第十六話「二分間よ、世界を狂わす架け橋となれ」
ある詩人が残した書についてこんな文がある。
かの巫女が振るいし枯れ木には花が咲く。
血を吸い取る刀だろうと鈴が鳴いた。
ああ、愛しき、我らが巫女や、その腕で儚き蓮美を抱き続けたまえ。
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”旅路のプく”では特に決められたルートはない。
オープンワールド系RPGと呼ばれるものであり、プレイヤーは世界各国を巡る旅人として人々と関わる。
その中ではメインクエストやサブクエストが存在した。
特に前者は”厄災”を主軸とした話が多い。
またその一つ一つが、一大タイトルとして扱ってもいいと噂されるほどボリュームがあったのだ。
故に難易度も他と比べて格段に高くなってくる。
わかりやすい例が巫女。
まず戦えば勝てない。
相手は厄災であり、主人公は旅人だからだ。故に戦わずして巫女の目を覚ます必要がある。
また巫女が幼い内に殺し尽くした東洋の七源妖怪は、どのルートでも頭ひとつ抜けた猛者ばかりだ。
加えて原作同様、妖怪が完全に消え去る事はない。そんな奴らが蔓延る島国など黄泉の国と称されるほど。
巫女はそこで腕を磨いてきた。
もう一度告げるも、主人公である”ぷく”には大した才能はない。
だからこそ。
旅の中で関わったキャラクター達との結び付きが大切になってくる。
無論、こうした”規格外”の相手と戦うことがあればの話だが。
僕様は冴えわたる五感を出来る限りに一点へと収束する。
少女との距離は10メートル。
瞳を使えば猶更一秒かからず詰めることができるが、今回は人目がありすぎるのだ。つまり奥の手は使えない。
「試合の勝敗は何で決める?」
「………………」
「…………チッ、ぁやべ舌打ちして…………ええいっ、スターリー様! 試合の勝敗はいかかいたしましょう!!?」
僕様は上空を総べる大樹の枝に立った男に声を掛けた。
それに観客席でのざわめきは目立たない。
ここは暴力と音楽の国ではなく、貴族が主催する決闘を模したゲームだ。ゆえにここ一番で声量を張っているのはスターリー本人である。
「はいはーーーーい!!!お互いのどちらかが負けを認めるか、それかステージから出た時点でその人の負けーーー!! 合図は私が出すわねーーー!!」
よーーい、と根っこに覆われた空から響き渡った声。
両者同時に初撃の準備を淀みなく済ませる。
先の一手一手を読み深めるのは悪手。なぜなら既に結果は視えている。魔力が全身を伝い、一本の剣柄をぎゅぅっと握りしめた。
「ドン!!!!」
しゃりん しゃりん しゃりん
瞬間、三度に渡る鈴の音を合図に木剣が半分になっていた。
洗練された風刃は鳴く。
これが抜刀した少女の剣と僕様の剣が三度せめぎ合った結果なのだ。すかさず喉元突かれる刃先が、先ほど以上の速度で迫る。
「――――」
そのまま事前に倒していた姿勢で踏み込んだ。
弾かれた腕は前に倒すことは許されず、背面にて剣をペン回しのように投げていたのだ。
こうなることは予測済み。
すれば、二秒とかからず決める気だった少女の方が見開いていた。
「!」
「面白いだろ?」
まるでマジシャンのようだなと思う。
折れた剣の断面と、飛んだ刃片が接触するように魔力で補強したのだ。
すかさず一秒で三回とせめぎ合う。
全力疾走する筋肉を止まることなど許されず、かといえば一手に迷いがあれば詰むような悪寒。
こちらの技術が数秒で見抜かれる現実に、尚更、ゲーム向こうの存在と剣を交えているのだと実感する。
向こうの勢いを利用しようにも軌跡が予測できない。
まるで迫るのではなく、急に目の前に現れるような感じだからだ。
緩急をつけた動作を基準とした剣術は、五感を用いてもなんとか追いつけるくらいである。
息を吐く暇なんて尚更ない。
渾身の斬撃から繋げたデコピンの風圧が寸前で交わされる。
目まぐるしく切り替わる姿勢。
靴底が熱い。
体は長時間走った後みたいに汗だらけなのに意識は落ちていく一方だ。
よって。
際限などないように加速の一手を辿る、その刹那。
少女の瞳が僕様の剣技に注意を逸らす中で。
「はっ!もう一度、だ。ほら」
後ろに一歩体重を下ろし、長物を回転させるように剣を投げた僕様である。
瞳孔が揺れることなく少女の体がブレた。
防御する事はない。距離も詰まる必要もない。なぜなら攻撃はすでに終わっている。
「――ふむ」
こちらの投げた剣は天井の草木まで弾き上げられ、ギリギリで翻した筈の頬に切れ目が入っていた。
僕様は――――見ることに専心する。
筋肉の緩和。体重の沈み。決して崩れない凛とした姿勢。なるほど、だがその一切には。
剣術特有の定まった初動がない。
頭を空っぽにして新しい方程式を導き出す。
注目すべきはあの揺れる動作だろう。だがしかし、そこからが冷や汗ものである。
まさに喉のない筈の空が甲高い悲鳴を上げる速度。
それがあまりにも美しい所作なので、鈴が鳴ったと勘違いしているのだ。
「ッ、…………」僕様はもう一本の剣で攻撃を受け流すも、肩骨を直で殴られた感じ。
まるでダンベルをつけた棒で殴られてる気分。
しかし、剣の側面へと受け流したのだ。ギリギリでも隙はできる。そこに入れ込む鋭さも僕様は有している――――――!
