第二十三話「ぱりぱりエンジェル」
「今日も街にでてゴミ拾いをしてたんですって」
「挨拶も笑顔できちんとしてねぇ………なんだかこっちまでぽかぽかするわよねー」
「それに将来は孤児院に恩返しするって言ってたの。別にそんなのいいのに」
その少年が施設に送り込まれたのは六歳前後だった。
送り主の顔は覚えていない。
ただ、その人が強盗犯だと知ったのはそう遠くはなかった気がする。
「六歳になる前から母親に捨てられたんですって」
それまで誰かに匿われてたらしいな、と哀れみを向けて子連れの大人たちは木陰で話している。
当時の友達は公園からバスで移動して、遠くの幼稚園に通っていた。
なので自然と公園の駐車場に大人たちはたむろしていたのである。
鬼ごっことか、体を使った遊びをしていた時に向けられる瞳。
瞳。
瞳。
瞳。
そこに宿る感情なんてわからない。わからないから、決してもう嫌われないために笑顔を絶やさないヒーローを演じていた。
でも確かに胸の中には憧れがあったと思う。
絵本の中の勇者とか、ゲームに出てくる主人公とか。
だって、それらは皆んなが好きで皆んなが覚えている。
忘れるにはかなり時間がかかるだろう。
まだ幼児だった頃は眠る前によく扉を開いたり、閉じたりを繰り返した。
いてもたってもいられないように。
物心がついてから唯一の肉親である母は蒸発してしまったので、残された子供は泣くことしかできなかったのだ。
その時の恐怖はこびりついていて、扉の開け閉めに囚われている間。
死んでも人に見せることはなかった涙がカーペットを敷いた床に斑点を作っていく。
どうして僕を捨てたのかと扉を閉めては開けて、何万回も考えた。
答えがわかれば母は帰ってくるかもしれない、なんてことは思ったことがない。
無駄な行為だ。
しばらくすると机にメモを書く。何をすれば大人たちは、どんな反応をするのかとか。
きっと一年ほど僕を匿っていた男がよくこんなことをしていたからだろう。
世界で一人ぼっちだった時に扉を開けてきた人。
やせこげた頬をしばらく開けて、泣き叫ぶ僕を抱きしめてくれた人。
…………とある日に、ニュースでは今朝にて銀行強盗が捕まったと報道された。
その過程で犯人が銀行員を二人殺したこともだ。
顔写真から芋づる式に、僕を送り届けた人物だと判明したので孤児院の人たちは焦った。
せわしなく頬に手を当てたり、余計に視線を向けてくることが多くなった。
自由時間にトイレにいくことがあれば“どこにでも行くのか”聞かれて、膝を擦りむいた女の子を保健室に連れて行けば真っ先に疑われた。
みんな、怖かったのだ。
孤児院の人たち、子連れの親、そしてそこから伝播するように友達も数人離れていく。
鬼ごっこしたりかくれんぼしてくれる友達もいたが、良い子は親をまず見習うものだ。
「なあ、お、お前って人殺しの子供なんだろ?
