第三十話「英雄食団」
…………ふーーー、冷汗止まんない。上もそうだけど、敵は感覚でも私の三倍以上、魔力が高い。100回バトっても四回しか勝てないわね。これ。
でも、とスターリーは即座に瞳を覚悟に締める。
なんだが無限に魔法が使えそうな気がする。転移だって一日で三回使えば伸びるのに。
今、私、いつもより自由に舞えてる。
「クロウル。敵に隙ができたら飛ぶわね」
「了解…………!!」
…………スターリー・A・フェスタは音により戦場を支配する。
特筆すべきはそのタクト【コーデリア】。
だが今現在、本人はかつてない違和感と絶好調に見舞われていた。
原因は都全域、上空にまで展開された大樹。
その制作者たる少年はこう言った。
《《あれは少々、特殊なイメージを施した》》と。
それは少年の脳内にこびりついた黒騎士の剣と同等の効果。
空気中の魔素は大樹により吸収され、経路の果てをもって王都をすべる主に譲渡されるのだ。
雷速を超えた戦闘中に少年が曖昧ながらもイメージしたおまけ。
気まぐれなサービスがスターリーに勝機を見出す。
どこからともなく響き渡る楽器の旋律は、容赦なくそこに音による崩壊を送り届けていた。
すると。
お返しとばかりにスターリーの視界にある黒点が大きくなるのだ。
それは距離や太さの問題である。
本人目線、それが向こうから伸びてきた鋭い黒針だとは思いもしない。
返事は不要。
その骨の針は双剣にて切り刻まれ、複数の断面から更に倍と増え続けるそれら。すかさず空間から出現した黒鉄の両足が周囲を切り刻んでいく。
黒針はネズミ算式に増え、それに応じて斬撃も増していった。
まるで蜘蛛の卵のような外郭が形成されていくのだ。
すかさずクロウルと共に転移するスターリーは、犯人らしき角刈りの男を手に掴む。
それに歓喜に震えるように細まった男の瞳。
…………デキル。四代貴族程度のゴミムシかと思えば想定以上の魔力量だ。本日はお客様が多いな。
「前菜は楽しんで頂けたましたか?」
「はあ…………」
「貴方っ、ああ、そういう……もー、悪いけどこのまま死んでくれるかしら」
すると上空の彼方に転移した三人である。
やはりというか、覚悟はしていたがここまでの恐怖はスターリーにとっては毒。
しかし。
吐きそうな顔を堪えてタクトの先を、背後に回った角刈りの男へと向けるのだ。
音の全ては空気の振動によって成り立っている。
スターリーは長年培った繊細な技量により、『コーデリア』から生み出した音波を自在に調整できる。
だが、上から胎動する気配がまともな手筋を遮っていた。
それと虚空に展開された泥のゲートから、黒いワームが壁となって伸びてくる。
おまけに目まぐるしいほど素早い。
上手く軌道が効かない掴まった奴に定めるのは困難であり、派手に肉壁として破裂していくのだ。
…………正直、ここで角刈りの男だけを残すのはまずい。
こんな状況でも狂気の笑みを浮かべて、黒い空の下を楽しんでいられる余裕がある。
まだ何か底知れない手があるのだろう。
それにクロウルも血を目から鼻へと流したりして、瞳も焦点を保ててない。
道姫都に展開した黒孔雀の翼。
そのベクトル操作による疲弊は簡単には癒えていないのか、それとも、別の理由か。
なにより彼がここにきた理由は一つである。
彼はこんなことをしている場合ではない。彼には助けたい人がいる。
「くふふふはははは、何を迷うのですか。英雄は家族を守れません。英雄とは民衆の味方だ」
「…………っっ!!」
「ちょっと!」
即座に全開で振るわれた双剣とタクトと骨剣が衝撃波を生み出した。
三者ともに空中で払える全力だ。
気味悪く笑みを貼り付けた角刈りの男を横目に、のけぞった隙を“転移“で塗りつぶす。
「っ…………奴は!」
「まだ上。貴方にあわせるの結構きついわね」
スターリーは先ほどいた上空の直下にクロウルごと転移したのだ。
草が生い茂る大地に立っていても浮遊感がある。
おまけに先ほどの合撃でタクトを持てるほどの握力は抜け落ちており、相手が落下死してくれると本当に助かるのだが。
「クロウル。ほんとに貴方、先に帰ってていいわよ。この感じはよくないわ。わかるでしょ?」
「…………………………………………」
しかし掴みかけた手を取ることはなく、歯を食いしばった表情で駆け抜けたクロウルだ。
