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第三十二話「愛と平和の戦士、いざ!!」


 

 彼は一つを覚えれば十のことができる天才というやつで、貯めたお金を元に学園に入学した。

 きっと、そこも何かの起点だったのだろう。

 すると店のカウンターで緩慢と雑誌片手にこう”瞳”を向ける少年だ。


「兄貴ー、いってらっしゃい」

「おう」


 すると、夜になれば嬉しそうに「おかえりなさい」だ。


「ただいま」兄貴も兄貴で何処か穏やかそうである。


 そんなくだらないやり取りが目から離せなかった。

 まあずっと何度も続くんだろうなーみたいなことを思って、兄貴を見送って、迎えることを繰り返していく少年。

 春も。

 夏も。

 秋も。

 冬も。

 いつしか兄貴の経営力はみるみる上がっていったけど、学園に入れば入るなりに苦労をするそう。

 なにせ兄貴はかなりの人見知りである。

 友達も思ったよりできなくて、けど本人は知識とコネが欲しいから学園に入ったのだと毎日毎日言っていた。


 たしかに店の品数は増えたと思う。


 新規の客足も遠からず、店は前より繁盛していく。

 

 他に構えた雑貨店なんてあっという間に追い越した。


 兄貴の天才性と努力の賜物は確かにあった。

 

 けど、もとは学園なんて貴族しか入れないような場所だ。

 平民である兄貴への差別はあるし、肌にも合わない。

 故に隠された本能とやらが叩き起こされたのか、兄貴は変な習慣をするようになった。


 身体強化した足で建物の屋根から屋根へと跳躍するのだ。


 あとから知ったことだが、熟練の兵士でも身体強化はそこまでうまくできないらしい。

 ただ本人からしたらただの気分転換である。

 兄貴曰く『飛んでいる時はな、なんか重さを感じなくていいんだよ』なんて飯食ってるときに話してくれたのだ。


 んで。


 そこで出会ったのがサラさんという女性だった。

 

 当時、兄貴は悪い意味でもいい意味でも目立っていた。

 目立ちたがりの平民風情。

 代わりのいない町の何でも屋。

 そんな熱を帯びて巻き起こる兄貴の日常を、望遠鏡越しに眺めているだけだった俺である。


 しかし、ふとした日にサラさんがうちにやってきたのだ。


 浮かない顔をしてキョロキョロと店を冷やかす彼女。

 ピンクの髪はまだ編まれてなくて、ストレートに下ろされた長髪もきれいだったとも思う。

 …………というか。

 ここで商品ではなく誰かを探しているのでは、と一生で三回ほどの名推理を繰り出したのも、何かの始まりだったかな。


「…………兄貴、探してる?」

「は、はい」

「ァーソウデスカ」

 

 そんで話を聞くにやはりサラさんは兄貴に会いにきたらしい。

 だが次に、落ち込んだように俯いた彼女である。

 スキップするほどいい胸焼けではなく、彼女は彼女なりに悩んでいるのかと思ったのだ。


 そこから俺は相談役としてその鬱憤を吐き出させた。


 簡潔にいうとサラさんは兄貴のことが好き。

 理由は簡単には聞き出せないが、外見だけで判断したという話でもなさそうだった。

 とにかく。

 散々、話していくうちに顔を赤らめていくサラさん。


「あの。これ以上は。交換条件と合わないというか、恥ずかしい。というか」


「うん。つまり貴方は兄貴の挑戦的な姿勢にも惚れ込んだのか。あと食事の所作まで隠れながら見ていたと…………ナカナカナカナカ。

  そう簡単には聞き出せないことを、たくさん聞いた気がする。アライシャ! 食の神へ感謝!」


「私ではないんですね。それに人の秘密がご飯…………いや、それで、ジルさんはどこに…………」


 俺はカウンターから身を乗り出して、兄貴がよく潜り込む森への地図を広げるのだ。

 ……………と。

 こんな感じで俺から情報与えて、サラさんが突るみたいな流れだった。


 それは面白半分で始めたことである。


 まあ子供ながらに、この関係は楽しいとか思っていたのかもしれない。

 それに俺としては店が賑やかになるのは大歓迎。

 サラさんが兄貴とくっついても、特に困ることはないのである。

 

