第二話「疑問はキッチリことこと、雪見しりもち影踏み踏んで!!」
「僕様さ。ぶっちゃけ悪霊かもしれない」
気分も先ほどと違って穏やかに澄んでいる。
脳内BGMは生まれながらの悪癖。
雑音を消したり選出したりするフィルターは、僕様の気分によって曲のチョイスを変え、状況によって適切な音楽を常時流す。
理屈はわからないが防衛本能のようなものだろう。
さっきアリスにレコードを『ピアノソナタ』から『楽興の詩』の気分に差し替えられたが、
意識さえすれば街の中の喧騒さえ詳細に聞き分けられる。
他にも触覚、視覚、嗅覚、味覚すら深いところまで入り込めるほど鋭利に優れており、まず色のない生活なんてのは今世では考えられなかった。
「イレイナさん、こんにちわ」
ふさふさと音を鳴らす草木が生い茂り、中には薬師の目が飛び出るほど珍しい薬草の類もある。
屋敷全体の掃除係及び中庭担当。
それが我が家の数少ない使用人が一人、腰まですらっと伸びた銀髪とナイフのように鋭い目つきが特徴のエルフである。
身長がうちで二番目に高く、目の前にいるのに返事がないのは元々話せる喉がないから。
結果、言葉でコミュニケーションを取るのではなく手持ちの看板に気持ちを記してもらってる。
…………カキカキと筆が丁寧に奏でる音。
それが耳に心地よくて聞くだけで背中がぞくぞっくと震え立つ。
[はい。こんにちわ。今日も訓練しますか? アリス]
[ご主人様は悪霊だったのですか?でしたら可愛らしい悪霊様ですね]
片手で看板を掲げて子供を脅かしそうな鋭い目でふっと笑うイレイナ。
アリスはそれにぽっと頬を赤めた。
ゆさりと布地が擦れて美的な姿で視点をこちらに合わせてくる様子に、そうじゃないと思う。
「あのなー、僕様はこの体に乗っ取った悪い奴かもしれないんだぞ? あと!!抱きしめるのは止めろ!」
僕様の奮いあがる虎のポーズが怖くないのか、ギリギリ抜け出せない力で包み込むように抱きしめてくるイレイナ。
これだ。
まるで子犬をかわいがる大人みたいなのだ。
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本名 イレイナ(年齢不詳)
:いろぼけ
:肌がすごい冷たい。
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肌にドライアイスでも引っ付けられたようだ。
僕様の威圧を超えて此奴、ひやっこい体で抱きしめてきやがった。
「ぎゃあああああああああああああああ!! 冷たい冷たい!抱きしめるな!僕様を子供扱いするなぁあああああ!!!」
「!」
ぎくっと肩を震わせてふるふると涙をながすイレイナだが、それでも離れないの一点張りである。
頼むからいう事を聞いてくれなんて思い、背後ではアリスがしりもちをついていた。
おそらく水やりを手伝おうとしてジョウロを手に取ったはいいものを、足を絡ませて後ろから倒れたのだろう。
もっとも、その中身が降りかかる頭上には一抱えある水球だ。
アリスの傘として水球を生み出しておいた僕様は、やはり超絶的な天才で間違いはない。
「気品を重んじ優雅たれ。我が屋の家訓として世間に知られていることだ。
しかし家訓とは社会に出てからの話で、家の中や、領民がいない場所では基本的に両親や使用人は肩の力を抜いている。…………そりゃもう抜けすぎといっても過言ではないほどだ」
場所は変わってもう一人の使用人がいる寝室へ。
昼過ぎまで寝ている時点から論外、だが名門の貴族にはそれに相応しい使用人が就く決まりだ。
現当主である父上は戦争で大活躍した戦績やら能力、また人格を買われ、まあ、凄い、知らない人はいないほど有名である。
父上は原作でも”ド”がつく強キャラだった。
で。
元々使用人などは当主が見定め指名し、雇用契約を持ちかける決まりだ。
また母上のフィルター審査も入るらしいが両親の調査規定は不明。
