第十一話「僕様ディザスター・ワンリミッター」
現状は異変の一言だ。
まずこの男。魔女の月に所属しているのは一目瞭然。
だが問題はそこではなく、
肉体の強さと魔法の強さが比例していないのだ。
――――魔女の使徒に属する”幹部”には魔法が授けられる。
送り主は月面にて封印されている魔女本人から。
しかし、力の譲渡には制約があった。
ゆえに原作では幹部クラスにしか、このような破格な魔法を与えることはなかったのだ。
現実はそれを否定しているけど、と胸の違和感を瞳で深く捜索する。
高性能かつ40を超える数の鏡体魔法。
まるで偉人が扱うような大魔法だ。
今は身体強化すらおぼつかない雑魚が増えるだけだが、下っ端構成員に与えるには惜しい魔法なのだ。
「は、ははは」
と………………床に倒れて血生臭くなった口で笑ったおっさん。
「――――あ。はあ、ははッ。くそ。終わりか」
「分身の貴殿は早々と消えるがいい」
「は、はは。ははは、阿保ぬかせ。ここら”全部”が”俺”だ。人形なんかと一緒にすんな。”俺”は”俺”なんだよ。ったく、」
裂かれた肺に血が溜まっているのか、おっさんは顔を激痛に歪めてこういった。
「てめえ等、全員”俺”にぶち殺されちまえ」
とてつもない執念が籠った声を最後に息絶えた魔女の使徒。
指は寸とも動かない。
死して尚、うすら笑みを張り付けた男に「なるほど。これは失礼なことをしたな」アラスカは結んだ長髪を切って落とした。
「…………貴様、さっきからその動きはなんだ」
「癖。いいクラシックの音楽には体がつられるんだ」
「…………変人め。血の滴る音以外、音楽も何も聞こえないだろう」
さて、ここまで派手にして父上やスターリーが飛んでこない理由がわかった。
外界からの認識を完全に絶つ結界が張られている。
現在地、上階の四か所、地下、外部。
計七か所。
粒子で構成される世界図に紛れたその外格を捉えていた。正直、瞳を戦闘に使わないと時間がかかる案件だ。
「では行くとしよう」
うなじにかかる髪をあさひもで結び直すアラスカ。
僕様は五感センサーを建物の全域まで広げた後、出入口のドアから廊下に出る。
…………なんかお酒で酔ったような気分だ。
五感の精度にムラがある最中、近くのドアから同じく出てきたアラスカである。
「あの男の魔法……かつて魔族の大集落を滅ぼした英雄ヴァルナーガのようだ」
すかさず廊下を埋め尽くすほどの分身の波が迫る。
鉄製の剣に黒装束。
奴らは全身から活力をみなぎらせて本能のままに叫んでいる。それに本体を無力化しなければ、このループは続くという確信。
「…………下だな」
怪しげな赫光を発する両目で、分身の一体から本体への繋がりを線にして示す。
また手には鉄剣を持つイメージ。
先ほどから泥のような道しるべが地下までつながっていたのだ。
そこまで行くには障害が多すぎるが。
「お!」「やや?」
また開かれたドアの隙間から廊下へと大量の紙が雪崩れ込んだ。
アラスカの袖から聞こえていた紙の正体である。
怒涛に押し寄せる人波が紙に触れた瞬間、投げつけられたライターを起爆剤にそれらが虹色に燃え広がった。
阿鼻叫喚の嵐なんてない。
終わりでもなく、さきほど部屋で暴れ回った海洋生物が廊下を旋回した。それはゆっくりと。
ただ死を待つだけの魂を眺める死神のように。
風化した遺跡を体に生やした子クジラの群れが、敵の肉をえぐる。
彼らの食事のタイミングなんてわからない。
幽霊のように現れて、敵の死角から襲っていく海洋生物たち。
豪華な廊下は今や幽霊水族館だ。
その自然と生まれた隙間を通って歩いていく。
正直、あまり落ち着けない。
虹色に燃えながらも枯れ木みたいな手を伸ばす個体もいる。濃密な殺意を向けられるのは別にいい、でも。
それがなんだか頭に引っかかる動作だったからか。
「どうしますか?」
「ここに潜伏する結界師も上手だな。おそらく結界内の音も色も外界からは隔離されておる。某は分身故、これ以上手足を増やすことは叶わんが。実際に足を運ぶしかないな」
「ま、待ってください! 貴方が分身なら、本体はどこで何を?」
「本体は外。くせ者と戦闘中である」
「……………………ツぁーーはやく言って頂きたい! 呑気に話をしている場合ではなかったでしょう!!?」
…………今現在、五感の景色に加えて瞳の効果も上乗せしている。だから、人間には見えない空気の膜だって視覚化できた。
それと”あの馬鹿”は無事である。
体が抜け殻になるほど集中して見つけたのだ。
ダンスホールの舞台裏で待機していて、指先がかたかたと震えている。
僕様は少女の頬に当たる位置にミニサイズの水球を生み出した。