「■■。怪しげなピンク髪の貴族令嬢がきてなかったか?」


 が、当初の問題は兄貴が”サラさん”から離れたがっていたことだった。

 最悪である。

 自分を乱暴者と思って、何か陰湿なことをしてくるのが怖かったそう。「んなわけあるか、浮遊感で気持ちよくなってる男に何をすんだよ」

 

「うん。ああ、なんか涙出てきた…………最近、本を仕入れてからか言葉に棘がついてないか?」


「あんな綺麗な人に警戒心むきだしだったら、見えるものも見えないだろ」


「いや、以前お前が言っていたことだ。”ピンク髪”の女は普通じゃないとな」


「あー。それは小説とか漫画の話だよ。サラさんはいいから、今度は逃げたりすんなよ」


 ………………今の世の中はなんだか皆、冷たい。


 魔族との戦争とか厄災がなんだとか、とにかくそんな空気をぶち壊したい気持ちもあったんだろう。

 なにより兄貴の勘違いは”ひどい”。

 例えば靴箱にラブレターを入れても果たし状だと勘違いされ、バラの花束を贈っても何か仕込まれているのではと用心する。


 ほんと、サラさんはタフである。


 俺はサラさんのアドバイザーとして、兄貴の好きな食べ物とかを教えていただけだけど。

 いつしか、兄貴がサラさんを店まで連れてきたのだ。


 ………………かるい事件である。

 二人はそわそわと落ち着かない様子でも、居心地の良さそうな瞳でお互いを見たりしていた。

 お話はお昼ご飯にてじっくり聞かせて頂くわけだが。


「同級生に私物を隠されてた?」

「まあな」

「そ、そんな簡単に済ませていい問題ではありません! あれは貴族としてあるまじき行為です!! ジル君に止められても私は譲りませんからね!!」


 俺の知らないうちに何か特大の出来事があったらしい。

 ………………それとサラさん、本当は声が大きな人だったのか。

 

「お嬢様、そう言われても私は卑しい平民ですので」

「サラ! あと敬語は不要です!」

「いやあの、俺は平、」

「サラ!」

「「…………………」」


 いやなにか変だぞこれ。

 平民が食べるような質素な飯を黙々と口にしながらも、興奮と熱を発するサラさんだった。

「…………兄貴」

「…………ああ。やはりピンク髪説は有力だな。さすが俺の弟だ。ここで先手を」

「いや褒められるのは嬉しいけど! 不躾ぶしつけェ!!」


 それに先手だとふざけやがって…………ッ!!

 そう思うも、気づけば俺は兄貴の頭を下げさせていた。すると今度は胸を張ってより大きな圧でこう言ったサラさんだ。

 

「《《私は刺客ではありません。サラ、です》》」


 まさに一歩も譲らないといった感じである。


「なんで名前で呼んでほしいんだよ」

「当然でしょう。人の名前は大事です。貴方には、親よりも私の名前を呼んでほしいですし…………」

「そうかよ。なら結婚とかするしかねえんじゃねえの」

「ぶエへ…………ッッ!!」


 えらく予想外の発言だったのか、紅茶と息を吐き出すサラさんだ。

 それからも二人は言葉を紡いでいく。

 日も立たないうちに二人の時間は増えていったと思う。買い物したり、うちにきて掃除したり、ご飯を食べたり。

 兄貴はよく気づいていないようだが二人の幸せオーラは全開だった。


 いつしか、サラさんの誕生日がやってくる。


 兄貴はそこで自作の髪留めを渡したのだ。以降、サラさんは嬉々として髪形を変えることになる。

 お互いがお互いの知らない所を教えあっていく関係みたい。


 気づけば兄貴の警戒心は毛ほどもなくなっていた。


 逆に、彼女の前だと心臓がうるさくなるんだとか。何気ない素振りが気になるようになったとか歯磨きの最中に言ってくるのだ。


 サラさんも、兄貴も、俺も、笑顔になることが増えていた。

 

 だって嬉しいじゃないか。

 気分のいいものである。

 二人がお互いを好きになって、新しい幸せの一歩を踏み出そうとしているのだから。

 ………………それでもいいことばかりじゃない。

 

