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第二十一話「ぎしゅゅゅゅうううう……ぐちゃちゃちゃちゃちゃ!!!!」



 これは数日前、屋敷で空を見上げていた時のこと。


 視界には水球が浮いていて、自分は水やりをしようとしてこうなった時のこと。

 永劫と時を刻む穏やかな空気。

 水によって流麗に形を変え続ける日光はなびき、両目をまぶしく覆ってくる。


 ところで、どうして死んだ人間が正気を保っていられるんだろうとアリスは思う。

 頭から随分と言葉にできなかった喉の小骨だ。

 ………………ご主人様がよく口にしていた“転生“とやらは、たしかに素晴らしい現象である。


 知っている世界に新しい自分として生まれ変わるのならば、さぞ気分のいいものだろう。

 おまけに本の世界だ。仮想の世界だ。


 また自分の憧れた世界に行けるのは、本人からすれば願ってもないこと。

 それと中庭から覗けた青い空はどこまでも澄んでいる。


 …………自分のどじっ子さに一周回って冷静になっているな、これは。でも気になったことがあるのだ。


 ご主人様によると転生した先では、どんなことをしても楽しいらしい。

 それはもう世界最強になったりとか。美少女に囲まれたハーレムとか。もうなんでもありで無敵らしいのだ。


 説明のいらない発想でもいいけど。


 主人公は一度死んでいる。


 それを経験した人間が、果たして普通に生きていけるのだろうか。

 怖い、痛い、辛い、悲しい。

 人間は日常的な感情や少しの痛みにも“拒絶“を示すことがあるというのに。

 

 死んだことなんて私はないけど、一度死んで生まれ変わったらもう生きていけないと思う。

 …………ただ、未知数な死なんてモノ。

 それを背負い、それを力にしたというのなら主人公の無敵感にも納得がいくというか。


 ただそれだけだ。


 すごいなぁくらいの、息する間で終わる。なんてこともない思考である。

 

((((((((((


 角刈りの男がブランケットを手に、呆然とした足取りで商店街をすり歩いていた。

 天気はぽつぽつ雨。

 小鳥たちが木の影に身を潜め、また買い物に訪れた人々はみな家へと帰っていく。


「…………ああ。いけない」


 じき夕暮れである。

 角刈りの男が目を覚ますように、ふらついた歩き方を正した。

 気づけば口にいれた自分の指を噛み千切りそうになっていたが、まあ些細なことである。


「…………」


 降り出した雨を遮るべく路地裏に駆け込む。

 思考が囚われていた影響か、ブランケットから調味料が詰まった瓶が転がり落ちた。

 ただ、どうでもよく。

 それを眺める。

 すると……………………数秒ころころした先で瓶をつかんだローブの女性。


「……………魔女様、ありがとうございます」


 何かのファッションだろうか、首に包帯を巻いた月の魔女が瓶を手渡してくる。

 ……さて。

 どうしたものか。

 ふむ。

 魔女様が手に取った瓶をはたき落とすと、まずこんな質問を投げかける。


「襲撃はいつでしょうか?」


 ガラス瓶が割れると、鼓膜に染み付く拍手喝采の雨が降り出した。

 まるで今にでもいけと囁いているようだ。

 しかし事実なのだ。

 屋敷でひとまずのことが終わったと油断している奴らを叩くチャンスなんて巡ってこないだろう間違いない。なのに。


「今日はまだ早いよ」


 そんなふざけたことを口にするのだから当然、片手で首を押さえつけてもいい。

 崇拝すべきお方の背中が壁に激突しても、僕のちぎれかけた指から血が溢れ出ようとも。

 いい。

 だから、そんなことを言わないでください魔女様。

 ぶら下がった指を捨ててでもあなたをこのまま殺してしまいそうだ…………!!


「12年だ!!12年待った!!

  世界でも類を見ない極上の中の極上!!赤ん坊の頃から奴を調理することだけを夢見てたんだ!

 あの魔眼を一秒!でも!早く!!

