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第七話「悪戯ダンスで魅了しろ」


「はあ、だったら……僕様に依頼しろ」


 フィルターは少年から発せられる音を排除している。

 恐怖で歪んだ口の歯は痛々しく欠けている。容赦なく二発目の拳が振るわれようとしている最中なのに、だ。

 つまり、気分的にはあの少年はどうでもいいわけだ。フィルターは不要なモノを取り除くから。


「……」


 僕様は手に握った冒険者の権利書を女性にかるく投げる。

 めまいと吐き気がして心臓は張り裂けそう。

 きっと酷い顔をしているのだろうな、ああ、じゃあ。なんで。こんなことを、しているんだ。


 「僕様が代わりに金を払う」


 急激に黒く狭まる視界の中、襟を締め上げる太い腕をぶっきらぼうに掴んだ。

 膂力なんて骨が軋む程度だから大丈夫。

 興奮して頭に血が上ったおっさんでも、眉をひそめ後ろに三歩のけぞったようだ。

 ぐっと息を堪えた後は更に頭の血管をビキビキ鳴らし。


「てめえ、冒険者のくせに偽善者気取りか」


 先ほどとは違った静かな声色でそんなことを言った。


「違う、僕様。は。神だ。はあ、だから、ちょいと関わった奴らはみな、笑顔にすることにしている」

「……………へえ、じゃあ俺のことも笑顔にしてくれんのか?」

「冒険者ギルドに行け。口座番号は62、35374だ。商人だから。覚え、られるな? 王都の迷宮でかき集めた財宝が山とある。もってけ」

「…………本気か?」


 一瞬。無理矢理に意識を開いた。

 こちらを鋭く見つめてくる憤怒の瞳に対して、ただ無言で顔を見合わせた。証明する暇なんてない。これで精いっぱいなのだから。

 

「はっ馬鹿馬鹿しい。てめえがもっぱらガキじゃねえか」


 はて、この男は何を言っているのだろうか。

 次第に自分の呼吸音と心拍音がうるさくなって、何を口にしているのか聞き取れない。

 もう気は済んだのか男は振り返って馬車に戻っていく。


「…………ホントに助けちゃった。甘ちゃんだ、君」


 とにかく全身に魔力を被せて息を整える。

 数分と待たず、黒ずんだ視界と安定した心拍が戻ってきそうで………………なんか急に体が軽いな……………横で倒れたガキは泣く元気すらない為、青く膨れた顔が当たらないようにおんぶする。

 

「権利書を返せ」

「? まだ依頼内容は終わってないよ」

「…………ええぇーー!!?まじかぁ!!?」

「ぶふっ、」


 気づけばもう、好きにしてくださいと頬を膨らませてた。

 依頼契約をしてくれたのは助かったが、彼女は自分と違って心底冷静な態度だったのか。

 今更ながらどんな依頼内容かなんて教えてくれるのだろうか。

 

「っぷ、はははははははははははははははは! ふ、膨れた頬がフードからはみ出てる! 君って、こ、子供だなぁ!!」

「子供じゃない! 依頼内容はなんだ」

「と、とりあえずはその子に回復薬をかけてあげよう! その次の目標は親を見つけてあげること!さあ行こう!」

「………………」


 まったく、この女性は得たいが知れない。

 まず服装から怪しいと思う。

 豊かで形がいい胸と腰のくびれを強調させたボロ布のローブ。フードで表情はあまり覗けないが、白い柔肌だ。


 股下を隠す太ももとお尻の存在感が凄い。


 出るとこは出て締まるとこは締まる感じ。


 しかし無駄な動きはなく歩き方にも千錬を彷彿とさせる。それに戦い慣れているのか、将又、武器召喚の類を授かったのか。

 彼女に武器という武器は見当たらない。

 ………………予測不能、必要以上に接触するのは避けた方がいいタイプだ。

 

「ねー君はさ、将来どんな人になりたいの? もう自分は神様だとか言ってたけど」

「…………………」

「あれえ?急に冷たいなー……私と会話することも依頼に書かれてたらどうするのさ?」

「…………」

「…………うーん、ま。黙ってもいいよ。選ぶのは君だ。自由に選択するといい」

 

 暇なのか手の中でくるくると権利書を弄ぶ女性。

 よく言ってくれる。

 逃げ道なんて権利書を投げ渡した瞬間におそらく絶たれていたのだ。もっと冷静になって行動するべきだったなとため息をつく。


「B級冒険者の権利書はギルドを介さずに依頼契約ができる。でもその代わりに依頼内容を一度でも違えれば、何かしらのペナルティが掛かる」

「うんうん。知ってるよ」

「だから、今日はお前に付き合ってやる。お前は聞いても教えてくれないことばかりだろうからな」

 

 女性は口に指を付けて「そんなことないよ?」気楽な調子で歩いていく。

 外套越しから感じる息遣いが暖かい。

 だが周りから見れば顔を損傷した少年を抱いているローブの男女組だ。


「じゃあ君が話した分だけ私のことも話そうか♪」

  

 なのにこの女は楽しそうな声色でそんなことを言う。

 ……………いずれ人混みから疑心的な視線が増えていき、まるで海を別つように道が出来ていた。

 別にどうでもいいがどのみち会話する暇はあったわけだ。


「責任云々いうならなんでこのガキを助けた?」

「君はなんで私たちを助けたの?」


 ちょうど、声が重なった。

 

