第四話「キッチン・イン・ザ・ストームタイム!! 英雄の食卓は如何せんと!!」
「というかご主人、怪我はないっすか?」
「ある訳ない。僕様だぞ?」
「滅茶つよなご主人様はそういいますっすけど、心配なんすよ。それにあっても隠すでしょ」
そそくさと立ち上がった後にこちらを心配そうに体をさわさわと触ってくるライオット。
…………気持ち悪い。
それは迅速な動作で走ってきたイレイナも同じ気持ちだったのだろう。
「!」
バスケットボールサイズの水球を冷却した後、弟の顔面目掛けて思いっきり投球した。
無論、当たる前に音もなく真っ二つになる。
当たれば出血多量で病院コース命がけのドッチボール、ファイッ!!
「………………かっ、勘弁して欲しいっす」
「ほら走れ」
「い、いつもイレイナさんは容赦ないですね」
「普段話せない分、人よりアクティブなんだってね。坊ちゃんがこの前言ってたよ」
とにかくその場から離れて、原型なく損壊した柵によたれかかるアリスとシュレイドの襟元を軽く引っ張った。
動揺した声で後ずさるように倒れてくる二人。
「そこにいると邪魔だ」
こちらを覗ける窓全域に黒く染色した水の球を設置すると、瞼を少し開いてイメージする。
万全な状態の柵と芝生。
体重を崩した二人が足を戻すより早く、壊れた筈の柵と芝生は元どうりになっていた。
「「…………」」
森の方からはまだ木の幹が悲鳴をあげている。
しかし、周囲にめり込んだ柵も吹き飛んだ地面の跡すら一片残らず元どうりだ。
もはや新品と同じといってもいい。
「これなら、旅に出るより大工になった方がいいんじゃないですか?」
ジト目を向けてくるアリスの言い分は理解に苦しむが、一難去ってまた一難…………今日は厄日か…………針のように刺してくる視線から芋づる式に人影らしいモノを捉えた。
それも四体。
「うーん。坊ちゃんが大工になったら、いずれ材料を扱う商人も困っちゃうかな」
こちらに背中を向けて、現場の感想を言い合う金髪のメイドとフルアーマーの兵士。
それはそうと聞き捨てならんことを堂々と言ったなアリスよ。
「それにダメだよアリスちゃん、坊ちゃんは旅に出たいんだから」
そうそう。
流石シュレイド、わかってる。自然と笑みが生まれる空気の読み具合だ。
まあ、なんの魔法を使ったのかは秘密にして「接触禁止令が出てるんだ! 余計な視線はやめろ! 気色悪い!」屋敷全域にまで広がる声量を放った僕様。
ブンっと何かが振動する音が四度、どれも同一色に品定めをする視線が溶けたようになくなった。
来客とやらだろう。
父上の相手をしていながら、観客として魔物の討伐劇を暇つぶしの道具にするとは。
目をこれでもかの開いて全力で抗議してくるアリスがいなければ追跡していたところだ。
「っ、耳痛っーーぁ!!叫ぶなら事前に言ってください!!」
「だぁ!やかましい!鼓膜を魔力で守らんのが悪い!!」
「ふはー………っ」
正直五感センサーで正体を突き止めたいが、こんな周りで騒がれては捉えることは面倒。
疲れているのか意識と集中力にもノイズが出てくる。
「今夜の晩餐で旦那様に聞いてみればいいんじゃないかな。敵意を感じたわけでもないんだよね?」
「……シュレイド」
たしかに、敵意のある視線ならもっと早く位置なんて割り出せたか。
「そうだな、流石シュレイド。さすシュレ。僕様のこと見てる」
「へんな略し方だね」
特に不快な感情は抱いていないらしいが、ずっと平行して歩いてくるアリス。
