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第十話「殺戮音頭レベルMAX」

 

 

 この一瞬で気づく者はいない。  


 故に、戦慄が走るのは既に待ち構えていた攻撃が放たれた瞬間である。空気を裂くようにうなり走る鎖が、一秒間に八回その体を巻き付けた。


「……」


 天井に張った光球がキリキリと悲鳴を上げる。

 下手な肉が裂けるほどの速度で鎖は迸った。

 それを掴んでいた人影が勢いに任せて、黒騎士の腹に足を捻じり込むのだ。


 しかし地面を蹴ったように跳ね返る重さ。


 一撃放てば重力に身を奪われるだけだが、空中に出された四体の分身がその追撃を可能にしていく。


「む」


 僥倖としてダンスホールで踊る子供たちは気づいていない。

 本体は敵の首元を掴む。

 すると三体の分身がロープのように絡みつき、最終尾の分身が外側に放り投げた。

 無論、単なる分身ではこんな膂力は引き出せない。

 

 三体の分身分の筋肉が一点に収束するように、腕が三倍膨らんだ最後尾の分身は有り余るほどの膂力を吐き出す。

 黒騎士の体がビュンっと放たれた矢のようにブレる。すかさず、


「【湖鏡】」


 ホールの壁を突き破ることなくぬめりと透過した。

 都市を見渡すことが出来る展望台、()()()()()()()()()()()。そこから地面に敷かれた芝生へと急降下していった。


 男は瞬きもしない。

 ただ一挙手一投足を今、鎖で身動きがとれない化け物を殺すための最善手を繰り出す。

 分厚い首を掴んだ手。

 その自らの肉と鎧の間で鋼鉄すら弾き飛ばす大爆発が起こった。

 

 ただの一回や二十ではなく百を超える連続爆破。


 意識すら追い越す速度で化物を下敷きにしつつ芝生へと大着陸するのだ。


 それらの反動で手の平は醜く爛れる。


 焼け傷は骨までジクジクと激痛を促した。常人ならば阿鼻叫喚に陥るのが通例だ。

 しかし男の頭の中は”いかにして殺すか”の一問のみ。


 断じて痛みがないわけではない。


 すると着地のクレーターから吹き荒れる芝生の塵。再び術を行使する間もなく、噴出された黒い霧から退避した。

 正直、痛みよりもただ不気味で仕方ないのだ。


「………なるほど、玉鋼より強固だな。其方の体はモグラ叩きに便利そうだ」


 思考を整えるため軽口を叩くも、まったく吐き気は収まらない。

 なにより攻勢は終わりだ。

 体から吹きだした黒煙を纏ったと見るや、鎖から脱しよった。全身を一度だけ液体化したのだろう。

 べたべたと足先から滴る黒液がそれを告げていた。

 

「はてさて、爆砕の術を直に百と施してもなおその活力。どの文献にも乗らぬ出で立ち。

  命の風もなしに生きているのか?

  お主は死んでいるのか?…………いやなるほど参った」


 吹き荒れる土煙が晴れる頃、対峙する。

 

「言の葉は不要であるか」


 両者、強く踏み込んだ一歩で離れた距離をなくした。

 黒い死臭と赤い破裂痕が辺りに咲き誇っていく。まるで相手よりもより強く有れというように。

 

(((((((((((((((((((((((((((((((((((((


 四方の壁や本棚に囲まれたこの部屋。窓は一つでドアは二つ。

 おまけに天井が高いので、ゆっくり寝ようと思えば寝られる状況なのですが。


「ちっとは、落ち着けよ坊主」

「間違いなく先手は打たれてる…………くそ、こんなこと初めてだ。下手な盗賊集団じゃない。魔女の使徒か。それとも貴族の中に。いや部屋にもう……」


 そそくさと部屋を歩き回るラキラスは制止なんて聞き入れない。

 おっさんは困ったように頭をかいた後、背負った大剣を懇切丁寧に磨いていた。

 …………さて。

 どうにも先ほど仕掛けたあみに何かが引っかかったようだ。すぐさま立ち上がろうとして、部屋にある視線を一気に向けられる僕様。


「…………」

「………………貴様、何分前からここにいる?」

「数えてない。僕様はここでずっと寝てる」 


 とにかく、面倒なので仮眠は続けたままにしておく。

 なんということか、魔法による接触でも効果は切れるらしい。そんな設定はなかった筈だが現はこうである。

 すると息を潜めるラキラスが何らかの確証を得ているのはわかった。


「やや、」


 間もなく…………………ドアを開いてゆっくり歩いてくる和服の男性。


 既に五感センサーが捉えていたので目を見開くことはない。


「かの鎖の根源を辿ってみれば、よもや貴殿だったとは」


 仮面の向こう側で聞き覚えのある声がした。

 といっても前世は画面越し、生で聞くと臨場感があって狸寝入りが崩れかける。

 だが先ほどから堪忍袋が切れたラキラスが早口でこういった。

 

