プロローグ「鎖」
天は人間の誕生した日時を祝う。
名前を授かり、世界を知り、その意味を見つけ、愛すこと。
生きていく人間に祝福の品を授ける。
悦びを与え続けた者には笑顔を咲かせる特技を。
あるいは物体、特許、契約という形で。
年に一度。
その者が誕生した日時において神からの贈り物が与えられるのだ。
ある貴族の息子がその誕生にて”とある瞳”を宿したことがある。
覚えているのは瞼越しにでも映る世界があまりにも綺麗だったこと。
星海と地上を繋ぐ八つの鎖。
赤ん坊に迫る殺意が込められた一斉攻撃、その凶器が鎖に阻まれている光景。
まるで、天地創造の神様になった気分。
黒装束に身を包んだ黒い髪をした少年と、薄汚い服装をした金髪の少女、腰まで伸びた銀髪を一本に結んだ女性のエルフが戯けたように見開いてこちらに走っている。
何が敵で何が味方なのか。
ただ、近くで汗をかいている黒装束の奴らが邪魔に思えたことはハッキリと覚えている。
しかし印象的だったのは鎖だ。
全方位から迫るナイフを悉く防いだ鎖。
まるで天と地を繋ぐほど長く続いていく異界の橋みたい。
強度を競えば敵なしだ。なんでも弾いたり、縛りつけることだってできるという根拠のない信頼感。
そして。
何か。
大切なものが胸の底へと真下に引きずられていく感覚。
この場で思い出せる内容はここまで。
気づいた時には、僕様を襲った組織の男性と女性と金髪の少女に抱きしめられていた。
くしゃっと悲痛に顔歪めて涙を流している、名も知らない誰か。
まるで心の中に雨を飼っているような息遣いとは裏腹に、その心音は救われたようにゆったりと鳴っていた。
最初に綴った奴らである。今でも意図はわからなくても、そいつらは僕様のことを助けてくれた。
…………理由なんて正直、聞かなくてもわかるが。
何事も、きっと生まれた時から進行は始まっていたのだろう。
ただ日記を取り始めた頃の記憶は確かにある。
懐からどさりと掌に落ちてくる赤いノート。
そこは暴力と音楽の街と呼ばれ、世界各地から奇妙な環境としてある意味で有名だった。
第二の自分は、そこを治める貴族の御曹司として生まれ堕ち。
「ご主人様、急に立ち上がってどうしたんですか?」
齢12にして日記への執筆を始めた。
星歴453年 1月21日。
今日から街近くで音楽祭が行われるらしく。転生からはや12年が経った頃、その吉日を境に日記を書くことにした。
周りからの反応はいいもので「誰かと話した内容はよーく記録しといてください」なんて茶化されたのはいったん保留。
どの書物でもプロローグは読者が飽きぬ様、簡潔に済ます。
これが鉄則らしい。
ならば、僕はこの一言でスタートを切ろうと思う。
「僕様は!!神だァ!!その他は…………モブだッ!!」
その音量は、半径12メートルの静寂を破り窓の近くで寝ていた黒猫が飛び起きるほど。
ここはとある田舎貴族の屋敷にある図書室。
なんだってか大爆音にさえ落ち着いた対応を見せる少女が一人。失礼、メイド未満的な少女といった方がいいだろう。
「これをよーく心に刻んでおくように!!」
「あはは…………はあ、…………ご主人様、…………その、」
机の上に立ち上がった僕様にあっけからんとする少女。
ストレートにとかれた金髪は日光を反射したみたいに眩しく、瞳はダイヤモンドをはめ込んだかのようにキラキラと美しい。
が、アホほどみたウンザリ顔だ。
…………やれやれ、まだわからないとは。この専属メイドとやらは実に説明のし甲斐があると見た。
精神を集中して教えてやろうと意気込む勢いはまさに滝のごとし。
僕様の脳内だけに響き渡る『ピアノ・ソナタ第11番トルコ行進曲』。
「ぁーーーーっ、意味がわからんか! この本があるだろう!?」
「さっき読み終わった本ですね」
そう! と勢いよく飛び降りた後、両手で本を机の上に持ち上げ少女の前で開く!!
視界の端ではとことこと退出していく常連客の黒猫!!
今まで読んでいた本をゆっくりと閉じた少女は、なぜだか、こう、まるで出来の悪い弟を躾けるような目を向けてくる!!
