第六話「善はどこにいる!? 悪はどこにいる!? この世界はビックリするほど広ーい!!」
「最後に来たのはいつだったか忘れたけど、やっぱ道姫都は新鮮でいいなー…………」
ふと『喜歌劇「天国と地獄」』が脳内で再生される。
思わず”瞳”を開きそうになり、先を考えない衝動を片手で瞼を抑えて鎮める。
ただ足のつま先まで突き動かす胸の興奮は冷めない。
屋台で大人二人分の飯を喰らい、展望台から都市を見下ろし、ドワーフの武器工房を冷やかす。
緑豊かな関所。都市を見下ろす城壁すら影に入れてしまうほど巨大なホール。
都市の中から世界の端まで幅を利かせる冒険者ギルド。
「掲示板!食堂!時計台!」
他にも一通りの脚を惹きつけている景色を日記に留める。
「前きたときより原作に近づいて発展してるなー、あははははは人口都市は伊達じゃなーい!! 原作から一年ほど前だから、知ってるクエストは始まってすらないけどーー!!」
全身の神経という神経から発生するアドレナリン。
スキップしすぎて靴が緩いが、そんなの気にしてどうすると更に高く体はレンガ上を跳ね進んでいく。
その最中………暗い路地裏の壁に貼られた壁紙に意識を掴まれた。
「…………む。父上が気にしていたのはこれか」
閉じた瞼の先には『魔女の使徒』に関する注意喚起。
眉が下がって胸にモヤモヤが生まれてくる。
なぜかと考える仕草をしてみるが、特に理由が掘り当てられなかった。だからきっとお腹がすているのだろう。
事前に買っておいた鳥の皮計三本を一秒で食い散らかす。
それでも湧き上がる苛つきは徐々に加熱されていった。
「魔女の使徒が活動をしていたのは知ってるさ。じゃあなんだ、これは。…………あームカつく!面倒!くそ!走るか!流石僕様!名案!」
感情に意識が支配されてる中でも答えは浮かんでくる。
この都市に来てからの喧騒から響き、たった一つの声に神経を逆なでされている。
その音源がだんだん近づいてきているのだ。
「はははははははは!! ぼーくさまはー天才でー!!」
勢いに任せてきてしまった事実に立ち止まれないでいるのもある。
父上と母上の叱咤は怖くはないが。
例外であるイレイナにはホントの本気で見つからないように気をつけないと。
まず目立つ行動をするのはNGである。
「まぁ、僕様のあまりに激しい光のオーラでバレるのも時間の問題だと思うがな!! あはははははははははあははははは!!!」
僕様は近くでやたらと視線を向けてくる人たちのことは気にせず、王都をひとしきり回った後は大股で冒険者ギルドに訪れた。
なにせ四大貴族が主催するパーティである。
優れた護衛なんて、喉から手が出るほど欲しがってる奴もいるだろう。
…………だが。
どうにもギルドに向かっては戻るを繰り返してしまう。
脳内の音楽は停止した。
また商人の馬車が横を通るたび、脳内では八つの鎖が浮かび上がっていく。
鎖が何かを縛る音だけが一切を超えて鐘のように響き渡る。
何度も。何度も。何度も。
意識だけ二つに分裂して並行しているような感じなので行動に支障がないのは幸いだった。
つまりこのノイズは気にしなくていい。
気にしなくてはならないのは五感から得た情報の先だ。
ここから歩いて3分ほどした場所………………そこで六歳ほどの子供が溢れる涙を両手で抑えている。
まるで助けてくださいとでもいうかのようだ。
泥臭く心に残る惨めな泣き声。
迷子なのか、こういった孤独の経験はないのか。先の見えない恐怖に打ちのめされる声は止む気配を視せない。
あまりにも堪忍袋が弾けそうでぎりっと奥歯を噛みしめる。
…………僕様は行かないからな。
その周りの人混みからはっと息が漏れ、自分は関係ないとばかりに流れに沿って歩いていく。
……だからこそ、誰かが気づいた時には。
人の群列から外れた一人の少年が車道に突きでてくる。
……もう遅かったのだ。
涙を抑えているせいで視界が悪いのか、ノコノコと誰の手も届かせない車道の奥まで進んでいく少年。
全身の筋肉が余りある力で凝縮した。