 サラさんは商業で成り上がった貴族の家系だ。

 よって将来の為の実習訓練、と店を繁盛させるように兄貴とあーだこーだ言い合うようになった。 

 無論、それは家の中でも外でもどこだって。


 ………………そうなれば外野がうるさくなる。


 店がこの町でも上位に食い込むほどに繁盛した後、それっきりサラさんはこなくなってしまった。

 ほぼ毎日通っていたからか、胸が空く思いでカウンターはもう枕。

 

「なあ、兄貴。サラさん。いつくんの?」

「……彼女は貴族だぞ」


 そう言って、家計簿をとる兄をずっと追いかけていけば真相くらいは気づける。

 地位的な問題。

 男女同士の問題。

 それらが一気にやってくるのだ。

 もう踏み出さない方が幸せかもしれない。

 いや事実そうだろうという、論理的で怠惰な思考が兄貴をゆっくりと沈めていたのだ。


 …………恋というのは理屈無用である。 

 それに幸せじゃなかったなんて嘘。

 兄貴は変に人見知りで口数少ないし、何かをしようにも準備をするだけで一向に進めない悪癖があった。

 おかげで店の奥は”その一歩踏み出せない”故のガラクタ祭りだ。


「あああーーーーーもーーー!! なんだよ兄貴がくよくよすんなよ!! ほらいけ!!」

「………………だから、なんにもねえんだってのに」


 何かがあったなんて噂程度にしかわからない。

 学園の奴らから恋人だと冷やかしを受けて、つい強く拒絶した兄貴の声がサラさんに響いてしまったのか。

 それとも別の理由か。

 でも。

 このままじゃ駄目だと誰よりも思っているのは、彼らだろうに。


 …………所詮、俺は相談役。


 でもカウンターの前でずっと待ち続けるのは性に合わない。

 ゆえに兄貴が手入れを欠かさなかった魔道具を押し付けて、そのまま彼を学園まで引きずっていくのだ。

 

「まじでやめろ」

「うっせえ! 兄貴はサラさんのこと好きじゃねえのかよ!!」

「…………俺は平民で彼女は貴族だ。このまま関係が進展すれば、いずれよくないことが起きる」

「じゃあその先考えろ!! なんの為に鍛えたんだ、ああ!? 邪魔者蹴散らすためだろうが!! 準備万端なら逃げんな!! 兄貴は中途半端なんだよ!!」


 だが道具屋の店番をしているうえでも、なんとなく”それ”はわかる。

 ”決断”をする前というのは恐ろしくてたまらない。

 引き返せない。

 まだ、間に合うとか。

 こんなことしなくてもいいんじゃとか。

 そんな逃げたい思いが暴れるほどに、”決断”は人生を大きく変え得る。


「いいよ、じゃあ勇気がないなら俺がやる!」


 俺が魔道具を手にして兄貴を置いていく。

 心臓が喉を超えてきそうな感じだ。

 まあ、それよりも早く、兄貴は魔道具をぶんどって突っ走っていくのだが。


 目的地は学園の屋上。


 窓の縁を足場にしたり、見る見るうちに到着していた。すると、耳を覆ってしまうほどのノイズがそこから響き渡るのだ。


「あー、あー、テステス……調整完了」


 だが、次第に音量は町中にかろうじて聞こえるほどになる。

 また深呼吸を三度ほどした兄貴は声を発する。

 まっすぐな瞳と綺麗な姿勢で、覚悟したような男らしい雰囲気の兄貴は初めてだった。

 

「サラさん。俺、貴方のことが好きです。聞こえてますか? 俺、貴方のことが大好きなんです」


 かつてないほど顔を赤くしているのも、だ。

 

「俺は不器用だから、こんな形でしか表現できません。でも町中に聞こえても、これは恥ずかしくない俺の想いです。

  いつも俺は振り回されているので今回は俺が振り回します。そして、これからも、きっとこんな事は続きます。貴方と足踏みを揃えて、ずっといたいから。それでもいいのなら…………俺と付き合ってくれませんか」


