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第三十七話「星の癌」



「…………はあ。はあ。あ。はあ………………」


 バイオリンの音が蝋燭の火みたいに消えていく。

 黄昏の雨に打たれた者は死んではいないようだが、限界を超えた代償というものはある。

 端的に、お眠なのだ。


 五感なんて焼き切れたように断線した。


 死にかけていたスターリーが元気だったのが、ひとまず安心な要素だ。

 なにせ彼は屋敷の皆んなを気に入っている。まず危険に晒すことはしないだろう。

 …………だから。

 ほんの少しだけおやすみなさい。


 僕は黒剣に生えた瞼を撫でた後、意識を手離す。首元に刻まれた嚙み跡を感じながら。

 ――――――その少年へ消えゆく泥は向かっていく。


 もはや残りカス同然の体にとって、たかが三メートルでも果てのない砂漠のようだ。

 

 …………ただ一口だけと地べたを這いずっていく。


 一口だけでいい。タベタイ。食べたい。タベタイ。食べたい。タベタイ。食べたい。タベタイ。食べたい。タベタイ。食べたい。タベタイ。食べたい。タベタイ。食べたい。タベタイ。食べたい。タベタイ。食べたい。タベタイ。食べたい。タベタイ。食べたい。タベタイ。食べたい。タベタイ。食べたい。タベタイ。食べたい。タベタイ。食べたい。タベタイ。食べたい。


 既に動くはずのない泥が蠢く。

 すると、がばっとマントのように形を変形させた大口。

 水分のない砂漠の放浪を経て、ようやくオアシスにたどり着いたのだ。

 また、それを背後で刺し殺す人影である。

 残った力でつい視認してしまった泥は、心底震えた。

 

『災禍の少年が死に際に立ち、絶望しても尚すすめば。かつてないほどの食材として君の想像を超えるだろう』


 あの路地裏で告知された言葉に心底、背筋がぞくぞくと震えたった。

 だから、食べたいと欲求が沸き立つのに。


 それは人間の形を似せて作った自分の顔立ち。


 瓜二つの青年が、自分の体を突き刺していたのだ。


 いつか、自分自身を調理してみようと思ったことがある。

 その果てで生まれた失敗作《コピー人形》。

 単純に不味かったから要らないと捨てたのに、ボロ雑巾みたいに何処かの街で廃棄したハズなのに。


 …………そんな。そんな。そんな。

 そんな(ゴミ)(料理人)を殺すなんて。

 やだ。屈辱だ。やだよ。一口もない。やだ。そんなのやだああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!


「いやだ、だ。やだ。だ………………」

「…………」

 

 今度こそシュレイドの前で泥は消えていった。

 それに瓦礫の山を歩いてくるアラスカが「あとは某に任せるといい。我が主も寛容に迎え入れよう」少年を抱きかかえてそう言うのだ。

 

 ……………………そういう訳にもいかないと思うも、やはり倒れていくシュレイド。

 分身したアラスカはそれすらも抱えていた。


 誰もが大空を仰ぐも、星の外郭にて胎動していた何かはいない。


 また明日が生まれるという希望が胸を抱きしめ、同時に人々は広がった瞳を硬直させた。

 ………………そう。予兆なく死は訪れていたのだ。

 当然、次にいつまた空が覆われるのか分からない。また誰かが教えてくれる訳でもない。

 だからこそ戦場跡地には各国の目が訪れていた。


 一日も経たず、現場に飛ばされた情報探査の代物は数十を超える。

 

 死を孕んだ魔力の質は未踏の領域だ。

 それに災禍の少年が意識を取り戻したのは三時間後。気を失った人々が治療院に運ばれる頃には、既に。

 厄災の王たる少年が此処にいることは知れ渡っていた。


「…………」


 戦いは終わり、戦死者は最小限に抑えられた。


 ただこの日を以って、星は思い知る。


 人類は見た。


 厄災の王たる少年の力を、そして、一度世界を滅ぼしかけた死の根源を。

 ……………………この事件から三日後。


 中央王都にて新たに法が定められる事になる。

 

