第二十六話「アングリーアングリー!!」
「ご主人様…………おれは、」
「よ! 元気してた?」
まるで最初からそこにいたみたいな感じ。
…………脈の無い動揺が。
にへらと笑みを浮かべた茶髪の男は、片手にぶら下げた赤剣の刀身を煌めかせた。
…………判断を鈍らせる。
部屋の床に展開された泥がゲートみたいに、そこから5体もの黒騎士が現れた。
息の漏れもない殺戮が幕を開けている。
しかし、肌を刺すのは銀髪をなびかせたエルフの絶対零度。
生物としての限界を知らしめるが如く。
最果ての冬季は鉱床のような輝きを咲かせ、対象に限り殺意ごと凍てかせる。
第六階梯・”冷蓮天虐”
あまりの極寒に夜の空気が白い霞を放ち出す。
まるで極刑の凍槍だ。
白い空気越しでアリスに伸ばした黒騎士が召喚を発動までも許さず、空気に変わった。
瞬間、ライオットの体はどこかに手をついている。
気づく間も無く激突してきた五枚の壁。
遅れて顰めた顔は、大量に吐血するほどの痛みで把握を促す。
先ほどまで五階にいた自分が最下層まで蹴り抜かれていた現状………………腹を蹴られた、のか? 誰に? いや………………見覚えのある人物の笑みが脳裏をよぎる。
「ごふっ、はぁ、は。あ」
瓦礫と砂煙が舞う先だ。
茶髪の男の声がする。
防御も意味すら成さず、黒騎士が跡形もなく崩れていく中で呑気な声がこだました。
「久しぶりだなー! イレイナ、お前もまだ死んでなくて安心したわ!!」
「!!」
標的が抵抗すればするほど天井を貫通する気温の刃は、更に猛々しく射る。
それに比例して姉貴自身の凍結も加速する。
強めに殴れば砕けそうなほどだ。
…………これ以上はまずい。
姉貴が死ぬ。
それは。
ダメだ。相性が悪い。とにかく。動け体。だめなら声をだせ!!声!!! 頼む、出ろ声!!
「に。げぁ、っろあ!!!!」
こちらまで流れてくる氷結の波がとまることはない。
向こうの状況がわからない。
体のどっか大切なところが破けた。酸素を体にうまく送れない。声、出せない。力なんて、尚更、…………なおさら。なんだ。
お前は“また“。
「……ァ、ァァァァ」
…………彼の体を巡ったのは血よりも濃く湧き立つ感情。
怒りが、憎しみが、思考すら上書きする。
手のひらに刺さった剣の柄が荊のように深く固定され、叫び出した猛獣のよう。
「はっはっはっはっはっは!!やっばさびぃなおい!!」
海の生態系すら破壊する氷の暴虐に真っ向から歩き迫ってくる男。
まるで鉄を鍛つような金打音が響き渡る中で、イレイナの思考に秒数が刻まれる。
…………先ほどの魔法から五秒経過、この男をなんとかするには後二秒足りない。
どれを犠牲にする。
初撃に費やした肉体は手足の指先2本。これ以上の負担は長期戦の妨げになる。魔法なしで数秒もこの男を相手になんて不可能だ。
なにより、不意打ちに出した魔法も耳を砕いた程度。
どれを出す…………!!
イレイナの魔法には階梯がある。
どの段における詠唱にも身体と時間を捧げねばならず、より高位の魔法ほど充填にかかる時間は増大し、身体の欠損はより深刻なものとなる。
だが。
過剰に身体の欠損を増やせば、魔法はより早く発動可能となる。
絶対的な死が脳裏によぎる。
泥のゲートは閉ざされておらず、鈴鹿様が放った蝶が効果を発動するまで間に合わない。
ご主人様を担いだアリスは、戦闘経験なんて皆無だ。
この男に殺されるしかない。
それまでに自分がとるべき選択肢に、自滅覚悟の大技が浮かんだ刹那。
外から吹き抜けた風に運ばれる紙が視界の端に映る。
僅かな赤い文字に、頭が空っぽになる。
「………………」
「………………ァ、ァァ」
跳躍してきたのか茶髪の男を鷲掴みにするライオット。
遠吠えを上げるように口を裂いていた。
すかさず壁の縁に手をついて、暴れるように外から下の階へと男と自分を放り投げる。
まるで魔力暴走を起こした猪のようだ。
血を吐きながら男を道具みたいに回して、周囲の建物にぶつけ続けるライオット。
少しの間もあけず、魔力を流したカーテンを引っ張ればそれを加速として更に激しく男を壊していく。
下へ。下へ。下へ。
すると、壁や窓や扉を悉く破壊した後にライオットは男の腹を深々と蹴り抜いた。
「ぁぁぁぁぁぁぁぁああ、ア、ア、ア、アア…………」
「はは、あがっ、くく、」
砂煙の幕が晴れる速度で吹き飛んだ茶髪の男。