 すると、どこからともなく放たれたパチンコの玉である。

 遠目だからよくわからないけど、方向を辿っていくに窓から身を乗り出したピンク髪の女性がいたのだ。

 ………………サラさんは、いつも大胆だけどこういった時は大きくなれない。


 そういった面でも、彼女は兄貴を尊敬していたのだろう。


 返された返事は十分な音量ではなかったけれど、周囲の有象無象を押しのけて兄貴には伝わったようだ。

 サラさんはお花みたいに満開で笑って涙を流しながらこういった。


「……………私も、大好きです!! ジル君。初めて、名前、呼んでくれましたね…………!!」


 そうして再びうちの店で働いて、衣食住を共にする仲間が一人増えたのである。

 また二人は近づいたら近づいたで、心臓うるさくて何話せばわからなかったというのが今回のオチ。

 それでも、俺はうまーく二人が本音を打ち明ける場面を作ったのだ。


「え、えと。あー、頭真っ白だから思ったこと言います。アイラブユーです。今日からずっと一緒にいたいです!!! 離れていた分も!!」

「そ、そうか。そりゃ、俺もうれしい」

「だから…………不束者ですが、よろしくお願いします!!」


 二人で出かけている時も、経営のことを話している時も、なんだかんだお似合いだった。

 無論、望遠鏡でのぞかせてもらってはいる。

 だからこそ、それからも何度か激突したことも知っているのだ。


 それでもお互いに成長しあって、少しずつ、進んでいく。

 

 店がありえないほど繁盛した影響で服も買えるようになった。

 おかげで冬は暖かくて、爪先が痛い程度。

 ………………服もあったかくなったけど、兄貴がサラさんに上着を被せる姿は頭から離れなかったっけ。


 外には雪が降っている。

 けれども綺麗な晴れ模様みたい。

 二人の足跡すら。

 まぶしい。

 ………………あと、そりゃサラさんの服装は防寒意識だけど、もう三枚ほど上着持ってけよと思うのが常々だ。


 でも本当は、そんなお互いを温めあう関係に嫉妬していたのかもしれない。

 

 自分よりも他人を優先してしまうのだ。

 あれが”好き”というやつなんだろうか。

 まあ、よくわからない。

 俺もまだ学園に通えるほどのお金はないし、それに二人を見ていたほうが幸せだ。


 ………………あとサラさんの実家のことである。

 サラさんの両親は、貴族から降りようとする娘を説得する方向にシフトしていた。

 けれども、我が兄貴の存在が大きすぎたようだ。


 平民といえどもあれほど大胆に娘への告白を為した青年。


 思っていたより彼らが抱いた兄貴への好感度が高かったらしい。まさしくズッキューンである。

 結局は向こうが折れて、家系を継ぐのは一歳下の長男になったんだとか。


 うちに住む人が一人増えた当時は部屋の間取りとか、二人の邪魔をしないようにするのに頭がいっぱいだった。


 といっても笑みがこぼれるほど楽しかったと思う。


 いや寂しくもあり、うれしかった。

 そんな感情の渦は初めてで早朝からでも活力が満ち満ちていた。

 

 ………………それで。


 最後に『いってらっしゃい』を言ったのはいつだっただろう。

 

 現実で流れる音楽は脳内を広げていくほど壮大だ。

 スターリーは命を燃やして、中途半端ではなくただ一途に演奏をしている。素敵だが正直、やめてほしい。

 泣きたくなるほど痛いのに綺麗な音楽なんて気が狂う。


 ああ。


 脳みそが原型に後戻りできないほど掻き混ぜられていく感じ。

 

 いつだって世界はぐちゃぐちゃだ。


 何が起こるのかわからない。


 身近で親愛していた人が突然、戦争の瓦礫に潰されて死んでしまうくらいだ。

 すげー理不尽だ。

 酷いんだよ。

 知らない魔族の襲撃なんかが、二人を殺していい理由はなんだ。なんで、戦いとは関係ない二人は幸せな最期を迎えなかったのか。


 あんなに鼻水出るほど泣いて、肩が跳ねるほど大きく笑って、ようやく二人は――――――――――

 

 …………だから。


 だからこそ。


 その最後の言葉を告げる前に、意識が途切れた。穴の開いた右の肺に血がたまって悶えていた癖に。

 こんな所で終わるのか。

 ……………だが重量に流された体には金髪が流れ落ちている。


 俺の心臓に伸びていた風の刃を、身を挺して軌道をずらしている。あまりにもビックリしすぎて視界が暗転したらしい。

 意識など失っておらず、歯を食いしばった少女と落下していくのだ。


 ………………なんだこの感触は、と巫女の瞳が揺らぐ。


 ”厄災”には他の生物にない器官がある。

 それは瞳孔内部。

 生命から一線を画した魔力と身体により、脳は多次元的な情報を会得するよう変化する。

 それにより――――彼らは厄災《自分たち》の支配領域を認識できる。

 