 大陸中から集められた有権者たちは合意の上、数時間に及ぶ会議の末にそれを定めた。


”災禍の魔眼保有者・■■■■は史上最悪の罪人として取り扱う”

”拘束次第、死刑に処す”

”また本罪人を討ち取った者、連行してきた者には尽きることのない財といかなる望みも叶える事とする”


 以後、裏社会にてかけられた懸賞金は跳ね上がる。

 各国が。世界が。厄災が。

 その少年の似顔絵の入った指名手配書を瞳に焼き付けていくのだ。となれば当然、お偉いさん方は皆、無粋な考えをする。


「♪~~♪」


 あれからあっという間に三日が経っていた。

 僕は愉快に口笛を吹きながら、地下墓地にて花を供養できるほど調子ヨシ。すると、通路の先で手を振ってくる人影が二つだ。


 ………………五感レーダーで手に取った半径五十キロメートル。


 そこに駐在する探索用の代物にはイメージを施している。

 漏れなどなく、追加が来ても逃さない。

 あらゆる情報端末が”僕や僕の痕跡を認識できない”ようにしていくのだ。

 

 それに僕はやや膨らんだ日記に手を当てるとスキップした。


 暴力と音楽の街で響き渡っていた派手な楽器が、脳内にBGMを作っていく。


 人の足音だったり、ラッパもあれば揺れる馬車。

 なにより小さな子供の笑顔が咲き誇る。

 あっという間に時間は過ぎて、僕がいなくともこの故郷は発展を続けるのだろう。

 ……………………と。


「あ、お兄さん!! なんでこんな場所にずっといたの? もしかして何かに追われてたの?」


「どぅるるるるるるるるるるー不正解(ブブー)。答えはやることがあったのと、上にいけば街の戦士が喧しくなるから、でしたー」


「なんだ、元気そうじゃねえの。お前の首は俺がもらおうと思ってたのによ。…………いて。ちょ、おい」


 冗談を真に受けたのか男をドツいた少年だ。

 また軽めの突き合いが始まり「仲の進展が凄いなあ。そのまま式までゴールインするんじゃない?」なんてことを言う僕である。

 

「式…………? ううええええええええええ……」

「餓鬼が吐いちまった」

「はは、冗談はまだわからんか。あと僕は簡単には死なんぞ。なにせ天才から更に磨きがかかっているからな」


 それと通り過ぎた後で二人に振り返った。

 …………この通路の先は死んでいった戦士たちが埋葬されている。彼らは三時間前から、僕の墓参りが終わるのを待っていたのだ。


「お前ら二人に出会えてよかったよ。出会いは最悪だったが、ありがとう」


 元々、こうやって話あっている今でも不味いのです。

 …………手元にある鎖は限られている。

 こればっかりは災禍の魔眼で作ろうにも、曖昧なイメージで終わってしまうから。


「なんだよ水くせえ。太客は逃すかよ」

「おっさんは僕の集めた金があるでしょうが」

「取ってねえよ」

「あっはははははははは、はいはい冗談冗談! 冗談ですか!?(高い声)はーい冗談でーす!!(太い声) いえーい!!アイドルジャーンプ!」

「だから取ってねえ」

「おい、シスターを呼んでくるんだ。いや、僕がなろう。その頭を癒してやる。可哀そうに」

「ぼ、僕は肩とか揉もうか? いやでも頭は治せないよ」

「卸すぞ」


 地下通路にておっさんはふと上を向いている。

 何かを思い出すような所作だ。

 正直、治療院に向かいたい気持ちを抑えてでも聞かねばならないと思った。


「俺の故郷はつまんねえ事故で貴族の恨みかってな。割と魔道具に関しては品そろえが良かったが、ぜーんぶそいつに持っていかれちまった」

「…………」

「俺は魔道具屋になんて興味なかったが。俺のおやじ、祖父、その祖父が築いてきた魔道具店はあっという間に死んだんだなって思うとな。無性に空しくなっちまって。今に至る」