その、なんで笑顔なのかわからないが不気味だ。
「へー、わたしがなんかいったら黙らせてくるのにー。はー、へー、シュレイドさんの場合は葛藤もなく一文で済まされるんですねー」
「お前は世界一のヴぁカだからな」
「っ、ぷ、あははははは……ああごめんごめん、僕は坊ちゃんを取るつもりはないよ!」
なにかしらのツボに入ったのか、ここから数分は笑い混じりに話しそうなシュレイド。
それに鎧をかちゃかちゃ鳴らしながら歩いていく最中のことだ。
「……?」
ひときれの紙を慣れない手つきで渡してきた。
受け取ったそれを開く前に衛兵は背中を向ける。
「じゃあ僕は仕事に戻ります」
どこかこそばゆいのか、いつ書いたのかもわからない紙を残して去っていく。
というか戻るのか。
「この感触。日記の紙だ」
どういうことだ?と横を向くが一転して明るい笑顔のアリス。
「シュレイド様と柵の後ろに控えていた時にですね、日記を見つけた瞬間にその紙千切ってもいいかい? と聞かれまして」
というか気が付かなかったんですね、と加えるアリス。
なるほど、やはり肝が据わった奴だ。腰を抜かした後でも瞬時に切り替えができるとは。
「で、僕様の日記帳とは教えなかったのか?」
「はい! それでどのような処罰にしましょう」
「いい返事だ。奴は無罪放免とする」
想定内の答えからシュレイドは不問とする。
清々しい気分で紙を開けようとして「わ、私がそんなことしたら絶対怒るのに…………あの全身鎧野郎ーー!」情けなくも後ろから掴んでくるアリスに呼吸が落ち着いてくる。
「シュレイドは『自分は泥から生まれてきたんですよ』なんて、初対面でぶちかましてくる面白い奴だぞ? お前と気が合うじゃないか」
しかし手紙を開けば、つい足が止まってしまう僕様だ。
で。
そんなやりとりをしているうちにすっかり日は暮れ、今はキッチンで母上の手伝い中だ。
手紙の内容が頭から離れないが、アリスの包丁さばきは僕様よりも慎重気味である。
「アリス、遅い」
「そうだぞ、遅い」
「…………はい」
大人でも胃がきゅっとなるほど冷ややかな声色でアリスを嗜める母上こと、霧雨鈴鹿。
黒色の髪は肩まで伸びており、名前が日本寄りなのはこの世界における東洋出身だから。
母上が着ている割烹着にも見覚えはある。
小さい顔と綺麗な鼻筋。体は華奢な方でも凛とした佇まいは肌を寒くさせる。
そう、容貌は街の人々の目を奪うほど魅力的だ。
しかし何かしらを話そうとすると訳なく喉が詰まるのである。これは僕様だけの話だけれども。
((((((((((((((((((((((((((((((((
霧雨鈴鹿(31歳)
:本人は人と話すことは好きらしい。
:僕様の邪魔をしてくることは基本ないのであまり書くことはないけど、たまに頑張りすぎになるので心配である。
:冬場の外でも浴衣着るし、季節感もちょっとおかしい人だ。
(((((((((((((((((((((((((((((((((((((
まな板の上で牛の肉を包丁でブロック状に切っていく。
朝からこの調理する音がしていたのは、音楽祭で運ばれる料理を母上が用意していたからである。
「■■■■、まつ毛が落ちてる。もっと集中して」
「は、はい!」
まな板の上に落ちたまつ毛を指で捨てると、器具と素手をもう一度石鹸で洗う。
背筋が伸びる感覚には慣れてきたが「僕様は悪霊」なんて言う気分にはなれなかった。
「それと、今日はなんで音楽祭に来なかったの?
