第三十八話「旅路」
二人の旅人の路は極めて正反対に位置するものだった。
皮袋を手にして安全なルートを辿っていく黒髪の少年。
するとリュックを背負えば、魔物が蔓延る近道を魔導バイクで突っ込んでいく白髪の少年。
どちらが正しいのかなどわからない。
なんの為にそんなことをしているのか、という疑問を持つことが大切なのだろう。
後者はいい意味で危険な通路すら味わう冒険家、悪い意味では破壊を楽しむ野蛮人。
下り坂の岩山だろうとバイクで突っ込み、魔物が潜む湖の森ですら容赦なく渡る。
軽快なリズムを刻む太鼓や迫力を醸し出すトランペットに合わせ、更に白髪の少年は加速していく。
しかし前者は花畑を経由したり川の水を飲んだり、まさに鳥の囀りが似合う旅路だ。
無論として魔物とは遭遇するも、その足跡には魔物が死体となった末に散る黒い灰。
またオペレッタ《天国と地獄》という楽曲をBGMに、荒々しく魔導バイクを駆けさせる白髪の少年。
腰につけた剣の目が回ることもあれば、淡光結晶で満ちた地下通路に瞳孔を広げることもある。
両者は野営したり、何処かの街にて依頼を受けたり。
交じり合うことなく進んでいく。
しかし、向かう先は同じ。それをお互いに知るのはもう少し先のことになるのだが。
))))))))))))))))
「このちょっと残念なクソ親父め!! お前のことなんざだいっ嫌いだ!!」
「おお、おお、言い寄るわ! 俺や母さんがいなきゃ、そもそも存在すらできなかった小僧がよ!!」
………………きっと、夢を見ている。
旅をする中で、ふと振り返る時間は必要だと親父は言っていたからか。
ぶっきらぼうな口調で口喧嘩を繰り返す日々。
親父はしわくちゃの頬を歪ませながらも、稽古から逃げ出した俺を何度も痛めつけてくる。それはもう虐待だった。
なのに村の奴らは応援するだけしてどっか行くんだ。
「ほら立て!! 世界はお前を待ってくれんぞ!!」
「うっせえなあ!! じゃあまず剣の振り方を教えろよ!! 同じことの繰り返しなんだよ、いつもいつも!!」
「はッ、立ち上がり方すら知らねえ奴に教える剣はねえ。これ基本だぜ?」
まるで心臓を一から作り直しているような生活である。
それも今は遠く、次第に掠れていくのだ。
この世界は何が起きるのかわからない。
例えば一週間前に世界が滅びかけたこととか、予想だにしなかった事態は不意に訪れてくるものなのだろう。
そんなことを思いながら、寝ぼけた脳みそがカウンター上の水を要求する。
ぐびぐびとそれを飲み干せば今度こそ立ち上がる。
なんてことは夢の彼方、なんだか久々の憂鬱に体はどんよりと俯くばかりだった。
「あれ? 今日は酒場のピアノ弾いてないんだ?」
「やあショリーゼ。今日は気分じゃなくて」
「それは残念だけど、昨日から悩んでいた答えが全然でないの。ちょっと相談に乗ってよ」
そうして賑やかな酒場が更に騒がしくなってくる。
…………何か楽しいことでもあるのか。
隣の椅子に駆け寄ってきたそばかすの少女は「ずっと判んないんだけど、なんで人って嘘をついちゃダメなの?」そんな目覚まし薬みたいな話題を投げてきた。
「…………え~~、まず、嘘っていうからには人を騙している訳だよね? その時点で駄目じゃないかな」
「それには一理あるけど………私には難しいわ。だって昨日読んだの。教本ではね、この世の中には良い嘘と悪い嘘があるんだって。これもあながち間違ってないでしょう?」
それは本気の本気でそう思っているような幼い瞳である。
いや、幼くはないか。
だってそんなしょうもなさそうに見えて、わりと俺自身でも答えにたどり着けない崖を目指しているのだから。
「…………これは友人の話なんだけど」
「プくに友達なんていたんだ」
「におお、ぐおぉぉぉぉぉぉぉ! その話題とその名前は禁句…………!! お願いだからやめてよお、愛玩犬みたいな名前で呼ぶのぉ…………」
すると「ご、ごめんなさい。でも実名でしょ?」と姿勢を正した少女である。
つい魔エビの如く曲がった俺の背骨がぽきりと悲鳴を上げるも、その視界の先で困惑していた女性の顔は眠気を吹き飛ばした。
見知らぬ冒険者がウエイターさんの腕を強引に引っ張っていたのだ。
「ちょ、うで痛っ! やめてください! 離して!」
「おいおい。客にそんなこと言っていいのか? ちょっと話すだけだってーいいじゃねえか!」
「お姉さん綺麗だねえ。年いくつ?」
「だから…………!! やめなさいって言ってるでしょう!!」
すると火薬が爆ぜたような音が鳴り響いたのだ。
酒に酔った男たちが弾けるように盛り上がり、ピアノなんて必要ないくらいの笑いが満ちていく。
