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第三十六話「疾走せよ、恋熱エンジェルボーイ!」



「ちッくしょお! 急に起きたと思えばコキ使いやがって! 振り落とされるなよ!!」

「おじさん前!前!」


 ごくりと、懐に入っていたおにぎりを飲み込んだ。

 起き抜けだからか頭がピリピリしている。

 また晴れた空は一面として、広く、ただまっすぐに青空を敷いていた。


 次第にトラウマがイメージされる。


 …………頭の中に爆音のスピーカーをねじ込まれた感じ。

 ひどく心に残った痛みは収まらない。

 「そのまま突っ切れ!ここまでありがとう!!」僕は馬車から足をついた後、目の前で立ち塞がる魔物を斬り殺した。


「まじかよ…………!!? 死ぬぞ!!」

「ッ! おじさん突っ切って!!」


 駆け巡る幼い瞳がその背中を捉えていた。

 ボロキレみたいな意識でも、馬車の速度を凌駕している白髪の少年だ。

 

 ――――なあ、アリス。お前の言う通りだった。


 僕は、ただ誰かに見て欲しかったんだ。

 

 だから僕様なんて恰好をつけた。

 たくさんを見栄を張ったり、たくさん人の目につくようなことをして。

 どうにかして僕自身を知って欲しかった。


 ――――誰よりも子供だったんだ。

 

 ホント、恥ずかしくてあまりのカッコ悪さに涙が出る。神だなんて、思うだけでも甚だしい。


「あが、ぉ――――――――」


 だけど神様みたいな力でしか、みんなを助けられないのなら――――――――――刹那。

 眼球に杭を打ち付けるような痛みが走った。 

 それは単発だけでなく、一歩一歩と駆けるほどに繰り返されていく。


 瞼を開けるという行為。


 それに対して心臓やら脳がバクバクと猛批判してくるよう。

 もう一度逃げてしまえと囁いてくる。

 視界や聴覚が不安定な今、それは白紙の世界で想起したイメージを奮起させた。


『お、お前、人殺しの息子なんだろ? じろじろみてくんなよ!』

『何考えてるんだろうね』

『不気味』

『うちの娘に何をするんだ!! お前だ、お前のせいで………………ッッ!!』

『お前みたいな狂人はいない方がよかったんだ!!』

『――――――人殺し!!!』

 

 …………見たくないからと蓋をしてきた光景が叫ぶ。

 生きている限り、幾らでも傷は増えていく。

 それに魔眼は血の涙を流していた。

 また手の平に持ってこさせて、感情を曝け出したまま向き合う。


 僕は人の泣く姿が嫌いだった。


 扉の前で無力に泣くしかなかった自分を、鮮明に思い出してしまうから。前世では”こんなことなら”と何度も命を放棄しかけた。

 それでも。

 つい瞼を開けそうになるほど。


『助けてくれて。ありがとう』

『その、ありがとう。嬉しい。花を貰ったのは、初めてだったから』

『今まで、ありがとうございました!!』


 救われた気がしたんだ。

 嬉しかった。

 ありがとうって言ってくれることが、なにより嬉しかったんだよ。


”前世、僕はまだ高校生だった。ガキなんだよ。それは今も変わらない”


 たかが幼稚な理想を掲げたところで、それが正しいのかもわからない。

 実現できる力も、確かめる頭もなかった。

 知識なんてちっぽけなものだ。

 

”僕はまだ、この世界を見ていたい”


 僕の掲げた理想が間違っているのか、それとも違うのか確かめたい。

 人は、僕が思っているよりも奥が深いんだ。

 たかだか小さな子供に悟れるほど浅くはない。それに、


”世界は美しいんだって、お前が教えてくれた。この五感はお前がくれたものだろ?”


 今までごめん、と魔眼に向けてそう囁いた。

 お前を都合よく使ってしまった。だから、お前の希望はなるべく答えたいんだけど。


”そうだな。お前が心配するなら、こうしよう”


 それから素晴らしい提案をすると意識は戻っていた。

 だがトラウマは依然消えない。  

 頭の中では、千切れた体で死んでいく自分のイメージが止まらないのだ。


 瞼をあけるごとに背中から無数のガラスが生えてくる。


 物理的な外傷でもなく毒でもないから再生しない。

 世界が遠く、暗く、分厚い壁に阻まれていく感じ。体の骨がひしゃげる音がした。

 頭蓋骨が割れていくみたいで叫びそうになる。

 たくさんの死を連想した。

 イメージと現実の境界線が溶けていく。ブレーキの壊れた痛みは際限なく理性を粉砕していく。

 他人なんかにそこまで価値があるのか。

 逃げてしまえばいい。きっと僕を理解してくれる人もいるかもしれない。

 いるさ。

 世界は広い。人は山ほどいる。なら。じゃあ。


「…………ッ」

 