いいいい妹も母ちゃんも怖がってる…………もうあっち行け!嫌いなんだよ!じろじろ見てくんなよ!!」
人は善意で動いている時は体が軽くなる。
この世の中には、完全な悪者は少ない。
そんなことは液晶画面越しから人生の原点まで腹の底から刻まれている。
そして、彼らの悪者は自分だ。
悪者に居場所はない。
それでもどんな日も街のゴミ拾いも欠かさず、孤児院のはたけ作業は率先して手伝った。
日に日に強盗犯の過去の罪状が噂で流れて、僕を守ろうとする人はいなくなった。
悪者に手を貸せば、自分も悪者になるから。
一応欲しいものがあるかと聞かれても、いらないと答えて向けられた善意には二倍にして返す努力をした。
僕が何も望まないことは相手もよく理解していた。
たんなる仕事をしていたのだろう。
机に溜まったメモ書きは、当時のあの人みたいな崩れた日記みたいになっていた。
「これ言っちゃあ行けないんだろうけど、正直ずっと笑って気味が悪いわ」
「何考えてるんだろうね」
「いつもマントを羽織って、ヒーローの真似をしてるんだって」
「あ、そうだ!親がいない子供は価値観が違うらしいよわよー!? 下手なことはしないといいけど」
知識自慢のつもりで放たれた言葉から、たくさんの視点から僕は値踏みされた。
すると、………………“正体不明”を貼られた僕を凶器みたいに思う人たちも出てくる。
何が、自分の支点だったかなんてわかっていた。
誰も彼も疑念と畏怖の目を向けてくるのだ。
そんな光景を、白くなった髪と死んだような体で眺めていた。
何も考えず。
何も望まない。
流出した血が固まって、かつて盗んだ鎖が優しく体を抱き締めてくる。
そう無意識のうちに命令していたのだろう。
…………どうしようもなく、何も望まないにせよ母の子守唄が消えなかったから。
少年は母親を恨んだことはない。
家具も最低限のものしかなく、まともな食事も誕生日を祝うオルゴールも買えなかったのだ。
母さんは言葉もよく話せない子供に天使の話をよく聞かせてくれた。
心から幸せであると眠りにつくような歌で。
ボロボロの大きな絵本で。
だから………………………なんでこうなったのかという疑問はもうない。
ふと流れた涙なんて、この体では赤い灰として消えていく。
いつしか誰からも信じられなくなった少年は、微細ながらもある少女に惹かれた。
なんてことはない、愚者の話だ。
図書館で静かに佇む姿勢が綺麗だと思った。
毎日通う場所だったし、ヒーロー気取りの少年は理想どうりの事をする。
孤児院の子供達が見ていたアニメ、その登場人物が膝をおって貴族令嬢に花を配るように。
そのナルシストな紳士の評価はどっちつかずだ。
簡単に言えばハンカチを噛み締めるかませ役である。
でも、同年代の子供が面白いと知っているのはそれしかなかった。
旅路のプくというゲームを元にしたアニメ。
子供はもちろん大人にも大人気だった。
もう話せる友達がいなかったし、何が好きで何が嫌いかなんて見て盗むしかなかったのだ。
故に、挨拶をする程度の仲で花束を渡した訳である。
…………反応はこっちが呆気にとられたが。
「その…………ありがとうございます。…………嬉しい。花を貰ったのは、初めて、だから」
花束なんてぽいって捨てて、ガーンと項垂れるナルシストに大爆笑!
なんて想定していた流れとは違ったのだ。
話を聞くに、以前から僕のことを知っていたらしく花束で顔を隠し出す少女。
…………意味不明である。
そのいじめられっ子を僕は過去に助けていたらしいけども、今だに同年代の子供からいじめられていることを知ったのも後。
じゃあ助けてないじゃんと初めて人生で焦り散らかした。
それで、静かに実感するのだ。
自分は被害者ではなく加害者であると。
僕を軽蔑してくる人は悪くないのだろう。
みんな、必死なだけ。
ならば悪者はどうすればいいのか、そんなどうしようもない事実をなんとか噛み殺した。
また、少女をいじめていたのは小グループのガキ大将だった。
理由を盗み聞くにおそらくは一つ。
好きだから、素直になれない。
遊び半分を装って少女に関わろうとしていたのだそう。
…………意味不明という言葉が連続で出た、久々に。