「わははははは、決まったーー!! ロンちゃんのガチギレビンタ!」
「あれいてえよなあ。虫歯みたいに腫れるんだぜ?」
「俺も長続きしたわ」
「そういう魔法だろ? こんな辺境でエロ親父の対応に追われりゃ、強烈なビンタくらい授かるっての」
とにかく地面に足をつけてポケットのダーツを手に取った俺だ。
脳内では【調合しますか? はい・いいえ】と角ばった文字。
無精ひげに酒泡をつけた連中は鈍いのか、頭のてっぺんまで青筋を刻ませた冒険者に駆け寄ろうともしない。
すると――――――――――――勢いよく腕から叫んだ憤怒だ。
「ぬウッア゛アアア!!!」
「ひッ!」
それを見越したうえで俺は男の体にダーツを投げ刺していた。
塗っておいた痺れ毒が空ける数秒の隙。
布擦れ一つとしない静寂が訪れ、冷汗を流しつつも立ち上がる俺である。あまりの緊張感ではちみつを飲んでいる感じ。
錯覚した甘みとドロドロ感は嫌に喉元にこびりつく。
「!!…………」
その瞬間、滑りこむような動作で男の腕をいなす。
まるで物を組み立てる魔道具のようだ。
力を流すように男を椅子に座らせた後、片腕によたれかかる細い体を逃がすのである。
周囲の人波が唾を呑む最中、斬りかかってきた男の腹を蹴飛ばした俺だ。
「がッ…………」
「…………な」
「お、おいおい。普通にやる気じゃねえか、あれ…………」
「プくってあんなに強かったのか?」
「お兄ちゃんカッコイイ!!」
「…………は。はあ? は???」
腹を抑えて肩を浅く上下させる男を横目に、これからどうしようと思う。
――――――なんか不味くないか?
またもや口笛を吹いてきたり、酒瓶が漏れるように振るい上げる大人たちだ。
そんな音さえ置き去りになっていく。
金切り音を響かせるような殺気が、椅子に座った男の眼球を持ち上げる。
「俺は、」
「は。ア。まっ、兄」
「俺は魔女の使徒だぞォオぉぉぉお!!! 気に食わねえ奴らは、全員ン!!」
すぐさま早くここから逃げろと叫ぶ本能を噛み殺す。
――――――だが、間に合わない。
男が取り出した短杖は魔道具の一種なのか、なんにせよ莫大な魔力だ。おまけに術が発動された直後、今しがた杖を素手から取ろうとも。
「ミンチになっちまえ!!」
杖から生み出された水銀の閃光は止まらない。
「うわ――――――入るよお!」
だが、粉砕した木壁とガラス片を噴出させる謎の風。
いや風ではなくバイクだ。
魔導でタイヤを走らせる二輪駆動、それが耳をつんざく音を不意に爆ぜさせていた。
「なッ!!?」
あろうことかそのまま男と自分の間を縫って入ってくるのだ。
また急ブレーキを受けた床からは木が焼ける匂い。
そして――――――――――――その機体の末端についた花を、そばかすの少女が何気なく掴んでいた。
「ははははははははははは! いやあ、…………危なかった!」
「「こっちの台詞だ!!」」
…………い、今マスターがいなくて本当によかった。
殺し合いが加速していたぞ、絶対。
また灰色のフードを被った少年は足を下ろすと「ごめんね、ブレーキが効かなくてさ。うちのオンボロなんだー」懐から出した三枚の銅貨を少女に手渡すのだ。
「これでお菓子とか買ってね、それとも作ろうか? 僕の料理は絶品だからね」
「…………ありがとう?」
いや、まずなんでそんな悠長にしていられるのだ。
背筋に上り詰めた悪寒から振り返れば、何事もなかったように健在な酒場である。
「………………ッ」
つい息を忘れるほど、ありえない光景に指先の感覚すらめり込んだ。
髭をぼうぼうに生やした冒険者は床で気絶している。
二人ともだ。
…………いや、まず行使されていた魔法はどこに行ったのだろう。
それにバイクで突き破られた壁も、窓も、焦げていた床の痕跡すら完全に消えているのだ。
―――――異常としか表しようがない。
あるいは何か薬でも盛られていた可能性を探るも、それこそ無謀すぎて止めた。
しかし思考は幾らでも同時進行していく。
きっと、解こうとすればするほど絡まっていく予感を覚えながらである。
…………そもそもあのローブの少年の魔力が消える感触がなかった。
つまり、魔法による作為じゃない。
いやどういうことだろう。流石に空気中の魔素を扱えるわけはない。
だってそれをしたらもはや神様だ。
あと、まるで神聖な森を通り過ぎてきたみたいに花を被っているバイクである。
すると頭には【あんしんモードを起動しますか?はい・いいえ】と吐き気を催すような文字。
角ばったフォルムは変わらないが、あまりの死臭に起こる眩暈である。
………………さて、とにかくだ。
この少年はさぞ無茶な旅路を重ねてきたのだろう。
