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第三十一話「クロウルは飛んだのです! 美しい宝石を輝かせて!!」


 状況の全容が理解できない。


 わかるのは泥のゲートにのまれた後、ただただ落下し続けていることだけだ。

 下手に着地すれば民衆はもろとも全員死ぬ。

 おまけとしては最悪だ。

 なにより厄介なのは体の節々から魔力を噴出させて、まるで神の兵器がごとく悉く暴力をまき散らしている巨人である。


「…………! この、くそ野郎があああああああああ!!」

 

 噴出するように加速して薙ぎ払われた片腕を双剣で対抗する。

 一瞬の爆ぜたような馬鹿げた感触。

 ベクトル操作も合わさるも、こちらはまともな足場がない。なんとか吹き飛ばすも両腕の骨が皮膚から突き出した。


「ッッ…………!!」


 その。


 流血が視界を舞う中で。


 巨躯のバベルは右足元を砕かれようとも依然、追加でこの地獄に投下された人影を指先でつまもうとしていた。

 美しい黒髪を下ろした女性の存在が痛みを引っ張っていく。

 

「っ、鈴鹿!!!」


 内臓を持ち上げる浮遊感に苛まれながらも、旋回する黒孔雀の速度は決して落とさない。

 視界の奥には気を失ったように落下していく妻の姿。

 その彼女が巨人の指にすり潰されそうだった。まるで豆をつまむような手つきで、反則的な質量が風圧と共に迫ってくる。


「ッ………………!!」

 

 僕は周囲を旋回させていた黒孔雀に命令を下すと、一目散に鈴鹿へと全力で飛びついた。 

 意図しない方向から降ってきた建物を足場にした跳躍。

 だが後先考えない馬鹿力さえも届かない。 

 鈴鹿のいた空間は根こそぎ巨人につかみ取られて、小さな血のしぶきを作っていた。


 顔をくしゃくしゃにゆがめる暇もなく、その余波が全身を襲う。


 建物の瓦礫は無数の矢となって降り注ぐ。

  

 即・判断。


 泥に侵された巨人にも戦闘意識があるのか曖昧である。

 しかしバベルはわずかな隙を縫うように、全身から流血した英雄を十二回ほど建物に叩きつけるのだ。

 それに人間の身体強化など些細な動揺で解けてしまう。


 おまけにこの質量。


 周囲の住民を避難させた黒孔雀が彼を回収する頃には、すでに白目を剥くほどぼろぼろになっていた。

 皮膚を包みこむ黒孔雀の背中でも傷口に響く。

 すると………………………容赦なくその腹にぶち込まれる拳だ。

 

「ヴッ…………」

「しっかりしなさい」

「…………へ?」

「しっかりしなさい」


 鈴鹿の生み出す蝶は幻覚作用を引き起こす。

 そんなことを今更思い出して、さらにもう一度ぶち込まれた拳に意識は吹き返すのだ。

 …………………鈴鹿、よかった!! と瞳を輝かせてしまう。


 しかし、すでに戦場は生半可な魔力じゃ淘汰されるのがオチ。


 ついでに度重なるベクトル操作と黒孔雀の酷使。

 両腕が持っていかれた今や、本調子での32パーセントほどを発揮するのが関の山だ。

 どうする、と巨人の拳がすぐそこまで迫ってくる刹那。


「アナタ。私、今度こそ死ぬかもだから」


 視界の大半が幻影蝶に染められていた。


 何をしているのかと問い詰めたい衝動をかみ殺す。。


 なぜならこのやり方は過去に行った後、二度とやらないとお互いに誓ったものだからだ。


 これらが蝶はすべてが鈴鹿の魔力。


 今度こそ、意識の支えを失ったように黒孔雀から落下していく鈴鹿。それに追いつくように僕も彼女へと飛び込んでいく。

 ……………………そして。

 巨人の右足が黒い山となってこちらをハエみたく吹き飛ばすのだ。


 それと同時、黒孔雀が蝶の群れを喰らっていた。


 ぼっぼっと全神経が点火するような感じ。

 すると、山でさえ抉り取るほどの膨大な質量を木端微塵になるまで切り刻んだ僕だ。

 火山が吹き出した流星すらへこたれる熱が散る。

 

 無論。


 もろに蹴りは直撃した。

 

 だが、その瞬間に限界を超えたベクトル操作で無効したのだ。

 魔力爆発アドレナリン全開。

 黒い鳥は豪鉄がごとく強靭に膨れ上がり、剛翼は青い炎を迸る。青い宝石の双剣は眩いほど輝きだし、その真価を示す。

 

