表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

26/39

第二十五話「ファイト!ふれっふれっライオット!!」


 

 戦の前には下ごしらえ。


 それが魔女の使徒としてのモットーである。

 例えあと二時間で星が滅亡するとしても、それは絶対に欠かさない。

 つまるところ、

 世界中が“死“に怯えて伏せている中でこの三人は食事をしていたのだ。


「んでよ、災禍の魔眼ってのをなんでみんな知ったんだっけ? 昔にあったらもう死んでんだろ、星なんて」


「…………資料では。魔女様と同じ時代の預言者が死に際に視た“最悪“を、壁に描いた」


「今の星歴から二つ前の時代はさ。災禍の魔眼を知らないだけで罰則。故に親は必死になって子供に伝えるんだ。

  でも当時の“厄災“がその文化を破滅させた。災禍の魔眼なんて今ではおとぎ話程度さ」


 かちゃかちゃと音を立てながら、机に広がった大ご馳走を平らげる三人。

 歯が食い込むだけで肉汁が溢れ出す骨つき肉。

 妖精さえも御用達の清水。

 いちごのケーキ。豚汁。野菜炒め。ワッフル。カレーライス。ハンバーガー。他にも机の空白を埋めた三十種類の料理皿だ。


 おまけにどれもこれも、たった一口の為に金持ちが財産を放り込むレベルの一品。

 もしここに富豪がいれば卒倒する速度で消えていく皿に、どんな思いを馳せるのだろうか。


 勿論、笑顔である。


 椅子に座った三人は笑顔を絶やすことなく、可愛げのある頬を膨らませていた。


 茶髪の男はあまり噛むことなく吸い込むように喰らい、金髪の少女は両手で器用に口に運び、角刈りの男はワイン片手に食事を楽しんでいる。

 すると……………………茶髪の男の食べた肉と比較して紅茶を飲む量が、二倍ほど多いことに首を傾げた少女。


「…………味覚がないんじゃないの?」

「ああ、ない」

「…………そっか。まだ。紅茶あるから」

「おお、いつもすまんな」

「…………うん」

「安心してよ。味覚のない君でもさいっこうに幸せを感じる料理、それを近いうちに作るからさ」

「そうか。楽しみにしてるわ」

 

 まぁ、十中八九災禍のことだなーと思うも口にしない茶髪の男と金髪の少女。

 また残された選択肢に疑問が浮かんできて、ついこんなことを言ったのだ。


「…………本当にライオットが今の【災禍】を殺せるの?」

「あー、まぁ、理論的にはな。条件揃えば神でも消せる。ライオットにとって“心臓“は存在そのものの核なんだよ」

「…………?」

「彼の両親が、そういう風に教育したんだ。それも今後の人生で決して揺るがないほど強く」


 机の料理が半分まで減っていく最中、三人の会話は止まることはない。

 近くにある皿が空になると遠くの皿を寄せたり、椅子から立って腕をぐいっと皿へと伸ばす。


「魔女の使徒でもね、戦力不足になった時期があるんだ」


 その一番の原因は“英雄クロウル”の覚醒である。

 世界初の幻鳥類の契約権。

 それを誕生日に天から授けられたのが始まりだった。

 なにがあったのかというと、“魔女の使徒“の下っ端の殆どが彼の手に追い詰められたのだ。

 総勢三百二十人。

 幹部も一人殺された。鼻が死んだ奴で、魔王軍の四天大将にも引けを取らない実力者だった。

 

「始まりは勘違いだ。

  ひでえ勘違い。下っ端がある女攫って、クロウルが鳥をゲットした辺りから一時無双が始まってな。やっぱ天からの授かりものすげぇー!ってなった魔女の使徒がいんの」


 本当は攫われた女関連なのにー、と声をしかめると紅茶で気分をリフレッシュした茶髪の男である。

 ………………その覚醒した訳を馬鹿みたいだと思っているのだろうか。


「シグとヒョル…………ライオットの実の親はね。7歳まで平凡な学園生活を彼に送らせてたんだ」

「…………、そのうえで壊したの?」

「正解だな。精神の土台が出来上がった瞬間に、アイツらはそれを粉々に尊厳ごとぶち壊した。俺らがことを知ったのは後だがな」


 天の授かりものは、その者の誕生日までの経験によって無限に形と質を変える。

 だが手っ取り早くいうならば強い魔法が欲しいなら一年中死ぬほど苦しめ、だ。

 即ち、代償。

 火を体に纏う魔法ならば、365日の大半は体を火炙りにしないと得ることができない。


「………………彼の心臓穿ちの剣」


 どんな破格の魔法も召喚権も、計り知れない苦痛を糧にして実を成している。

 