「そこ」
「!!」
カウンターを放った僕様は両足の靴を少女に飛ばすと、矢継ぎ早に繰り出された9つの斬撃から翻し――――――
一呼吸もなく打ち下ろした剣に目を見開いた巫女だ。
「!!!」
「いいな、その表情」
首元まで届く敵意が消え、僕様の足先に掴まれた剣が爆ぜるよう。
人間の危機感を利用した技だ。
イメージと寸分違わない巨剣の外郭に魔力を込めれば、受け手はそれを自分すら押し潰す剣と推し間違える。
…………戦況が戻る。
押し返された距離なんて五メートル、コンマ数秒の集中の切れ目で詰まるほど。
お互いに剣は下に向けた。
だが、見える。
少女の体内を駆け巡る膨大な魔力の渦。面白いのは体を風になびかせるような動作。
それを初動として、信じられない剣の挙動を描いていること。
人のなす剣術特有の筋肉の動きでは予測不可。
あらかじめ距離を取らなければ不意打ちされてもおかしくはない。
だが。
ここで引くわけにもいかない。
…………もって二分だと、ローブの女性は言った。
ああまったく、今にでも意識が落ちそうである。だがどうしようか。このままなら勝てそうだぞ??
そんなことを裸足から上投げた剣を回収しながら思っていた。
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この場にいる貴族は良く言えば素直に評価をつける嘘のない人、悪く言えば自らのルールを敷き並べる無法者である。
故に戦闘中であろうが巫女に肩入れしようとしていた貴族が大半。
だが、そんな連中は声をかけようとしたまま固まっていた。
口に手をつけたまま目の前の光景に目を奪われている。
満足な息なんていつ頃しただろうか。
小説でよくある、キャラクターが息を止める時に自分も息を止めようとする。そんな”のめりこみ”の比ではない。
自然と、あまりにも鮮烈な美しさの前では人はこうなるのだと知った。
故に邪魔する声など挙げられようもない。自分の性格なんて忘れて数秒間の剣戟に胸を射抜かれていたのだ。
「あ、」
そして、刹那の静寂で我に帰った後に腰を下ろした。
なんだか恥ずかしくなって拳を痛いほど握りしめる。貴様には溜飲することすら許されないと長年培った精神が告げているのだ。
「っ……………………」
それは例外なくライオットやイレイナ、そして剣術を置いて戦闘すら疎いアリスにも当てはまる。
数秒の出来事でさえ、観客は思考を奪われている。
だが、ふとアリスの口が震えた。自分でもよくわからないままずっと胸が嫌にもやもやしていたのだ。
彼には自分たち以外に味方なんていないのという前提が浮かび、こう、どうしようもなく《《座っているだけ》》の自分に目元が熱くなってしまう。
「ご主人様…………」
[既に魔法の準備は済ませているから、何かあった時に備えていて]
「はい……」
「…………動きはいつもの型に当てはまらない感じっすけど、確かに。もっと蹴ったり、頭突きしたり、水かけたりしないっすね。圧倒的に不利な剣で…………」
肝心なのはそこであると無意識に鎖骨に触れるアリス。
下から這い寄るように嫌な予感がするのだ。
まさにご主人様が剣を指で回しているのがいい例で、まさかもう勝てると油断してたりはしてはいないだろうか。
「…………」
ライオットやイレイナも若干気づいていることがある。
何かというとご主人様は女性に手を挙げることは基本しないタイプなのだ。
闘技場でも女の人相手だとスタミナ切れを狙っていた感じだったし、屋敷でご主人様と言いあいになった時は。
『お、おおおおおお前、僕様の大切な皿をぶち壊しやがってーーー!! 何枚目だ!! 勘弁しろ!!』
『だ、だから、それは、私が作った皿で、その、また作りますから』
『ぶっ殺す!!! 今度こそ、絶対に許さん!!!』
なんて廊下で殴りかかってきた手を止めて、小刻みに震えながら項垂れるご主人様。
すかさず壁に蹴りを入れた後、痛そうに片足でどこかに跳んでいったのだ。
「…………え?」
病人のような足取りで前に進んでいた巫女様。
とたとたとたとた
体全体の軸が安定しておらず、かといって踏んだ床からは和風絢爛な壁紙が現れるよう。
幻覚だろうか、どこからか笛が鳴る音がした。
聞き慣れない弦が少女を主役として弾かれ、ご主人様が劇のやられ役に定められた感覚。
空気すら支配する憐憫とは、こんな魔法を撒き散らすのだと知る。
観客席の全員が姿勢を前のめりにして息を呑んでいた。
自分がもし彼女の前に立てばとイメージする。
即判断。
