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第二十八話「イかれたクールビューティーよ冴え渡れ!」



 まるで追い風がごとき余波に連れられた瓦礫の柱。

 それが金髪の少女とイレイナを隔てた。

 巨木だろうと直撃すれば折れてしまいそうな勢い。

 嵐の中に一人放り込まれたような感覚。


 少女の両腕は深くまで切り刻まれており、持久戦は見込めない。

 イレイナの拳や足指も同様。

 今の状態でまともな踏み込みをすればコマのように体制を崩してしまうだろう。


 その刹那、両者の視界が瓦礫にて閉ざす。


 イレイナは少女の踏み出した一歩を決して逃さない。

 殺意に沈んだ瞳。

 さきほどよりも素早い氷の根が、少女の体を引き裂こうと手足に絡みついていくのだ。

 

 すると少女の足場から隆起してきた氷砕きの犬歯。

 自分すら喰らった鉄犬の口内で、つま先を地面に当てて走るルートを決めておく少女。

 単なる時間の問題である。

 犬の壁を貫いてきた七つの氷刃と、僅かに体温を奪う氷波から逃れるように身を翻した。


「!!」


 自分の行動が手のひらの上なのか、更に周囲の嵐は彼女の魔法により加速していく。

 ここは彼女の狩場だ。

 地形を抉るような瓦礫たちは凍て尽くされ、先の見えない氷雪に覆われている。


 少しでも跳ねれば風に吹き飛ばされるのがオチだ。

 しかしこれでいい。

 すでに完成した一つの設計図を、足元に発射台として氷波へと姿を消した少女。


 ……………………恐らくイレイナの魔法は装填までに、インターバルと身体の一部を代価としている。

 魔法の規模が強力になればなるほど代償も大きくなる類だろう。


 身体に影響なく魔法を扱えるのならば、わざわざ霧なんて起こさずに私を殺してる。


 彼女の狙いはあくまでも【災禍】の避難。


 泥のゲートやら黒騎士なんかも見せたのだ。

 後からくる増援も予測されてる。

 本人も持久戦になると踏んでいるのか、ここでわざわざ代償の高い選択はしてこない。

 

 …………なら、私もチンタラしてはいられない。あと何秒だろう? 

 

 先ほどから多用されている氷の根は、さほど溜めや代償はかからないものだ。

 ジャブ感覚の氷の津波も吸い込まなければ問題ない。


 彼女が扱う魔法にはそれぞれ種類があるのだろう。


 後に残るものと一発限りで終わるもの。


 …………それに、まだ何かある気がする。再装填の秒数数えても。なんだかな。


 ズレがあるのだ。


 インターバルの読み間違えなんてミスは正直、勘弁願いたい。

 

