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春の陽とことり  作者: きの子ちゃん


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第11話 ふくらむ頬


図書館の午後。

窓から差し込む光が、ひよりの髪を淡く照らしていた。


陽はレポートを開きながら、隣のひよりをちらりと見る。


ひよりは真剣にノートを見つめていた。

ページをめくる音だけが静かに響く。


しばらくして、ひよりの手が止まった。


難しい問題にぶつかったのか、

ひよりはそっとペンを持ち替え――

右の頬を、ぷくっと膨らませた。


そして、

その膨らんだ頬にペン先をちょん、と当てる。


陽の視線が、そこに吸い寄せられた。


(……これ)

(ひよりちゃんが、考えごとするときにやってた癖だ)


胸の奥がきゅっと掴まれる。


でも、ひよりは気づかずにノートを見つめている。


「小鳥遊さん、それ……癖?」


「え?」


ひよりは頬に当てていたペンを見て、

自分の頬が膨らんでいたことに気づいた。


「あ……これ、昔から。考えると、こうなっちゃう」


ひよりは照れたように、

頬のふくらみをしゅっと戻した。


その仕草が、

陽の記憶の中の“ひよりちゃん”と重なる。


(やっぱり……似てる)

(でも……まさか、ね)


確信には届かない。

ただ、胸のざわつきだけが残った。


ひよりはノートに視線を戻したが、

自分の指先が少し震えていることに気づいた。


(……なんでだろ)

(陽くんの前だと……昔の私が出てくる)


胸の奥がざわつく。

戻りたいのか、戻りたくないのか、自分でも分からない。


「小鳥遊さん、ここ分かる?」


陽がノートを見せてくる。

ひよりは少し身を乗り出して覗き込んだ。


距離が近い。


ひよりの肩に、陽の影が落ちる。


(……近い)


ひよりは胸がどきっとした。


「ここは……こうだよ」


ひよりがペンで示すと、

陽は「ああ、なるほど」と笑った。


その笑い方が、

ひよりの胸をまた揺らした。


(……この笑い方も、昔のまま)


ひよりは気づかれないように、

そっと視線をそらした。


陽はふと、ひよりの横顔を見た。


さっきまで膨らんでいた頬。

真剣にノートを見る目。

少しだけ赤い耳。


(小鳥遊さん……)

(やっぱり……どこか懐かしい)


でも、言葉にはしない。


静かな図書館の空気の中で、

二人の距離だけが、ほんの少し縮まった。

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