 それからしばしの沈黙。

 またおじさんは噴き出すように笑うと、少年の頭をがしがしと撫でるのだ。


「貴族とかトラブル起こす餓鬼がマジで嫌いになっちまった。でもお前らみたいな馬鹿は特別だな。頑張って貯めた金をぶんどろうと思えねえし、こうしてまた会いてえとも思う」

「お兄さんと僕、二人とも殴られてるよねー」

「泣き虫も変わったな。まあ、このビューティフルなご尊顔は滅多に現れんからな!! 存分に今を噛み締めるといい!」

 

 また、へーへーと受け流すおじさんに加えて顔を上げた少年。


「めちゃめちゃに言い忘れてた。僕、バルム」


「ああ、そりゃ自己紹介…………俺はラグルだ。ラグル・ダナトス。これからもうちを御贔屓に。お前のことはなんて呼べばいい?」


「だったらおニーさんの愛称とかきめていいかな!?」


 …………………名前か。ちょっと焦るけど、まあ。


「これから僕は旅人だからな! 好きに呼ぶのだ!!…………それが、僕とお前らの揺るぎない繋がりになる」


 最後に、助けを求めれば駆けつけてやろう、なんて加えるのだ。

 …………僕の日記に書かれた三日は中々に濃い。

 崩壊した”道姫都”と”暴力と音楽の街”の完全修復。屋敷には僕の痕跡が残らないよう、徹底して手を加えこんだ。


 それと今回の事件は”災禍 対 魔女の使徒”という体になっている。


 故にスターリーや街の皆は巻き込まれた側だ。

 彼らに迷惑をかけることはなくなったが「某に礼を?」貸しがある人には感謝を述べていた。


「貴方のおかげでアリスやシュレイドが助かった。本当に、ありがとう」

「…………。…………それなら、一つだけ頼みがある」

「おお! きたきた! 僕にできないことは、そんなにないからな! どーんとこい!!」


 手配書あれどスターリーにその気がないからか。

 アラスカは窓から腰を上げると、唯一、僕に出来ないことを相談してきた。

 それは治療院で立ち塞がるスターリーと同じ内容である。


「…………貴方から何かを貰えるなんて、たぶん、一生ないと思うの」

「それは、はい。噛みしめて頂けると」

「ふふ。貴方やっぱり可愛いわね。まあ二日ほど悩んだから、さっそく言っちゃおうかしら」


 次期に夜が来る。

 

 この数日では限られた人にだけ居場所を伝えており、本来なら僕は行方不明扱いだ。

 

 …………でも各国の先遣隊が送られてくるのは早くても今夜。

 アリスも、

 ライオットも、

 イレイナも、

 シュレイドも、

 父上も、

 母上も、

 檻華も、

 あの日からずっと目覚めていない。家族だったり、友達でもあり、優劣なく僕の宝ものだ。誰かが欠けようものならバットエンドである。


「今からすることはやめておきなさい………………それが、私の。お願いよ…………」


 ここで立ち塞がるには理由があるはずだ。

 何かを案じているのがわかる。スターリーの目にはよくない結果が映っているのだろう。

 でも、自然と開いた瞳を見れば数秒固まっていた。

 

 イメージとか厄災としての性質は出していない。


 ただ――――――――スターリーにとってあまりにも、その少年の瞳が胸を打つほど綺麗だったから。

 どんなに絶望に堕ちても、果てまで満たす輝き。

 それは赤く危険に溢れようとも、つい手を伸ばしてしまいそうなほど。


 …………少年は、これからも多くの人と出会うだろう。


 そして、最上の恵みを与え、残酷な滅びをもたらす。

 まるで災害のように。

 ああ――――――最後に、彼が魔眼に選ばれた理由がわかった気がした。


「何か助けが必要なら呼んでください。これはアラスカさんにも言いましたけど、いつでも駆けつけます」

「…………私も。また貴方と会う日を心待ちにしてるわ」

「では、」

「ええ。またね、王様ちゃん」


)))))))))))))))))))))

 