「どこに!!?」
「っ、帰れスターリー!!! 俺に構うな!! 早く!」
「…………!!」
「黒孔雀! 全身だ!! もう待機しなくていい!!」
不意に、いつもの敬語を忘れるほどの動揺で悲痛に叫んだクロウルだ。
一言一言に力が入っており、彼の瞳はぐらぐらと揺らいでいた。
ふと見上げた上空には今までの比ではないほど、広大に展開された泥のゲート。
まさに島でもまるごと収まりそうなくらいである。
…………英雄クロウルが世間にその名を馳せたのはなぜか。
それは魔王軍の四天将“巨躯のバベル”率いる魔物の軍勢をたった一人で討伐したことだ。
しかし、戦争を経験した彼が単独で軍隊に挑むわけはない。
……………………だが。
現実として、それはあっという間だったのだろう。
彼が信用に足るとあの戦場へ連れてきた仲間は、巨大な地面の窪みのシミになっている。
いや、窪みではなく足跡だ。
それは雲すら超えるほどの背丈だったと当時の報告書には記載されている。
まるで濃い霧に隠れた巨躯の島が、大陸を渡ってきたようだと。
彼は、そのことになると言葉を濁した。
「いい判断ですね。
貴方が帰路に飛べば、僕も同じくゲートで飛ぶ。そうしたら愛する家族は血肉のジュースになっちゃいますからね」
上空にて、角刈りの男は山のような肩から顕現していくそれを眺める。
だが、このメインデッシュでは足りない。
それは先ほど痛感した。あんな存在感のない少年が奇跡をときめかせたのだ。
「人間は極限に追いやられると二種類に分断する!!!我を優先して他者を蹴り落とすか、我が命を代価に他者を救い出すか!!」
この分断の瞬間にこそ!
「人間は輝きを見せる…………ッッ!!」
舌なめずりをした角刈りの男は山の頂上に足をつける。
………………否。
その足場がそれほどの大きさを持っていただけであり、現在進行形で足先まで召喚が進んでいるのだ。
「ぁぁぁぁあああああああああああああ!! 僕は貴方の輝きが見てみたい! あの少年でさえこんなにも心を震わせる!! そうだ!なら擦り減らそう!もっと!!
真なる英雄の貴方が〜〜〜〜〜…………………っっっ!!」
至宝たる輝きを見せるように!!!
そう狂気的に瞳を剥き出した角刈りの男は、感情のままに腕を広げる。
すると…………………………その直下の大地に泥のゲートを介して現れた民衆。
誰も彼もが状況を正しく理解できておらず、初めての食べ放題バイキングに不安がる幼児のようだ。
その中でも一際、あの少年だけが煌めいて見える。
刹那。クロウルの脳内に映像が浮かび上がった。
歯を剥き出した化け物と、神々しい神殿が合体したような巨躯が通り過ぎて行く様を。
アレがなんだったのか最初はまるでわからなかった。
伸びた城屋の背には山脈の如き牙が、混雑に編まれた柱には石像の手足が。
「………………あ……」
実際に、人を模した器官や骨格はあったのだろう。
だからこそアレは歩けた。
遠目からでも足先から胴体までしか瞳に収めきれなくて、頭部なんて下手に覗く気にすらならなかったと思う。
巨躯のバベル。
かつてそう呼ばれた魔物は、複雑に切り裂かれた人形を縫い紡ぐように召喚されていた。
泥のゲートは部品の搬送。
そして縫い止める糸は、嫌になるほど切り裂いた竜骨騎兵が元になっている。
いや、それに類似するものか。
なんにせよ歯を食いしばらないと嘔吐してしまいそうだ。
まるで空が落ちてくるようである。
心臓はやかましく高鳴っていて、両目はこれでもかと開いてしまう。
だが、次に響き渡ったのは民衆のどよめいた声だ。
ありえないと踏んでいた現象に、足が壊れるほどの跳躍を強行された。
再び民衆の盾として顕現された黒い翼。
視界と思考をずらされながらも、英雄は召喚獣と共に轟々と振り下ろされる足元を砕いた。
「………………英雄、様」
米粒ほどの大きさになった英雄は一人の少年の瞳に収まっている。
ふと………………自分を助けてくれた少年とローブの女性を思い出す。
強烈な経験はときとして理性に代わる指導者の鞭に化けていく。
どこからともなく自分を助けてくれた彼ら。
理由なんて説明されてもよくわからなかった。
でも彼らは状況が状況がと言い逃れることは絶対にしなかった。
いつだって、全力だった。
ならばこの膠着した死の空気に一石を投じるのは、誰だ…………!!
