Gorgeous party
何とか、ここまで踊れた。
アルフレッドさんが踊るのを見ながら何とかやってきたけど、それなりに間違えず踊れている自信はあった。
ギャラリー達から見てどうなのかはともかくとして。
そして、ついに迎えたフィニッシュ。
最後は軽いステップを踏んで終わりなのだが、僕の場合はそうじゃない。曲で言えば最後のジャン!に当たる部分を即興で考えて最後を飾らないといけないのだ。
でも……。
(アルフレッドさんのダンスを覚えるのに必死で考える暇なんて全然なかったんですけど…)
結局、僕の頭に残っているのは佐藤さんの〇イル〇の弓矢専用技で決めてしまえというその会話だけだった。しかし、あれはゲームの話だから真上に打つだけでインパクトがあるわけで、現実世界では弓矢を真上に射ただけで爆発などしない。(あれは本来、地面に接したときに爆発する技だったはずだが…)放たれた矢が天井の硬さに負けて落ちてくるだけだ。
(でも、でも何もしないよりはずっと得点は高くなるよね?)
そうだ。
何事もまずトライだ。
これで及第点に達しなかったら……。
えぇい、とにかくやってやる!
僕は背中に背負った弓矢を両手に持つと、そのまま客席の天井目がけて射る。
「ファイヤー!!」
なぜだか知らないけど声も出た。
声だけ聞くと相当かっこいいし、決まった感じがする。
これで悔いはない。
そう思って天井に飛んでいく矢を目視で追いかける。そして、天井に当たって情けない音が……。
ドゴァーン!!!
それは見事に計算された爆発だった。
『………』
いや、正確には爆発音だったのだが。しかし、そのおかげで天井から落ちてきた矢が地面に落ちる情けない音もカットされた。
「羽鳥君、ポーズだよ!ポーズを取って!!」
佐藤さんが客席から叫ぶ。
ハッと我に返った僕は衝撃の出来事ですっかり緩みきった顔を引き締め、弓矢を構え適当なポーズを決めてみる。
「オゥ、素晴らしいぜ!」
クラスターさんが大きな拍手を僕に送る。それに続くように他のパフォーマー達も「ブラボー」と声をかけ、盛大な拍手を送る。
「ケン君…」
隣に立っていたアルフレッドさんが厳しい表情で僕を見る。
あぁ、この人を唸らせるには至らなかったか。
そう思ってがっくりと肩を落とすと、アルフレッドさんはそんな僕の肩をがしっと掴んだ。
「見事ダ。たったあれだけの短い打ち合わせでここまでやってのけるなんて……正直ワタシの予想をはるかに上回っていましタ」
「は?」
僕の頭の中が一瞬フリーズした。
この人は今、僕を褒めてくれた…?
「文句なしに君も合格だヨー!」
アルフレッドさんが「YEAH!」と右腕を振り上げる。
稽古場は、いや、ダンス会場はアルフレッドさんの歓喜の雄叫びに弾かれたように大賑わいを見せた。
「やったじゃん!勝ったよ!あたし達勝ったんだよ!」
佐藤さんもおおはしゃぎで僕の手を取ると、上下に何度も振った。
「わぁ!ちょ、ちょっと結構痛いんですけど!?」
「気にしないの!ほら、あたしらもステージに上がるよ!」
皆、すっかり喜びと楽しみに酔いしれているのか、もはや勝負のことは忘れてステージの上で踊りまくった。
僕ももちろん踊った。(というか踊らされた?)
それに、今この一時だけかもしれないけど、佐藤さんとの仲は完全に回復していた。
その気を逃すほど、僕は鈍感な人間じゃなかった。
結局、一時間ほどひたすら踊った後、僕達は物真似パフォーマー達に別れを告げ、劇場を後にした。
後で気づいたことだが、もう夜は完全に更けている。
こんなに騒いで近隣の人に文句を言われないのだろうか。しかし、今更こんなことを思うのも気分を壊すだけなのでやめておいた。
「楽しかったねぇ」
もはや佐藤さんはすっかり以前までのように僕に話しかけてくれる。
「えぇ」
僕も楽しそうに頷く。
あのことを謝ろうと思えばできたが、それはしなかった。
無理に思い出させて、せっかく治った仲を再びこじれさせることもないと思ったからだ。
「前にもこんな思いになったことがあったなぁ」
「それって、須磨高バックダンサーの時の?」
佐藤さんは小さく頷く。
「あの時も、向井君とみのりんの二人と踊り終わった後にこんな気持ちになった。すっごく温かくて、皆と心が触れ合った感じがしたんだ…」
佐藤さんはしみじみと語る。
「じゃあ、僕とは心が触れ合え……」
ましたか?そう聞こうとして、またも邪魔が入ってきた。
「はぅぅ、お二人ともまったりしすぎですよぉ…」
「わっ!?」
「妙ちゃん!?」
電柱の影から現れたのは新たな刺客……じゃなくて、僕たちもよく知る伊東妙さんだった。
「私達がどのくらい、劇場の前でお二人を待っていたと思うんですか〜?」