 同時刻。

 帝都にて「ふむ。災禍とマトモにやりあうのは無謀だな」と玉座に座る者が報告書をめくっていく。

 …………その内容は、災禍の起こした現象に関する記録だ。

 すると膝を付いた宰相が顔を上げ、顔をしかめる王に真顔で告げた。

 

「勝てないとならば尽くす手はあります。王よ、何卒」

「…………無論だ。それは他国とて同じことよ。今から戦争が始まるぞ、世界と災禍のだ」

「ええ。ですので、出来得る限りの弱点は…………」


 あちらには英雄がいるが今は意識がないと聞く。

 であるならば、今夜にでも殺せばいい。

 残った女どもを攫い、犯し、吊るし、必要ならば殺す。男は洗脳でもして駒にすればいいだろう。

 しかし……………………かの存在が他人に愛着を持っていればの話であるが。


「可能性が低くとも取るしかあるまい。それで、」


 ――――――――――その瞬間、鎖の音が脳裏に過る。 

 それは意識の外。

 ある一点から世界中へと伝播するように新しい規則が設計されていた。


「……………災禍の家族とやらは、…………誰だったか……」

「それは………………」

「……………いかんな、会議は明日にすればよい。空を覆っていた死は災禍自身が消したのだ。この事件にはまだ奥行きがある。ならば少なくとも我々には明日があろう」


)))))))))))))))))))))))))


 それは順々に、最後はイレイナの額への口づけで終わった。

 儀式の準備はこれで全員分完了だ。音は極力出さないように気を使うも、誰も起きなくてよかったと思う。

 ひたすら重たい腰を立たせれば周囲を見渡す僕だ。

 

「…………」


 ベッドの上で皆はぐっすりと眠っていた。

 容体に問題はない。

 ただ、魂ごと縛りつけた鎖がゆっくりと入り込んでいくだけ。この一瞬で世界中の誰もが”僕と彼らの繋がり”を忘れるだろう。


 盗んだ鎖の本数的に全員分あってよかったと思う。

 

 僕は瞳を開けると、皆が欲しいと言っていた物をイメージしていく。

 少し早めの誕生日プレゼントだ。

 あと、懐から人数分の手紙と造花を取り出しては置いていく。


「…………??」


 …………通常運転のはずだが何処か抜け目があったのか。 

 心臓が、うるさい。

 だってベッドから起きたアリスが瞼を擦っている。効果が効いているのが気になるのか、それとも覚悟が足りなかったのか。


「…………こんばんはー」

「………え?」

「…………」

「あの、」


 僕はよくわからないまま少女の頭を撫でていた。

 少女が話せば動けない予感がしたから。

 …………この鎖は僕にしか見えないし、取り外すこともできない。また僕が昔、封じ込めたのは12年分の記憶と死の経験だ。



「だ、誰、ですか?」



 たった一人の人間との思い出で鎖は砕けない。もしもまた魔女が何かしてこようとも、これは永劫に続いていく。

 

「…………一人残らずそうなんだけどな。ただ、言っておこうか」

「…………?」

「僕様は、お前の幸せをずっと願っている」


 胸の想いを曝け出す必要はない。

 ごめんな、なんて言う事はない。

 

「こちらこそ今までありがとう」

 

 自分でも信じられないほど穏やかな声だった。

 どんな顔をしているのかわからない。

 手紙で散々、書いては消した言葉をここで吐くなんて思わなかった。


「え、えーっと。どこかで、お会いしましたっけ」

「くく、くははははははは!!」

「!? !?」

「ああこれだけは言っておこう! 僕様は依然として神だ!! そして、その他はモブだ!! だが……」


 すると日記を取り出した後、最後のページを再度黙読する僕様。


「お前には一本取られた。達者でな」


 こいつは悪戯好きなのだ、どうしようもなく。

 だから最後にしてやった。

”いつか貴方の夢を教えてください。まあ日記を私に盗み書かれるようでは、まだまだですけど(笑)”。

 なんてどっかで書かれたらしいアリスの声に笑うのだ。


))))))))))))))))))))))