 調理させろ!調理させろ!調理させろ!調理させろ!調理させろ!!!」

「……………」

「下味は加えたぞ!十二分にだ!!……………だからお願いします」


 …………なんてことをしてしまったのだろうか、僕は。

 魔女様の首から血が垂れているではないか。

 しかし表情は変えず、この胸に騒ぎ出す焦燥の嵐さえなければ惚れてしまいそうなほど淫美。


 でも、ようやく世界が平和になる僕の規則を敷くことができる。


 それなら細い首の一本は折れてもいいような気もしてきた。いや、そうに違いない。


「誰だろうと、心から救える品に変えて見せます。その味を元に人間をより上手に調理する方法を導き出します。

  腐るほどいる悪人を皆殺しにして、善人の糧にしましょう。戦争も、醜い争いも、これで終わらせるのです」

「…………君は甲斐性がないな。心配しなくても、少年はもうすぐぶっ壊れるよ」


 なにより君のそれは方法としての一つだ、と加える魔女。

 もういい。殺そう。

 そして次に、首を握られた魔女を起点として何もかもが歪み果てるのだ。


「君さ、両親いなかったろ。女性の首は安くないってわからないかな…………」


 このまま腕に力を込めて魔女の首を握り潰す。


 ハズだったが。


 ……………………気が付けばその腕がない。

 

 魔女の黒い瞳に見下ろされている。


 すると、自分の腕をムシャムシャと野菜感覚で食べるような音がした。


 骨付きの肉を食ってもそんな音はしない。


 なのに、そんな音がしたのは理解なんて外れた歪みが食事をしていたからだろうか。


 目のない顔。


 三重の歯並び。


 長い体についた複数の笑い口。


 そこから生えた逆鉾が獲物を睨む。


 壁から生え出たアナゴのような未知の生物。舌すらない前口から出た十本の大針。

 合計16体。

 そいつらは、食事を楽しむ子供みたいにこちらを向いている。


「…………ええ、僕に両親はいません」

 

 教会のピアノ曲でも流したい気分だ。

 魂が抜き取られるようなことは起きないものの、感情なんてのは嫌にでも矯正させられる。


「安心しなよ。

  君の腕なんか使い道ないから取ったりしないよ。あと作戦は事前に伝えたとうりだ」

「…………了解しました」

「それと少年のことを一番わかってるのは私だから。故に、君に伝えられることもある」


 するとアナゴの化け物をひっこめた魔女だ。

 楽しげに話し出せば、垂れ流しだった形ある殺意はとろけだす。


 まるで塩が砂糖になるほどありえない現象。


 乙女のように手を組んで瞳を歪ませている厄災まじょが、一体どこにいるのかと。


「…………少年はね、」


 こちらは地面に落ちていたブランケットを拾うと、路地裏から抜け出ていた。

 その際。

 月の魔女が口にしたセリフにゾクゾクと肩を震わして、高揚した息を吐くのだ。

 

 おかげでムカついていた気分はすっきり爽やか。


 土砂降りの雨に打たれても踊りたくなる。

 いや、両腕振るって踊ってしまえ。

 くるくるとブランケットを重心にして思いのままに。


 ))))))))))


