第十二話「憐れな哀れな子猫ちゃん、貴方のおうちはどこですか」
…………風圧の壁が仮面越しに叩き下ろされる。
だがそれは気にしなくていい。
骨すら粉砕するほどの風圧は切り裂いている。
しかし間髪入れず背骨に触れかけていた大盾だ。
金属音が意識より遅れて駆けた感じ。
重たい火花が背中越しの剣から噴出していく。
そのまま、体重を移動させるのではく膝と共に落とした。
くるっと持ち方を反転させ、魔力を集中させた剣の先端は黒騎士の首を通したのだ。
相手からの速度すら乗せた極速の一撃。
しかし、どうしてか背面で走らせた鉄板は弾かれていた。
「ちょ、おま」「貴様、邪魔、」
理由は簡単。
ラキラスが切り上げたナイフの軌跡、それが僕様が放った必殺の側面を叩いていたからである。
すかさず黒い鉄足が大理石にめり込んだ。
構えた右黒腕の下で、ふっと静かに放たれたデコピンから身を翻す。
地震みたいな衝撃はあっけなく、建物の奥まで崩れを走らせるのである。
なんて有り余る膂力と速度。
すかさず投げつけられた人影に巻き込まれ、みぞおちから空気が吐き出される感覚がした。
猛スピードで壁と背中が激突する僕様とアラスカ。
後からジンジンと背中全体が深く火傷したように痛む。
満足に息ができず、奴の足元から蠢くように咲き誇った黒花がこちらに迫り来るのだ。
軍隊アリみたいな得体のしれない不気味さが背を走った。
「っ、邪魔だ邪魔だ!邪魔なの!超邪魔!!」
「狭いのだ!貴様もその変な剣技を止めろ!!」
時間にして三秒。
久しぶりの負傷。
まともに防御していれば体は弾け飛ぶだろう。あの花もきっと何か意味がある。部屋での連携はまぐれ。
今も下手に魔法を使えばどうなるか。先人的知恵はない。
だが――――退く考えは僕様らしくない。
一歩踏み込んで立ち上がる。
すると、廊下の奥でこちらに曲げた指先を向けていた黒騎士。
まるで狙撃の構えだなと思うより早く、体は動いていた。
既に放たれていた風圧の弾からラキラスを蹴っ飛ばしたのだ。風圧に直撃した体に、”透明な壁”が奥底まで破壊を響かせてくる。
「…………、こほッごほっ」
血の味が口いっぱいに広がり――――――容赦ない爆発音に合わせ跳んだ。
《《外では》》黒花と火花の群れが庭の芝生を越え、この建物の外壁を越え、屋上すら螺旋状に覆っていたのだ。
テンポを上げるピアノのような速度で爆ぜていく。
背中から感じる風に備える為、鎖の壁を防壁として展開した束の間だ。
全階を囲む外装が解体工事の如く粉砕された。
外から廊下がまる視えになったのだ。
ホールの人々は気づくことはない。
違和感を感じている者もおらず。
意識の漏れがピアノの旋律を拾っていく。
俯いたまま少し咳き込むが、奴に文句垂れさせる気はない。
「っ、走れ!!」「わかっている!!」
今はアラスカが黒騎士を体術で翻弄してくれている。
ふと黒騎士の目前に彼が現れたと思えば、――――瞬時に背後から脚払いをかました。
それと頭部に踵を落とすが単なる時間稼ぎ。
またアラスカの本体は膨らみ縮む分身を駆使して、なんとか単独で黒騎士と渡りあっている。
周囲への配慮がない点がなんだか愉快に思えた。
「く、くははははははははははははは…………」
そうだ笑っちまえ。
………………肺がかなり損傷している。高度な治癒魔法を使えればよかったけど、いや、僕様がこの程度で負けるか。天才なんだぞ。
全速力で――――遥か遠くの距離を詰めていく。
汗をかきながら息をするも満足に体を動かせない。
だが脳内ではダンスホールの音楽がずっと流れていた。おぞましい速度で領地を広げる黒花の群れが目と鼻の先なのに、だ。
アラスカは黒騎士の対処で精一杯。
つまるところ「っ、手を」今の僕様たちでこれをくぐり抜けるしかないのだ。
走りながら「手を離せ!」鎖を8本と贅沢に構えた。
その先端は黒く尖り、貧相な見た目以上に石材すら通すほど。
ただ鋭い。
飛び「くそ、」跳ね「うわっ」舞うような挙動を抉らず離れずの距離調整。僕様とラキラスより三倍速く鎖自身を迸るよう「ええい回すっ、な!」操作するのだ。
まったく骨が折れる。
下手すれば黒花だけでなくこちらの血肉も散るのだから。
ゆえに笑う。
つま先で走るようにテンポを速めるピアノの旋律。
踊るような足さばきとバレエのような移動で、脳内の音楽に合わせて廊下を疾走していく。
いや、手を取ってそうさせているのだが。
「ほら、遅いぞ!!踊れないのかお前!」
「なんだと!!?」
僕様たちのダンスに合わせて8本の鎖は追随する。
決して速度は落とさず、しかし自分とラキラスの肉は削がないよう専心。指先でも下手に動かすだけで致命傷になる状況だ。
さらに頭上から降り注ぐ銀の雨。
黒装束の男たちが刺しにくる。
天井を強引に破ったのだ。
黒い花はそれすら病的に蝕み、繁殖の空橋としてくる。
ふとダンスホールで踊る貴族諸君が頭をよぎった。
「こんな機会ないぞ!! もっと楽しめはははははははははは!!」
「変人め!」
「くくはははは!!僕様は天才を越えた超ッ天才だからな!!」
尚更、痛いほど強く地面を蹴る。
安全圏など元からない。