 旅をする上で必要な装備を降ろしていた山小屋。

 そこに帰れば、なんというか、僕が帰る前から死体が転がっていたのだ。扉を開けた先では見慣れた黒猫が一匹。

 すると――――――――猫の代わりに現れたローブを被った女性である。


「やあ、お帰り少年。白髪は戻ってないんだね、やはり」

 

 僕は部屋の鍵をかちゃりと締めた後、腹に力を込めてこういった。


「自分でも驚くほど似合っていたからな。あと、玄関前のはお前か?」


「どるるるるるるるー大正解ピンポーンピンポーン。まあ、私がやらなくても君なら接敵前に殺していただろうけどね」


「それもそうだな。それで? 確かに塵も残さず殺したはずだが?」


「簡単に消滅したら魔女じゃないよ。まあでも確かに一度死んだかな。痛みのない死はいいね、やっぱり君は甘ちゃんだ」


「……褒めてるのか? いや褒めているか、僕だしな」


 勿論だよ、なんて胡散臭そうに加える魔女。

 …………さっきの死体は先遣隊の一員だろう。

 暗殺者特有の匂いと手つきでそれは確定しているが、この女は僕と殺し合う気はないのか。


「用がないなら帰ってくれ。もう一度、お前を殺したくない」

「………………」


 歩き様に頭のローブを外した魔女は長い髪をなびかせる。

 月光を弾くのは腰まで伸びた紫色の髪。

 また露になった小さな顔は正直、警戒心が詰まるほど美しかった。もはや神秘とか奇跡が女の形になったみたいだ。


「…………」


 魔女はふと完治した首元に触れればは、笑みを消す。

 真っ暗な瞳は何を映しているのか。 

 雲から抜け出した月光が完全に部屋を照らせば、まっすぐに僕を見つめてこういうのだ。


「君は20歳で死ぬ。それまでに大切なものを必ず失う」


 ………………確かに、過ぎた力の代償は理解している。

 寿命に関しても薄々感じていた。

 だから、後から言われた予言の方が喉に引っかかっていた。

 

「まるで僕の未来を見たような口振りだな」


「いや。君はこの星の癌だからね。見るまでもない、一応は見たけど」


「魔女のくせに人間らしい」


「あっさりだなぁ。もー君のことがわかってきた気がするよ。やっぱりここにきてよかった。答えが決まりそうだからね。でも、怒らないんだ、君」

 

