第九話「はっちゃけ三日徹夜ボーイ」
星歴453年 1月26日
「冒険者の方はこちらの部屋へ」
僕様は白い大理石の上を歩きながら日記に筆を走らせている。
寝不足故、あくびがでるが気にしない。
ここが何処だろうと僕様の服装からして『異質』なので問題はありません。
「……」
さて、まずここまで何があったか振り返ってみよう。
アリスを乗せた馬車が到着するまでの三日間、僕様はまったく休むことができなかった。
理由は簡単だ。十分に支度を整える金がない。
冒険者ギルドに貯めておいた財宝はもぬけの殻になっているだろうし、懐の金は少年の薬代で泡となって消えた。
だから、とにかく冒険者として迷宮で財宝を集めていたのだ。
しかしまるで足りない。
B級冒険者の権利書をチラつかせれば、貴族からの依頼は容易に受けることができた。
だがそれがどうした、という感じでもある。
何度もいうが貴族は芸術家故に品を好むものだ。
おまけに四大貴族様が主催を務める機会、依頼者である紳士的なおじいちゃんに苦言を呈されるわけである。
灰色のローブを着込んだままでは依頼なんて受けられない。
だから立派なスーツを持ってこい。
それなら『瞳』を開いてすぐにイメージすればいいが、忘れてはならない。
ここにはあの冷鬼のイレイナがいるのだ。
故に都市の魔道具屋を訪れて【認識阻害の仮面】を探すのに半日。そしてその仮面を購入するのに二日と半日かかったわけである。
「…………なんて、それならよかったけれども。ふ、ふふ…………」
いやー僕様には新しい趣味にイトマガナイ。
本当はですね、仮面云々は一日と半日でなんとかなりましたとも。
この準備期間は黒猫の体をまさぐるほど簡単なものであり、中々、迷宮潜りも運動がてらとして大歓迎だったのです。どっかーん。
ここの環境も清々しいほど快適で、ローブの女性とか面倒な迷子とかもいないし。
で、面白い問題はその後。
余った時間の大半は扉を開けたり閉めたりしている間に消えていたんですよ。
トイレとか食事とか風呂はちゃんと入るけれども、僕様も何か天才的な閃きがあったのかそういう類の天使がやってきたのか。
それが純度百パーの牛乳瓶のごとき事実。
わたくし、ドアを開けたり閉めたりで一日と半日過ごしてました。
「ふふ、ふはははははははは!!! 天才にもこんな趣味があろうとは………いや天才故か」
とにかく、この仮面は貴族ですら手軽に購入できない超高額の品だ。
ゲームでも値段の迫力が印象的だったが、この狐を模した黒い仮面はかなり使える。
意識を集中させて状況を大雑把に把握していくとしよう。
案の定、パーティー時では煌びやかに装飾するのが奴の主義だ。
内装も外装も黄金の匂いがひしめている。
豪華な服装をした貴族たちが百と弱。各所出入口に配備された護衛の兵士が49。
ホール内の足音が多すぎて土砂降りの雨みたいだ。
「こんちは」
試しに道案内役の兵士さんの前で棒立ちしても総スルー。
また仮面は決して万能ではない。感情の高ぶりや物体の接触にて、存在は影を取り戻すのである。
原作知識はこういった時に役に立つが、見知った原作メンバーは五感センサーにて見当たらず。
あの四大貴族が開くパーティーなのだ。
一人二人は知ってる奴がいると思ったのだが、やはりもうちょい精度を上げるべきだろうか。
「この兵の配置を組んだ本人は誰なのかと問うているのだ!」
…………と。
先ほどから聞こえていた”会話”が”叫び”になったとこで、前にいた兵士と僕様は隣の部屋のドアに耳を傾けた。
「なんだなんだ?」
「お前、気弱な奴だな」
「C級冒険者様の一人か??」
「僕様はB級だけどな。凄いだろ」
「……怒られるのかな、俺? えぇ~やだなぁ」
「本当に声も聞こえないのか」
感情をあまり表出さないように気を付けて声を上げる。
その後にドアから飛び出してきた少年がいなければ、喉が盛り上がっていたかもしれない。
「まて。ダイジョブじゃないかもしれない」
「え? いた、い??? いたいたい……?」
僕様は真面目な声で兵士さんの肩を乱暴に叩いていた。
声も出せないほど体が固くなる兵士さん。
隣の部屋から出てくる黒髪の少年を確認した際、胸の高鳴りが勝手に腕を動かしていたのだ。
…………おわー、はわわわわ。