解決の糸口がわからないのは困ったものだ。
好きな人がいるとして、素直に話しかけれない。
ならば相手に合わせる努力をする。
たくさん紙に必要なことを書いて、それをするには何をしなくちゃならんのか毎日研鑽。
これが通例だと思っていたのだ。
僕自身、ヒーローではなく楽器を響かせる天使になりたかった。
でも、周りがそれを好きだとは言えない。
だからそうしたのに、なんだかずっっっっとぼうっとしていた。
「……………夏目くん? どうしたの?」
少女のフルネームは“波夜 雫“。
僕はかの予想外⭐︎花束事件から三ヶ月ほど雫さんといた気がする。
朝は図書館で一緒に本を読む。
昼はシャボン玉で遊んだり、日向ぼっこしたり、時折り少女に絡んでくるいじめっ子を返り討ちにした。
夜は流石に会えないと思っていたけど、年に一度切りの花火大会は向こうから誘ってくれたのだ。
夏目宗介(七歳)
生まれて初めて、人間同士の複雑な好意に悩む時期である。
かなり積極的になった雫さんと図書館から、楽器店へと一緒に歩いていく僕だ。
無論、マフラーで極限まで頭部を包み隠している。
「…………雫さんは、好きな人ができたらどうする?」
「…………………………どう、って。空き缶をジャグリングしながら言われても困るよ」
「ふはははははははは!! ただの空き缶じゃない!! 紙幣が詰まった僕の財布さ!」
すると三つの飲み物缶を手に取って、くるりと回る僕。
隣の少女は両手をわきわきと握っている。
「お、お金は大事にしないと…………神様がきちゃうよ? いや…………来ないと思うけど」
「大丈夫! 君が望むなら僕は神にでもなろう!!」
「…………神になんて、夏目くん。天国にいっちゃうの?」
「ふふふ、まさか! ここで頑張る!」
少なくとも高校生になるまではこの街のお世話になるつもりだ。
もっとも、頭の中は“なんで“が一杯。
…………僕が噂の夏目宗介だと知って、なんで雫さんは手を伸ばしているのかとか。
「…………え、えと、その」
ぷるぷると震えた手は僕の前に伸ばされる。
今更だが、わからないことだらけだ。
頬をりんごみたいに赤らめて、瞳を右往左往している黒髪の少女のことも。
「大丈夫、一緒にいこ?」
「っ〜〜〜〜」
財布を脇に挟むと、少女と手を繋いで街中を歩いていく。
あとなんで楽器店に行くのか、というと“僕がそういう本に瞳を向けていたから“らしい。
手に取らないように努めてはきたが、やはり漏れがあったようだ。
「夏目くんは、楽器に触れたいなかなって、思って」
楽器店に着いたら、なぜかもっと真っ赤な顔で涙浮かべてそんなことをいうのだ。
手を離そうとしても嫌がる。
だから、途中で寄ったスーパーで紙コップを買った後に糸電話を作った次第。
「も、もう破裂しそうだ。顔真っ赤だよ…………」
「え? いや? 全然、なんともなくて、」
緊張とか羞恥の涙ではあると、なんとなくわかっていた。
僕といるのが嫌なら手なんて離す。
だから、少女の気持ちがわからなくて次のセリフが大切な傾きになると思った。
「もしもーし」
僕は雫さんから手を離すと五歩進んで、マフラー外せば糸電話に口につける。
どうにも特別な繋がりを感じるのだ、これは。
口をわなわなさせていた雫さんも大分落ち着いて、ちゃんと息を吸って話せている。
「は、はじゅ、噛、…………はい!!もしもし!!」
「良い声。雫さん、雫さんは僕のこと好き?」
「はい!?…………………は、い」
「よかった。君といる時はさ、好きは何かってずっと考えてしまうんだ。
それで、もしかしたら。雫さんはもういじめられなくなると思った」
「え? な、なんで?」
「話を聞く限り、あのガキ大将。君のことを悪く思ってないみたいなんだ。3日ほどしゃららーんと話し合えば行動を改めると思う」
僕たちは糸電話を耳に、口につけて交互に話したいことを囁き合った。
善意と悪意。
好意と嫌意。
人間の瞳はそれを映し出す。これからも、きっとそう。単純なものじゃない。だから人を拒絶する生き方は楽なのだろう。
でも。
その複雑な絡まりを突き放すのではなく、きっと理解するのが大事だと思ったんだ。