 そうも言われるが魔女は前世、僕に出来ないことを成し遂げた。

 あの日からどうにも恨めないのだ。


「それはそれとして、ちゃんと見てもらえるのは嬉しいからな」

「…………それで、どうするの?」

「なんでお前が遠慮ぶってんだよ。そんなに僕のことが好きなのか? ふん、まあ恥ずかしがることはない」


 どうしてかこいつは用事を済ますのが嫌らしい。

 いろいろあった後に眠たいから、僕も感情が浮き彫りになってくる。


「………………まさか。取引だよ」

「はは、断る」

「早いね。じゃあ私は残れば殺処分?」

「それも違う」

「ならどうするの?」

「ここで見逃してやる代わりに、一つだけ教えてほしいものがある」


 早口で淡泊だけど口は自然と歪んでくる。

 …………すると、今までにないほど目を大きく開いた魔女でした。ワクワクが止まらないな。

「お前、好きな食べ物はなんだ? 今度あったらご馳走してやる」


 僕が作る料理は滅茶苦茶に美味いのだし。その際に彼女の名前を聞けば答えてくれるに違いない。


「…………………………」


 ああ……………僕の日記は長くなりそうだ、まったく。

 魔女は気分が変わったのか。

 窓から降りると少しずつ、探偵みたいにさりげなく歩いてくる。間合い入れば斬ると心で脅そうが効き目はなかった。


「この世の規律は十体の魔物によって成り立っている。それぞれに大事な役目があって、少年が使役している鎖と同じくらいの性能だ。

 私ね。

 それらをぜーんぶ解き放とうと思うんだ。冗談だと思うかい?」


 微笑んだ上目遣いでそんなことを言ってくる魔女だ。

 上下にたゆんと揺れる胸が目に悪い。

 気を抜けば、全てが台無しになりそうな悪寒が背筋を占める。


「君はこの星の癌だ」


「知ってる」


「この世界の規律を狂わせ、運命の歯車を停滞させる世界の悪だ」


「燃えてくるな。元から悪霊だ。ヒーローごっこ、神様ごっこも悪くない。お前の凶行なんか比にならないぞ、僕は」


「世界の黄金律として、この世界は払う代償や生まれながら相反するものに対し、平等に力を得る。

  君はこの星を敵とする存在だ。

  天秤は既に定まった。

  君はこの世界を壊しうる神に等しい土台のもと生きる。それなのに、常識の上で生きるのは不可能だ」

「やはり考えなしのノロマだな。僕はお前の不可能なんか超えていく」

   

 なんだか話の流れがわかってきた気がした。

 これは、あの話の続きだ。

 魔女が僕の世界に侵入してきたときの、一度は断った話の続きである。


「それ以上近づけば殺す。二度も予告させるな」


 …………すべて、わかっているとも。

 妙に力が沸き続けていく怖さも、きっと閉じていた蓋が壊れた影響なのだろう。


 近い将来。


 僕は世界中の人間から畏怖され、迫害され、義務の刃を向けられる。

 星がそう定めたというならそうだ。

 主人公やヒロイン、モブ、本当に色々なモノも含めた全てが襲い掛かってくるだろう。

 

「…………少年。やっぱり、私たちは同じ時間で笑うことはないみたいだ」


 魔女の長髪が腰から流れてベッドに乱れていく。

 押し倒された僕は瞳を揺らしていた。

 だって、こんなことする理由が特に思いつかない。思いついても理屈が通らない。

 でもこのまま放置すれば、魔女に抱かれるのだろう。


 だからその心臓を突き刺した。


 ローブに張った胸から背中まで剣は貫通していくのだ。

 昔よりも、人を殺す感覚は嫌に染みる。

 前世のことを鮮明に思い出したからか。また自分は化け物だと自覚するのが憂鬱なのか。


「君はッ……気づいてない。ふふ、殺しにかかってくるのはさ、君の従者も家族も含まれているんだよ?」

「ああ」


 誓いはここに、とうに腹は括っている。


 ”それでも僕は僕として生きていく”


