Desolate world
三日が経った。
僕はどこへも出歩かず部屋の外からも出なかった。
夏風邪だと言って両親すら部屋に入れなかった。
朝になっても昼になっても僕の部屋のカーテンは閉じられたまま、まるで外の世界との交流を断つかのように。
園田が見舞いに来たこともあった。しかし、母親が上手く対応してくれたのかは知らないがあいつが部屋まで上がってくることはなかった。
(失恋……したんだよな?)
未だに実感が湧かない。
頭はずっとぼんやりしていて、今ここにこうしていることは夢の出来事のような気がしてしょうがない。夢から覚めて市民体育ホールに行けばいつものように佐藤さんが観客席に座って弓道の練習を見に来るだろう。早く夢が覚めてほしくて何度もベッドに入って目を閉じた。しかし、数時間後に目が覚めてもカーテンで外との交流を断った僕の部屋に戻るだけだった。
夏なのに分厚いカーテンを四六時中閉めっぱなしだから僕の部屋はとてつもなく熱気がこもっている。
四十度くらいはあるんじゃないだろうか。それでも、僕の周囲は真冬に吹くような乾いた風が吹き荒れていた。ちっとも熱くないので分厚い布団を取り出してさらに上に着て寝た。そして、三日目には本当に風邪を引いた。
急に気分が悪くなって夜中にトイレに入って何時間も吐いた。
いくら吐いてもすっきりしない。
何でだろう?
僕は一体、何がしたいんだろう?
さらに四日が経った。
風邪も治ったし、部活に出ることにした。色々理由をつけて一週間も休んでしまったからさすがに行かないと皆に迷惑をかける。
足取りは正直重かったが、一週間ぶりの外の空気はとっても美味しかった。ちゃんと暑さも感じることができた。
市民体育ホールでは園田を中心に皆が僕を温かく迎えてくれた。
(皆には夏風邪を引いたと伝えたんだっけ)
自分でついた嘘を忘れていた。後半からは本当に夏風を引いていたから無理もないことか。
数人の女子生徒が「そうそう」と言いながら僕に近づいてきた。
「羽鳥君が夏風邪で休んだ日から佐藤さんも弓道を見に来なくなったんだよ」
「羽鳥君、何か聞いていないの?」
「え?どうして僕に伝える必要があるの?」
僕の答えがおかしかったのだろうか。彼女達はきょとんとしていた。
「おいおい皆、変なことを言うなよ。いちいちそんなことを友達のこいつに報告するわけないだろ?こいつの彼女ならまだしも」
園田が肩をすくめながら会話に割って入ってきた。
「でも、羽鳥先輩と佐藤さん、仲が良かったですよ?」
「うんうん。あたし達もすっかり付き合っているんだと思っていたけど違ったの?」
「変な誤解をしないでくれよ。僕とあの人はたまたま家が近くだったから一緒に帰っていただけだから」
「そうなんだ…」
「絶対付き合っていると思ったんだけどなぁ」
どこか不満そうな顔をしながら女子生徒達が練習場に戻っていく。その場には僕と園田だけが残った。
「………」
「………」
お互いに何も喋らない。
「……お前、やっぱりふられたのか?」
園田が言いにくそうに口を開いた。
「お前が来なくなってから一度も彼女がここに来なくなった。今日はお前が来ているというのにさ」
「知らないよ。あの人にもいろいろ事情があるんだろ?だいたい、僕が来なくなったと同時にあの人も来なくなったからって理由を一緒くたにするなよな」
「やっぱり、ふられたな」
こ、こいつは言いにくいことを二回も……。
心の中ではお湯がコンマ五秒で沸かせられるくらい、僕のはらわたは煮えくり返っていた。しかし、ここで腹を立てても意味がないので僕は黙って園田の次の言葉を待つ。
「以前のお前は、佐藤のことを『あの人』とは呼ばなかった。急に呼び方が変わったって事はふられてはいないにしろ何かそれ相応のことが…」
「お前に何がわかるんだよ…?」
僕は低い声で園田の言葉を遮る。
「知った風なことを言うんじゃねぇ!お前に僕の何がわかるって言うんだよ!」
全身に力を入れて僕は怒りを園田にぶつけた。しかし、園田は僕の顔を見てこうつぶやいた。
「俺はお前の幼馴染だ。お前の全てではないにしろ、お前のことはわかったつもりでいる」
「ふん、『つもり』だろ?本当に僕のことをわかってくれてないじゃないか」
「その通りだよ。でもな、こういう時くらい言いたいこと、叫びたいことを口に出せばいいんだよ。俺の知っているお前は物事を何でも溜め込む癖があるからな」
「………」
「溜まっているのなら出しちまえよ。いつまでも溜め込んだままだとまた引かなくてもいい夏風を引いちまうぜ?」
園田はやっぱり気づいていたのだ。
最初の三日間の病気は嘘だったことに。
くそ、僕は何でもかんでもこいつの思惑通りに動かされているんだな。でも、それが――
「それが、返って癪にさわるんだよ!僕のことなんか放っておいてくれ!!」
人間はどうしてこうも愚かなんだろう。明らかに自分の間違いを頭で認めているのに、体がそうは言わないのだ。
「やれやれ…。やっぱり普段の態度がアレだから信用されなかったか。せっかく月9ドラマのワンシーンっぽくなってきてたのに。あ、でもあれって女と男が対峙する設定だっけか?」
今日で夏休み前半も終わり、部活も少し早めに切り上げられた。部長と園田に三人でどこかに遊びに行かないかと誘われたが、そんな気分ではなかったので丁重に断り一人帰路につく。しかし――
『溜まっているのなら出しちまえよ』
園田の言葉が思い出される。確かに、このまま家に帰ってお盆を過ごしたのではこの一週間でやってきたことを再び繰り返してしまいそうな気がする。自分でもわかっていたことだが、あんな不健康な生活はもうこりごりだ。そうなる前に――
「遊びに行こうかな…」
電車のホームに立ってからふと、そんなことをつぶやく。あぁ、こんなことなら部長や園田と一緒に行けばよかったな。でも、今更彼らのところに戻るのも気が引けるし、一人でいたい気分であることには変わりはない。
結局、僕は電車に乗って自分がいつも帰ることにした。と言っても、帰るのは自分がいつも降りている駅までだ。田舎町だが、それなりにプレイスポットと呼ばれるようなものはある。ひとまず、ここから歩いてすぐのところにあるゲームセンターにでも行ってみることにしよう。
僕が行こうとしているゲームセンターはゲームセンターと呼ぶには少し寂れて客も少ない。
店舗も小さいからそんなにゲームの台数もない。まぁ、あまりお小遣いに余裕もないし格闘ゲームでもやりますか。あそこの台はもはや、園田とカンプ(完全コンプリートの略)してしまったから、コンピューターの動きなど手に取るようにわかる。わざと手加減してゆっくりと時間を消費することにしよう。
結局、二クレジットで四十分ほど時間を潰した僕は次の娯楽場所を求めて彷徨うことにした。と言っても、駅の近くにゲームセンターがあること事態が珍しいような田舎の町だから、そうそう娯楽場なんてない。まぁ、こうして歩いているだけでも十分気は紛れる。しかし――
(歩くだけだとどうしても限界があるな)
僕は駅へと引き返すと、学校へ行くためにいつも降りている駅に電車で向かうことにした。
(やっぱりこっちのほうが一応は町らしいよな)
少しずつ太陽が西に傾きつつあるが、まだまだ夜の賑わいが絶えない駅の雑踏に身を投じ僕は再び娯楽場を求めて歩いてみることにした。