金の装飾が彩った少年の背格好が脳に焼き付く。
聖職者が掲げる十字架を首に下げ、白いスーツが似合うほどの引き締まった肉体。
腕の袖からは紙と布がこすれる音が漏れ、目は灰色。
「後悔するぞ!! 低能が!!」
…………ぎゃわわわわ。
「臨機応変にならずして兵士が務まるか!! この広大な円形状の建物で、地下に配属された人数が少なすぎる!! 装備も軽量しすぎだ!! 物資や人員に限りがあろうとも、通信機くらいは携帯させろ! それに、この構成も妙だ!! なぜ熟練の兵士を端の四か所に隔離する!!」
神職的な服装に反して狂犬のような顔立ち。表情を歪ませた野生的なイケメンが、兵士にくってかかっている。
あまりの迫力ゆえに相手が子供だろうと兵士も腰を引いていた。
「わ、わたしめに言われましても…………」
「……ほう。そうか。わかったぞ。貴様。貴様か。内通者は。この十字架が見えるか。神の恩情を授かった私に逆らってただで済むと思っているのか?」
「っ…………!! そ、それだけは勘弁を。私には家族が……………!」
急に沸騰して急に冷める声量。まるで相手の弱点を立体的に見つめるような印象的な眼遣い。
間違いなくあれは主人公メンバー…………と敵対していた。
悪役の一人、ラキラス!! 本物だー!!
「まあまあ、落ち着けよ坊主」
「なんだ貴様は」
騒ぎを聞きつけたのか、向こう側の廊下から大柄の男がなだめにくる。
この場でラキラスの忠告に耳を貸す輩はいないが。
…………いや本物だーーーー!!ホンモノ!すごーい!!本編開始一年前だから声変わりが起こってなかったのか??気づかなかった!!
「12年間、夢見てた内の一つが今始まってくるなんて」
また心音に意識を向けるにラキラスは嘘を言っていない。
全力で走って息切れした後みたいな心拍音だ。
力比べ大会で山と聞いた勝利の合図である。
それに今は雇われた者同士。
…………なら信じるてみるか、と自らに問う。
将来、世界の半分を制する魔王国で軍を取り仕切る冷徹極まりない男が仲間でも信じるのか。
ならばラキラスはどんな男か考えてみるとしよう。
まず主人公と敵対するのは、闇に染まった中央大陸に足を運んでから。
彼は気に入らない者は魔族だろうと切り捨て、占領した国の民を甘い言葉で誘導し、息絶えるまで労働に駆り立てた。
下民、
平民、
貴族、
王族、分け隔てはなく。
そのうえ総合的なステータスは魔王に近い。
もしも敵対関係になれば魔物の軍隊を送り込んできたり、100%こちらを殺せる状況を敷いた上で襲いかかってくる。
無論、予告もない。
ただ『旅プく』はリアルタイム性を重視したゲームだ。
なぜ後から拡大する魔王軍を放置する必要があるのだろうか、いやない。
魔王軍が育ち切る前に討伐するのが通である。
しかしラキラスは平凡な倫理観とは無縁の人物。魔王軍が大陸を蹂躙する前はコケの生えた寺院で司祭をしていたし。
表舞台で活躍する前でも、世界そのものに失望していた。
華燭無想。
経緯なんて一切不明。
幼少期も少年期も。
なんで崩れた寺院で司祭をしていたのかも、なにもかも明らかにされていないのである。
「とにかく……張り切らないと」
僕様はしみじみと呟きながら、部屋に用意された椅子に座ってテーブルに足をかける。
現時点の味方であるレイドの言動は信頼に値していい(信頼度72.9%)。
そして会えたのならば最悪につながる線は斬っておきたい。
なにより、ここにはあの馬鹿もいる。
『備え』は部屋に入る刹那に行ったのだ。事が始まるまでに仮眠くらいとっても文句は言われないだろう。
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「そういえば、さっき銀髪のエルフを見たぜ。ありゃ間違いなくイレイナだな……………ぶワァァァァってな勢いで走ってた」
「……あの?」
「それ以外に誰がいんだよ、エルフなんてアイツしかいねえんじゃねえの?」
豪奢な机椅子に座る男がぺらっと紙を捲った後、相席で腕時計を解体する少女に声をかけた。
上々な気分なのだろう。
リストを手に堂々と立ち上がる男は「ライオットもいるのかなァ」30分ほど瞬きもしない同僚を置いて歩いていく。
「待って」