「黒孔雀!! 華燭に染めろ!!」


 その瞬間、まるで青炎の鳥が一つの島を灰に変えていく。

 僕は穏やかに抱きしめた鈴鹿を胸に建物から建物へと跳躍、すると黒孔雀を無視してこちらに噴出した巨岩の拳だ。

 それに精一杯に息を吸った後、剣がぶっ壊れるほどの魔力を込める。


「あああああああああああああああああああああああ!!!!!」


 刹那、宝剣が走った。

 振り絞った膂力も魔力も一切を出し尽くして、巨人の体を真っ二つに切り離す。

 また敵意に反応するように最大火力を魅せていく青い炎。

 

「っ、」


 僕は黒孔雀に回帰を命じると、残った最後の剣から魔力を鈴鹿に垂れ流していく。

 すでに両目や両鼻、耳からも血を噴出させていた鈴鹿。

 ……………………かつて、死に物狂いで討伐した仇敵が崩される最中、またしても休憩する暇などないよう氷の息吹がやってくる。


 とにかく鈴鹿はだいじょうぶだ。


 今はどうやって戦うかを考えなければ、なにせこの感覚的にまだまだ敵はいるのだろう。

 ……………………くそ。どうする。

 落下する途中、四方から展開された泥のゲートから巨岩が迫る最中。そんなことを切羽詰まりながら思っていた。


「……」


 巨岩ではない。

 

 この形状は見慣れている。


 巨人の手だ。

 

 が…………そうやって反応することはなく。

 

 最果ての冬季がそれらを凍結させていた。


 しかし、どうにも敵とやらは僕をのけ者にしたいらしい。包み込むように展開された泥のゲートの先。

 奈落の最下層といわれても納得できるほどの広場に着地する。


「……………………黒孔雀。翼だ」


 自分のサイズを《《蜂》》だとすると、彼方から振るわれる巨体は《《人間》》サイズだろうか。

 ……………まったく、理不尽というやつだ。これは。

 巨躯のバベルと呼ばれた魔物が、遥か彼方からこちらを覗いていた。それらが四体と僕たちを取り囲むように立っている。


「…………あの子が」


 すると、かすれるような声で口から血を吐いた鈴鹿。

 

「連れ去られた。守れなかった」

「……」

「ごめんなさい。アリスも、今無事なのか…………」


 それでも胸に渦巻くのは違った感触である。


 今にでも標的を射殺すように恐ろしく尖っていく、瞳。


「…………鈴鹿、こいつらぶっ殺して。はやく会いに行こう」


 折れた骨が露出した腕で剣を強く握りしめる。

 体から降り立った鈴鹿が幻影蝶を数匹と絞り出していく。

 ……………………宝剣は残り一本だけだ。

 おまけにもう力なんてロクに入らない。

 雄叫びを上げるはずのない奴らから、生き物のような呻き声がただっ広い空間の果てへと重く響き渡っていた。


((((((((((((((((((((((((((((((((((


 茶髪の男は瓦礫の中でふと昔のことを思い出す。

 鈴の音がしないということは、おそらく巫女は刀を振るっていないのだろう。

 今感じている一秒が、どのくらい長いのかが分からない。

 

 ただ。


 瞳は昔の光景を映していた。


 俺がまだ生きていた頃。


 自動的にゆっくりと動き出した子供の視界。


 森と町の境目に建てられた道具屋のにおいは死んでも残っている。


「君のハートをズッキューン叩いてー♪見えない火傷を、」

「■■、なんの歌だ?」


 少年はソファーによたれるように歌を歌うも、店の奥から財布を携えてきた青年に止められてしまう。

 視線を合わせながらも外に退いていく兄の姿。

 そして、そんな彼を追うように一段と甘いにおいのする人影が出てくる。

 

「準備はできました。行きま、しょう…………?」

「ラブコメだよ。兄貴、知らないの?」

「まあな」

「なんですと…………サラさんは?」

「……ラブコメ、ですか。今まで触れたことはありませんけど、興味はあるかも」

 

 ”サラさん”はピンク色の髪を束ねたきれいな女性だ。

 兄貴に甘い匂いを付けた張本人でもある。

 俺と兄貴は同じ茶髪と赤眼だが、纏う匂いはまったく違う。具体的には、甘さと清涼感だろうか。兄貴のほうが甘さに満ちている。

 