灰色のフードから清らかな白髪がこぼれると、中性的な声が鼓膜に振動してくる。
「魔女の使徒は? 声が聞こえたんだが?」
………………マジで妖精でも相手にしているみたい。
話しかけようとすればするほど、一度出直したくなる衝動を押し殺さねばならない。
それでも、何処かやみつきになる空気に手汗が滲む。
「そこに倒れてるやつだよ。その~……………あなたのおかげ?」
「ああ、…………そいつらか。ふふ、あまりの僕のオーラに気絶したみたいだな。じゃあ偽物だな。またあいつがちょっかいかけてきたんだと思ったが」
「…………偽者? こいつらが、ですか?」
魔女の使徒なんてこんくらいじゃ伸びない、と加える少年。
すると、花とお金を手にして黙っていた少女が飛び跳ねるようにこう言ったのである。
「こ、これが嘘をいっちゃあいけない理由なのかな!? プく!!」
「………………」
「人をいい意味で騙すとか、悪い意味で騙すとか自分で決めるのは難しいと思うの! だから人を騙すということから避けるべきなのね!! それで嘘に頼らず、できる限りのことをするの!!」
「ははは………………たしかに。それは、できたらそれが一番だろうけど」
まずこんな状況でも自分を貫けるというのは、すごいなんて思ってしまう。
…………それに、あの男の台詞を聞いて駆けつけてきたのならばそうだろう。
しかしとんでもない話だ。
聞こえてやってきたのならば、人間の許容できる五感の精度を遥かに超えてはいないだろうか。
「くくはははははははははははは! 元気な子だ。まあ、僕には及ばないが」
大層自分に自信があるのか、そんなことをどや声でいう少年である。
また腰につけている剣には目が生えており、何やら興奮しているのかぱちぱちと瞬きをしている。
…………なんてつぶらな瞳なんだろう。
剣のガードには人間と似た虹彩と小さい瞳。
まるで子供が絵に書いたようなファンシーすぎる見た目だ。
それに少女のボルテージが、足踏みと共に上がっていくのである。
「か、かわいい!! 剣に目が生えてるーー!! うわはあああああああ、あの、あのあのお兄さんって誰なんですか!!?」
「僕か? 好きに呼びなよ。なにせ僕はとおく離れたところからやってきた、ただの旅人なんだから」
周りの大人たちは酒のつまみに俺たちを覗いている感じだ。
そして、…………数分後。
ローブの少年は酒場からバイクを出せば、背後をついて歩く俺にこういうのである。
「まあ、あの魔女の使徒(偽物)がいなくとも。僕はここに来ていたがな」
「…………ええっと、なんででしょうか?」
「僕はちょいと特別だからな、むしろ星の方から理由を与えてくれるもんだ。お前の【それ】とはちょっと違うが」
なんてよくわからないことを言えばふと空を仰いだ少年。
…………手には新聞紙が握られている。
”聖女シルビア 行方不明”と大々的に書かれたフォント。またポケットから出したタバコに火をつけると、
「というわけで。達者でな。お邪魔しました」
口から白い息を吐いてそんなことを言うのである。
…………ちょ。
ちょちょちょちょ、それは少し待ってほしい。いきなりやってきて、割かし正気を疑うような旅人を放っておくのは適策なのであろうか。
「あ、案内とかどうだ!!?」
「いらん。僕はここのオーナーに会えればいい」
「余計にわからんでしょ!! は、初めて来る場所なんだよね!? なんじゃそりゃ!! すごいな、あああちょっと待って待って」
「しつこいぞ」
「いや、だって、その。そのさ」
なにより………………なにより見た限りに同年代だろう。
ここで逃がす訳にはいかない。
数年間、溜まり続けた欲求。
また心に沸々と湧き上がる衝動が”とある言葉”を腹から吐き出してしまうのだ。
「俺゛と゛友゛達゛に゛な゛っ゛て゛く゛ださ゛い゛………………!!!」
泣き叫ぶことをしなかった自分をほめたたえたい気分。
いや事実、両目からは涙が滝の如き勢いで流れていた。
すると…………………………………………………フードから覗かせた人形みたいな顔を、にんまりと歪ませる少年である。
「断る」
「ぐおッ…………ま、まあまあとにかく話だけでも!!」
まるで鼻と鼻がくっつきそうな距離だ。
それほどに見えない圧がすごい。
また俺の心からの叫びに連れられたのか、それとも、先ほどの一件で何かしらの枠に入ったのか。
「旅人さん、オーナーに会いたいの?」
「それはいいけど…………プくはなんでその人に抱き着いているのかしら」
なんて酒場から出てきたそばかすの少女とウエイターである。
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