金髪金眼。だぼだぼと肌から浮いた白衣。
大の男と比較すると子供に見える、その女性の静かな声にぎくっと肩が跳ねた。
「…………はいはい。仕事しますよ仕事」
まるで空気のように綿密に練られた結界から足を出す。
その瞬間、緑豊かな庭に隣接した廊下から階段の一段へ足をついた。
コマ飛びする視界とわずかな浮遊感。
すると、影がかかった床を歩いて角を曲がるとこういった。
「こんにちは!兵士さん!!」
ここは四大貴族が主催するパーティー会場だ。
配置される兵士の質は高く、不審な眼を向けてくる勘の良さに背筋がゾクゾクと震えたった。
が、茶髪の男はつい剣の柄に伸びた腕にかじりついた。
「貴方は……」
「んん? まァまァ!俺の名前なんていいじゃないですか! ええっと兵士さんの名前って…………スクワルドさんですよね!」
「………………そうですが」
腕から口を放して舞うように兵士の懐に近づく。
…………うーん、残念。
ポケットに忍ばせておいたロウソクを取り出した後、パシンと叩いた手の平には一枚の皿が現れていた。
「スクワルドさん。誕生日、おめでとうございます」
その瞬間、天井にまで届くクラッカーの色紙。
祝いの爆発音が鳴り響くことはない。
しかし何処からか現れたクラッカーとショートケーキの存在は、兵士が柄に伸ばした手を引き留めている。
「………あ。……ああ、ありがとうございます……?」
「いえいえ。そんなことは、」
「これは、なにかの企画でしょうか? 私自身、自分の誕生日が今日であることを忘れていましたよ」
男性は笑みを張り付けて迅速に準備する。
皿の上にのったショートケーキにはロウソクを。ロウソクには指先に灯した火を。
火は熟練の兵士にほの暖かな思い出を想起させる。
「それはもったいない」
さあ、火を消してくださいとケーキを差し出す。
兵士の瞳には暗い世界を灯す火しか映っていない。
脳内で懐かしい音色を奏でるオルゴールに、心拍すら溶けだす。
目を細めて、ふうっといつものように火を息で消した。
すると………………………………兵士の手を無造作に取った冷厳な執事。
もっとも、それは服装だけで仕草は荒っぽい。
「あと、生者が死者の名前を聞いてはいけませんよ。だってもうないんですもん。誰かから言われても、言われたことにならない」
既に兵士の瞳に光はない。
暗い世界を灯す火はない。
故に残念。
ショートケーキを渡された兵士は朦朧と立ち続ける。結果なんてどうでもいいが、懐から取り出したリストは後3件。
「うーん痣だらけのいい手だった、……あ゛あ゛!! 強者だ、間違いなく!! 本当に勿体ない!! その首は死闘で飛ばしたかった!! これが後三人もー!!?」
ない~わー、と重く息を吐いて辿ってきた路に戻る。
これで本当に人はいなくなった。
あの兵士と自分を含め、階段前で待ち構えていた紫髪の女性すら、人間ではないのだから間違いではない。
「こんにちは」
「こんにちは」
ローブを頭から降ろした女性に対して距離は取る。
しかし、光のない瞳の先を追ってしまった。
ぶかぶかのローブが張るほどの胸元まで落ちる尾の長い紫髪。
…………暴力的な淫性とはまさにこのことだろう。
「おっと」
男性は迷いなく頬を爪で引っ掻いた。わずかな痛みから意識を辿って、なんとか女性から目を離す。
「あれだ、アンタが協力してくれたおかげだ。あんがとよ」
心にもないことを口にした。
「…………そう。どういたしまして」
「え…………? な、なんだか今日はやけに素直だな。どした?」
「さあ」
眉を下げて、一体何をしに来たのかと聞こうとしたが止めた。
化物には剣を以って確かめねば判るまい。
なにより彼女が無意識に触れていた首元を覗けば、良い事があったようなのは確かだ。
「あの夜は何事かと思ったが、なんだかいい調子みたいじゃねえか。本来の軸から外れたアンタのおかげで【予言者】気にせずやってけるってさ。
みーんな言ってる」
なんて冷静に発言する男だが、心の風景は一気に大爆発していた。
…………ん? んん!!? 噛み跡!!? まじで!? コイツがこの世界に来てから12年だっけ。ああ。今までこんなこと一度もなかったのに。遂にやりやがったこの魔女!! まじかーーーー!! え、誰!? まじ誰!?