「なんだよ。二人はラブラブだからもうラブコメいらないの?」


 俺としてはなんてことのない言葉である。


 他意はない。


 二人と話している贅沢な時間が心に穴を残す訳がない。開く訳もない。自然と笑みが漏れていて、何気ない会話を二人と交わす。


「ラブラブとかいうな」

「兄貴、耳赤ッ」

「あ。今日の夕飯はカレーです」

「やった」

 

 店の外は快晴。

 白い光に包まれた世界に、二人は歩いていく。


「いってらっしゃい」


 こうやって過去を覗き見るのは、人間の性なんだろうか。

 余計に空しくなる。

 普段、感情を言葉にしないようにしているのだが、どうにも、ああ、なんで今思い出すのかね。

 すると……………………現実に意識を引きずり下ろす鈴の音色。

 

「ッ……………!! オラァ!!」

 

 噴出するように瓦礫から立ち上がった後、茶髪の男は振るわれた太刀をいなし反らす。

 なんて反動。なんて速度。

 巫女のほうにリードされつつあるといってもいい。だが巫女の足場が浮いた刹那、試してなかった肉薄の戦闘を仕掛けるのだ。


 それは剣のつま先。


 わずかなジャブに生じる隙。


 すり足。


 組み立てるような体術。

 

 まるで針に糸を通すような繊細な連打をお互いに繰り広げる。

 しかしビー玉ほどの風玉で弾き出された俺だ。傾いた足場と瓦礫が宙を舞う中で、燃えるような瞳はそれを映し出す――――――――

 

 妖刀【鬼咲おにさき】。

 

 まるで舞うように少女はその刀を指先で鞘から弾き抜いていた。

 ―――通常。

 詠唱は魔力を理想の形に構築するためのフィルター、もしくは、焼き付けたイメージの補強として扱われる。


 彼女の場合は実に後者。


 だが巫女たる彼女は詠唱を介さず、魔法の出力や型を自在に変える事が可能。

 しかし糸ほどの繊細な造形はそうもいかない。

 爆破の衝撃を押し殺すことなど猶更。

 こと戦闘中において、”詠唱”と”他が疎かになる集中力”こそ金打ちとなるほかなかった。


 その欠点を、妖刀は埋める。

 

 抜刀した刀身は彼女の魔力そのもの。

 

 もとから物体としての刀身は無く、あるのは持ち主の魔力を喰らう柄のみ。喰らった魔力に応じて刃は咲き誇る。

 もっとも、常人には荒ぶる魔力の塊に振り回されるのが常。


 しかし彼女はその荒船を何年も乗りこなしてきた。


 ゆえに。


 その絶対的な隙を逃さない。

 瓦礫越し。

 膨大な台風を大瀑布のごとく放出させ、二本の刀を組み立て台として弓は完成する。

 可笑しく凪として静寂を保つ暴風の矢。

 あふれ出るほどの風量が圧縮されようとも、物体という不純物のない魔力の刃は鉄の刃が混じろうと形を深く巡らせる。

 

「――――」


 そして、消えた(とんだ)

 一矢。

 貫く。

 瓦礫すら通す暴風を研いだ一矢は茶髪の男の体を穿ちぬき、次の攻撃の隙すら盛大に咲き乱れさせる。

 まるで周囲に展開された風のすべてが穏やかに充填していくよう。


 その光景――――――これいけるか? と瞳を小さくした男だ。


 さきほどの一撃にて肋骨と右の肺を奪われた。

 満足な息は大きな隙を招く。

 激痛に眩暈がする。

 持久戦は無理。

 《《もう見るだけでは駄目なのだろう》》。

 こんなの初速が頭おかしいのに予測すら許されないときている。それならもう、すでに向けられたモノで判断するしかあるまい。


 すなわち、殺気(かんじろ)


 極限まで瞳を集中に潜らせながらも、肌を刺す殺気に食いつくように専心する。

 すると、――――その場で身を翻した。 

 度重なる戦闘による出血と熱量は、かつて死地を駆けた本能をより燃え上がらせる。


 自らに迫る死が容易に予測できる。


 その刹那、下に溜められた風が一気に無数の刃として樹立した。

 天井についた足が小石二つ分ほど軌道をズラす。

 「ははははははははははは!!アッぶねえな!!」刃が皮膚から奪った血液が舞い落ちる中、下から込み上げてくる氷雪の波が更に地面を崩壊させていった。

 

 戦局は、加速する。


 なぜならこっちは随分と熱くなってきた。

 空中に召喚した赤い剣を二本、それらを溶かして組み合わせるように繋いだ。

 …………………じりじりとした熱波に首がもたれていく。

 