五枚ほどの壁を隔てた先で血を吐きながら、よろよろと立ち上がるのだ。
そして…………両者、構える。
赤い剣が騒がしく空中に火花を散らし、腕の関節まで侵食した黒い剣が血を光らせる。
その一方。
先端を尖らせた紙が耳の中に入っていく違和感を覚えたイレイナ。
ここで有無を言わさず魔法を展開する。
あと数秒は良好にならないであろう曇った視界。
見覚えのない伸ばされた細い腕。鈴鹿様の放った蝶の鱗粉が映し出した私の幻影。
まるで目で追うことさえできない情報の波が、それぞれの瞳を交差する。
誰もが閉じることなく、また揺らぐこともない。
数秒以内の死に直結する一手。
それを放たなければ、思考を埋め尽くしてくる情報の嵐で生き延びることなど不可能だと。
流れていく時間がより鮮明に。
数秒先の死を実感させる。
長い針で鼓膜ごと脳を刺されたのか、霞となって消えていく自分の姿。
すると無防備に数歩だけ進んだ。
殺意をツメに隠す。
自分の主人へと抱きしめたい気持ちを押し殺した。
また敵の居場所など詳細に理解した訳ではない。
どこに敵が待ち構えていることなど、その腕の主さえも同時にわかっている。
だが、そんな認識の暇すら今は蛇足だ。
間合いを脳で理解することなく瞬時に、充填していた不可視の氷が舞う。
感覚の世界で七回、空気が爆ぜた。
すかさず拳を捻り込む。
だが足元から射出された氷の槍すら全ていなした金髪の少女は、その拳すら砕いた。
身体のスペックは圧倒的にこちらが不利。
しかし、先ほどイレイナの充填した魔法は二段階を経て完成する。
初速の差に命を賭した。
指の爪を四枚凍死させ、攻撃の後隙を踏み台として彼女は更に加速して舞う。
第四階梯・”白白髄牢”
まるでスケートの刃を三倍ほど巨大にしたようだ。
止まらず一人でに滑走する足刃。
更に足元から複雑に伸びた根に放たれた足は、体勢を変えて少女の腕を裂く。
イレイナは指をピンっと向け、矢継ぎ早に根の槍を金髪の少女に撃ち放った。
街の端で放てば地形や家ごと無惨に穿ち抜く威力。
距離は屋敷から五十メートル外。
すると少女の体を押した氷槍が粉々に砕かれる最中、最下層が一段と地響きを起こした。
既にここら一帯は彼女の狩場である。
何か固いもので砕かれたのか、外は一面ときらきらな氷の雨が降り注いでいた。
だがそれすら、朧げる。
まるで氷の城からお姫様が階段をつたっておりてくるみたいと。
ダボダボの白衣を身につけた金髪の少女はあっさりと瞬きをする。
あまりにも綺麗で、着地を忘れるほどだ。
自分が空にいたことを忘れて、地面に足をつけた瞬間にびくっと肩を跳ねさせた。
その銀髪の姫は殺意に目を細めたまま。
女性としての品が氷で飾り付けられる。
もはや圧巻的な美貌だ。
彼女の肉体を捧げれば“最果ての冬季”だって言うことを聞くだろうと納得してしまう。
金髪の少女は痛くなった指先を口に含ませた。
漏れ出る息は白く染まり、切り裂かれた腕に魔力を届かせなければ凍死してしまうだろう。
すると、勢いよくガチンガチンと魔法で生み出した部品を再度組み立てていく少女。
金属反射した上空にふと目を向ける。
片手で軽々と振り回すのは三節根のように組み立てられた鉄の部品たち。
ネジや歯車。
鉄棒に鉄板。
細工物。
それらを瞬時に自在に組み合わせ、状況に合わせた武装へと少女は導く。
生み出した部品自体を単体で動かすことも可能だが。
「………………」
イレイナに向けて射出すれば、自ずと凍結されて無と化してしまう。
地面からも、上空からも同様だ。
おまけにあの部屋を超えてここら一帯にまで氷の花が咲いている。
…………それは探知機。
イレイナの脳内にて半径一キロメートルの魔力信号が位置と状況を告げていた。
闇の中、凛とした花びらが新しい光源となっている。
まるで蛍火のよう。
コツコツと靴音が静寂に木霊する最中、イレイナは指を振るうような仕草でご主人様を護送する二人を援護していくのだ。
既に、泥のゲートから飛び出した影手を十三本凍結させた。
性質は不明だが漏れなくフォークやナイフをもっており、泥のゲートは上下左右に展開されていく。
気を抜いて目を閉じれば死人が出るだろう。
それと気合いを入れるために背中の紐を、より強くぎゅっと結びつける。
…………もっとも注意しなければならないのは、さきほどあった茶髪の男だ。
それに加えて未知数の金髪の少女や泥のゲートから送られてきた増援。