 なんにせよ取る手は一つだ。


 とにかく接近戦に持ち込んでいく。


 現状、彼女がどんな魔法を充填しているのか底が知れない。

 ゆっくりと敗北が近づいてくる予感。

 舞うように足を取り、人体すら抉り取る三節棍を三秒に五回と駆動させていく。


 が、どれもこれも盾として出しゃばる氷の根に阻まれた。

 氷を砕いた感触が腕の痛みをより深くする。

 それに負けじと“音のない少女の世界“はナイフが如く、より動作を研ぎ澄ました。


 四方から飛来する氷塊を砕き飛ばし、再度足元に生み出した鉄山をかるく噴出する。

 その最中、砕いた氷へと嵌め込んだ鉄の部品たち。

 ………………意識は超集中へと潜る。

 瞬く間に彼女の背後にスライドすれば、空中で待機させていた部品を回転。


 心の中で六回、紙をびりびりに破いた音が巡る。


 すかさずノコギリや処刑道具を模した機巧を、イレイナの近くに召喚していく。

 召喚範囲は限られてる。

 設置するならギリギリまで近くだ。

 それに死角を取る。

 蒸気機関のように駆動させた武装。ありとあらゆる可能性を削ぐべく限界まで力を溜める。


 そして、一気に放った。


 イレイナの死角から放たれた氷鉄の矢。風に流されながらも全開で振った三節棍。

 四方八方から召喚された機械の駆動。まさにほぼ脱出不可能の一斉攻撃だ。


 イレイナが轟々と放った氷の津波すら容易に溶かしていく。

 まさに機械と熱による圧倒的な鏖殺。

 いくら氷の魔法が初速勝ちしようとも、再装填までの時間を稼がせなければいい。


 またまだカラクリがあったのだろうが、それも使わせなければ意味などない。

 なにより肉体のスペックはこちらが有利だ。


 ここで一撃入ればイレイナは瓦礫を回避する術をなくす。

 即座に魔法で氷漬けにしようと下敷き。

 生成した技巧は押しのけるには重く、瞬時に空気へと変換するにはあまりある熱量。

 それなのに、イレイナは指先すらピンと動かさず攻撃を受け入れていた。

 

 否。


 どんな攻撃であろうと彼女の肌スレスレで止められている。

 目前に現れた姫を守るような六体の氷像騎士。

 まるで一大の芸術作品のよう。

 中心の姫を核とした六人の騎士が、お互いを斬り合うことなく見事に障害を防いでいる。


 無論、本体には皮一枚すら傷はついていない。

 あれほど近くで掃射した弾や少女自身ですら、指一本も触れることはできなかった。


 処刑道具やその他の駆動もあっけなく、たんなる一振りの剣で凍りついている。


 誰かが歩く音はない。


 ただ、霜に彩られた腕が伸びた。


 こちらは完全なる無防備。


 騎士たちの剣に押し倒された私の体が仰向きになる。

 イレイナだけが一人自由に動き出した。

 自分の近くに鉄の部品を召喚しても意味などなく、


 …………さくっと。


 空中に生み出した剣が私の胸に落とされるのだ。

 何が起こったのかを冷静に分析できない。

 すると、出血した箇所から不意に溢れ出した渦巻くような氷の柱だ。


 あまりにも迅速に噴出していくからか、私だけが際限なく下降していく感じ。

 落ちている。

 落ちていく。

 底まで落ちていた。

 やがて背中まで侵食していくそれは、私を養分とするように歪な氷城を形成していった。


 まるで体の中に凍ったネズミ花火を入れられた気分だ。

 …………痛い。痛い。痛い。

 指先が割れるほど冷たくて全身の骨が燃えるほど熱い。


 感じたことのない激痛に、体の感覚さえあれば足をバタバタと悶えさせただろう。

 だが、次第に自分がどこにいるのかすら麻痺していく。

 倒れているのか、それとも立っているのか。敗北したという感覚も黒く染まる。


 ………………けど、あの人は、楽しそうに笑っているのだろう。

 

 だって、あんなに激しく戦ってる。

 そうだ。

 負けるだと? 笑止千万。なぜなら私はまだ“敵を殺す“という意思は残っている。


 例え、天を穿つほどの氷流が体から撒き上がろうと。

 際限なく落下していく意識あれど。

 決め手をかけられて仰向けになっていようが関係ないのである。


 金髪の少女は瞳を閉じることはない。

 

 研ぎ澄まされた殺意はドス黒くとも、黄金を借りたような禍々しい光。

 その権化たる瞳は大きく広がっていた。


 少女の魔法【わくわく⭐︎幼鉄奇譚(マギアポケット)】。


 その能力は、移譲性のエネルギーを持った鉄製の部品をランダムで生み出す。

 歯車や鉄板。

 生前に少女が神都にて触れた部品は、すべてそのランダムの範囲内。


 心は設計図と転写の役割を担う。


 現実に反映された部品は、少女の心象世界に形を成し組み立てることで一品となす。

 それを設計図に転写することで、他者の魔力を足切りにした場所にのみ召喚が許される。

 だが。

 完成品を転写できる設計図は一枚のみ。

 

 現実に生み出した部品一つ一つに意識を込め、遠隔で一品に仕上げるのは至難の業。

 