 建物を霧散させる氷の波はイレイナのものだろう。


 作戦は一通り進んでいるわけだ。


 崩れさっていく建物に動じない巫女を収めながら、そんなことを思っていた俺である。

 …………しかし昔のことを思い出してしまったせいか。

 

「…………恋文物語。春の学び子。あと島国ではやっていたラブコメはなんだっけか」

「…………………」

「巫女さんもラブコメは読むだろ?」


 気づけばそんなことを口にしていたのだ。

 ただ、ピクリと巫女の瞳が揺れる。

 …………………この場での最大限の動揺なのだろう。

 まあなんにせよ。

 この《《初》》な乙女を切らなきゃならんのは中々、辛いものである。イレイナもそうだ。でもそうしなきゃ世界が滅ぶわけで。


「なあ、お前さ。自分と親しい人と人が恋をして、それで幸せを迎えた先で。いっちばん最悪な終わり方ってなんだと思う?」


 返事はない。

 しかし、その返答の代わりに何百にも重ねられた斬撃の豪風が迫っていた。

 こちらも単なる斬撃でかき消す。

 重みは先ほどよりもない。

 幾重の小爆発が背後で生じた刹那、巫女と進化した武装で力を押しつけあうのだ。足場として消えていく瓦礫の塊である。


「…………どうでも!いい!!」

「ははっ!! なんだ釣れないな!! どんな愛のカタチであれ!! 終わりには順序がある!! だが、」


 結末でやっとの恋慕を超えて結ばれようとも、最後に台無しになるのは――――――――。

 そんなことを考えていくうちに、さらに身体強化は進んでいく。

 まるで際限なく鉄を鍛える音が重ねられていたのだ。


 しかし、ここは俺の流血で満ちている。


 いくら身体強化で血液の生成量を上げようとも限界はある。


 …………そんでもって、また過った昔の光景。


 あとライオット戦のダメージがここで尾を引いてきてる。


 …………燃え尽きた道具屋を思い出す。


 俺は最大出力で剣を押し通すも、両腕が脇をみせるほどにのけぞられるのだ。

 またいつ何時でも全神経を注視させていた巫女の口。それが、

 

「【縫――」

「!」


 それが動いた刹那、空中に生み出した赤い剣を足場にして蹴りを打ち放つ。

 が、………………転げまわりたい程に膨れ上がった痛みだ。

 詠唱はブラフ。

 やられた。

 巫女だって詠唱の隙をわかっていた。まったく冷静じゃない俺は骨まで細切れにされた右足ごと翻して、そのまま足技で数回フェイントを入れるのだ。


 すると、再び肉薄で始まったインファイト。

 

 というかワンサイドな組手だ。


 佐々霧檻華は戦乱で塗れた島国出身。


 それゆえに視点の違った武術の心得がある。


 こちらの捻り出した体術はすべていなされ、勢いと体重を利用したまま鉄刀に左肩を穿たれた。

 選択肢が浮かぶ間もなく体は止まらない。

 本能が導いた絡め手すら無駄と化す。

 ならば生み出した赤い剣で自らの右腕ごと貫き、巫女の瞳に浮かんだ初めての動揺。

 手首をひねり、 

 高熱の刃で鉄の刀をえぐりぬき、

 その破片が巫女の眉を出血させる。


 ただ必死すぎて。

 ただ血が世界を染めすぎて。

 それから何が起こったのか、断裂を繰り返す意識ではうまく理解できない。だからこそ、出来得る限りの悪あがきをするのだ。


 痛みを前提にした乱撃は多少のダメージを与えるくらい。

 一秒単位でこちらの体はどっかぶっ壊れていく。 

 まるで血は川のように流れていき、痛みと理性の渦巻くようなストレスで眼球はぶっ飛びそう。


 ……………ああ。

 

 意識が堕ちていく。


 ……………くそ。こんな時に思い出すせいだ。ノイズすぎる。いや、こんな時だからこそ思い出すのか。

 

 でも痛みは消えない。


 ……………こんな理不尽な状況だから思い出すのか。


 だが、そりゃそうだ。


 こんなに苦しいのは当たり前。


 他人の物語に手を出してんだから。


 そんなことを心が呟いていた最中、下の方からクラシックの演奏が聞こえてきた。

 スターリーあたりが何かしたんだろうか。


 ……………………。


 ――――――――。

 

 ちっちゃな道具屋の店番役だった少年の話が過る。


 気づけば両親は蒸発していたこととか。


 金はそこそこなかったこととか。


 それらはどうでもいいけど。


 兄貴は大事にしてたな。


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