 ふと、どこか遠くから懐かしい音が聞こえた気がした。

 限界を超えて世界を壊す(ひらく)

 出血すら噴水の勢いで加速する中、麻痺したはずの理性はそこにあった。


 いつかの夜の風は胸の穴に染みている。


 金髪の長い髪を流したワンピース姿の少女が。

 バイオリンを奏でる姿が。

 揺れる草木が、太陽を反射する月が、遥か遠くの星々が、ただ一瞬だけ頭を占める。

 

『わ、私は大丈夫ですから!!』


 僕よりも俯瞰した頭を持ってて、きっと誰よりも期待することを諦めた人。

 悪戯好きで、どうしようもない馬鹿。

 こんな脳みそが千切れた状態でも、アリスのおどけた笑顔を思い出す。

 

 まだ戦ってるんだろ?


 諦めないで、必死に、自分を曲げずに目を開けてるんだろ?

 助けてほしいと声を殺して。

 僕だってそうだ。周りにはもう戦える人はいない。それに、これを開けば一生一人だ。

 ここで死ぬかもしれないし痛いのは本当に嫌だ。


 それでも、恐怖に立ち向かう必要があると知っている。


 そうでないと己が幸福(みんな)を守れないと知ってる。


 風は上向き。

 天は黄昏。

 金切り音がよく渡る。

 

 慣らし運転は終わり。


 その瞳が権限する頃、ガラスの翼は墳血と共に輝いていた。

 羽が抜け落ちてその虹めいた光は亡く。

 けれども、禍々しく残った十二本の翼骨が世界を俯瞰してくれる。また真っ暗な瞳で見上げてくる魔女だ。


 …………すると。


 晴れ空を覆い隠すように展開された泥のゲート。そこから落ちてきた父上と母上を抱きかかえる。

 二人とも、肌から骨が無残に突き出ていた。

 ほとんど死にかけでも、黄昏の雨がその命を繋ぎとめている。問題はない。

 空から巨人が三体降ってこようが、空は晴れる。

 

「…………」


 まるで世界そのものが息を吸うような静寂だった。

 重力に連れられて自由を失った魔物の群れ。

 一秒たりとも余白は与えず、刻まれた癖は音楽を響き渡らせる。最後に父上と母上に感謝を告げた僕。


 その瞼は開いている。 


 瞳は敵を凶つ。


「…………さあ、喝采だ」歓喜の歌(行進曲第九番〈合唱〉)が世界を揺らしていく。

 その瞬間、ここら一帯の魔物が凄惨と砕け散っていた。


 超速による斬首ではない。


 行動の結果だけを映し出す新たな運用法。


 すると、泥のゲートから先を五感で刺し込んでいく僕様だ。

 ………誰かが皆を避難させたらしい。

 檻の中には人も泥もなく、魔物が濁流の如く流されて生きているだけだ。


 即座に星を滅ぼすほどの隕石をイメージをする。


 生成→圧縮。

 

 手の平サイズに収めたそれを泥のゲートへと放り込んだ。段階が終わっては三手先すら更に終わっていく感じ。

 まさに一秒の余白も与えない処刑。

 僕は地表から展開されたゲートだけを残すと「災禍ァァァアアアアアアアアア!!!!」地表から跳躍してきた泥の悪魔である。

 

「……」


 何を興奮しているのかは知らないが、魔女がいるなら使徒の幹部もいるか。

 

 また三十と展開された泥のゲートは崩壊を奏でる。

 しかし更に増え続けていたそれらだ。

 一応、星の先から末端まで確認したが展開されたゲートはここら一帯だけらしい。

 

 僕は虚空に向かって拳を押した。


 イメージの補強のような儀式。


 だが、やはり連続での行使は我を失いかける。

 今までの状態とは訳が違う。

 イメージの具現は知らず知らずのうちにタカを外していく。


 それに伴って、音量がどんどん膨れ上がる歓喜の歌。


 刹那、数千の剣が集合したような(結果)が悪魔を粉砕するのだ。同時に地表のゲートを宇宙に転移させる。

 僕が翼骨を羽ばたかせて二人を下ろす時には――――――


 圧縮した隕石は元どうりのサイズだ。


 また処理を何段も加速させる歓喜の歌とアリスのバイオリン。

 

 翼骨で割いた左に迫る泥の手。

 

 一歩ごとに十二回の刺撃。


 削って、削られてを一幕で区切るように繰り返す。


 また並行して魔女へと”停滞”を意味した針を差し向けるのだ。


 障壁を築かれようが、射抜くのは深海の水圧。


 再生は止まらず攻撃は続行させるも、両者、塵も残さないまで殺す必要がある。

 僕はそのまま悪魔の腹に素手を埋め込んだ。

 