「アラスカ殿も来た。先ほどから感じていた歪な魔力は貴様のモノだったとはな」


 勝手はできんぞ、と加えるラキラス。 

 ぼんやりとだが彼が言いたいことはわかった。現場の証拠と疑念を照らし合わせた結果だろう。

 どうにも僕様の雲行きが怪しい。

 ただ、矢継ぎ早に流れてくる情報の処理で反応する気は萎えている。

 

「貴様なんだろう! 裏切り者は!!」


 僕様から目は離さず懐に手を入れるラキラス。

 それはそうとして、やはりそうか。

 確信を以った敵意が向けられる最中、腰を下げるアラスカは空気を読まずにこういった。

 

「先日の値踏んだ視線。貴殿を不快にさせてしまったと聞く」


 廊下側の壁から刃先が幾つも生えてくる。

 不規則な天井の切れ目からも同様に、同じ金属でできた刃先が押し込まれる音がした。

 からん、と大きな剣を持ち上げる塵同然の息遣い。

 ラキラスの背に立つ冒険者が、磨き上げた大剣を振り下ろそうとしていた。


「申し分けなかった」


 そのセリフが終わる刹那、部屋の景色は目まぐるしく変化した。

 天井からも、廊下側からも。

 まるで容器を埋め尽くす水の如き集団が壁を突き破り、一斉にして剣を振るうことなく《《終わりを迎えていた》》のだから。


 ――――圧倒的な初速と膂力で三者三様に敵を蹂躙する。

 

 天井と部屋を縦横無尽に貫く長蛇の鎖、腹から背骨ごと弾け跳ばす火花の群れ、遺跡の一部と混合した海洋生物が何十と食い破る。

 お互いに何の合図もなく放たれた魔法を掻い潜り、取りこぼした残党を抵抗する間も与えず殺していた。

 片手剣で、体術で、ナイフで――――

 

 ラキラスは自らの背後を斬りかかる大人に動揺して…………くそ、二テンポ遅れた!!……………粗雑な足に対して歯を食いしばっている。 

 推理の勘違いという後味の悪さもあった。

 すれ違いざまに仮面の少年が斬らなければ、確実に背後の男から致命傷を貰っていただろう。


「…………」


 なによりラキラスは自分自身の速度には自信があった。

 

 12歳でも大人の地場に対抗できる。


 誰よりも時間は有効活用してきたハズだ。


 かつて入学していた王都学園では無類の強さを誇っていた。しかし息は上がるし、連戦なんて正直まだキツイ。

 

 あの四大貴族の護衛についていた和服の男はまだわかる。


 年季が違う。場数が違う。


 だから、まだ許容できた。

 

 でもこの少年は違う。

 

 仕留めた数を比較すると段違いで奴の方が上だ。

 充満する血の匂いがこめかみを痛める。命のやり取りに全力投球した心臓が鳴り響く。

 しかし、奴は血を被らざるを得ない状況で喉元一つ動かさない。


 ハッキリいって異常だった。


 一体、どんな経験をすればそんな精神状態になるのだろうか。いや、そもそもこの仮面をした少年は正気なのか。

 そんな疑問なんて、湧き出てくる悔しみに呑まれていくのだが。


「俺は同じ失敗はせん。次は憶えていろ、貴様」

「そうか。僕様はお前のような奴を見ていると、謝罪ができる自分がより素晴らしく思えてくる」

「…………………疑って悪かった…………」

 

 吐き捨てられる言葉に口がふさがらない僕様。

 あれほど傲慢を貫いていた悪役が謝罪を口にしたのだ。これが本来の彼の性格なのか、それとも、原作開始までに何か起点あったのか。


「……………気持ち悪い」


 どちらにせよ出た言葉がそれだった。

 自分の中では相手はゲームキャラであるが、予測不能すぎてちょっと怖くなってきたのだ。

 それはそれとして戦闘の終わりと同時に目は開く(現状把握)

 

「っ、貴様、いつか殺す」

 

 すると鎖に絡まった死体が床にどさどさと山と落ちる。

 天井の明かりが消えた部屋で、床に散らばった死体を避けて出入口に向かう。

 ある程度の情報を会得して………………変だなと僕様は思った。


 別に敵襲云々は幼い頃から慣れている。

 特筆すべきことではない。

 ただ、ラキラスの背へと大剣を振り上げていたおっさん含め。黒装束の連中はみな同じ顔で同じ体格だ。

 悩ましいのはどこもかしこも血で塗りたくられていること。


「……んー。全部本物かー」


 ふと頭の中で響き渡るダンスホールの演奏に体が持ってかれた。

 かるく指先でスナップする。

 腰をわずかに下げて、円を描くように足先を滑らせる。靴を深く履くように足先を床に叩きつけた。

 やはりこの癖はいずれ直さないと、である。


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