謎のマルウェア
そのマルウェアは、それぞれ無関係と思われていた自死の現場から見つかった。改竄されたウェブサイトを閲覧するとマルウェアを勝手にインストールしようとするので、不審なプログラムとしてセキュリテイシステムに引っかかった場合もあったが、データを盗む、壊す、暗号化して人質に取るなどの被害がないため、ひとたび潜り込まれてしまえば、ユーザーもコンピュータもマルウェアの起動に気づかないのだった。
知覚できないが意識下には残る一瞬の映像や音を繰り返すことによって、マルウェアはじわじわとユーザーに暗示を仕掛ける。暗示の効果はすぐには顕れないものの、日常生活を送る中で、普段なら気にも留めなかったようなミスや不満が、どうしても看過できなくなってくる。モニタを見ていないあいだも、端末の電源が切れているあいだも、どこにいて何をしていても、心が過敏になって、ささいな出来事がきっかけでくじけたり深刻に悩んだりするようになり、絶えずまとわりつく不安から逃れようとして、自死を選ぶはめになる。
……目的は不明だが、嫌がらせともサイバーテロとも推測されている。
マルウェア自体がユーザーを殺すわけではない。精神攻撃を受けたユーザー本人さえ鬱の原因がマルウェアとは知らず、遺書があっても生活苦とか疾病とか人間関係のいざこざとか、各個人の思い当たる節しか自死に至る理由が記されていない。だから警察も、証拠が揃うまでは、ありふれた自死と判断せざるをえなかった。
OS標準搭載のセキュリテイシステムや企業製のセキュリティソフトは、月ごと週ごとにこまめなアップデートを重ね、コンピュータをセキュリティリスクから守ろうとしたが、システムやデータを守ることには躍起になっても、ユーザーの心を守らないというセキュリティホールをずっと抱えていたのである。
おわり