欲は、欲のままでいい。
正面から否定するんじゃなくてなんでそうなるのかを、キチンと話してその質を相手と自分に合わせていく。
吹き抜ける方向と目的を変えるんじゃなくて、お互いが素通りできるように。
『俺の友達になってくれ!!』
そして願わくば、お互いがよりお互いを応援し合えるような関係を築けたらいいと思う。
ふと主人公のプくが放ったセリフが、刹那で脳内に流れた。
最近そのゲームをやっていたせいだろうか。
「君が彼のことをよく思ってないのは知ってる。これで一段落とはいかないことも」
「…………じゃあ、何が、言いたいの。夏目くんは」
「僕は君を助けることは苦難だと思わない。
君のナイトとしての役目が終わっても、こうして一緒にいたいと思ってる」
それからはとにかく雫さんの良いところを言った。
日常的に姿勢がいいところとか、自分にはできないことを平然とやり遂げるところ。
周りによくないと思われていても、僕と一緒に手を繋いでくれるところとか特に。
…………………………で、雫さんのいいところを僕は六割ほど話したのだ。
「本当はもっといいたいけど、話されちゃうし。だから僕は雫さんのことが…………その」
好きなんだと。
「ぅ〜〜〜〜〜」
そう言い切る前にかつてないほど顔を赤らめた雫さんは倒れた。
まるで煙を吹き出した蒸気機関車だ。
地面に激突する前にスライディングして、細い体の下敷きになる。
「大丈夫!?」
いやしかし、はっと口を開いた少女は大丈夫そうだ。
ならば僕の言葉が嘘でないことも示すのだ。
人間の言葉なんて、取り消すことはできないけど行動の影響力に比べたら塵に等しい。
「な、夏目くん。私も、すき…………っぅ? なに?」
「たしかに。急にそんなこと言われてもビックリするよね。信じれないし」
だからこそ、それに応えるように少女の前髪を分けて額にキスをする。
天使はこうして人間に幸福を与えるのだ。
しかし…………………………もう瞳をぐるぐるぐるぐると回して気を失っていた少女。
微笑んでしまうようなぽかぽかする胸の感触は、生まれて初めてだった。
封をしていた記憶は時を選ばない。
災禍の魔眼はかつての記憶を型として、少年の深層心理に武器を作り出す。
少年が人に寄り添うならば。
その意思を組み込んだ究極の一振りを、白い世界に投影する。
だが人を繋ぐ慈愛は王自身を傷つけた。
脳内をフラッシュバックする映像は、事実としてそれを示している。
助けようとした人を傷つけた我が主人。
人間ではよくあるアクシデントだった。
泣き叫んだ少女は心までは無事でも、その肉親たちは王を徹底的に複数人で追い詰めた。
偽善者らしくずる賢い奴らの好状だ。
私たちは誰も悪くない。悪いのは、娘を傷つけた正体不明の少年だ。
いじめっ子の嘘も。
娘の制止も。
何もかも量で押し潰して汚い唾を王に吐きかける民衆。
それをなかったことにせず、もう本人が気づけないレベルまで壊れた器を差し出したのは最善だったのだろうか。
否である。
向かっていた方向は、世界中に蔓延する人間たちの中でも稀なものだった。
否定をしてはならない。
我が主人はかげかえのない人格者だ。
それ故に、少女と再会することも叶わず最期はあっけなく命を散らした。
その瞳はかつての世界を映し出す。
波夜 雫は主君との再会を願望として、引っ越した彼と同じ高校に入学した。
まるで何かの幕が開いたような桜吹雪だった。
しかし車に跳ねられかけた児童を救うべく、主人は入学式初日にて帰らぬ人となった。
彼が恨んだのは彼自身。
王は自らに毒を注ぐ。
自らを裏切った母親の歌に取り憑かれ、自らを救い出した強盗のような末路を生み出さない為の繋がりを見出した。
そんな正義の味方は、既に擦り切れた王には重すぎる所業だ。
しかし。
それ故。
意志を持つことを許された瞳は彼に心から尽くす。
そして、もう二度と崇高なる主君がこうならない為に動くのだ。
………………悲しいほど優しい人。
擦り欠けた主人をそう認定して、これからの変化に耐えうる肉体を魔眼は授けた。
その段階を経て。
次は、主人に歯向かう一切を駆逐する無類の召喚獣作成へと向かい出す。