「貴方たちの先祖と交わした約束は守る。君たちは何も考えず、安心していいとも」
「…………相変わらず隔たりが深いねえ」
ため息をついて壁に背中を寄せるも指先は止めない女性。その本人も、つい、という奴なのか。
まるで我慢しきれないといった表情だ。
さらけ出した首元を指でなぞることに夢中であり、はっと気づいた時には男性はいなくなっていた。
五分後。
「おい、あの魔女が笑ったぞ!! あの魔女がだ! すげえ! なにがあったか知らんがな、あの人間全て興味ないみたいなやつがだ!」
「…………嘘」
「俺が嘘ついたことあるか!? ちょっとお前も結界出てみろよォ!! 一緒に行こうぜ!!」
「…………私は英雄に殺されたくない。それに、貴方が仕掛けた兵士たちのところに結界張ってるから」
男性は結界内に戻った後、腕時計を直していた少女に対して豪弁していた。
仕事がここ数分で終わった事は事実である。
やがて、最初に祝いを迎えた兵士の同僚たちが合流する頃だろうか。
「できた」
すると、四か所に誰にも気づかれることなく空気の膜を張った少女。何処もかしこも終ぞ異変はなかったような雰囲気だ。
しかし、膜に入り込んだモノの機微は少女にとって筒抜け。
「おおい■■■■■さーん!」
「なんだよ、あれ、ケーキ?」
「寂しかったのかあ? 悪かったって、終わったら《《誕生日会しようぜー》》! 貴族様たちはみんなダンスホールだし、ほら、」
長年、慣れ沿った仲間たちが兵士の近くまで駆け寄った。
何処からか陽気に奏でられるオルゴール。
赤い絨毯が敷かれた廊下。
魔力で作用する天井の明かりはキラキラと輝いている。
何を思っているのか、指先はおろか視線すら動かさない兵士は高揚してこういった。
「ワ゛カ゛ッ゛ダ――――ッッ!!!!」
黒ずんだ獣が仰いだ瞬間、怒涛と血の噴水が三か所に現れる。
首から上をなくした胴体が四方八方を赤く染め上げ、無意識に反応したであろう腕が暴れている。
懺悔する暇も与えない。
かつて人間だった獣は。
回廊に黒い瘴気を放ち、収束して纏う。
関節が曲がった指を幾重にも並べた黒鉄の兜。
白く輝いていた鉄鎧は爛れ、腕には食いしばった狂犬の口が螺旋状に備わっている。
まず人間としての原型はない。
背骨に沿って、鍔を行き止めに刺された八本の大剣。
全身は漏れなく歪な黒鉄に覆われ、足を中心に黒い花畑が咲き誇る。
慈愛と寵愛。
――手には大盾。
殺戮と矜持。
――語る口はない。
まるで動力を失った機械のように脱力する黒騎士は、展開された泥の中に沈んでいくのだ。
ダンスホールにて手を取り合う人々は笑顔で踊り続ける。
煌びやかな装飾。
可憐に落ち着いたピアノの演奏。
次世代を担う人と人が手を取り、成長した我が子のダンスを見つめる親。
そのダンスホールの天井から――――――どぷんと、両足を出して落下した黒騎士である。




