第8話 思い出の輪郭
第8話 思い出の輪郭
最近のひよりは、陽と話すときだけ少し表情が柔らかくなるようになっていた。
講義のあと、陽が声をかける。
「小鳥遊さん、今日も演劇部?」
「うん。今日は発声練習だけ」
「発声練習って、どんなの?」
「……あのね、“あえいうえおあお”って言うの」
「え、それ俺もできるかな」
「ふふ……やってみて」
陽が真剣に発声しようとして、
途中で噛んでしまった。
「あえい……う、え……お……あ……お……?」
「……ふふっ」
ひよりが、声を出して笑った。
その笑い方が、
陽の胸の奥を一瞬で掴んだ。
(……今の)
夕方の校庭で、
砂場でうさぎを作って笑っていた女の子。
(ひよりちゃん……?)
記憶の輪郭が、
ひよりの笑顔と重なった。
ひより視点(自分でも気づかない変化)
(……笑っちゃった)
ひよりは自分の口元に触れた。
(はるくんの前だと……なんでこんなに笑えるんだろ)
昔の自分が、
少しだけ戻ってきたような気がした。
(でも……気づかれたくない)
(気づかれたら……どうしたらいいの)
胸がざわつく。
でも、嫌じゃない。
陽視点(確信に近づく揺れ)
(小鳥遊ひより……)
(名前も苗字も同じで、笑い方まで似てるなんて……)
陽は歩きながら、
さっきのひよりの笑顔を何度も思い返していた。
(でも……昔のひよりちゃんは、もっと明るかったし……)
(今の小鳥遊さんは静かで……別人みたいで……)
頭では否定しようとするのに、
胸の奥は“同じだ”と訴えてくる。
(……もし、本当に同じ子だったら)
陽は思わず立ち止まった。
(なんで……こんなに変わったんだろ)
その疑問が、
陽の中で静かに膨らんでいった。
図書館での小さな出来事
その日の夕方。
陽が図書館でレポートを書いていると、
ひよりがそっと近づいてきた。
「春川くん……これ、落としてたよ」
ひよりが差し出したのは、
陽のノート。
「あ、ありがとう!助かった」
「……ううん」
ひよりは少し照れたように微笑んだ。
その笑顔は、
陽の記憶の中の“ひよりちゃん”とほとんど同じだった。
(……やっぱり)
陽は胸が熱くなった。
(小鳥遊ひより……君は……)
言葉にならない確信が、
陽の中でゆっくり形になり始めていた。




