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第十四話「力と死と鎖と夢」

 

 黒い仮面を手にしたローブの女性。


 前とは違った、どっかの魔法使いが好みそうな豪奢なローブだ。僕様を振り回してくれた女性はしゃがんでくる。


「あれ? 聞こえてるかな?」


 舌が乾いて口すら動かせない。

 でも、コイツは。

 無視はしたくなかったので。なぜかというと、俺の頬を包むように手を添えてくるので。なにより。ちょっとだけ気になることがあったので。

 

「ん」


 ぼくさまは目を瞑ったままそんなことを言いました。

 何かに支えられることもなく、もっと沈んでいく。中で。何かの映像をミタ。

 泉と。刀と。星と。獣と。

 つまらないような星に愛された巫女さんの話だ。


「関 ない。ど かいけ」

 

 どんどんどんどん(誰かの涙をミタ)


「私はこれを返しに    だよ。   らないなら うけど、どう  ?」


 |どんどんどんどん《いずれ世界を別つ少女をミタ》。

 

「 がう。お前に言 たわ   ない」


 |どんどんどんどん沈んでいく《運命に殺される人をミタ》。

 

 ふと、そんな中で何か。


 暖かいものが口に入った気がした。蜂蜜を飲まされるようでも、体の奥までたらーりと溶かされる感じ。

 しばらくそれをごくごくと飲んでいたら、意識がぼこりと途切れて。

 

「?……………お前、なんでこんなところにいる?」


 僕様は小さな頬を腕で隠した女性に向かってそういった。

 気が付けば鼻先にあの女がいたのだ。

 ここは倉庫に繋がる階段の下で、なによりこの女は僕様の黒い仮面を持っていた。


「…………まあ、まあ」


「…………僕様がそんなことで見逃すと思うか? なにをしていた?」


「君がいずれ辿る道を私が先導したというか。救助」


「意味不明だな。仮面のことか?」


「あ、うん。これ、廊下に落ちてたから、拾ったんだ。なんか屋敷中滅茶苦茶だったからね。ここにいたのは、お酒の神様が、ここにワインがあるって教えてくれたからなんだ」


「そうか…………その神は見捨てた方がいいぞ。ここに酒はない」


「うん。そういうことだから。気にしないでほしいね」


 目元を隠した紫色の髪を指でくるくると弄ぶ女性である。

 ……………コイツと会うなんて厄日だな、いやそもそも、なんでこんなに眠いんだ、僕様は、と思う。

 それに一人言が漏れるくらいに意識が軟状である。

 

「あ、そういえば…………」

 

 小さい頃は一週間徹夜してもコーヒーなしでぴんぴんしていたものだが、と五感レーダーで屋敷内を探る僕様。

 仮面がないのでイレイナの脅威度がアップしている。すると、


「…………お?」


 瞬間的に流れたダンスホールの光景に声が漏れた。

 紅い髪を下げた貴族の御曹司が「私と結婚して頂けないでしょうか」なんて歯の浮かれた発言をするのだ。

 しかも、何をはき違えたのか相手は”あの馬鹿”なのだ。


「…………あ、あはは、お戯れを」

「いえ。本気です。バイオリンを引く貴方の姿に、心から見惚れました。僕はバートン・オーフェンと言います。貴方のお名前は…………?」


 皆の喧騒が花吹雪のように二人を隠しており、アリス本人はというと汗をかいて苦笑している。

 肝心のスターリーは満面の笑みで跳ねまわっていた。

 他の貴族は数人ほど気づいているが、演奏者のところまで乗り込んできた少年を見逃していいのだろうか。


「わ、私はアリスと申します」

「…………? 失礼ですが、家柄は?」

「いえ。私は平民ですので。」

 