「それで? これがどうかしたんですか?」
「前提として、この本の内容を読者である僕様は知ってるわけだ!」
「はい」
「じゃあ、もしこの僕様が死んで、この本の中に転生…………生まれ堕ちたら!? どうなる!!?」
「…………寂しくなる?」
「意味不明!不正解!!」
いうまでもなく、世界の運命を掌握できる。
なぜなら既に知ってるからだ。
悲劇がいつどこで何が起こるか、主人公覚醒イベント、ヒロインの闇深い過去、悪役の弱点、ラスボスの対処法、モブ、それらが織り成す全て。そして、
「どこにでも行けて! 妄想の中でしか味わえなかった綺麗な世界を全身でげへへへ舐め尽くせるってことだ!!」
「できれば綺麗なモノを見れると言ってください…………」
なんたって強くなれる道筋を知り尽くしているんだぜ、と机に置いた本を愛すように抱きしめる。
この弱肉強食な世界ならば強ければどこにでもいけるさ。
「それに、父上も母上も、束縛的じゃないからな!助かる!超助かる!イエス!おーーーィェス!!」
つい少女の横で舞ってしまうほどハイテンション。
こういう時は妄想が捗ってしまって良い。
それも仕方ない。
だって魔法が使えるのも最高なのに、おまけ程度に好きだった登場人物たちを直で見ることができるかもしれないのだ、その人たちを助けれるかもしれないのだ、夢心地以外の何物でもないのだ(興奮)!
まあ本命は奇跡を拝みにいくことだが…………。
「だァが!…………」
僕様の《《糸目》》に影がかかるほど厳しい視線をこのメイドに向ける。
気前良く日記を始めるのだから、あとから確認したときに苦い思いはしたくない。
こんな大したこともない問題はちゃちゃっと解決しておくに限る。
「現状一番の問題は、この空間に直しようもない馬鹿がいることだ!!」
「ははははは…………」
このメイド、穏やかそうに笑う少女の名はアリスという。
鼻と鼻がくっつきそうな距離で睨みつけてもびくともしない、認めたくないが僕様をなめ腐っている筆頭のガキである。
ちなみに屋敷全体は僕様の敵だ。
いやまて、慣れない足音がある…………来客が一人いるようだが、そいつは除く。邪魔だ。失せろ。朝父上が言ってた客人だろうが今はいい。
とにかく。
みんながみんな、僕を子供扱いして愛玩犬のように撫でまわしてくる毎日である。
そこが問題なのだ。
「ご主人様ダメですよ、人に悪口言っちゃあ。今は言ってもいい気分になっているようですが、あとから絶対後悔しますよ?」
「なァにが後悔しますよだ。ドジのお前になんでわかんだよ」
脳内に再生されるシャッターは少女がやらかした映像を映し出す。
廊下に飾られた花瓶を粉砕、キッチンでは包丁を落としたり、挙句の果てにはメイド服すらちゃんと着られない時期があった。
………おまけに不幸体質もち。
なんで三歳上の少女の世話を僕様がしなくっちゃあならないんだか、
「だって、ご主人様は」
少女は何か自信満々と腰を手につけて会話を投げてくる。
が、こっちはそうもいかない。
天井に近い高さから落下してきた分厚い教科書を、少女の小さな頭に触れる直前に蹴り飛ばすので余裕がなかったからだ。
「え…………」
「いつもどうりだな、まったく!まったくまったく!」
まあ高価な本が傷つこうが構わんだろう!なぜなら、ここは常識がいくらでも書き換わる世界だ!!
変動的な秩序や魔法が蔓延る世界というのはいい気分である!!空気も美味い!まあ、単純に機械文明ゼロだから酸素が汚されてないんだろう!!多分!!
なんて屁理屈を述べた言い訳で舌を伸ばし………………………………………《《すると、急速な展開に沿うように加速するピアノソナタ。》》
「お、お姉ちゃんだって負けてられません!!」
「は!!?」
木々の下でさえずる小鳥がこちらを向く。
急に少女から発せられた窓越しでさえ響き渡る声量に、恐らくは屋敷内外の計5人の誰もが「いつものことか」なんて反応をしている筈。
というか。
この山奥の屋敷内にて予想外は何故いつも起こるのか。
「貴方はカッコつけすぎです!!」
その手始めに僕様が三歩ほど下がってしまうほど、強く体を押してきた少女がいい例だ。
先ほどまで自分のいた場所に大量の本が落ちてこなければ異議を申したてていただろう。
「ほ」
「わ」
するとおかしな顔で笑う少女と目をあわせた後、頬をひきつかせた。
………………ええい、日記が恥辱で汚れる。
いくら五感が良くても油断していたら不意打ちをくらうらしい、とかもだけど。
そんなことをまだドサドサと降り注ぐ本の山に唖然としながら思った。
「うへへー、ありがとうは?」
眩い日光を背中にかざして悪戯な笑みで少女がそういった。
悪戯と感じるのは多少偏見があるかもしれないが、まあ、ここで更に僕様の理想図からずれた行動を取るのはご法度。
だから、実に不愉快ながらも後ろで手を組む少女にこういった。
「…………アリガトウ」
「はい。どういたしまして」
「チッ…………というか、お前上も向かずになんで判ったんだ」
「お姉ちゃんですから。あと舌打ちはダメですよ、小さい子供が怖がってしまいます」
…………もう、使用人共や両親も日記に乗せといておこう。
こんな厄介極まりない奴がうちには多くいるし、何かと分析しておいた方が今後の為である。
何かと全員分は面倒なので特徴点だけ書いておこう。
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アリス (15歳)
;嘘つき、アホ。
:喧しい。
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