「シグとヒョルはな、友達たくさんできてて幸せだったライオットに殺人を強制した。

 そん時に課した四つの事項はこうだ。

 一つ、殺した者の姿を視認すること。

 一つ、殺した者の生みの親を思い浮かべること。

 一つ、殺した者の素材を知ること。

 一つ、殺した者の前で激しい憤怒と憎しみを抱くこと。できなきゃペナルティがかかる」


 ご飯を食べ終えた後は、椅子をぎこぎこと揺らした茶髪の男。

 ワインを飲み干した角刈りの男は立ち上がった。

 後片付けの為に、口を汚した金髪の少女も皿を重ね合わせていく。


「一度の失敗につき一回と彼の友人は拷問に処され、拘束された彼の前で無惨な死を迎えた」


「肝は条件の“殺した後“ってんだな。おまけに心臓が止まった後の死体は、ライオットにとっては考えたくもない肉塊だ。課題満たせば、洗脳あるなしに自分から存在を頭ん中で消す」


 茶髪の男は椅子から立ち上がると、綺麗なハンカチを持って少女の口を拭いた。

 不器用な手でもあるが皿を持った少女は眉を沈ませない。


「………………それを一年間続けた結果、あの剣がある」


 心臓のズレた認識と四つの制約。 

 結果から連なる過程。

 与えられた条件を満たした後は、剣で刺した相手を忘れてしまう。

 ならば逆説だ。

 条件を満たすことで忘れるのではなく、先んじて条件を満たして敵を剣で穿つのか。


「…………」


 ライオットが授かった剣は、彼にとっての世界価値観から汲み取った“意味“を生み出す。

 言うなれば、あの剣が導く末路は“生物的な死“ではなく“存在の消滅”。

 歪んだ世界観を現実に投影させる、召喚剣…………?

 

「なぁ、すげえだろ。だからアイツが自殺したら名前をどっかに刻もうと思っててな」

「…………自信満々」

「まぁな。そこは、ほら、絶対してたんだ。今生きてんのは神様が降ってきた影響かなー。

  とある日に両親の目的知ったアイツが何したと思う?」


 少女の口を拭いた後、机に残った皿を全て積み重ねる。

 そうして茶髪の男も後片付けに参戦した後で、皿を洗っていた角刈りの男へと渡すのだ。


「………………何もできないんじゃないの?」

「まさか」

「殺したんだ。両親が自分からライオットにその目的を教えた数日後のことだった。

 “最強の授かりもの”なんて夢物語に踊らされた事実。

 それに彼は耐えきれなかった。

 …………で。

 彼と彼の姉であるイレイナの最後のターゲットが、いまのご主人様ってわけ」


 角刈りの男にむけた視線を最後に目を見開いた金髪の少女。

 茶髪の男が戦闘準備に入っているのが良い証拠。

 赤色が目立つ戦闘服に着替えて、黒い手袋をぎゅっぱと手に馴染ませている。


「俺が最初あった時のライオットの背丈なんてまだ膝くらいだぜ?」


 まるでライオットの甘さなんてわかるさ、とでもいうように。

 出撃に備えて手元に赤い剣を生み出すのだ。


((((((((((((


 最初に、ご主人様にかけるはずだった言葉を忘れた。


 ガシリと心臓が握られたように息ができない。

 部屋中が斑点だらけになって、空に向かっていた本能の叫びなんて消えていく。

 

 ご主人様は。

 ご主人様は。

 自分から心臓を差し出すように、膝を曲げて上半身だけを起こしていた。


 黒い雪が降る時も、星の空に何かが蠢いている時も、ずっと死体みたいになっていた。

 部屋中に“殺してくれ”と書かれた紙が告げている。

 ………………世界を救う希望を告げている。


 少年は、もう言葉すら話せなくなっていた。


 事実、俺の手には神さえ消滅させる一振りが宿っている。

 心臓穿ちの剣。

 その実態は部屋にてしゅわしゅわと消えていく鎖が良い例だ。このまま、少年にこの剣を刺せば必ずこうなるのだ。このまま。骨も残らず、いつか、ご主人様の記憶すらなくなるのだ。


「………………ご主人様、聞こえてるっすか? 