 少女の集中力は【災禍の魔眼】保有者の彼には遥か遠く及ばず、彼の五分の一程度。


 だが事実、動作に揺らぐことなく複数のコトを同時並列で進めていた。


 それは三つ。


 一つは障害となる氷姫イレイナとの戦闘。


 もう一つは上空に張った結界の維持。


 イレイナを含め、昨日にて【認識阻害】の結界を構成したのは誰なのか知らない。


 いつからことを進めていたのか。

 愚問。

 ここにきてから、ずっとだ。


“…………そういえばよ。

  結界とか小難しいことする時になんでキカイ弄りすんだ? 頭こんがらないか?“


 彼の口元をちゃんと見て、頭の中で言葉に変換していく。

 そうして私はようやく返事にできるのだ。

 

“私は機械をいじってたほうが集中できるから。別にこんがらない”


 私の出した紅茶を少しずつ飲んで、じっくりと辿々しい声を聞いてくれる彼。

 …………でも、この時だけは信じてくれなかったっけ。

 私と同じく名前を亡くした茶髪の男は眉を下げてこう言ったのだ。


“…………あ、うん。なるほど。年頃だものな…………ああいやいや、そー、じゃねー羨ましいわー! ええいいなー! 是非、俺も実感してみてーなー! そこを次は目指そーかなー!!”


“え?…………え?”


“あー、思っても見なかった反応で心臓が一回止まったぜー! まだ生きてるけどなー! これ死人ジョーク”


“………………ふ、ふざけないで”


 超心外…………!!!

 変な語彙だしあれは間違いなく、信じてない顔だった。

 だから今回はうんと大きいのにしてしまったけれど、狼煙としては丁度いいだろう。

 ………………さて。

 少女が胸としていた同時進行の三つ目は、遥か上空に位置する結界内。

 そこで“一品“を仕上げることにある。


 他に意識していた二つの項目に注いだ集中を現状打破へと注ぎ込む。

 氷の城に覆われていても振動でわかるのだ。

 既に【認識阻害】の結界は外した。

 屋敷にいる人なら誰でも見えてしまうと思うから、彼がどんな反応をしたのかが気になる。


 “まあ、見てて“


 少女を苗床として徐々に成長を続けていく氷の城。

 だが、それが完成するまで此処が保つことはない。


 “降ってくるよ“


 それは月の光からも屋敷を覆い隠した。闇に包まれた世界で一際暗く染まった天幕。


 “機械の槍が“

 

 何千万の部品が組み立てられたのか、途方もない回路《痕跡》が浮き彫りになっている。

 まるで鋼鉄の要塞都市。

 少女から氷の城が生み出される中で、足元を凍えさせる一面の蒼光だけが視界に残った。


 そして、花は散る。

 

 既に腎臓と膵臓を欠損したイレイナは、大雑把に片腕を天にかざした。

 心臓が何をおいても優先しろと高鳴る。

 かつてない危機感が瞳孔を開かせ、もがき続ける意識が“十二の階梯“を汲み取った。


 第九階梯。


 半径一キロメートルに展開された氷に関ずる全てはイレイナを中心として収束する。

 花が消えた端から蠢いてくる闇。

 氷結の城が燃えるように規模を広げる中で、汗を流した少女の口は掠れて動いた。


 少女が生み出した鉄の部品は移譲性のエネルギーを持つ。


 それは少女の意図に応じて動き出し、部品同士によるエネルギーの譲渡は熱を帯びる。

 …………鉄の要塞都市。

 影にでも埋れればそうとも見えようか。だがその実際は複雑に組まれた砲台である。

  

 山さえも消し炭と化す超高熱の一鎚。


 何千万と薪にくべられた鉄の部品が折り重なり、一刺しの準備は整った。

 そこに欠けた手の平をかざすイレイナ。

 まるで冬季に侵食されたような古代の城は、大凛の蕾が如く冷気を溜め続ける。

 

 そして…………汗を流した少女の号令にて、刹那で天と地が輝き爆ぜた。

 

 “ずっきゅーん”