 また巫女の瞳に。


 自分が手ずから伸ばした殺意の世界が、別の領域に押しのけられた痕跡があった。

 上空から飛来してきた少女くらいならば処理できたはずだ。


 すぐさま思考を閉じて刀を狂暴に閃かせる。


 二人の傷口から体内へ、風の刃が全身を駆け抜けるように。


「ッが!」

「っ…………!!」


 それでも、彼らの体は死ななない。

 あまりにも頑丈。 

 燃えるように輝きだした瞳には必殺の詠唱が映っており、だからこそ足掻くのはやめられない。

 少女の体を抱きしめて血で溢れた中空へと――――――――溶けていく。

 

 ほとんど千切れた人形みたい。

 右の指は全部ない。

 息するたびに歯が欠けそうなほど噛みしめてしまう。

 わかってるさ。

 痛い。それでも守りたい人がいるんだ。

 笑えよ、俺。

 世界は残酷なんだから。

 

 力がないとこうなる。


 大切なものを守るには、立ち塞がる敵をぶっ殺すしかない。


「―――――――――――――――――――」


 泥のゲートから出た先もやはり夜だった。

 闘技場に叩き落とされて、首がもたげるほど重かろうが立ち上がる。


 …………正直、病人よりも酷い死に体だ。


 満足な声なんてでないし、こんな時で泣いたら示しが着かない。

 ゆえに心の中で言いたいことを吐き出した。

 それを最後の燃料にして情けない声から立ち上がるのである。

 

 …………大事な人たちに幸せになって欲しかった。


 もっと、いってらっしゃい”って言いたかった。

 おかえりって、迎えたかったなぁ。

 もっと。もっと。百年と少しの年月を魂に刻もうとも、ずっと底に溜まっていたんだ。

 恋慕を超えた人達に報われてほしかったんだ。

 

 俺は金髪の少女を羽みたいに撫でた後、出血し続ける彼女に上着を被せる。

 

 すると金切り音から戻ってきた聴覚にノッテくる壮大な演奏。


 いくつもの楽器が戦士を奮い立たせるように響き渡っていた。

 視界にはゆったりと降り注ぐ雪。

 俺は土煙の中で更に、切断された身体を補うように赤い剣を体内に生み出していく。


「君のハートをズッキューン叩いてー。見えない火傷やけどを冷やさずにーぶっ飛んでけー。かーつてない。こーどうを声に引っ付けてさー」

 

 巫女は溢れ出る拒絶を殺して振り返った後、息をわずかに吸うも頭が真っ白になっていく。

 ……………………ありえないモノを見ている。

 なぜ、生きているのか。

 男の方は重点的に切り裂いた。

 あれだけ血を出せば私だって危うい。たが、立っている。


 立って、こちらに向かってきてる。


 …………また信じられないほどに消耗されていく魔力だ。

 恐らく何か狂気染みたことを成している。体内に、剣を入れて無理やりくっつけたのか。

 身体強化は極めれば不死に近い再生力を得ると聞いたことはある。


 ――――――だが、これは。


 ふと金髪の少女の瞳に囁いてきた光景がある。


 今はもうない喫茶店で、夜中にやってきた血だらけの男。

 紅茶を出しながらお話に付き添っていた自分は、座る気にはなれなかったが。

 彼の膝から落ちた剣を拾おうとした時の事だ。

 

『やあお嬢さん。俺の剣に触れると火傷すんぞー』

『…………マけんなの?』

『はは、大したもんじゃない。その剣はな、骨と肉でできてんだ。俺の。右腕のを戦場で研いで使ってたらな。いつかの誕生日に天から貰っちまった。素材も一緒なもんでも、俺が血を流すほどソイツは熱くなってね』