伊東さんはぷぅ〜っと頬を膨らませて僕達を可愛らしく睨みつける。
声と表情だけではちっとも怖くないのだが、少なくとも声の感じから彼女がだいぶ僕たちを待ち続けていたのは間違いないようだ。
「さっきのアレは、伊東さんがやってくれたんだね?」
「はい〜。アーミルさんが聞き耳を立ててくれたおかげですよ」
伊東さんはにっこりと微笑む。が、聞き耳を立てていたのなら、正直助けろよと言いたい。
「久しぶりだね。一週間ぶりくらいかな?」
「そのくらいですかねぇ。それより、お二人とも仲直りはされたみたいですね」
伊東さんは一人でよかったよかったなどと微笑んでいるが……。
僕は横目で佐藤さんを見る。
しかし、佐藤さんはその話題には触れずに「また何かあったの?」と尋ねる。
「まぁ、妙ちゃんがあたし達の前に出てくる時はたいてい何か厄介ごとを持ってくるときだろうけど」
「うぅ、否定できないだけに悔しいです…」
どうやらその通りらしい。
はぁ、せっかくいいムードになりかけていたのに…。
「今度は何が起こったの?」
僕が尋ねると、伊東さんはまだため息をつきながらアーミルさんと分離する。
「操られた人間達の活動が前よりも盛んになってきているんですよ。数も、ここ一週間でかなり増加している」
「でも、それは佐藤さんが昼夜逆転の生活をすることで防がれているのではなかったんじゃないですか?」
「そのはずなんですが……」
アーミルさんの視線が佐藤さんに向けられる。
「しょ、しょーがないでしょ!人間なんだから、実践不可能な時だってあるっての!」
「とにかくそう言うわけです」
アーミルさんがため息をつきながら言う。
「私と妙さんは今夜にでも悪魔を殲滅したいと思ってこうして出てきたんです」
「おかげであたしがお母さんを説得するためにどれだけ苦労したか…」
伊東さんが半泣きになりながらため息をつく。
アーミルさんはそれに、気まずそうに咳払いをするだけだった。
「でもアーミルさんは、佐藤さんから悪魔を祓う方法を知らないんでしょ?それだったら、今ここで操られた人達を倒しても無意味なんじゃないですか?」
「う……む。た、確かに操られた人間達は我々以外には戦意を示しませんから基本的には無害です」
「じゃあ、結局のところは操られた人達の血を多く見るだけじゃない」
「しかし、前にも言ったでしょう!こうして話をしている間にも貴方の精神にいる悪魔が喰らった人間達の魂は消滅していくのですよ!」
『!!!』
そうだ。
佐藤さんの中には悪魔に囚われた人達の魂がある。僕達はその人達を助けるということも忘れてはならない。
「とにかく、悪魔の出方を待つしかないのですが、こうして下僕にした者達を救っていけば悪魔も業を煮やして出てくると思うのです」
「そ、そんなものかなぁ…」
日本の本に載っている悪魔ってとてもそんな単純な性格ではなかったと思うんだけどなぁ。
もちろん、天使もだけど。
「あぁ、もう!わかったってば!」
佐藤さんがうんざりだと言わんばかりにお手上げをする。
「あたしが動けばいいんでしょ?悪魔の宿主であるあたしが動けば少しはあいつも動きを見せるかもしれない。そういうことでしょ?」
「え、ええ、その通りです…」
アーミルさんはあまりにも簡潔な回答に半ば呆れた表情で頷く。
「じゃあ、さっさと行こうよ。夏休みなのに、こんな生活ありえないもん」
佐藤さんはそう言うと、僕達を置いてさっさと歩いていってしまった。
「あんなんで、本当に大丈夫なのかな…」
「えぇ、不安です…」
アーミルさんも不安げに佐藤さんの背中を見送っている。
「ところで、あのぉ〜」
伊東さんがおずおずと手をあげる。
「羽鳥君は、佐藤さんと仲直りできたんですか?」
「それが、何だかうやむやになってしまって…」
「そうなんですか?見た感じではごく普通に接していたようですけど?」
「それは多分、さっきまで外国の芸人達と踊っていたから気分が良かっただけですよ。まだ僕のことを許してくれているかどうかは……」
「そう、なんですか…」
伊東さんは不満そうにつぶやく。
「羽鳥君、早く佐藤さんに謝ってあげてくださいね。きっと、佐藤さんも羽鳥君の謝罪の言葉を待っていると思います」
「そうでしょうか…」
男の僕にはとてもそうは見えなかった。
伊東さんは同じ女の子だから、こういうことは多少わかるのかもしれない。所謂女の勘というやつだろうな。
「わかったよ伊東さん。頑張ってみます」
僕の言葉に伊東さんは小さくだが、しっかりと頷いた。
「羽鳥くーん、何やってるの!?早く行くよー!」
遠くで佐藤さんが叫んでいる。
「では、また会いましょう」
アーミルさんも伊東さんと合体してそのまま屋根伝いに飛び去っていってしまった。