「理由はない。暇つぶしだ」

「観光客が道にはみ出した少年を助けてはならない、なんて規律はないからね」

「…………お前がいう規律が何なのかが気になるがな」

「至ってマトモなものだよ。それでさ甘々神様少年、君って世界の終わりをイメージできるの?」


 なんて突然、”朝飯どんなだった?”みたいなノリで問うてくる女性だ。

 ………………ちょっと意味不明。


「僕様は天才だからな、おまけに超のつく! ゆえにできる! だが、そんなのどうでもいい。いま僕様が気になるのはお前だ!」

「…………そっか」

「……?」

「……ああ、依頼の方はね。秘密。これからわかるよ。それに、私については君が調べればいいじゃないか。いつでも歓迎しよう」


 依頼次第では縁斬りにするつもりだが、女性の方は思わず弾むように僕様の横にスキップしてくる。

 …………香水みたいな匂いはしないがはて何の匂いだったか。


「ふふ……にしてもねー、暇つぶしかー。やはり変わらないものだね」

「………………」

「? 私の体になにかついてる?」

「…………ない」


 いやいや危ない、そんなの気にしなくていいだろう。優先するべきはこのガキを無事に家に帰すことだ。

 でも、あと何回馬車は横を通り過ぎるのだろう。痛むところはない。だが、この女性の声すら遠のいていく。思ったより元気っぽいな、この人。

 

「それで? 君は、」


 女性が姿勢を下げるだけでゆたりと上下する胸。

 上目遣いのローブから覗けた瞳に意識を向けようとして、不意に何かが切れる音がした。


「……………、あ」

 

 今までは侵食してこなかったところまで、鎖の音が入ってくる。

 耳を超えて、脳を超えて、魂まで響くよう。


 なにか、変だ。


 遠くから聞こえる喧騒が消える。

 歩く音 消える。

  臓の音が消える。 

 誰かの声 消える。

 頭が っ白になる。

 い れ 膜に残るのは   だけに、なった。

 

 鎖。

 

   心臓が圧し潰される。

 

 何かを縛る道具。


   底から何かが這い上がってくる。


 なら、この音には何の意味があるのだろう。

 

     何をいまさら。


 あの日から何か、大切なことを。  


 いや、ト似かくハはなれテ。

 

 体を使っている感覚すら薄れて、段差を登る足を踏み外した。何とか踏みとどまって、しばらく頷いたままになっているのだろう。

 意識すら漂白されていく中で、何かの地獄を見た気がするのである。

 

「     」


 女性の口の動きで何かを言っているのかは理解できるが、どうにも、その相手の感情は理解できなかった。する気にもなれない。

 

 ”君は将来どんな人になりたい?”

 

 ローブの中から黒曜石の瞳が覗けた。美しく大人びた顔立ちに、整った高い鼻筋。

 まるでこちらの心すら見透かしているような暗い眼差しだった。


 本当に心をのぞかれているのかもしれない。

 

 周囲の景色が自動的に進んでいく錯覚を何とか維持する。錯覚と感じることすら危うい気がした。

 なぜなら歩いているのは自分なのだから。


”将来、どんな人になりたいのか”


 ボンヤリした意識の中で薬屋に入る。なけなしの金で回復薬を買った後、耳の近くで息をする少年の口に注いだ。


 ”僕様は、ただ誰かを見捨てない人になりたいのか”


 わからない。


 そんなこと言われてもよく、考えたこともなかったから…………。


 腕の中で眠る茶髪の少年の傷は完治していた。欠けた歯は乳歯だったのか戻っていないが、殴られた青い跡の一切が消えている。

 それで。

 不思議と笑えた気がしたのはなぜか。


 しばらくして”今世ぐらい見捨てればいいのに、ホント”と自分の耳にぼやけて響いた声。


 兎にも角にも浅く深呼吸をして意識を戻す。

 近くを走る馬車はいないおかげか、空っぽだった神経に熱が注がれていく。音が戻りつつある世界で最初に聞いたのは少年の声だった。


「…………そ、の」

「ごめんなさいはもう聞いた。まだ痛むだろう。担いでやる」

「…の………………あ」

「言っておくが、お前を助けたんじゃない。僕様のセオリーに反するから行動したんだ…………」


 息が詰まってしゃべれない少年を抱きかかえる。 


 「助けてくれて、ありがとう」その最中、聞こえた言葉に視界が揺らいだ。


 真っ白だった意識が今を生きろと鮮やかに彩る。僕様は新しい感覚に乗るように魔力を体に巡らせて歩いた。

 

 少年に返す言葉はない。


 ないのだが本当に意外そうに口を開けて、しばらく直立する女性がなんだが気になった。

 五感センサーを極限まで狭めて気分を幾分か楽にする。

 またコツコツと靴を鳴らして外にでた後、開かれたドアの奥で外を確認する女性だ。

 

「今なら馬車は通ってないようだ。急ごう」

「…………」

「君はさ『何者か』になりたいなんて《《具体的なイメージ》》は忘れてる癖に、進むべき道を既に選んでいるじゃないか」


 少年をおぶった僕様に近づいて「天才だね」と首元で囁いてくる。

 なぜだか、本当にコイツから差し出された手は取らないようにしようと思った。

 透明性のある毒みたいなイメージだ。

 気を抜けば自分という舵すら失いかねない危機感に、肩の力がより強まっていく。


「今日は私に従ってもらうこと、忘れてないよね? 安心して良い。規律どうりに権利書は返すさ。依頼が終われば」

「えと、あの、………?」

「ああしっかり君は家に返すから。今日は甘ちゃんに出会えて良かったね、少年」


 嫌な予感から眉間の奥がキリキリと痛む。

 だが反対に肩の力は抜けていく。

 それは警戒心を解いたわけじゃなく、単に背中から感じる息吹から想起しただけだ。


「誰が甘ちゃんだ。考えなしのノロマに言われたくない」


 この女はガキを命懸けで助けようとしていた。

 どんな理由があるにせよ、敵だと認識するのは早とちりになるだろうと思ったのだ。


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