一歩踏み出せば死ぬ。世界が真っ暗になって体の輪郭がどこかに沈んでいく感じ、なのに。
「はは!エンジンかかってきたか?ん!?」
剣を逆手にかざしたご主人様はいつもどうり笑っていた。
ダメだと思った。そんな悠長に構えていてはいけないなんて、事を告げようとした唇を噛み締める。
「…………」
[よく耐えた]
「俺たちが口を挟む時じゃないにしろ、大丈夫っすよ。どんな場所であれご主人様はご主人様っすから」
ふと、そんなことを言い出したライオットを号令につま先で前跳するご主人様。
複雑な読み合いなく。
幻想した桜が舞い落ちる中で、両者が剣と剣を弾き合い続ける。
こちらからは見えない速度だ。
一合したと思えば、連なるように再度二撃が終わっており、さらに順序の崩れたやり取りは加速していく。
ライオットはまぁ焦ってるんすかね?と巫女の方を見た。
恐らく最初に繰り出した最速の三撃で、再び剣を折るつもりだったのだろう。
しかし、その一切が刈り取られた。
おまけに初動を取らせる余裕を作らせない距離まで肉薄されている。
――――五感は世界の解像度を上げる為にある。
魔力による身体強化は歴史が深く、超越的な五感を得ようとしてきた輩は数え切れないほど。
だがどれも不正解に終わる。
千の針に穴を通す繊細な魔力操作技術は前提。
人間の脳でいかしにてその処理を行うか。
課題に人類は明け暮れる。
よくて半径三メートル、偉人として崇められる者でも五十メートル内を頭に焼き付けるのが積の山。
圧倒的な難易度。
天からの授かり物とて扱い切れないものばかり。
検討もつかぬ到着点。
訪れる種としての限界。
だが。
彼は齢5歳でその異技を成し遂げていた。魔力も使わず、素の肉体で成し遂げてしまった。
ならば。
本人がその五感をさらに身体強化で底上げすれば、と思案した瞬間こそ。
人類の記録を塗り替えるかつてない鼓動だったのだろう。
前代未聞。
妖魔“山我美波”が考案し、厄災と謳われる巫女のみが極めた絶世の剣技。
その習得まで残り数秒を切ろうとしていた。
「んー」
その衝撃が皮膚へと伝わり、魔力を司る神経にまでより詳細に響くのだ。
こちらをやや上回る少女の剣速に追いついていく。
威力を左右する足さばきと腰の捻り。
インパクト時の魔力操作。
画面越しでは伝わらない繊細な技術が、より馴染んで伝わってくる。
「!!……ッ」
「なるほどね、なんとなく掴めた」
要は”一拍遅れた剣先”から”視認さえ許さぬ超速”への切り替えだ。
最短距離に適した走り方があるのと同様、剣の振り方については闘技場にて技を盗んできたつもりだった。
しかし魔力の扱い方でも中々変わって来るのだと実感する。
だが。
依然、わからない。間違いなくモロに一撃でもくらえば終わり。集中力が一瞬でも途切れれば即座に仕留められる状況。
だが思考が集中の線を遮る。
”プく”が巫女を救い出し、仲間にすることはできた。しかしあれは彼だからこそできたことだ。僕様はあんなに人に優しくはできない。
彼女に委ねることはできないにせよ、どうにも何故だかこのまま勝つのは違う気がするのだ。
――――僕様は僕様にしかできないことをする。
なにより、死んだ目をした少女を言葉で説得なんて無理である。なら言葉ではなく行動で示せばいい。
――――研ぎ澄まされた動作は巫女の服と剣をふっと揺らす。
僕様はわざと大股で一歩を上げると【しゃりん】何もなかった空間で剣が走る。
残り一回ほどその初動を見たかったのだ。
しかし、今ので完全に学習した。そんな事実を少女が振るう剣を叩き折ったことで証明する。
「お前、本気じゃないだろ」
「………」
「どいつもこいつも、お前のことを星に寵愛された巫女などと讃える。逆にいえばお前はそれしかないんだ。負けたらそれが無くなるぞ? いいのか? 死にたいのか?」
死んだような目が少しだけ見開いている。
この巫女と剣の構えが瓜二つとして重なる中で、僕様は――――――――数歩だけ下がって剣先を床に降ろす。
こんな状態からでも最速を出せるのがこの剣技の強みだ。
なにより堪忍袋の限界である。
試合開始から、どれくらい時間が経ったのかわからない。
体感ではもう10分ほど過ぎていると思うが、実際にはそんなに経っていないのだろう。
僕様は息を長く吐いた後、人形のような少女にこういった。
「まったく、お前を育てた師匠は世界一の愚か者だな。僕様にとって欠片の価値もない人間のことなんてどうでもいいが。顔くらい見てみたいものだ」
ふと世界の音がピタっと止まった気がした。