 そうハッキリと心を述べた瞬間、魔女の口が息を塞いできた。

 理性が快感で溶けていく感じ。

 舌が絡みついて、心臓から溢れた流血がごくごくと流し込まれていく。


「んべ、じゅく」

「!!!?」


 魔女の片腕が僕の手を掴むと、手の平に収まりきらない胸へと押し込まれた。

 それは形が変わるほどに強く。

 吸い込まれそうなほど柔らかい触感とミルクの良い匂い。必死に酸素を交換する鼻息が理性にトドメをさしていく。


 しかし舌を噛んで取り戻した自我だ。

 すかさず魔女の全身がガラスになって消えていくイメージ。魔力で支配する感覚はもう掴んでいる。


「ぷは……ああ時間切れか……私は手始めに、天空都市で眠る魔物を叩き起こす。たくさん人が死ぬだろう。

  でも選ぶのは君の自由だ。気が向いたらまた会おうね」


 そんなことを囁いて魔女は消えていった。

 僕は手に残った感触をベッドに擦りつけ、深呼吸を一度すると立ち上がる。


「…………ミステリアスの要塞魔女め」


 また黒剣から生えた瞳はパチクリと瞬きをしていた。

 …………高度な意思疎通はまだ難しいのか。

「とりあえずもう行くとしよう。暗殺者には居場所がばれるだろうし。ミステリーさんは行ったからな」


 僕は最低限の荷物をまとめた後、街の外にて停めていた二輪駆動を走らせる。

 ダナトス商会のマークは消去済み。

 本来の機能についたブースターや光学迷彩は、魔力を馬鹿喰いするため買い手がいなかったのだそう。


 故に先日こそっと買わせて頂いたのがこいつだ。


 しかし夜道だからと明かりをつけようとするも、うまく起動しない。

 …………幸先の悪い旅になりそうである。

 災禍の魔眼は世界一に便利だけれども、誰かからモノを貰えるのなら貰いたい所存なのだ。


「…………生まれ故郷から離れるたびに胸がうずくな。あー、あー! なんだかーー! 叫びたい気分ーーー!! あーああーーーー!!」


 叫びたい思いに紛れて”後悔”を問われた気分。 

 しかし、魔導バイクで世界を駆けていくのもこれまた初めての感覚だった。


『なんでご主人様って、旅をしようと思うんですか?』


 ふとした瞬間にいつかの疑問が胸に想起する。

 …………世界は美しい。

 一つのものが集まり、初めて形となり人から名を授かる。それが数えきれないほど積み重なって世界がある。


 はじめはその美しさに逃げるように、旅をするつもりだった。

 無論、これから起こるであろう悲劇を打ち砕くのは大前提であったが。


 でも世界に干渉された人間こそ、この一生で見るべきものなのだと認識できる。

 それは、今まで出会ってきた人たちがいたから。


「あーー!! くそ、やっぱ僕ってカッこ悪いなぁ」


 切なく震える声だった。

 こんな時に限って今までのことを流れるように思い出す。

 もう僕の記憶を封じる鎖はなく、昔のことなんて手に取るように想起できる。


 今振り返るのはきっと、あの部屋で思いを吐けば二度と離れられない気がしたから。

 だって帰る場所を自分から無くすのだ、それほどの覚悟を決める必要があった。


 僕はそれだけ、みんなと一緒にいる時間が本当に楽しかったんだ。

 前世はひとりぼっちだったけど、皆んなは僕の事を守ろうとしてくれた。 

 ただ出会えがあれば別れもある。


「みんなー!!!ありがとうーーー!!」


 だから最後に笑うのだ。

 きっと、今までのおふざけはこんな時の為にあったのだろうと思う。


 そういう気づきも出会いも日記に記録しよう。


 楽しいことも逃さずに毎日を生きていく。

 

 後悔も怖れも抱きしめて前に進むのだ。


 その全てが混じって僕があるんだから。

 

 ………………きっと、この新鮮な夜の光景をこれからも思い出すのだろう。そんな予感が笑いと共に溢れていた。

 


 

 



















『そうだな。お前が心配するなら、こうしよう』

 

 白紙の世界にて主は視線を合わせてそういった。

 …………迷いなんてない真っすぐな瞳。

 長年封じ込めていた絶望を一身に受けても尚、我が王は発狂することなくこういうのだ。

 

『一緒に世界を回るんだよ。僕とお前で。その果てで人間がまだ気に食わなければ、僕をどうにかして世界を一片から作り直せばいい』


 だからお前もここから抜け出して世界を見ろと、王は笑う。


『一人じゃ見つけられないこともある。僕が見つけたものをお前に教えて、お前が見つけたものを僕に教えるんだ』


 …………ない筈の渇きが無へと侵食していく感じ。

 災禍の魔眼は主を見つめ続ける。

 その瞳は、――――――――――どこまでも彼の為のものだ。どんなことがあろうと変わらない。

 この白紙の世界から、外の世界に自己を移そうとも。



 ただ。



 その剣から生えた瞳はどこまでも広がっていく青空に絶句した。

 …………眩暈がするほどの光量だ。

 けれども視界を撫でるように、朝焼けの草原が意識に映し出される。止まる気配のない魔導バイクは景色を流していく。


 草木は太陽に照らされ、青く澄んだ空には様々な雲が浮かぶ。


 また鼻歌交じりで運転していく我が主。

 何か新しい快風が吹き込まれたような感覚は、黒い瞳孔を静かに広げていく。



ここで第一章完結となります。

最後まで本作品を読んでくれてありがとうございました。

第二章は主人公のプくや、厄災に関する物語を繰り広げていく予定です。

宜しければブックマークや高評価を頂けると幸いです。



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