 その赤い剣は数多の血肉と骨髄によって生まれた一振り。

 銘を【血極(けつごく)】。

 身体強化の加護は、その剣にも影響を与えていた。千切れた体は剣と溶接され、歩んできた戦場の道のりが渦巻いていく。


 ……………………………すると、音もなく消えていた茶髪の男。


 穏やかな炎が巫女の口を抉っていた。かぱりと裂けた口から溢れ出る熱い血液。

 それは視認さえ許さない斬撃によるもの。

 すると、………………………………側面にて向けられていた赤い剣がすっと静止していた。

 

 まるで”安心しろよ。俺もそっち側だ”とでもいうように。

 

 戦場でも、決闘でも、事故でも、なんでも弱い奴から墓になっていく。

 それでもっと苦しくなる。

 ゆえに、彼は鍛え続けてきた。まるで刀鍛冶が鉄を打つように、何物にも負けない刃となるために。

 

 全力で踏み込んだ一閃は天すら両断するほどの威力。


 押し合いの末に袈裟切りにされた巫女が硬直した。

 ここにきて初めての劣勢と被弾。

 戸惑いと骨まで燃やし尽くすような痛みが、殺意の鋭さにより生じる魔法をかき消していく。


 だが。


 今まで培ってきたもののすべて、師匠から貰った思いも技術も、あの少年への想いさえ、ここで無下になるかそれとも花開くのか。

 

 人生初。


 己が全てを懸けるという熱が、彼女の瞳をより美しく派手に駆り出す。


 放たれた刃が肩骨まで抉り取ろうとも、すべてを出し切るように――――――――踏み込んだ。

 かつてないほど、厄災としての一面は盛り上がっていく。


 巫女は右肩まで抉り溶けた剣を、烈風の刃でゆっくりと持ち上げるのだ。

 すると段階的に倍増していく風の勢いと頭の揺らぐ痛み。

 この数秒。

 僅かに隙を見せた方が両断されるという危機感。

 針に糸を通すような力のぶつかり合いが、互いにべったりと背中を冷や汗で濡らしていく。


 だが、その間に展開された風の針山である。


 それは一本ごとが絶命の域に達する殺傷能力を秘め、本体の合図までの時間を糧にする。

 更に、

 深く、

 大きく、

 鋭利に磨かれていくのだ。


 マグマの如き刃を肩から持ち上げた刹那、チャキと回した手首。 


 まるで標的に向かって総射せよと命令する指揮のようだ。

 しかし茶髪の男は殺意に瞳を宿らせ、いまかと何かのタイミングを待っている。

 風の裁断が矢継ぎ早に速射される中。

 一直線の剛風に漬けた太刀を極限まで溜め、しなりによって最速の三連を撃ち出すのだ。


 退く足すらすくい取る逃げ道をなくした風の即撃。

 

 お互いに通り過ぎるように、ズサアアアアアアと急ブレーキしながら体制を整えていく。

 だが結果としてはこちらの一切が二撃。


 たった二撃で無意味と化していた。


 男は最小限の動きで構えた剣を傾けた後、空気を絶つような軽い所作で剣を振るっていた。

 正面に降り注ぐ数百の風刃を防いだのは理解できる。


 しかし、私の太刀より向こうの刃の方が速かったのだ。


 理屈など分からない(焦燥が指先に巡る)


 ただ私の刃が届いたと思った刹那、まるで突然現れたように首に迫る熱の刃だ。

 この死闘は息のもたない継続戦などではない。

 

 すると、遅れてスパっと………………頸動脈から血が噴き出していた。

 

 これら一連の目まぐるしい攻防は数秒にも満たない。


 それで意識が朦朧になろうとも倒れることは死を意味する。


 いくら厄災といえど、噴出する血の影響は計り知れない。

 首から剃刀が生え出てくるような気色の悪い激痛を抱えて、身体強化で出血による被害を最小限に抑えていく。



 が。



 既に踏み込まれた男の足はなく、即座に感覚のまま刀を振るう巫女。

 ここの環境は二人の戦闘で変動していく。

 出血多量による障害を身体強化で遠のこうが、魔力の消費量は馬鹿にできない。ゆえに二人が導き出した戦闘可能時間――――――――


 それは23秒。


 無論、この自滅的な姿勢を崩した方は脱落する。

 人生で一番長い23秒。

 空間さえも歪ませるような狂気的で暴走的な攻防が、闘技場を厄災の戦跡として作り替えていく。


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