現状うちで雇っているのは四人である。
ちなみに僕様含めて使用人はみーんな原作に登場していない。いや、名前だけなら一人だけあるか。
「…………わーー、馬鹿にしてますね? わたしお姉ちゃんなのに」
カーテンを開いて日光を歓迎したアリスだが、言葉を返す必要もなし。
また一人だけゲームにて名前を残していた奴は、今日もベットから落ちた後に樽の中で眠りについている。
目の前に転がった樽の中から布団がこすれて唸る音がした。
「まあ、それはいい」
「ご主人様!!」
「うるさいおたんこなす!!」
「お、おたんこなす、っ、おたんこなすっていったらご主人様ですよ!! 世界の変人もお手上げ白旗スタート前に歓声あげてご主人様はコール真っ逆さま!」
「はい意味不明!本でも読んでろバーカ!」
しゃがみ込んだ僕様は重たい樽を揺さぶり、少女と叫びあった。
さぞ樽の外は騒がしかったのだろう。
涎垂らして眠る黒髪の男が樽から頭を出すのに時間はかからなかった。
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本名 ライオット(20歳)
;寝坊助。
:酒臭い
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「…………俺、夜勤勤務なんすけど」
くまがかかった目をどっさりと座らせるライオットがそういった。
思わずアルコールの刺激臭に鼻をつまんでしまう僕様。
ここは酒蔵で酒の匂いがするのはわかるが、コイツは間違いなく酒樽の中身を空にした挙句自分の住処にしているのだ。
しかも、礼儀がなっておらず布団が詰まった樽から頭をにょきっと出したまま。
彼の頬に冷や汗が垂れていくが「なんでここが」小さくぼやいた声を聞くに、何故自分が寝ているこの場所がバレているのかわからなかったらしい。
「寝ぼけてんのか、僕様だぞ」
「俺ぁアサシンっすよ。布切れの音すら溢さぬアサシン」
「じゃあアサシン卒業だな」
僕様は思わず鼻をつまんだまま、床を転がる樽に向かって裏声で話かける。
「やい、アサシン未満の酒泥棒。歯磨いてこい。酒臭くて鼻がもげそうだ。悪霊でもこたえる」
「はいっす。あと五分したら行くっすー」
アリスの手にはイレイナから渡された看板。
寝ぼけた頭でも恐怖は感じるのか、ライオットの目がホラー映画の貞子さんみたいに開かれた。
[愚弟、ご主人様のありがたい質問に答えなさい]
綺麗な文字で書かれた看板に目を開いた後に「うそー」なんてため息混じりに再びまどろんだ布団の中に潜る成人男性。
昨年成人式を終えたばかりの彼だ。
アリスとてこうはなりたくないものだと汗をかいている。
「なあ、ライオット。僕様ぁ悪霊、お前があった時から悪霊かもしんないかもかも」
「……なるほど?」
眉を上げた困惑の呟きで僕様に黒い目を向けてくるので、悪戯が住んだ子供のように舌を出してこう返した。
「実は僕様はこの世界を壊すため、赤ん坊の中に入った超ド級の悪魔なのだ」
「………かわいっすね」
「は?」
さて何かしらのトリガーが入ったのか、すらりと酒樽から立ち上がるライオット。
192センチある背丈を見上げるとやはりデカいし、ほの暗い目つきは別ベクトルの恐怖を孕んでいる。だが、
「あー背中痛っ、今日は訓練するっすか?」
断じて彼は怒りやすい性格ではなく、猫背でふわふわな喋り方をする奴なのだ。
また断じて欲しいリアクションではない!
酒の匂いがダイレクトに意識を殴ってくる中で力強く酒樽を揺らすと、大きな声でこう言った。
「怖がれよ! 怖がるべき!!この世の摂理は神が定め、悪霊なんていう恐怖もランチセット感覚で配達しやがった! ならば隠すな遠慮するな!! それらが配合された人類はその恐怖するのが義務なんだよ! 怖がれぇぇ!!」
「うぇ、吐きそうっす。揺らすのやめてっす」
もういい次は衛兵だ。アイツならいいリアクションをしてくれるだろう。




