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Desperate choice

「なかなかしつこいなぁ、あいつら」

 佐藤さんは夜の連続カーブを巧みなハンドルさばきでほとんど減速せずに曲がりきる。バイクはカーブを曲がったりするときは銃身をその方向に傾けないといけないので僕も当然体を傾けないといけないのだが――

(地面スレスレじゃないかぁ!)

 僕は半泣き状態だった。

 佐藤さんは運転に必死でそれは見られずに済んだことが唯一の幸いだろう。そして、僕たちの背中の後ろでは不良達が何かをわめきながら追いかけてくる。

 どのくらいのスピードで走っているのかはわからないけど、この調子で行くと隣町への峠越えになってしまい――

「!!」

 僕は考えるのを中止した。

「しぶといのが一匹…」

 僕は何とか取り出した矢を相手のタイヤ目がけて投げる。

 不幸なことにバイクのスピードによる逆風で投げられる距離はかなり縮まるが、それでも距離的に広くなかったので矢は狙い通りではなかったが、相手のバイクのタイヤに刺さる。

 練習用なので普通の矢のように先端が尖ってはいないが、多少荒削りなのものは少しだけ先端が尖っている。

 人を倒すには不十分な鋭利具合だが、タイヤをパンクさせるのには十分だった。

「な、なんだこれは〜!」

「てめぇ、やりやがったな!」

 先頭がバランスを崩し、転倒する。

 後続も次々と連鎖して転倒していく。

「やるじゃん、変態男!よぉーっし、この調子で一気に逃げ切るよ」

 佐藤さんは再びアクセルをふかす。

 彼女が喜んでくれたのは嬉しいが――

(今、一瞬だけ変態男が復活してしまった…)

 僕の心には複雑な気持ちが残った。

 不良達の過半数は僕の矢による転倒で戦線離脱いったが、それでもしぶとく生き残ってきた者もいる。

 僕の矢を警戒してか、今度は先ほどのように不用意には近づいてこない。

「このままじゃ、まずいねぇ」

 佐藤さんがつぶやく。

 峠は既に下り坂。

 これを下れば、隣町に入る。

 このまま町を越えてまでレースをする気はこっちには毛頭ない。

「どこか路地みたいなところがあればなぁ…」

 佐藤さんはもっともなことをつぶやくが、走っている場所は山の中腹辺り。路地の代わりにあるのは深い崖だ。

 まさかこの崖に落ちてみるわけにもいくまい。

「ねぇ、いっそのこと落ちてみようか」

「なっ!?」

 佐藤さんがとんでもないことを提案する。

「わかっているのか!?落ちたら確実に死ぬんだよ!?」

「大丈夫だって。さっき、カーブを曲がるときに見えたんだけど、崖の下、小さいけど川があるでしょ?」

 佐藤さんに言われ、僕は再び訪れたカーブのときにそれを確認する。

 速いスピードだったし、暗いため見えたのは一瞬だが、水のようなものがゆらめいているのはわかった。

「いいアイディアでしょ?」

「うぅ、今この状況を打破するにはこれしかないんだよな…」

「男なんだからビシっと覚悟きめなよ!」

「は、はいぃ!」

 佐藤さんの叱咤を受けて、少しビビッてしまった僕。

 女の子に言われたくらいでなんだと思うかもしれないが、そのくらい説得力のある一言だったのだ。

 もうそろそろ峠も終わりという頃、ついに勝負のときが来た。ガードレールが途切れたところから一気に大ジャーンプ!

 そして、僕達は一瞬鳥になり……そのまますぐ下の小さな川にバイクごと落っこちた。




「うえぇ、ゲホゲホ!」

「ゼェゼェ、佐藤さん……大丈夫?」

 先に川岸に上がった僕は佐藤さんに手を差し延べる。

「ありがと…」

 佐藤さんは僕の手をしっかりと掴む。

「あのバイクの持ち主には悪いことしちゃったなぁ…」

 珍しく佐藤さんが申し訳なさそうな顔をしている。

 傍若無人なところばかりかと思ったらそうでもないんだなぁ。

「クシュン!」

 佐藤さんが可愛らしいくしゃみをする。

 流石に夏場とはいえ、夜の川の水はそれなりに冷たい。

 僕は学生服のままだったのでズボンのポケットの中にはハンカチが入っていたのだが、それも見事にズボンごと濡れてしまっている。

 僕は佐藤さんに背を向けて、それを力いっぱい絞ってからほんの少し風に当てて乾かす。

「はい、これ使って」

 僕はそっと固く絞られたハンカチを渡す。

 こんなものでは何の意味もないことはわかっていた。

 佐藤さんもツッコミを入れてくるかと思っていたのだが、その意に反して彼女は僕からハンカチを受け取ると小さな声で「ありがと」と言っただけだった。

(やけに素直だな…)

 そう思いつつ、僕はハンカチで服の水を染み込ませている佐藤さんから目を背けた。

 しばらく、互いに無言が続く。

 何を話せばいいのかわからない。

 何から話せばいいのかわからない。

 以前までのように気軽に接することができない。

 とてももどかしい。

 ずぶ濡れのままの僕の体は少しずつだけど冷えてきている。

 そんな僕の肩にそっと何かが置かれた。

 ハンカチを持った佐藤さんの右手。

「ほら、返すよハンカチ」

「え?もう、いいのかい?」

 僕はハンカチを受け取らずに聞く。

「あんた、さっきから震えてたでしょ?ちゃあ〜んと見えてたんだからね」

 何とかっこ悪いことだろう。

 せっかく上手く決めることができたと思ったのに。

 間の悪いところを見られたなぁ。

「女の子にかっこつけるなんて百年早いのよ、この変態男…」

 佐藤さんは僕の背中に額を押し付けながらつぶやく。

「それでも、かっこつけたがるのが男ってもんだよ」

 僕はあくまで強気に笑いながら言った。

 佐藤さんは「馬鹿じゃないの」と嘲笑していたが、その目は決して笑っていなかった。

「あ、あの…」

 なぜだかわからない。

ただ、『今なら言える』と思った。

「この間は……ごめんなさい」

 無駄な抵抗と思われるかもしれない。

 それでもいい。

 でも、願うことなら――

「別に、もういいよ…」

 佐藤さんは背中に額を押し付けたまま、小さく言った。

「羽鳥君のことは正直軽蔑してるよ。だけど、君のその無駄に優しいところは嫌いじゃないよ…」

「え?それって…」

 ドン!

 そんな音が後ろから聞こえた刹那、背中に例えようない激痛が走った。

 あぁ、なるほど。

 結局はこういうオチなわけだ……。

(そうだよな。あんなことをした僕が簡単に許されるわけがないんだよ。なのに…)

 甘いなぁ、僕は。

 あま、い……なぁ。


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