Transferee from south
僕が墓場で助けた女の子、佐藤都子さんを助けてから一週間が経った。今日は七月二十日、世間一般的には終業式の日だ。これからしばらくの間は学校が休みになるから必然的に佐藤さんを送っていくことはできなくなるわけなんだけど……。そういえばあの人って何か部活に所属しているのだろうか。ちなみに僕はこれでも弓道部に所属している。腕前はまだまだだが、そこそこ楽しくやっている。夏休み中も弓道部は昼から夕方にかけてまでは練習があるので、もし佐藤さんが夏休み中も部活に出なければならないのなら当然僕が送ってあげないといけない。な、なんでそう思うと顔がにやけてくるんだろう。誰もいないところで一人でにやけているなんてただの変態じゃないか。しっかりしろ羽鳥健一!集中力を保つことは弓道の、いや弓道を含んだ武芸の基本だぞ!
僕は何度も頬を叩きながら人の流れにのって廊下を歩いていく。近くの人達は僕が一人で頬を叩いていることに不審の目を向けていた。あぁ、今の僕って立派に変人扱いだよなぁ……。
「なぁに変なことやってるの?」
「うわぁ!」
後ろから唐突に肩を叩かれた。しかもけっこう痛い。後ろを振り返ると、人ごみの中から佐藤さんがひょっこりと顔を出していた。
「人前でそんなことしていると不審の目を向けられるよ」
すみません佐藤さん。残念なことにもう向けられていました。
「あ、これはその……これから終業式だから気合を入れていたというか」
「終業式に気合ねぇ…」
佐藤さんは呆れたような顔をしている。それもそうか。終業式に気合を入れる意図がわからないよな。
「ああ、わかった。校長先生の話を真面目に聞くための準備だね。やっぱいるんだねぇ、全校生徒の中には校長の話を真面目に聞こうとする奴って。生徒会の人だって最近は居眠りをしている人が多いのに。あぁ、これはあたしが前にいた高校の話ね」
「前にいた高校?」
僕がそこだけ反復すると、佐藤さんは「あれ、言ってなかった?」と首を軽く傾けながら言った。
「あたし、前は須磨ヶ岳高校ってところにいたんだ。ここからだとだいぶ南の学校だね」
ああ、そういえば四月の始業式のときに転入生の紹介のときに体育館の壇上に上がっていたような気がする。僕がそのことを言うと彼女も「そうそうそれ」とおどけたように言った。
「向こうの人と別れるのは寂しかったんじゃないの?」
「あたしが、というよりもあたしの友達のほうが寂しがっていたかな。もう大泣きしちゃってさ」
佐藤さんは楽しそうに話す。
「ま、今でもその子とはメールとか電話とかしているからまったく声が聞けないわけじゃないから寂しくはないよ」
「そうなんだ。ところで佐藤さんは何か部活には所属している?」
「あたしはWスポーツ部に入ってるよ。向こうではなかったから興味あったし」
「いや、Wスポーツ部があるのは北のほうでもあまりないよ。こっちではスキーとかスノボーとかは皆が当たり前にやっていることだしね」
「へぇ〜」
佐藤さんは興味津々に僕の話を聞いている。何だかいつもより顔が近い。それにちょっといい香りがする。
「羽鳥君は何か入っているの?」
「僕は弓道をやってます」
「マジで!?」
佐藤さんは下手をするとその場に固まってしまうのではないかと思うくらいびっくり仰天していた。僕と会ったほとんどの人は僕が弓道をやっていることに驚きを感じるようで、さすがにこっちもそういうリアクションには慣れていたため特に怒りやショックは感じなかった。
「似合わないかな?」
僕が言うと彼女は大きく、しかも二回も頷いた。
ま、いいんだけどね。そして、僕はようやく彼女に本題を切り出した。話を聞くところによるとWスポーツ部は夏の間は午前中に学校のトレーニングルームで土曜日と日曜日に筋力トレーニングをするだけなのだそうだ。
「だから送ってもらう心配はないよ」
笑顔でいう佐藤さんに僕は残念そうに「そう」とつぶやくだけだった。ということは今日からしばらく佐藤さんには会えなくなるってことか。はぁ、どうして夏休みなんてあるんだろう。体育館に行くまでの束の間の会話が最後の会話になろうとは人生とはなんと皮肉なことだろう。これから二ヶ月という長いながーい別れになるなんて……そう考えただけでも涙が出てきそうだ。
結局、この日はこれ以上佐藤さんに会うことはなく長い夏休みが幕を開けた。