まるで頭のてっぺんからつま先まで血の代わりにアレルギー反応を起こす薬品が巡るよう。
「ぁ」
本人も違和感を感じたのか、それとも、軽い段差に股下がきゅっとしたからか。
大きく開いていた口は閉じてふと横を振り向く。
馬車の外郭すら溶けた何かが、突っ込んでくるように見えただろう。
心臓を冷たく張り付かせる恐怖は、見るもの全てをトラウマに変えるから。
正直、憤怒よりは疑惑が足を動かした。
ローブを着こんだ女性が死にゆく少年を突き飛ばしている。
あれでは迷わず馬鹿みたいに両方死んでいくだけだ。
助からない。
間違いなく引かれて死ぬ。
馬鹿だ。
アホだ。
トラックほどの荷物を携えた馬車なんて、軽々しく人を殺せる。なんであんなことをするのか解からない。
目まぐるしい状況の変化に脳がうずくまる。
ならば魔法すら発動したこの身を動かしたのは理性ではないとして、一体なんなのか。
まるで時間が止まったみたいだ。
馬が一歩踏み出す速度を越えて、縦横無尽を唸り走る鎖の長列。
網が獲物を掴むように馬車を巡る。
更にもう一本。
地面から射出される。
爆ぜるように加速する鎖は僕様の体を弾き、そのまま身体強化を施した足で飛んだ。
「、」
僕様の首付けのローブが千切れるほどはためいた。
片腕ずつ二人を抱いて地面を滑るように跳躍した後、向こう側の歩道に着地したのだ。
それと同時、制御を失う馬車の衝撃を受け切った鎖。
「え、ぁ…………?」「…………」
両腕から命の鼓動を感じてどっと息を吐いた。
後ろでは大きめの馬車が宙を浮く鎖に縛られつつも、数秒経てばその運転手が大股になって歩いてくる。
それと荷台を引っ張った馬は息を荒くしているが怪我はない。
クレーンのように二人を解放した後、辺りを浮遊する鎖を跡形もなく消し去った。
数歩だけ歩いて心臓を落ち着かせる。
もう一息つく前に、当然ながら筋肉質な大柄の髭男は歯を食いしばっていた。
「馬鹿野郎!!!死にたいのかクソガキ!!!!!!」
「ひっ…………ご、ごめ」
「ああ!!?? 謝ったら済むもんなのか!!! お前のせいでどれだけの人に迷惑がかかると思ってやがる!!」
僕様の腕から離れた少年は腰を抜かしている。
落ち着いた馬の心臓ですら高鳴るほどの迫力で、今しがた死にかけた少年はまともな思考すら封じられていた。
赤く腫れた目が見開いて呼吸が浅く荒くなっている。
「お前の両親はどこだ!! うちの馬車は貴族様御用達なんだよ!! なにか品に傷が入ったら、てめえの家族に請求してやるからな!!!」
「そ……それはっいや、です……」
「ああ!!?」
「………………………………、」
別に可哀そうとかは同情心はない。
無茶に魔法を使ったせいで意識が徐々に薄れていく。最近はフィルターの調子悪いし、とにかく心臓が破れそうなのだ。
「はあ、あ。はあ」
僕様は乱暴に襟元を掴まれている少年へ手を伸ばして「冒険者さん。ちょっとまった」不意に冷静な声色で腕を掴まれた。
あまりにもビックリして目が見開く。
ギラギラと赫い瞳はローブの下に隠されているが、人前でも閉じるのを忘れてしまいそうな衝撃だ。
「なんだ……?」
「あの少年は敷かれたルールを破ったんだよ。責任は少年にある。それに、今の君は冒険者だ」
「はあ……あ。はあ、は?」
「依頼もなしに人と人の取引に手を出すことは規律違反だよ。すぐに天罰がくる」
だからこのまま見ていろと女性はいう。
それは父上がむかし話していたことだ。
『冒険者の権利書を得たからにはよく考えて人と関わらなければならない』たしかに一緒に釣りをしていた時にそういっていた。
冴えてる。昔のことを思い出せるなんて。
例え、少年が大の大人に殴られても。
例え、道理に似合わない搾取であっても。
後先考えず本能だけで行動しては、何かしらのペナルティがかかるのだと。
『けど、やっぱり助けちゃうんだろうね』
僕様は冷水かけられたみたいな頭で瞼を閉じた後、手を掛けてきた女性に振り返った。