五感をフル回転させて最適解を導き出しながら、周囲で咲き荒れる黒花の群れを亡き者とし、体に触れるであろう順から鎖で削り取る。
それと弄ぶように取り出したナイフを並べていた。
僕様にリードされてコマ回りするラキラスから盗んだのだ。まるでマジシャンのように一本のナイフを三本に増やす僕様。
脳内にて響き渡る演奏もラストスパート。
足さばきに沿うように全てが移動する。
「っ!」「ええい!」
鎖の躍動によって開かれた穴に向かって――――ラキラスを全力でぶん投げた。
黒騎士を殺すならこの一瞬だろう。
自らに近づく害敵を打ち落とす為、黒騎士がアラスカを横目に《《指》》を構える。
もっとも、それが叶う道理などないが。
「――――」
伸ばした黒腕を真下から蹴り上げるアラスカ。
腕の支配権が消え、目まぐるしい速度で飛来したラキラスが黒騎士の目玉を貫いた。
無茶苦茶な勢いなだけあって着地のブレーキは効いてない。
「っ、投げすぎだくそったれ!」
すると左腕から三枚の舌をべろりと出した黒騎士である。
爛れた涎は大理石を溶かし、左腕に備わった狂犬の口を以って喰らおうと踏み出す。
そしてアラスカの援護が入るより早く、体制を変えた。
捨て身になり切った前傾姿勢で跳躍する。
間もなく黒騎士の背中が爆ぜるように衝撃が走り、空に上がった三本のナイフを手にして翻した。
その最中、残りの眼球に二つのナイフを突き刺すのである。
心臓が悪い意味で跳ね上がるような選択だった。
相手の頭上にておよそ六合、迎撃の為に振るわれた手をナイフで弾いた。掴もうとされれば反らし、指の溜めは見逃さず切る。
息を忘れて感覚のまま応合するのだ。
どんな大樹も繊維に沿えば切り込めるが如く。
黒い首元に投げつけヒビを走らせた鉄剣。
すると、しなった鎖で自分を弾き飛来してくる仮面の少年――――――自分で自分を弾く馬鹿がいるか!とラキラスは思った。
時間の感覚がずれていく。
長らく死の予感に触れすぎたのだ。
めまぐるしく思考が変化して、息をすることすら確認を取る必要がある。だからこそ、ラキラスは笑うのである。
「く、」
そんな情けない思いはあの少年に負ける一因だから。
お互い、動きの初動さえ許さぬ一手。
絶殺の意を汲んだ黒い花を燃やし尽くす火花の畑。ナイフと合体した異形の魚。
床が隆起するように幾重もの鎖が備え。
「―――――」
上下左右。
同時。
爆ぜ、斬り、貫き、抉り。
周囲を視認するための動作が生んだ隙を通し、あらゆる方向から黒騎士の八割をこの世から消し去ったのだ。
「よし、ははっ。流石僕様!超天才を越えた称号もいるか!!?」
「貴様一人で舞い上がるな……! 次だ!」
「…………」
ダンスホールにて演奏の一章は終わりを告げていた。
円形の内壁が開き、金粉がシャワーのように踊者へと降り注いでいく。
その最中。
不意に黒騎士の残った欠片が液体状に溶け―――――心の凪に水滴を落とすような、知らないオルゴールを奏でだす。
共に周囲を満たす黒霧。
そして。
頭がぼやけて。
純白の鎖がじわじわと腐っていく妙な感覚が、しタ。
((((((((((((((((((((((((((
このオルゴールの音は聞いたことがない。
ただ誰か、歌を歌ってる気がした。
ゆりかごを揺らすように優しく。
どんな楽器よりも心地よくて。
暖かな光が差し込む。
その中で笑顔を咲かせた人がいた。
閉じない瞳。
祈ったことがある。
誰かに。神様に。
開かない扉に。
もっと大きくなったよ。色んな人を助けたよ。貴方が誇れる息子になれたよ。
貴方が、母親でよかったよ。
ずっと言いたいことがあった。
なら何故お前はここにいるのか。
また背中にガラスを生やしたいのか。
子供の泣き声がした。
歌声だけが頼りだった。
血を見た。
空を見た。
晴れた、桜が散る空。
世界はいつもどうり。
そう。本当は誰も、お前なんて見てないのだから。
。之もお前は忘れるの・でショウ、
一万枚の写真が脳みそへと一気に送られる感じ。
閉じた瞼をぎゅっと指で押したときのよう。
しばらく五感が色を失って、世界が真っ黒に染まったみたい。。
でも、ココロも体も断然絶好調だ。
あと数秒で戻る筈だ。
そんな心の声すらあっけなく掻き消されて、無意識に何億回も鎖の音が脳内で響き渡った気がした。
何を見たのかも思い出せない。
何をしていたのかも忘れていく。
のぼせたことはないのだが、思考することすら難しくなっていく。ただ鎖だけが何もかもを縛り付けている気がして。
「っぷは、ㇵーーー」
不意に聞こえた呟きに吹き飛んだ一切の雑念。
ステージの裏でも影の中でも鮮明に輝いた金髪。艶を束ねたそれは三つ編みにされ、うなじをさらけだしている。
何か無意識下で進んでいた事項がぱっと消えた感じ。
白いドレスと細い腕に抱きしめたバイオリンも。
その腑抜けた小さな顔も。
光なんてない暗闇の中でさえ、その少女の姿は。
「っ、」
心象を詮索するのは今ではない。
なぜなら、既に攻撃は放たれている。
眼前に迫り。
仮面を割り。
眼球に触れ。
波を模した漆黒の剣が流れる様に―――――――――――、