バイオリンを抱きしめてびくっと跳ねるアリス。
今もイレイナはダンスホールから抜け出そうと画策しており、ライオットはその目つけ役だ。
シュレイドは両親の護衛についている。
その父上と母上はダンスホールにて仕事中、和服の貴族と話をしていたのだ。対面している少女は誰だろう。
いや、見覚えがある。
星に愛された存在を思い出したばかりだろう。
和服の腰には見覚えのある刀を装着していた。
……………………よし、早く終わりそうだ。
英雄もいつでも出れる。何かと嫌な予感があるのか、父上は浮かない顔をしている。
その予感を現実にするように建物内・外の結界を崩壊させた。僕様の瞳で強引に割り切ったのだ。
故に、結界を張った本人は僅かなりとも疑念を抱く。
そもそも空気に混じった結界なんてものは、空間そのものを死滅させる以外に方法はない。
だがそうすれば他の被害も出てくる。
では簡単な問題だ。
死滅させた後に戻せばいいのだ。結界以外を全て。そういうふうにイメージした。
「?? ないな。帰ったか?」
この建物内でわずかな動揺をターゲットにするが、見当たらないのだ。
…………なるべく、術者は遠隔で殺したかったが仕方ない。
結界を張った術者はこの場にはいないのだろう。
そんなことを思いながら、不意に外から爆音が響いたのにはびっくりした。
「……! おい。お前の本体と戦ってるのはなんだ?」
音源を辿り、結界で隠された光景が脳内で広がる。
見慣れない騎士が居た。
何か原作では起こり得なかったアクシデントでも起こったのだろうか。
まったく、”魔女の使徒”のすることはいつだって理解の範囲外である。
「本体と死闘を繰り広げておるのは黒騎士だ」
「…………、まずは結界をなんとかしましょう。兵士どもが動かない理由がそれなら、増援も呼べない」
「いや。そうならよかったが。アレは代えのきくものであったか」
音もなく、廊下の果てに血を全身に塗りたくった黒騎士がいた。
人間サイズの鉄製の兜はひしゃげ、足には長い髪が絡みついており、異形の化け物は無意識に死体を運んでいる。
息する間もなく、殺意が全身に冴えわたった。
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「料理をする時間ってのはとっても大事だと思うんだ」
美味い料理はいい人生をつくる。
だが渾身の一皿にするにはいい材料が必要不可欠だ。
そして、その材料は簡単な調理法では従ってはくれない。
「まずは下味をつくる」
ダンスホール近くの調理台に立つ男は〇肉を焼いていた。
シェフたちが虚ろな目で食器と席を運んでいく中、「机の角をやすりで削っといて。子供の頭に当たると危ないから」指示は欠かさず作業の手も止めないのだ。
「お前、その肉も客に出すのか?」
調理台の出入口には茶髪の男と金髪の少女が立ち往生している。
《《まさか、これは僕のさ》》、と加える角剃りの男。
すると、遠くを見つめて息を吐くように茶髪の男はこう言うのだ。
「にしても下味ねえ。あの【災禍】の。つうかホントにいんのかよ?」
「…………異様な魔力だから、すぐにわかる」
「なにより彼の前に立てば自ずと気づく。12年前の赤ん坊はもう”使い方”を覚えている。なんなら同じ建物の中にいる時点で僕らの首スレスレのライン」
手元の肉をフランベした後はハーブを入れて蓋をする。
ポケットから取り出した保存容器には、人間の腸がぎっしりと詰まっていた。
清潔感は大事なので懇切丁寧に汚れは取り除いてある。
「…………そういえば結界、壊された。全部」
「ぅおお、まじか!」
「は~~~素晴らしい。やはり規格外だ。またダンスホールを囲う壁が例え完全防音でも関係な…………あ。さっきまで君たちどこにいたの?」
これは塩漬けにしようと調理器具を取り出す。
だが厭な予感が拭えない。
久しぶりに良質なモノが手に入ったのだが、同僚の呑気な返事には頭が痛くなってくるのである。
「ダンスホール」
「…………魔女様の観察ついでに踊ってた。でも魔女様すぐ消える」
まったく、動揺したら【災禍】がすっ飛んでくるというのに。一体全体どうしてこんなにもマイペースなのだろうか。
「君たちさあ………まあ、終わったことだからいいけど。危機感を多少持ってくれると助かるよ」
たしかに”魔女の使徒”に属する者たちの情報は出回ってないけれど。
「魔女様曰く、災禍は神様の世界からきたんだ。僕たちの顔を知っている可能性がある。最悪、居場所がばれれば積み上げてきた下味が台無しだ」
「ははっ、ひやひやすんな~」
「…………それに結構、黒騎士に苦戦してるみたいだし。楽しくなれば気づかれることもない」