 向けられた膂力は大陸すら両断する威力。

 秒未満だろうと半径一キロの瓦礫は噴出し、素手はダンプカーに潰されたみたいに激痛が走る。

 が。

 これでチェックだ。


「!!」

 

 こいつは災禍の魔眼に対する知識はあるようだが、コレはまだ知らなかったかな。

 パリパリと悪魔の体はガラスとなって消えていく。

 

 どうにも増えた口で僕を食べようとしてたみたいだ。


 目の前には斑点みたいな数で形取る舌と口。

 それが自分の死に怖気づいて叫んでいた。僕の流した魔力を押返せると思ってたのだろう。

 …………下手な断末魔が音楽に掻き消される最中。


 一原を空間ごと両断した夜の鎌である。


 すると、キラキラと輝く星々が人間もろとも万物を消していく。それに拮抗する意味を施した凶つの輝き。

 非現実的な現象、手の届かぬ空想が世界を淀ませていく。

 

「…………」

「…………」


 また許容できる量を遥かに超えた身体で剣を打ち合う。

 お互い、一撃ごとに血が噴き出す。

 イメージに意識を割いては即、首元を斬られて決め手が降りかかるだろう。

 

 魔女の権能は星に在する人間の記憶すら覗き得る。


 無論、今に僕が考えていることもだ。


 身体が速度で溶けていき、僕よりも一歩先に魔女は片腕をもっていく。

 そのまま空間を捩じるような回し蹴りを放つ僕。

 防御は不可。 

 魔法を使う隙すらもない。正面から受け止めた魔女の腕が吹き飛び、即座。


 コンマ数秒の隙に狂気的な獣をイメージする。

 

 とはいえ命令を実行する機械のようなもの。

 すると、魔女の懐から出てきた赤い瓶。

 そこから古代遺跡のような龍骸が飛び出し、お互いに肉体をもぎ取るような熱戦が爆ぜる。


 重要な脳みそや首は下手に狙わず。


 痛みを受け入れて更に進む。

 

 それに魔女はふっと笑うように体を押すのだ。あまりキャパを使わない魔法だろう。

 さきほど生み出した召喚獣が相打ちになる刹那。


 魔女の手が僕の首を掴んでいた。


 寸前で落とした魔女の手首は再生済みだ。棒みたいな僕の体は、翼すら満足に動かない。

 ガタンと歯車が固定されたような感覚。

 そのまま僕の首は握り潰されて、全身が塵同然に消されていくのだろう。


 が。


 地面に召喚されるその剣が逆転の音を上げる。


 無論、少年の意志で生み出されたのではない。


 それは――――王への献上品として制作された、この世に二つとない魔剣。人と人を繋ぐ意思を汲み取った究極の一振り。

  

 魔女とてこの事態を予想していなかった訳ではない。


 災禍の魔眼には致命的な弱点がある。

 ――それは本体のイメージを具現化する際、知性を持った魔力体は効果の範疇にないこと。

 故に、己が魔力を対象へと流す必要がある。


 また他者へと魔力を流すということは、激流に流される針に糸を通すようなもの。

 その技量があろうが、他者の体と本体の体をリンクさせなければ放出した魔力は侵入できず霧散してしまう。

 

 ――――――少年の体は、魔女の肉体を貫いていない。

 

 おまけに人間一人の集中力では到底不可能な域。

 常人を外れた少年だろうと、この状態では魔女に成す術はない。

 

 漆黒の瞳が小さくなる最中にその確信が破られる。

 かつて少年はこの世の”限界”を奪い去り、災禍の魔眼は意志を持つに至った。

 約12年間。

 少年の中にて眠り、現在において忠を捧げたその瞳。


 魔眼の意識は少年の魔力へと干渉し得る。


 また魔女の首には塞がりきっていない傷がある。リンクしてなかろうと覚醒した少年にとっては十二分の隙。

 ――――一つでも欠ければ投げることすら叶わない博打。


 無骨な黒剣に組み込まれた”災禍の魔眼”が瞼を開ける。

 

 死地だろうが諦めてなどいない。

 

 少年は両目を閉じることなく、暗闇の中で光を照らし続けている。


 すると――――――――――――――少年の魔力に支配されたままガラスとして空気に消えていく魔女だ。

 無意味な抵抗は似合わない。

 詰んでいた先を見た魔女は潔く笑って消えていく。


 再生はおろか、話すことすらできない。

 

 ただ最後に”綺麗だなあ”と思っただけ。星の陰から様々な奇跡を味わってきた。

 それでも少年の輝きの前では全てがぼやけてしまう。


 哀れで健気で何よりも強くなった少年。

 

 ただ一人を胸に、魔女は跡形もなく消えていった――――――――――。


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