  おれっ、ここでの誕生日会。嬉しかったんす。楽しかったんすよ。毎年祝ってくれて。ここまで生きてて、良かったって、思えて…………」


 白髪の少年はこちらを向いてなんていない。

 声なんて届いていない。

 いつかいつかと、遠回しにしていたことをもう告げられないのだと瞳が揺らいだ。


「……………………俺、は……」


 どこに視線を向けても、その言葉が頭に入ってくる。

 殺してくれ。殺して。殺してください。早く。殺して。殺して。殺して。殺して。殺してと真っ赤な文字が床を埋め尽くしているのだ。

 布切れ一つと音はない。

 まるで時間が止まったような感覚が、現実味を削ぐことを許してくれなかった。


「………っ、できないっすよ、」


 剣の柄を握る手がそれを砕く。

 生暖かい血が溢れた。

 緩やかに散った破片が肉を裂こうとも、狂うほどの怒りは自分に罰を求める。


「…………」

「………ご主人、様………………?」


 すると、壊れた階段側の壁から二つの人影が声を詰まらせて立ち止まった。

 しかし少年の隣に静かに置かれたお盆。

 口をすこし開いて硬直したアリスを置いて、鈴鹿様が紙だらけの床を踏んでいったのだ。


「……」


 そして、少年を抱きしめる。


 ゆっくりと。


 血が通ってないのではと思うほどに白くなった少年の体に腕を回して、正面からぎゅっと抱きしめるのだ。

 だが白髪の少年は何の反応をすることもなく、茫然と虚空に体を向けていた。


 誰も、何も、言えない。


 冷静的な鈴鹿様だって呼吸がうまくできてない。

 両目から涙はこぼれ落ちていて、部屋に遅れて踏み込んできたアリスは泣き声を出さないように口を開けて閉じるのに精一杯。

 ………………みんなわかっているのだ。この異常現象は、ご主人様が原因の一端だって。


 世界は闇に閉ざされている。


 いずれ“何か“がくるだろう。


 だから俺が、ご主人様を、殺さないといけない。なによりご主人様がそれを望んでいる。

 ご飯も食べられない。

 声も届かない。

 この最後の抵抗が、部屋に散らばった紙なんだと、思った。


 その最中、窓の外から放り投げられた鋼のペンチが着地する。

 からん、からんと。

 しかし何事もなく気軽に肩へと置かれた手の感触がやってくるまで、ライオットは全てをたった一人に向けていたのだ。


「ご主人様…………おれは」

「よ! 元気してた?」


 まるで友達の家をウキウキしながら覗くような感じ。

 足音なく現れた人影は青年の肩に体重を乗せると、少しだけ眉をひそめて笑っていた。



 同時刻、道姫都にて。



 屋敷のベランダでせっせかと豪奢な椅子や机を山みたいに並べていく人々。


 闇に閉ざされた世界は月だけを残しており、調理師たちの手足を止める未来はない。


 虚な瞳にマリオネットのような挙動。

 関節なんてものは増やせばいい。

 その調理師たちには人間としてまかり通る証明書を持ち合わせておらず、泥人形《調理師》たちは次第に皮を剥がれていくのだ。

 

「さーてさてさてさてさて、もっと急いでーー! これから始まるのはおもてなしだ」


 蝶ネクタイを歩き様に結び直した角刈りの男は、真っ暗な脳内で銀の食器を手にした。

 

 テーブルマナーは基本に忠実。


 それは道姫都の至る所に展開された泥のゲートを出発点として顕現していく。

 合計、一万五千四ヶ所。

 誰かの家から路地裏のつま先までが彼のダイニングテーブルであり、都全域は班目状に例外なく変色されていたのだ。


 すると泥人形から剥き出しになったハエも寄らないぷりぷりとした眼球や四肢。

 内部の形に同列はなく、硬化した黒泥が担当するのは外郭。

 チーズのようにとろけた中身はパズルのように幾重もの器官が嵌め込まれていた。


 それと同様のモノが全ての泥のゲートを経由していく。


 まるで腕の型を取ったコーヒーゼリーの中に人間の骨がズシンと入れられたよう。

 白い柱骨を剥き出した影の腕。

 脳内のテーブルマナーに従って、泥のゲートから外の世界へと食器を突き上げていく。


 …………屈強な兵士に関わらず、王都中のみんなは家にこもって悶えていた。

 ひどい場合は嘔吐。

 赤ん坊は泣くことすらできずに呆然としている。まさに外だけ見れば都は無人だ。


「くふ、ふふ、ひはははははははは…………」


 まるで調子のいいカウボーイが帽子をくるくると装着するよう。

 調理師は笑みを弾けさせるままに、積まれていく山の支柱を掴んで回り出す。

 