敵は確実にここを落とせる戦力を備えて、《《ご主人様》》を奪おうとしている。
《《ご主人様を》》、《《ご主人様を》》。
…………まだ瞳に焼き付いている。
《《ご主人様を》》。
…………殺してくれと書かれた紙。
ご主人様がああなったのには、私の責任だ。
それに魔女の使徒がご主人様に何かをしたことなんてのは一目瞭然である。
「一応聞くけど、【災禍】を渡す気はない? このままじゃ世界が滅ぶけど」
向けられた言葉には返事をする気も起きない。
奥歯が欠けるほどの怒りを呼吸で整えることで、なんとか抑えこんでいる。
また欠損した部位は氷結されているため出血はない。
しかし痛覚は依然としてある。じくじくと欠損部位からは激痛が走り続けるのだ。
尚も展開された氷の牢屋は一向に閉ざされず、イレイナの髪がより霜に飾られていく。
ふと、なぜ彼女が自分の前に立ち塞がるのかと少女は思った。
【災禍】をどうにかせねば世界が滅ぶのだ。それなのに、いまだに頭を沸騰させてるとは。
「………………そんなに好きなの?」
まぁ訂正。ほんの少しならわかる気がする。
機巧的な三節棍を構えた金髪の少女は”氷瀑の古城”という本を思い出す。
ある夜、暇そうな茶髪の男が読んでくれた昔話。
それは世界の果ての更に果て。
最果ての地と呼ばれる舞台を手がけた一冊の本。
どんな英傑や王族に婚約を持ちかけられようと、一際も留めない絶世の姫がいた。
おとぎ話ではなく。
そのモチーフとなったのは…………………、
(((((((((((
空気さえも凍らしていく淡色の花。
それは屋敷の最下層にさえ侵食を広げていく。
ただし、屋敷の中はボロボロだ。
壁の残骸が山になっているし、家具は倒れたりしていてデコピンでも天井は崩れそう。
数秒間を経た二人の戦闘跡はいまだに収まることなく増え続けていた。
“心臓穿ち”は防御無視の確殺剣だ。
盾なんてのは家具や瓦礫にか使えず、おまけに向こうは絶え間なく手段を講じてくる。
「「…………」」
涎を垂らして標的のみを頭に入れたライオットだが、構えた途端にぴたっと静止した。
夜の影が金切り音と共に重なる。
太陽は消え去り、月光と氷花だけがほんのりと世界を照らしていく。
【元魔女の使徒】ライオット(20歳)
その剣技の本流は受け手に殺意を辿り寄せない暗殺に特化したもの。
神さえ打ち砕く心臓穿ちの剣。
だが、一番の問題は………………………。
「お?」
茶髪の男の視界を閉ざすほど巨大な壁が隔たりとなる。
……いや壁じゃない。
微妙に見ずらいが毛布だ。無から出したよな、いつかの授かり物だ。何かしらの魔法?
「やべっ、」
すかさず一歩退こうとした足を踏み出した。
毛布を膜として心臓穿ちの剣が突き抜け、それを弾いた赤剣がどくんと跳ねる。
これだ。
追い詰められるほど、ライオットはあるもの全てを殺すために使ってくるのだ。
敵になるとそれが一番厄介。
…………ああ、まったくすげぇ吐きそう。
心臓がうるさすぎる。
こんなことあったか。
いや、ああ、そうだ。
これだ。
この気持ち悪さだ。
長い間忘れてた。一挙手一投足が死に直結する予感。今までのぜんぶを賭けて、自分を殺す壁に立ち向かう時。
心臓がかつてないほどに稼働する今!!
こちらに向かう黒い剣より速く、手元に生み出した赤剣が火花を散らした。
更に鼓動は進み、体は錬を帯びていく。まったく吐きそうでたまらない。だが。
「さいっこうに生を実感するぜ………!!」
まるで叩きに叩かれ不純物を取り除かれた刀の如く。
心臓穿ちの剣を側面から折った刹那、一度に重なり合うような剣戟を超える。
その熱量で燃え散った境目の毛布。
すると、俺が切り飛ばした片腕には結晶みたく黒剣の残骸が残っていた。
ライオット本人は痛みすら暴力に変えて、襲ってきているのだ。
だが足を絡ませようとするも失敗。
追い討ちを掛けたジャブ感覚の三斬は召喚途中の黒い剣で心臓を取られた。
ここでの瞬きなんて自殺行為だ。
敵を殺すことに専心された体は、後先考えない暴力の化身として魔力を滾らせている。
すると天井から崩れ落ちる最中、目前で体をふっと消したライオット。
………………くる。
瞳は立ち往生せず。
抜き身で構え。
人なんて簡単に潰せる瓦礫が雨となり。
そのしばらくの静寂が続く中で。
両者、ブレる。
刹那を経て、血だらけの二人は背中を向けあう形で立っていた。