 僕様は狐を模した黒い面を片手に、馬車に足をかけたラキラスへと全力疾走していた。

 まるで漫画のページを一気に飛ばしたような意識だ。


「はあ、はあ、はあ!! 僕様が、はあ、来てやったぞぉぉぉぉぉ!!?」

「…………なんだ貴様か。もっと大人しくできないのか」

「は! なんだとはなんだ!! まったく、僕様は貴族だぞ! そんなタメ口を聞いていいのか!! 別にいいがな!!」

「…………そのセリフを食事会で受けた故の対応だが? 覚えてないのか?」


 冷やかしとかそんな感じが全くない声色でそう言ったラキラス。

 …………そういえばそうだったかもと、汗だくの体で思案した。

 しかし空気を読まない奴なので、早めにその顔面に仮面を押し付けるのだ。


「…………なんの真似だ」

「ぶはははははははは!!これをやろうと思ってな!!」

「なぜ?」

「きっとお前のこれからに必要なものだからだ!」


 これを売れば推定でも五十年は遊んで暮らせるだろう。

 なにせ貴族でも軽々しく手が出せない代物。

 しかし僕様にとってはあまり重要な品ではなく、現在何か大切なものを抱えたラキラスにやった方がいいと思う。


「ぶしゃしゃ! みなまで言うな、コレを渡す根拠はある! この超越天才である僕様の直感だ!! つまり、なんとなくだ!!」

「いちいち信用ならないように言い直すな…………それに、これは…………クソ。やはりお前のような変人に効く薬はないな」

「いいから貰っておけ! きっと未来が変わるぞ!!」


 すると、馬車の階段を登り切らずにそんなことを言ってくるラキラス。

 また【認識阻害】が施された仮面を片手で外して、首にかけていた十字架のブレスレットを丁寧に渡してくるのだ。


 ………………………………なにこれ。


「貴様に借りをつくるのは面倒だ。

  この魔道具はもらっていくが、代わりに俺の宝物を持っていけ」

「…………やだー、ちょっと汗臭い」

「俺の宝物と言ったからな。後生大事にして後から返しに来い。その時はまた話し相手にでもなってやる」


 そんなこといって利用されるだけされそうだけど、と僕様は思った。

 …………どこか考えることでもあるのか、瞳だけ別の方向に向けていたラキラス。

 まるで元気だった病人が死ぬ前の冷たい予兆のよう、というか、そうだ。


「あと!なんでお前馬車なんかに乗るんだ!! 危ないだろう!!」


 まさに自分から死へと向かうようなものである。

 車道に近いだけでも心臓を握られてるようなものだし、そうだ、こんなに汗だくなのもそれが理由なのだ。


「……………………。…………………………。…………………………」

「ほら、僕様が運んでやる! 安心しろ! ひとっ飛びだからな!! 送料無料! 交通安全よし!! 空での旅をプレゼントだ!」


 だからゆっくりと降りなさい、なんてなだめる前に3回ほど表情を変えるラキラス。

 目を僅かに見開けばナイフポケットに手をかけ、こちらを眺めたと思えば………………きゅっと閉じるのだ、口を。


「…………」


 そのまま踵を返して帰ろうとするので、慌ててラキラスに伸ばした手がぶつかった。

 …………馬車の扉に。 

 すると、知らない間で閉められていた扉の先に聞こえるようにこういうのだ。


「もしも、お前の信じる神が裏切ったら!僕様が助けにいってやる!! お前の大事な人たちもだ!! だから変なことはしないと約束しろ!! 僕様とのお約束だぞ!!」

「ご主人様? ご飯食べないのですか??」


 なんの前触れもなく聞こえてきた声に頭が詰まる。

 まるで写真が入れ替わるみたいに、目の前には食べかけの食卓が広がっていた。


 車道ではなく足触りのいい絨毯。


 湿った外ではなく室内特有の空気。


 夜を照らす明かりが視界に存在している。


「……………………………………ん?」


 アリスと母上は食器を止めて、僕様を不思議そうに見ていた。

 すると波紋が波紋を呼び起こすように、アリスの声を始めとして母上の声が聞こえてくるのだ。

 

「ご主人様…………大丈夫ですか?」

「スターリー様の転移魔法、場合によっては吐き気とかすごいらしいの。■■■■、ベットで横にさせましょうか」

「それとも…………やっぱりシュレイドさんのこと、ですよね? きっと、帰ってきますよ! ご主人様はずっとシュレイドさんを“すごい奴”って認めてました! 私も、あの人が意味もなく、いなくなるとは思いませんし…………」


 アリスと母上は施設の人たちがするような、相手を和らげるような笑みをしている。

 ………………いや、そうだった。

 なにを見ていたんだ、僕様は。夕方が過ぎる前に転移してもらって帰ったんだった。


 懐から膝にこぼれ落ちた日記をぼんやりと開く。


「…………………………………………………………………………」


 そうだ…………ひと悶着あった巫女さんを名前で呼んで、たくさん貴族たちと握手したし。

 僕様はイレイナに有無を言わさない長時間のハグを実刑された。

 暇を持て余したラキラスとのジャンケンはまさしく僕様の圧勝だったっけ。

 向こうに残った父上とライオットとイレイナは捜索隊へと加わっている。

 そうだ。シュレイドの馬鹿が、どっかいって。

 でも、なんだか、変だ。

 わからないけど。

 ……………………なんだか、知らない誰かが叫んでいるような。



「おはようございます。ご主人様、出発の時間…………」

 