 ………………ふと、泥のゲートと同じ範囲に生えてきた黒い豪翼。

 王都全域は二色の黒に染め上げられ、住民を串刺す予定の影腕は空間に抑え込まれている。


“………………黒孔雀………………“


 そう、今や王都のベクトルは彼の手中にあるのだ。

 生え揃った黒翼は衝撃の支配権を握りしめ、こちらの攻撃なんて通じない。

 また舞うように豪奢な山を登っていく調理師は、より笑みを深めて座り込んだ。


「んふふ…………」


 かの英雄に我がフルコースをご馳走するのだ。

 出し惜しみなんてのは失礼極まりない。

 影法師の主人は英雄に席の案内を済ませ、泥のゲートから前菜を提供していく。


 伸びた影腕を捻り切らせ、出来の悪い粘土細工を押しつぶすように下へ。

 すると……………………その五十の腕を代償にして現れた竜骨騎兵。

 それらがまるで何かに弾かれたように秒間で散っていくのだ。

 英雄の絶技は未だ蓋をされたままだが。


「まずは鼻を血で満たしてもらわないと、メインデッシュで貴方を楽しませることができない」

 

 瞳を殺意に研ぎ澄ましたクロウルが、住宅地の窓から窓へと移っていく。

 かの両手には青宝の双剣。

 住民たちの目には止まらぬ疾走は、刃を飛び散らせる竜骨騎兵を残らず駆逐していくのだ。


 黒翼を通じたベクトル操作には脳に多大な負荷がかかる。


 一方向の力でも制御するのは難儀だろう。


 そして彼らの体からは複雑で多角的な方向に刃が飛び出ていく。

 死人がでるのは時間の問題。

 いや、もう誰もが死んでいるようなものだと思う。

 

「楽しんでくれたまえ英雄様。なにせ世界の人間は全て上の“胎児“に怖がってる。

  母親は子を見捨て、

  歌劇役者は降り、

  恋慕も、復讐劇も、親子喧嘩も、友との約束も、青春も、そして食事も投げ出した」


 まったく嘆かわしいことこの上ない。

 生きるものたちはみな怠惰だ。

 誰かに名を授かった者ならば、己が狂気を飼い慣らして生を謳歌しなくちゃならない。

 

「やはり人間は多すぎるんだ。

  君のような後にも先にも生まれない英雄こそ、僕らは大事にしなくちゃならない」


 既に竜骨騎兵の半数が無力化された中でそんなことを男は言っている。

 …………その瞳には無象無象の人間なんて、たんなる食糧としか写っていない。

 今だに誰も死なない状況に興奮しながら足を組み、前菜での死者は二桁は欲しいところーなんて思ったりしていたのだ。


 ………………跳躍と即殺を兼ねていく英雄は僅かに鼻血を出していく。

 やはり英雄は良い。

 僕のテーブルでは単に材料として収まることなく、自分の意思を遂行していくお客人としての格。

 

 いやしかし、黒翼でのベクトル操作は彼だけの意識で成り立っているわけではないらしい。

 致命傷のみを骨刃自体は避けていく。

 なおも竜骨騎兵の刃が人間の命を刈り取るまで、部屋中を跳ね続けていた最中。


 とある一人の少年が死にかけていた。

 

 彼らには知る由もない。

 それは迷子になったところを災禍と魔女に助けられた人物。

 背の低い少年の景色には音がなく、目の前で串刺しにされる両親に向かって駆けていた。


「駆け…………………………え?」


 しょんべんを漏らすほどの恐怖に苛まれながらも、大切な家族を守ろうと駆け出している。

 …………簡単にはできないことだ。

 目からは大粒の涙を溢れさせて、鼻水は惨めったらしく顎先まで流れていた。


 つまるところ恐怖を知らない赤子ではない。


 熟練の兵士さえもうずくまるこの世界。

 そこで少年が大事な家族を守るべく、包丁を手にして刃を弾こうとしていたのだ。

 それは、なんて、素晴らしいのか。

 たかが少年にそんなことができたなんて、これは新発見だ!!!

 

「……あぁ、あああ? あああ、ああああああああああああああああああ!!!あああああああああああああああああ!!?