「みんなぁぁぁああああああああっ!!」
「「「!!」」」
「英雄様が化け物を足止めしてくれてる!! 僕たちが足を引っ張ってるんだ!! だから逃げるんだよ!! 怖いってうずくまるな!! みんな、みんな、怖くても必死なんだ!! とにかく今は立ち上がれええええええええええええええええ!!!」
不格好でもいい。
かつての少年は舌たらずな口調でも、全身全霊で喉が潰れるほど叫んだのだ。
そして見上げた民衆の瞳にかの英雄は映る。
すると、その一瞬の活力を逃さないように響いたスターリーの叫び声だ。
「みんな手を繋いで!!」
スターリーは震えながらも手を繋ぎあう民衆にふれた後、降りかかる大地の如き瓦礫から王都へと転移した。
ギリギリである。
もしも少年がいなければ救えたのは数十人ほどだっただろう。そんなこと思っていたのもつかの間、体は浮遊感に教われていた。
………このゲート、どこまで!!
それは道姫都を超え、野原を超え、その巨人までも戦場へと落としていく。
戦地はたった一つへと収束された。
すると、ぽつりと見覚えのある闘技場へと放り出されたイレイナ。周囲に誰一人として人はおらず、至る所で展開されていくゲート。
だがこんなの初動だ。きっとまだまだ面積を埋めるように展開されていくだろう。
私が先んじて投下された理由は簡単。
ここで私の魔法を使いつぶす気なのだろう。なにせ相手は魔女の使徒だ。それくらいの用意は済ませている、確実に。
…………どれだけの数がくるのか、と瞳の焦点が定まらない。
なんにせよ、こんなことが可能なのはこの世でたった一枠の存在たちだ。
もうゴタゴタ抜かしている暇などない。
万が一にも、濁流のように押し寄せる魔物が放置されたこの場に。
無力な人間が落とされればどうなるか。
頭の中にご主人さまと金髪の少女が浮かんだ。彼らの四肢が人形みたいに引き裂かれ、魔物に無残に食われていく光景が嫌に浮かぶ。
…………………すでにこの体は死に体である。
この量を一掃、いや、まだまだ来るだろう軍勢を凍結させるにはそれしかない。
でも、まだ、こんな時に限って死にたくないと思う。
イレイナは息も絶え絶えに、来たる最悪へと四つん這いから腕をついた。
なけなしの力は満足に体を起こすことを許さない。
呼吸のたびに心臓と肺がナイフを突き刺されたように痛む。
それでも、最後の魔法の展開は止めないのだ。
正直、頭の中はご主人様でいっぱいいっぱい。会いたいという思いが浮かんで、消えていく。
そのたびに唇が震えて腕から力が抜けるのだ。
でも。
たとえ、もう会えないとしても。
ここで命を燃やし尽くさねばならないと私自身が告げている。
それを裏付けるようにさらに展開された泥のゲート。空中に、地面に、住宅地から泥を被った魔物があふれてくる。
まるで地獄の河だ。
スターリーやクロウルでもすべてを救えるわけではない。イレイナの脳内に、使用可能な階梯がいくつか浮かび上がった。
いずれ……………もえる。
轟轟と燃え盛るように世界が氷雪に塗り替えられていく。
窓の外で雪が穏やかに舞い降りるような感じ。
現実感を肌まで際立たせる印象と現実と差だ。
それは対象を魔物と建築物に限り、食い尽くすように先端から末端へと侵食し空気へと霧散させていく。
無論、ゲートの彼方すら例外ではない。
民衆をぐちゃぐちゃにすり潰すはずだった時計台やフェンス、正気を失った暴走する魔物を容赦なく砕き割っていく。
この地獄の要因たらしめる厄災は瞳をローブからのぞかせた。
泥のゲートを超えた世界とはまた違った次元。そこで白髪の少年を抱きかかえるアリスが息を呑む。
……………戦士たちが結集された場は暴力と音楽の街。
英雄の住む屋敷から離れた、もっとも血気盛んな闘技場。その観客席すら潰して大号令の戦場と化していた。
また星の彼方にて胎動を重ねる召喚獣が帯を本体に結び付ける。
我が王の内部に注がれた、何かが彼をかき乱していた。
白紙の世界に土足で踏み込んできた無礼者。あらゆる甘い言葉で王を誘惑する魔女を迫害するためである。
すると、見覚えのあるローブの女性が初めて顔を露にする。
前髪に隠れた底なしに真っ暗な瞳。
淫らながらも神秘的な容貌。
かつて展望台で見惚れていた紫の長髪は、ふわりと彼女の肩に流れ落ちる。
「やあ、少年。おはよう」
………………すると、スキップするように月の魔女は少年の両手を包んだ。
金髪の少女はこの世界にはいない。
口をパクパクと開いて閉じてを繰り返して、高まった心拍に合わせるように少女は震えているのだ。それは現実世界の話だが。
「ゆっくりとこれからの話をしよう。この世界には私と君しかいない。周りの目を気にする必要はないといっておこうか」
白髪の少年は断裂する意識の中、その声をなんとか繋ぎ止める。
だが、歯を食いしばったアリスが立ち上がる気配。
白紙の世界に召喚獣がリンクしてくる最中でも、白髪の少年は二つの声に死んだ耳を傾けていた。




