたけど。
「皆さん、気をつけて!新手です!!」
アーミルさんの警告に顔を上げて周りを確認して見ると、墓地の周りをすっぽり囲まれていた。
くそ、今日は何て忙しい日なんだ。まだ頭の中の整理が追いついていないというのに……。
「ぼやいてないでわたし達のサポートを頼むよ羽鳥君!」
「わ、わかった!」
とにかく今は戦うしかない!
伊東さんもいつの間にかアーミルさんと合体して剣を構えていた。