 なんだ、なんだそれは!!? 素ン晴らしいじゃないか………………っっ!!」


 ああまったく、自分の考えを訂正しよう。

 愚かだった。

 あんな少年が驚くべき奇跡を起こしていたのだ、それならもっと増やせばよかった。


 すると勇気のナイフを持った少年へと跳躍してきた英雄だ。

 その少年の瞳には一枚の絵しか残らない。

 破片となったガラスの窓が、まるで一人でに爆ぜたように床に突き刺さる。


 竜骨騎兵はすでに絶えていた。


 故に確かに見たのだ。


 手を伸ばすことすらできない遥か彼方の英雄の剣技は、密かに少年の瞳に焼きついた。

 顎を震わせながら、しょんべんを漏らした内股で座り込む少年。

 一方……………………………………王都のダンスホールの地下で服やら武器を運んでいたアラスカとスターリーである。

 

「………………」

「アラスカ。貴方の気持ちはわかるけど、今はこれに集中しなさい」


 やはり上の状況が気になるのか、忙しなく目線を動かしながら武器や楽器を整備に入ったアラスカ。

 しかし、普通にみれば彼に動揺なんてつま先ほども感じ取れない。

 

 それでも鼻でかるく息を吐けば猛スピードで整備を終わらせるのだ。

 すると本体を含めた五人の彼らは研いだ魔道具を入れた箱をどんどんと並べていく。

 が。

 戦争でもするのではないのかというほどの量は、人手の有り難みを肌身に教えていた。


「お願いね。貴方が頼りよ」

「無論」

「これからの盤上によるけど二分で終わらせて、それ以上かかるなら貴方も戦地に。私もそろそろ行くわ」

「………………貴方はこんな時でも手厳しい」

「帝国の軍隊が一晩かかる程度よ、給料上げるから気合い入れて」


 彼の集中力を即座に直せるのは、ことスターリー以外にいないだろう。

 それほど長い付き合いという証明でもある。

 世界がこんな状況になっても、人を含めた都を守護するという意思は変わらない。


「可愛い子供たちの笑顔はね、世界を照らすの。それを脅かそうだなんて絶対ダメよ。これは道姫都の主人である私の命令」

「…………またもや無一文になるのなら、某としては勘弁願いたい所存ですな」

「面白い冗談だけど、出し惜しみはなし。いつも通り全財産を使っても邪魔者はぶち殺す。その為の金と手筈よ?」


 スターリーは踵を返した後、鍵のない倉庫の奥へと転移を続ける。


 その果てに展示されていた赤い巫女服と刀を取り出すのだ。


 ………昨日。我を取り戻した彼女が直前になって、いらないと返してきたものである。


「こんな伝説級の品々でも、今の役に立てばいいけど」


 向こうが準備を整えてきたというのなら、尚更、味方のポテンシャルを落とすような真似は許されないのだ。

 スターリーは地下のフロアに転移すると、扉越しに体を清める少女へと声をかけた。

 

「そっちは無事かしらー!? 調子はどう!?」


「うん。この湯はいい湯。くたくたが。治っていく」


「ならよかったわ。あとタオルと服と下着と追加の刀はここに置いておくわねーー!! 

