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第二十四話「神様は空からやってくる」



 星歴453年 1月27日


「…………」


 展望台から王都を見下ろした魔女が首元に触れる。

 猫がおねだりするように首を傾げて、少年の噛み跡をねったりと指でなぞるのだ。

 すると、柵に押しつけた胸の形が変わるほどのリラックスタイムである。


「……」


 しかし、柵の上に項垂れた頭が緩慢と持ち上がった。

 ふとした変化に真っ暗な瞳を細める。

 ……………………やはり早い。魔眼が自ら忠を尽くしたかな。

 そんなことを浮かべる間にも世界終了のカウントダウンは着々と進んでいた。


 王都中にゆったりと降り注いだ黒雪。


 手の中に落ちても溶けることなく、そのまま透き通れば積もることもない。

 それは地下へと侵食していくのだ。

 誰もがこの雪を手に取るだろう。

 子供も。

 大人も。

 老人も。

 病人も。

 誰もかもが、家の中まで入り込んでくる黒い雪を手のひらに収めようとする。

 まるで本能から神様に祈りを捧げるように。


 星の中でも起きている戦争は一時中断され、そのほかの厄災たちは勘づいただろう。


 人間から見た厄災ははるか上位の存在(“時代の変え目”)として崇められてきた。


 それほどの規格外。


 本来は一世代に一組のみと存在した彼らだが、こうも出揃うのは数千年間起こらず。


 人類が安定して文化を築き上げたこの“星歴“は、今回の厄災たちが崩壊させるか、はたまた更なる繁栄をもたらすのかと踏んでいた。

 

 たしかに、あの鎖の音を聞くまではそう踏んでいたのだ。


 この星から月にまで届いた一本の橋を思い出す。

 もし厄災の王が存在するのならば、人々は“星の変え目“とでも錯覚するのだろうか。


 まるで神様だとでもいうように。


「…………アヴェ・マリア わが君。野の果に嘆こう。乙女が祈りを哀れと聴かせたまえ」


 月の魔女は夏目宗介の母親が残した歌を口にする。

 あまり本人も乗り気じゃないのか、視線を下に落として柵に腕から肩を乗せていく。

 …………やる気なくとも歌わずにはいられないのは、少年の気持ちを少しでも実感したかったからか。


「御許に安らけく 眠らしめたまえ。悩めるこの心 君に仰ぎまつる。アヴェ・マリア」


 美声で人を魅了して喰らう魔物ですら、裸足で逃げ出すほどの透き通った歌声。

 しかし、皮肉なものだと一瞥しそうになる。


 …………少年の記憶を汲んで解った。


 天使ガブリエルが処女マリアに受胎告知をするシーンが元になった歌なのだ、これは。


 “祝福を授けよう。汝は主と共にあり”


 “汝は男の子を身籠って産むだろう。その子をイエスと名づけなさい”


 大体、まとめるとこんな感じらしい。

 少年の世界に存在した新約聖書『ルカによる福音書』一章。

 そこで祝いを授かったマリアは戸惑っていたようだが、天使ガブリエルは『神からの使い』である。


 “恐れることはない”


 かの存在はそんなことをマリアに告げた。


「アヴェ・マリア わが君。巌の臥床にも。君が恵みのもと 安けき夢はあらん。君笑ませたまえば 花の香は絶えじ」


 …………彼方の空すら埋め尽くす黒い雪。


 それを手に祈りを捧げた人々にとって、一体なんの意味が宿っていたのだろう。

 

 何が、幻想として聞こえているのだろうか。


 これら一粒一粒の黒雪は、世界中にて厄災の権能を放っている。


 故に人々にとってはこれが別の何かに見えているのだ。

 月の魔女としての権能なんて使わなくとも、厄災であれば肌で感じ取れる。


 それは神様に言の葉を告げる天使のよう。


 人々にとって警戒心も危機感も抱く必要なんてない。

 つまるところ、誰も彼もがここの神様を甘露のようだと信じ込んでいるわけだ。


「よるべなき乙女 君に仰ぎまつる」


 大衆を魅力するほどの美声と視線だけは天に向けた。

 …………白い曇の空に《《落ちた》》雫。

 あと、不意にやってきた超常現象を受け入れたマリアはこんなことを言うらしい。


“私は神に従う者です。望んで祝福の言葉に全てを委ねましょう”


 すると祈りを捧げた人々が我に帰る時、口を少しだけ開けていた。

 既に星の半分は光を失くしている。

 時間が巻き戻るように、降り落ちた更に倍の黒雪が天へと集まっていったのだ。

 

 建物や迷宮を問わず、どんな場所においても黒い雪は“死“を神の供物として回収していく。

 誰かの死肉と埋められた骨。

 怨念として消えない執念。

 地下深くにまで変換させられた物は数知れず、世界の空気はそれこそ黒に染まったのだ。


 その数秒間の静寂も歴史上初である。

 これを気にもう少し危機感を持ってくれたらいいなくらいは思う。

 …………きっと誰もが心の底で指先すら動かせず嘆いているだろう、今がどんな状況かも知らずに。


 星外の宇宙からソレの孵化が始まる。


 約八秒間。一呼吸して息止めてもまだ耐えれるくらいのあっと言う間の刹那。

 …………尾を引くような鐘の鳴る音がした。

 何かの誕生を祝福するように、五回と体が持ち上がるような音色を立てるのだ。



 脳内に転写した星の全体図、その半分が黒い靄に覆われている。


 

 その下に生きとし生きる者たちは当然、まともな精神を保つことなんて出来ない。

 すると意識を強めれば……………………星中から聞こえてきた取り止めのない悲鳴。


「なんだよぉ、……俺を、散々、追い詰めたくせに!! なにビビってんだよ!!」

 