 家柄は持ちませんと、加えるアリスだ。

 その言葉を静止するように強く少年の手がアリスを引っ張る。ゆえに、雨のような賞賛の音が一色変わっていく。


「父上!!! ネズミが潜んでおりました!!!」


 英雄面をした少年を先頭として………………ドミノみたいに一度の号令でダンスホールがざわめいていくのだ。

 目を見開くほどの衝動で思わず立ち上がる。

 死んだような細胞はそれすら許さずに、ホールの状況を聞く権利だけを見せびらかしてきた。


「? どうしましたの?」

「ネズミだと」

「平民か。四大貴族であるスターリー様の会場に、なんて場違いな…………」

「つまみ出した方がいいか? いやしかし」


 もっとも、アリスが周囲の意見に対して目を閉じることはない。

 だが腕を引っ張る力が余りにも強いのか。

 傾斜を降ろされていく最中、カタリと落ちたバイオリンへと飛びついた。しかし引っ張られているせいで変な体勢になっている。


「っ、暴れるな!!!」

「あれは私の一番大切なものです!!!」

「………ああ…………ふふ、そうか。貴様。勘違いしているようだな」


 青髪の少年は声を酷く荒げるが動悸はそれを証明していない。

 街で見るような少年が初恋に胸を高鳴らせるアレだ。

 嫌な予感に息が止まりつつも、アリスを抱き寄せた少年はこんなことを言った。


「父上。この者の処罰を私に一任して頂けないでしょうか? 詳しくいえば、奴隷に!」


 僕様は斑点で埋まっていく意識の中、過去一番に静かな猛火を抱えて動く。

 だが指の神経すら取り外された感じ。 

 剣を、水球を、鎖を生み出すことすら許されず、瞼なんて大地を持ち上げるような無謀感。


 ただ女性の目線と閉じた瞼が合うだけだった。


「……………ねえ。問題?」


 たった、一言。

 まるで僕様の表情を越えた心情を読み取ったように、ローブの女性はそんなことを口にした。

 暗い瞳で真っすぐにこちらを見据えている。


「私なら解決できるけど、どうする?」

  

 日常の仕草のようにローブを張らせた豊かな胸を抱きしめている。 

 とうに答えなんて知っているだと思う。

 僕様の少し開かれた瞳を見ると、ゆっくりと耳元に顔を寄せてくるのだから。

 

「――――噛んで。内出血するくらい。もう、前のは消えちゃいそうでさ」

 

 …………もしコイツが貴族なら、誓約婚約に関することだろうか。

 僕様は怪しむ素振りすらできずにただ強く、全身全霊で女性の晒された首元に喰らい付いた。

 甘く柔らかい首筋に歯がずぶずぶ入っていく感覚がする。


「ウ”ァ”…………はぁ。ぁぁふふふ。一石。二鳥ってやつかな」

 

 沈んでいた体がリセットされたように浮かび上がる中、ローブの女性はそんなことを言っていた。

 何を鳥として例えているのかは知らないが。

 胸元からヘソの下まで体重を乗せてくる女性が離れるまで、とにかく情報を集める。すると、心底ため息をつくようにこういった貴族だ。


「…………許可する。お前の好きにしろ」

「はい!父上!!」


 しばらく時間が経っているので何かしら事が進んでいたと思ったが、やはりことは悪い方向に進みそうだ。


 まだ、実行はされていない。

 

 父上と巫女さんは厳しい顔をしながら何か話あってる。

 イレイナとシュレイドは大樹について触れ、ライオットは廊下で尋問中だった。

 外にいるアラスカは鼻を地面にこすりつけて犬みたいに歩いていたが。


「はい、いいよ」


 僕様はその合図と共に回復した意識をフルで回した。すると、青髪の少年の頬を裏拳でぶっ飛ばしているではないか。

 自力で転移したわけではないが目の前にその顔があったので、つい。


「え?」


 僕様が倒れかけるアリスを抱き抱えた最中、頬を酷くへこませた少年が床に転がり落ちる。

 当然ながら何が起きたのかと会場の音が止んだ。

 つい悪戯心に油を注がれるような空気に腹がよじれて、笑みがあふれ出してくる。

 

「くくく、はははははははははは!! あはははははははははははははははは!!!! 一発か!!! はははははは、流石僕様!!」

「ご主人、様」

「お前はここにいろ。僕様がなんとかしてやる」


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