Devil fire
さらに数日が経過した。今のところ園田が忠告したような出来事にはあっていない。いや、そもそも会うわけがないではないか。佐藤さんと帰らなくなってから僕はずっと電車に乗って帰っているわけだし。ほんとに園田の忠告は今まで当たったためしがない。
「おい、羽鳥!」
噂をすれば何とやらだ。僕の背中を突いてきたのは園田である。
「何だよ、そんなに慌てて」
「いいから入り口のほうを見てみろよ」
一体なんだというのだろう。僕は弓を壁に立て掛けて入り口のほうを向く……と、一瞬僕の視界がブラックアウトした。何とか正気を取り戻し、もう一度目を細めてよく確認してみる。
いた。なぜ、どうして来ているのか知らないけど彼女がそこにいた。
「おいおい、お前自分のかっこよさをアピールしたくて呼んだのか?」
園田が僕の肘を嫌らしく肘でつつく。しかし、それも気にならないほど僕の頭の中は混乱していた。そして、園田とグルになっているのか部長が一瞬僕の顔を見た後「休憩!」と言って部員全員に聞こえるように手も叩く。
「ほら、行ってこいよ。行って自慢して来い!」
「うわ!」
園田に背中を押され、僕は訳のわからぬまま彼女のほうへと歩いた。何だかうまくはめられた気がするし、もしかすると彼女もグルになっているんじゃないかという不信感がある。でも、久しぶりに会えて素直に嬉しい気もした。
「こんばんは」
僕は何気なく挨拶をすると佐藤さんも「こんばんは」と返してくれた。
「どうしてここにいるってわかったんですか?」
「だって、ここが弓道部の練習場所でしょ。市民体育ホールの三階」
「いや、そうじゃなくて今日はここで練習だったとか?」
「特にないよ。大体今日は平日だしね」
言われてみるとそうだった……。
「君が弓道部だって信じにくかったけど、こうして胴着着ていたり、矢を放っているのを見たりすると本当に弓道部って感じがしたよ」
「だからそう言ってるじゃないか」
「アハハ、そんなにふてくされなくたっていいじゃない。可愛いんだから」
「かわ……」
「それにしても市民体育ホールってけっこう遠いねぇ。道がわからなかったのもあってだいぶ着くのが遅れちゃってさぁ…」
「バス停から少し離れたところにあるからね、ここ」
「田舎って割と意地悪なところに建物を建てるんだね。前にいた街はわかりやすくてよかったよ」
「田舎の中心部はこんなものだよ。ものがないところに配置を考えずに密集させるから地理が把握しづらいんだ」
「ま、でもこうやって無事に来れたからいいんだけど」
佐藤さんはそう言って明るく微笑む。おっと、そろそろ練習再開の時間だな。僕は佐藤さんに断りを入れて練習を再開しにみんなのいる場所へと戻った。
「あ、そうだ。もう一時間ほどしたら練習が終わるから待っていてくれない?もう暗くなっているから一緒に帰ろう」
「うん、わかった」
佐藤さんは頷くと、「頑張ってね〜」と明るく手を振ってくれた。何だかとてもくすぐったい感じだった。
残り一時間の練習を終え、僕は他の部員達よりも早めに着替えに向かった。体育ホールの入り口では佐藤さんがちゃんと待っていてくれた。そのまま僕達はバスに乗って高校の近くの駅まで向かい、そこから終業式前までと同じように他愛もない話をしながらいつもの夜道を帰った。
「佐藤さんがきた時は本当にびっくりしたよ。でも、本当に弓道部に知り合いはいないの?」
「羽鳥君って意外としつこい人だね。だから何度もそう言ってるじゃん」
佐藤さんはうっとうしげにそう言うが、僕にはまだ信じられなかった。彼女が弓道部の誰に呼ばれたわけでもなく一人できただなんて。だって、来るメリットなんて何もないじゃないか。自分の部活の活動もないのにあんな寒いところまで来るなんて。
「あたしはただ、君が弓道をしている姿が想像できなかったから実物を見に行っただけ。ただそれだけよ」
どうやら本当にそのようだな。僕の目線から佐藤さんを見るに、この人はあまり嘘は上手なほうじゃない。その彼女がそこまで言うのだったらそうなのだろう。