 森の探索に入った冒険者が歯をかたかたと震わしながら、爪を振り下ろしたゴブリンに鉄剣を向けている。

 またゴブリンは草むらで頭を抱えて、ビクビクと体を小さくしていた。

 …………本能が告げる言葉を信じたくないように、いつもどうり自分と戦えと男は願っているだけだ。


「……なんで。くそ、何か、何がくる。なにかきてる。なんなんだよぉぉ、なんなんだよこれえぇっっ…………」


 折れたように小さくうずくまると瞳を子供みたいに歪ませた男。

 悲痛で満ちた喘ぎはドロドロと心を堕としていく。

 防衛本能によるものか、剣だけは自らの心臓のように落とすことなく抱きしめるのだ。


「…………なんだ、この鐘の音は」


 戦争が行われていた荒野にて、その部隊の隊長が剣を地面に落とす。

 長髪を結んだ女性はふと上を見上げた。

 先ほどの静寂が嘘のように、敵味方問わず悪魔のようにうなされているのだ。


 本能が示した視線は黒く染まった空である。


 何かの正体が現れれば、即座に鎧や武具を捨てて全部隊に撤退と呼びかける腹だった。

 一パーセントでも第三者の横槍を可能性に入れていた。

 彼女が敵対する将軍とて、眉をひそませながら戦場にて天を仰ぎ見ている。


「……一体、どこからだ………?」


 その両者の額に汗なんてのは流れない。


 たが人間の瞳は嘘をつけない。


 …………。


 透明な死はいつも人間に危機感を与えてはくれないのだ。

 それは常識を殺して不意に訪れる。

 冷え切った予感だけを静かに感じさせるだけ。

 自分がこうしている間にも、何かが進んでいることだけは本能で察することができるのだ。



 その召喚のはじまりと共に誰もが上を見る。



 …………やはり推察どうり、魔眼の方がかなりキレてる。少年の体はアレとの契約に耐え切れるラインで改造されたのか。

 

 最高の武器とは持ち主との相性に沿って作成される。

 だから少年の場合、生み出された武器の方に大した脅威はない。


 約12年間。


 この星は少年の温情で破滅を迎えることはなかった。

 普通、あんな力を持てば精神を練り直す幼児期でこの世界を玩具の如く扱いそうだが。


 死生観こそ平凡ではないものの、彼は今もなお周囲を傷つけんと抵抗している。


 しかし召喚獣は基本、主人に出来ないことを代わりに為す存在だ。

 災禍の魔眼が人々にとって“神”だとするのならば、星の外側にて召喚が始められたアレは天使とでもいえるのだろうか。

 幾千幾万幾億の執念が積み重なった濃霧、そこで本体は膜を破るための体を形成している。


 …………ふと書き溜めていた日記の内容を思い出す。

 星を死に導く存在の一枚絵。

 月と対比しても大差ないほど巨大な図体は、死体で溢れた濁流を想起させる。


 黒い死を堅めた濃霧を常に撒き散らし、そこから覗けた部分は複雑な楽器のようだ。

 あの形を支えていたのは骨。

 しかし文字とうり数えきれないほどの“死”を元に構築された存在である。


 歴戦の猛者だろうとまともに見ればまず失神か発狂が妥当。

 常人は孵化してる時でも怯えて動けない。

 書き記した絵を見せたのは二人だけだが、冗談半分にも扱えないくらいの顔をしていた。


 なぜ進化を続けた人類が死の可視化に挑まなかったのかがよくわかる。

 

 口を閉じていても不気味なのに開けた瞬間のことなんて考えたくもない。

 きっと、アレが殺意を待って迫りくれば止める術など存在しないだろう。


「…………それじゃ行こうかな」


 首元の噛み跡をもう一度なぞれば、つい深く微笑んでしまう。

 少年に会えると思うといつもこんな感じ。

 展望台には誰一人としていないし、思いっきり高揚して飛び跳ねてもいいだろうか。


(((((((((((


 鎖が消滅する刹那に感じた数字が、少年の意識に溶けていく。

 召喚獣が主とリンクした感覚も消えた。

 なぜなら、白髪の少年は記憶を失う覚悟で”己という己を殺すイメージ”を繰り返したのだ。


 脳を紙みたいに裂いた。

 ボールみたいなるまで圧殺した。

 首を吊った。

 溺れた。

 血を全て抜いた。

 両眼を切り刻んだ。

 でも、どんな手を使っても魔眼は自死を許さない。

 再生が蘇生に切り替わるだけだ。


 そしてなにより、もっと痛みへの耐性がなくなっていく。


 死にたくないとさえ思う自分を何度も一人ぼっちで殺していた。

 だって、そうしないといけない理由がある。

 すると………………………………頭の中でカウントが始まったその同時刻。


 残火が闇を照らすような暖かさを感じた。


 もう声さえ出せなくなった体で最後のイメージをその青年に届ける。

 一本の鎖で構築された内壁が砕け落ち、自分の部屋だった空間に意識は繋がれた。


 “殺してくれ“


 そう形が崩れた赤字で埋めた紙が、懇願するように部屋中に敷き詰められるイメージ。

 即座にそれが具現化される。

 黒い剣を携えた青年に体を向けることなく、ただ死体としての感覚を抱き続けたまま。

 

「……………………………………」

「………………それはっっ、出来ないっすよ…………」


 災禍の魔眼に“王”と認められた存在。

 その少年はこの場で唯一、自分を消滅させることができる存在を待ち続けたのだ。

 



 “星を喰らう死骸の龍(厄災のオメガ)”完全顕現まで残り2時間。


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