 そのお湯は疲労も魔力もすぐに回復させるから、準備が終われば天井の紋章に触れてちょうだい」


「触るだけでいいんだ」


「ええ、転移先の座標は定めてあるから。あと何か質問あるかしら? 欲しいものとかは?」


「…………刀なら。持ってるけど」


「貴方の国の業物とは少し違うの。生産国は同じだけど、私の保有していた妖刀は数段昔のものだから」


 とにかく荷物を丁寧に置いた後、ひと段落した地表に転移したスターリーだ。

 果てしなく闇に染まった空。

 王都の建物は殆ど、無事では済んでおらず今だに異形の魔物が渦巻いている。


「……………………スターリーさま」

「お疲れ」


 転移した時点でひと段落終わったのか、クロウルは黒い外套をはためかせ歩いている。

 寝静まったように道姫都には音がない。

 しかし噴水広場から覗けた住宅地では、泣き声を殺してうずくまる人々だ。


「貴方、無事…………じゃないわね」

「いやぁ………………すみません」


 上にある何かに近づくほど本能が叫んでくるのか。

 スターリーの手元の回復薬がこぼれ落ちる。

 そのまま地面にぶち撒けられ、向こう三十メートルから飛びかかってくる骨の巨人だ。


 待ったはなし。

 一息する間。

 建物なんて豆腐みたいに崩れるほどの威力で、棍棒を撃ち下ろしてくる。


 こんなのが一体でも戦争に出てくれば、下手な勢力では歯が立たないだろう。

 その刹那、ピアノの音が爆ぜた。

 するとスターリーの頭部に迫った棍棒から腕へ、腕から本体までもが砕け散る。


 黒い何かで構成された体は地面に溶けていくと、骨は灰として消えていった。

 異様な見た目ながら攻撃は効くようだ。

 いやしかし、上の“何か“に手が震えてしまうのは私だけである。


「はー、情っけないわ。ごめんなさいね。ほらもう一本」

「助かります。敵の場所はいまだ掴めていませんが、途中から住民への攻撃は止みました。被害者は今のところゼロです。敵はどこからか泥のゲートを通して攻撃してきます。音はありません。死角にご注意を」


 彼の戦争経験者という肩書きは間違っていない。

 普段はまだ穏やかな声色でも、寸分も油断や殺意を断つことなく瞳を尖らせていた。


「………………うーん。そうねぇー、心底、ぶるっちゃって少し時間がかかるけど」


 負担による鼻血を垂れ流したクロウルが回復薬を飲む、その最中。

 スターリーはタクトを振りかざすと、視界の先に点在する屋敷が丸ごと塵に吹き荒れた。


 スターリーの耳は災禍の少年には及ばずとも、身体強化を施すことで周辺に散らばった情報を視ることができる。

 それはまるで異常まとを射止めるように。


 無論、それは慣れ親しんだ道姫都の中ゆえの御業だ。

 こんな状況でさえも、スターリーは金髪の少女から聞いた話に驚きを隠せずにいる。


『ご主人様はその気になれば、半径十キロメートル…………頑張ればそれ以上の景色も手に取るようにわかるようです』

『…………っ、じ、十キロ!?

  わぉ。なにそれ、ええ、そんなの無理よぉ。というか考えたこともないわぁ』

『あ、あはは………………やっぱり凄いことなんですね』

『凄いなんてもんじゃないわ。どんな代償を払っても、どんな英傑でもそこまでは伸ばせないの』


 アリスちゃんとの話は大いに盛り上がったものだ。

 …………というか。

 

「まぁ、こんな感じかしら。それにしても、そうね。貴方帰っていいわよ」

「………」

「あとは上手くやるわよ。もう十分」

 

 彼の息子の状態は聞いている。

 ………………世界が得体の知れない“何か“に覆われようが、彼は父親だ。

 それに、あの少年が苦しむ要因の一端は私にもある。


「……ほら」


 魔女の使徒との戦闘によって彼が床に伏せたのは“ほぼ確“である。

 …………正直、クロウルがいないとなるとだいぶ不安だが仕方あるまいなのだ。

 道姫都の主としては敵に気づかなかった時点で、我儘を言っていられる権利なんてない。

 

「言わなくてもわかるでしょ? 合図したら私の手に掴まりなさい」

「いえ。残ります」

「…………」

「そんな顔で圧かけないでください。子供が見たら泣きますよ」


 するとスターリーは不満そうに口を尖らせた後、目を少しだけ見開かせた。

 ふと、昔に彼の言っていた言葉を思い出す。

 こんな状況でも僅かに呆けてしまうのは、その言葉がなにより大切だと思ったからか。


「自分の手の内とか、考え方とか、そうゆうの全部明かした誰かがいないと人はダメなんです。一人にできることは限られてる。

  だから背中を預けると決めたら最後まで信じて、自分にできることを全力でするんです」


 …………しかし、なぜだろうか。

 彼は言葉を綴るたびに自分を責めるように、首を傾けて声色を低めていく。


 おかしいと思ったのは、小さくなったはずの声がやけに強く感じられていたこと。

 …………誰かを信頼するということは相手にも信頼してもらわないと成立しない。


 ならば相手に隠し事はなしだ。

 自分の闇すらも預けるということである。

 打ち明けるということでもある。

 それを彼は、間違ったのか。

 理由なんて多分。

 単純だ。

 …………こんな時にその答えがすぐ出てくるのは、我ながらすんごい悪癖だと思うわ。アリスちゃんにも負けないわね、私。

 

「……ならさっさと終わらせましょう。頑固者」

「いて……。ありがとうございます」


 隣で幽鬼の如き気配を漂わせたクロウルを、片足で軽くけったスターリー。

 ふとした瞬間に張り裂けそうだった空気は和らいで、冷静になることで生まれた選択肢……………。

 

「黒孔雀。両足だ」


 英雄の瞳は更に殺意に研ぎ澄まされていく。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