「ごめんね、変なことを何回も聞いて」
「まったくだよ。あたしが君にその気があるなんて思ったのなら大間違いだからね」
うぐ。やっぱり僕の質問の仕方はそういう風に聞こえていたか。少し軽蔑されたかもしれないな。
僕ががっくりしていると、佐藤さんは不意に僕の制服のシャツを引っ張った。
「ねぇ、あそこ見て羽鳥君!」
彼女が指差す先は――
「いつもの墓地じゃないか…」
「違うよ!お墓じゃなくて、そのすぐ近くの……」
うん?もしかして佐藤さんの言っているのは墓地の一角に浮かぶあの光のことかな。
「何、あの光?」
「……さぁ?ちょっと気味が悪いなぁ」
墓地の一角にぼんやりと浮かぶ球体状の光は遊園地か何かであるような人魂のようにも見えた。
「ねぇ、ちょっと行ってみようよ」
佐藤さんは好奇心旺盛に僕の腕を引っ張る。
「ちょっと、危ないかもしれないよ!この間の不良達の罠かも……」
「あの不良達にそんな高等な頭脳はないって。さ、行くよ!」
な、なんていい草だろう。この間の不良達がそれを聞いたら絶対にただではすまないぞ。佐藤さんは僕の腕を引っ張りながら墓地の階段を上って光の浮かぶ前に立つ。
道端で見たときよりこの光の玉はけっこう大きく、輝きも強い。
「すごい光だね。吸い込まれそう…」
佐藤さんはうっとりとした表情で光に手を伸ばそうとする。今度こそ彼女の手を掴んで静止させようとした刹那、何と光の玉が急に発光しだした。
「ひゃ!」
「あわわ!」
光はそのまま周囲一帯を光で包み込みんだ。そして、気がついたときには元の寂しい墓地の一角に戻っていた。
「いったい今のはなんだったんだろ?」
「さぁ…」
彼女の問いに僕は首を捻るしかなかった。とにかく不気味だし、早くここを離れようと提案した。そうして墓地の階段を下りようとすると――
「危ない、佐藤さん!」
「え?ひゃあ!?」
僕は佐藤さんをかばうように横に押し倒した。その一瞬後で金属が何か硬い物に当たった時のような甲高い音が墓地一帯にこだました。
「何をするんだ!」
僕は僕達にいきなり物騒な刃を向けてきた人物に怒声を浴びせた。
「え?」
僕は怒声を浴びせた後で目を疑った。なぜなら目の前にいるのは僕らと同じくらいの年の女の子だったのだ。
「いたたた、すっごく痺れたぁ……」
そう言いながら手をさする女の子のポーズは下手をしたらその手の業界に売り出せるような可愛らしいポーズである。
「ちょっと、何見とれてるのよ!」
押し倒された佐藤さんが僕の耳を強く引っ張る。
「貴方も急にそんな物騒なものを向けるなんてどういうつもり?」
佐藤さんはそう言って女の子の足元に落ちている大きな剣を指差した。
「あたし達は別に貴方に恨まれるようなことをした覚えはないよ!」
佐藤さんの言ったことにさらに一つだけ付け加えるなら、僕達はこんな女の子を見たことはない。少なくとも制服からして違うから他校の生徒であることは明白だ。
「わ、私だって貴方達に恨みはないです。だけど、貴方から力を感じたから、だから貴方をここで倒します!」
女の子はそう宣言して剣を持ち直すと一直線に僕達のほうに走ってきた。しかし、大降りの剣をもっているせいかそのスピードははるかに遅い。
「ちょっと、落ち着いて訳を話してよ!力を感じたとか何のことだよ!」
「私だってよくわからないです!彼が力を感じたらその主を倒せと言ったから、だから…」
どうも脈絡がつかめないな。もしかして、彼女自身もどうしてこんなことをしているのかわかっていないんじゃないだろうか。だとしたら、何としても止めないと。
「佐藤さん、あの子を止め……」
止めるよ、という言葉を僕は最後まで言うことができなかった。佐藤さんは完全にキレてしまっているようで、ぼそぼそと何かをつぶやき……「もう怒ったからね!」と叫んで勝手に飛び出していってしまった。
(あぁ、もう。何が何だかわからないけどとにかくあの二人を止めなくちゃ!)
僕は持っていた弓道用の弓を取り出すと、二人が激突する瞬間を狙った。