貴方が”この地を治める領主の息子”という肩書きを軽んじてないのはわかるけど、貴方を置いて一大イベントは盛り上がらないわ」
この話をされると次に話す言葉を選んでしまうというものだ。
「…………それは、なぜですか?」
「ここは暴力と音楽の街。歴代最年少で優勝を勝ち取ったチャンピオンがいなくて、この街の戦士が活力を出し切れると思う?」
「あぁ、質問を質問で返さないで…………」
脳裏に過るのは凝縮したバネみたいな筋肉を全身に発達させ、できる限りの声量から歓声を放つ大人たちとラッパとトランペットを盛大に吹かす演奏隊。
フィルターすらぶっ壊す勢いの音量だ。
コロシアムには風がよく入ってきて、靴の中は砂埃でいっぱい。
それらは別にいいのだが本当に反応に困ったことがあった。
思い出すだけで気分は鰻登りでもある。
僕様は有名になりすぎたのだ。
あの一件は僕様がある意味で有名になる一因なのだと自負している。
また幼いながらも地下迷宮へと潜り込み、親の知らぬ間にBランク冒険者の認定機が僕様の顔を記録していた。
八歳の誕生日には冒険者の資格が手元に握られていて焦ったものだ。
誕生日ケーキを食べる速度も遅かった気がする。周りからの質問攻めが凄いから。
「一言で、自由に動くには面倒なことになりましたけどね」
「…………またラブレターの数も増えましたよね。ご主人様って変なところで謙虚です。大変助かりますけど、ぜ、前世とかあったなら、…………庶民的だったり?」
「いや、それはないな。なにせ僕様は世界最強になる男だ。その極致は兵器とかを乗り越えた先にあるわけよ。なら逆説的にとらえれば、個人で一世界分はある生物な筈だ。いや困った。なら本当に、僕様にとって世界は狭すぎる」
「はいはい…………」
またなんの恨みを買ったのか、たまにガチの暗殺者が送り込まれてくる始末。
原作でも貴族のいざこざへと介入する選択肢があったが、自然と避けていたのは他の貴族からの嫌がらせを経験しない為である。
「出すぎた杭は密かに打たれるんですよ。僕様の天才性は髄一ですから、本当に困りました」
「ご主人様、そんな嫌そうな顔しても本当は嬉しいんでしょ? 人気になって」
「本音を言いなさい」
「あはははははははは、はいはーい!滅茶苦茶嬉しいでーすよ!! でも旅立つ流浪の者としては肩書きが多すぎるというか、」
たしかに優勝した時は全力で飛び跳ねて、知らないお姉さんから受け取った花束を笑顔で抱きしめるほどテンションも上がっていた。
たかがコロシアム。
子供の体なんて軽く吹き飛ばす体格をした騎士とか、ほどほどに有名なC級冒険者と戦って勝っただけ。
当初は、この屋敷に住む人たちがどんなリアクションを取るのか気になっただけなのだ。
本当の計画はスタートラインで有名になるんじゃなくて、旅立つ中で名声とかを手に入れたかったのだ。
まるで『旅ぷく』の主人公みたいに。
青空の下でぬくぬくと、たまに、手に汗握る冒険を送りたいのである。
「僕様は神だ、と日記に書いておきながらなにを言っているんですか?」
「■■■■、その目標を恥じているの?」
「まさか! 僕様はいずれ、世界中に影響を与えるような偉大な人になるのです!!」
そんな会話をしている内に料理の過程はかなり進んでいた。
集中して肉を焼くアリスに目を配りながら、味噌汁とクリームを煮る鍋から意識は外さない母上。
そうして、匂いだけで涎が出てきそうな絶品たちを食卓に運んだ後、
「「「「アライシャ」」」」
僕様と、現当主である父上と、その妻である母上と、使用人達が手を合わせてそう言った。
(※アライシャとは食の神を冠した名前)
……………さて。テーブルの奥でもじもじしている青髪の男性は何か話があるようだが、一体なにを躊躇っているのだろう。
((((((((((((((
名前 キリサメ・クロウル・シャルロット(32歳)
:この屋敷で一番安心感を覚える人
:なぜか僕様に対してよくビビったり、よく泣いたりする
((((((((((((((