 すると窓からの日差しがもう朝だと告げていた。

 食卓の椅子に座っていた下半身は、自室のベット上で着替える途中である。


 …………穏やかな鳥の囀りが聞こえた。


 いつもどうりの声は、ここは安全だと平常感を胸に押し付けてくる。


 屋敷の台所ではみんな服装を整えて、ライオットは特に早起きしていて、父上たちはブツブツと何かを話し合っていて…………。


「ご主人様、あ、あの! 私になにかでき、」

「アリス……」

「は、はい……」

「…………………………僕様は大丈夫だ! 先に行っててくれ! すぐだから!」


 数秒のためらいの後、部屋の扉を閉めて使用人の服装をしたアリスはどこかに行く。


 もだえ苦しむ胸があってもパジャマがずれ落ちたまま硬直して動けない。

 これから何をするかなんて検討がつかない。


 現実と妄想の境目がなくなる感じ。


 八本の鎖から外れた天体が目の前に浮かぶ。


 螺旋状の鎖は形を崩すことなく、白紙の世界にて役目をなくしていた。


 視界に映る体から血が溢れ出していく。


 傷は、何でつけたのかもわからない。


 背中がじんわりと熱くなって、誰かの息が押し出された音がかすかに聞こえた。


 無意識に答えを求め出す意識は、黒い天体に注がれて………………ふと。


 閉じていた記憶が現実に反映される中、自分の体が鉄の壁に押し崩された気がした。


 すかさず爆音が響き渡る。


 壁ごと半身まで突き破って、部屋の外にまでガラスを飛び散らせる大型トラックだ。


「      ァ」


 よくわからないまま、正常な声にならないほどの激痛が遅れてやってくる。

 もう動かないほどに捻れた首が痛みに喘ぎ出す。

 遠くの鳥まで逃げていく。

 両耳を覆いたくなる程に肉と骨がひどい音を立てて裂け混ざる音だった。

 

 脊髄が切れるほどガラスが深く突き刺さり、両腕と両足は痛々しく逆向きに折れ曲がっている。

 

 まるで短時間ミキサーにかけられたよう。


 見るに耐えない。


 先ほどまで人の形をしていたとは考えられないほど。


「…………、ご、しゅ、人様………? ご………」


 子供の喉が千切れるような気配がした。

 一瞬だけ何が起こったのか、理解できずに立ち尽くして。


 その瞳は全てを見ていた。


 かつての少年の死に際の姿を。

 桜が舞い散る空の下。

 トラックに跳ねられかけた幼児の身代わりに、雑巾よりも醜い姿で死に果てたこと。


「あ、ああああああ、ぁアアあああああああああ!!!」


 未知なる機械という存在すら薄れさせるほどに、それは少女の体を突き動かした。

 感情が思考を呑み込んでいく感覚に、少女は体の支配権を奪われていたのだから。

 

 

 【災禍の魔眼】



 その能力は災禍の魔眼保有者が抱くイメージの具現化。


 具現化において一寸の狂いはなく、例え本人の意図に関係なく効果は発動する。


 魔力消費は起こらない。


 発動条件は瞳を外部に晒すことのみ。


 ただし、それは前段階での話。


 運命という限界が壊された世界において、世界に干渉する力は“成長”を会得した。

 

 それは理不尽な災いを振り撒くように。

 

 主人には命を与え、思うがままの世界をより効率的に構築するように体を変化させる。

 死の経験を取り込んだ【災禍の魔眼】は、まず発動条件を“除外する“ことから始めた。


 千切れた少年の体は再生を繰り返す。


 長年封印していた情報の波に呑まれ、先ほど具現化された鉄の悪魔が消えると。

 再び。

 全身の神経をやすりで削られたような少年が死のイメージを心に思い浮かべるたびに。


 惨劇は繰り返される。


 だが、一歩だけ。

 刹那の状況においても迷いなく踏み込む足があった。

 記憶と現実に誤差が生じる。

 青宝の双剣と一振りの黒い剣が、周囲の鉄車を跡形もなく消し去ったのだ。


 その荒れ果てた意識で嫌な想像をした。

 

 金髪の少女の背中にガラスのかけらが次々と刺さるイメージ。

 数秒後に意識を取り戻せば、床に倒れ伏した人影は赤い水溜まりを作っていた。


「ぁ…………あ?」


 聞こえた喘ぎは誰のだったかわからない。

 光の糸で編まれたような金髪が血でべたべたと汚れていた。

 耐えるように頭を押し付けて、何度も何度も止まらず床を掻きむしっているアリス。


「……………っ、ちがう」


 脳みそが直接手でかき混ぜられたような感じ。

 強引に頭を抱えてうずくまる。

 また何か嫌な想像をする前に、過去に泣かせた女の子の声が脳裏を過ぎる。

 自分だけが治っていく。

 アリスのことを考えないように、思考を途切らせる力で頭を叩く。


 その最中、どこか遠くで誰かが叫んでいた。


 一言一言に喉が弾けるほど力が籠っていて、情けなく裏返った声がうるさい。

 あまりにも悲痛な声。

 いつしか、息もせずに叫んでいたのは他でもない自分だと気づいた。


「違う違うチ″ガウ違うちがう違う違う違う違う違う違チガウ違う違う違うチ″ガウチガウちがうちがうチガウ違ウ″!!!!!!!」

 

 苦痛に歪み果てた声は辺りの人間をただ戦慄させる。

 

 …………それは厄災の王として。


 黒い髪は白く染まり、

 瀕死と再生を繰り返した体は玉座に至るべき形へと作り替えられていく。


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