 

 するとイレイナの鼓膜には缶を蹴ったような音。

 地に降り注ぐ熱槌に腕を差し向ける。

 蕾の古城が開花するほど、空間さえも凍らせる特異な氷河期が爛々と放たれるのだ。


 ”第九階梯・原郷煌雪(エナ)


 まるで腐敗を許さず、標的が自死を選ぶまで永遠と蝕み続ける冬季のよう。

 腕が凍て朽ちるよりも前に体は支えを失っていた。

 本当は刹那であろうとイレイナにとって数分ほどの時間が流れていく。


 視界の端には地面に伏していた金髪。


 イレイナの両足から吹き抜けるように白衣が現れる。

 拘束から外れた少女に既に力なんてない。

 だが、踏ん張りの効かない足では素手で押されれば倒れるしかないのだ。

 

 やがて氷河期は放たれた熱槌を超えて、天を覆う巨大な鉄の要塞すら空気に溶かす。

 ………………と。

 氷の天幕が砕け散る最中、侵食した氷に全身を切り刻まれていた少女だ。


 黒ずんだ殺意の瞳がイレイナを捉えた。


 僅かにはだけた胸や肌には下着をつけておらず、このゼロ距離では氷波でも少女は砕ける。

 おまけに馬乗りだ。

 出血も多量。

 両者、足は効かない。

 ただイレイナの瞳だけが揺れる。

 度重なる代償によって増えた激痛は、更に奥深くに心までもズタズタにしてきた。


 それ故の反応ではない。


 たしかに鉄の要塞都市は完膚なきまでに消し去った。

 氷の煌めきは消えている。果てのない暗闇の中で、欠片として浮かんでいく氷城。


 …………ならば月の光はどこだ。

 

 何故まだここを含めた屋敷全域は闇に包まれているのか。

 それを教えるように少女が指をすっと下ろす。


「ずっきゅーん」

 

 心は設計図と転写の役割を担う。

 設計図は一枚限り。

 心象世界で描いた絵は捨てられ、上空に組まれた天幕の砲台を少女は転写していたのだ。


 故に。


 暗闇の世界でその一槌は撃ち下ろされる。

 

 これ以上は魔法でどうにかできないのか、倒れた体を思いっきり暴れさせるイレイナ。

 瞳は揺らぎに揺らいでいる。

 少女を殺せるのなら歯でもなんでも使えるのなら使うだろう。

 だが四肢の枷として召喚した鉄の部品が、イレイナの体を地面に留めていた。


 それほど、生前に少女が触れていた部品は重かったのだ。

 適当に並べるだけでも動けなくなる。

 しかし少女ごと無理矢理に投げ飛ばして、四つん這いで屋敷へと向かっていくイレイナ。


 立って走ろうとしたが、一歩進めば片足が砕け散ったのだ。

 頭から地面に激突したら痛いだろうに、それでも少年のいる場所へと進む足を止めない。

 それに着弾点は【災禍】近くの中庭。


 余波に備えるため、茶髪の男と金髪の少女の隣に現れていく泥のゲート。

 イレイナの瞳から涙がこぼれ落ちる。

 口は悲痛に歪んでいて、喉のない口で誰かの名前を叫んでいた。


 “ご主人様”と。


 はだけた金髪の少女の皮膚から汗が離れていく中。

 放たれた熱鉄が上空から地表へと闇に軌跡を描き終え、着地前に中庭を焼き焦がす。


 蝋燭を手にしたアリスと鈴鹿は、少年を担いで走るので手一杯だ。

 しかし、アリスの瞳が違和感を察知する。


 泥のゲートから出現してきた黒騎士たちは後退りしており、刹那に点滅する視界は瞼を閉じれば回帰するものでもない。

 …………やがて振り返ることすらできずに、その大半が焼却された屋敷の廊下。

 

 地面への着弾をトリガーとして破壊は雄叫ぶ。


 その衝撃は広がり続け、屋敷を越える規模で跡形もなく周囲を消し炭にしていった。

 

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