第7話「金色の忠誠、灰色の後悔」
あの雨の日以来、アレンさんは私に対して、壁を作ることをやめたようだった。
もちろん、彼の基本的な態度は変わらない。相変わらずの皮肉屋で、素直じゃない。でも、彼の言葉に含まれる黒色の割合はどんどん減っていき、代わりに様々な感情の色が、隠されることなく表に出るようになった。
そして、彼はついに、自らの過去について語り始めた。
それは、閉館後の誰もいない図書館でのことだった。後片付けをする私の隣で、アレンさんはぽつり、ぽつりと、まるで長い間しまい込んでいた物語を紐解くように、話し始めた。
「……俺が追放されるきっかけになった『失言』について、君はどう聞いている?」
彼の言葉は、静かな問いかけ。色は、過去を探るような、深い藍色だった。
「アルフォンス王子殿下を、侮辱するような言葉を口にした、と……」
私が恐る恐る答えると、彼は自嘲するように鼻で笑った。
「世間では、そう伝わっているだろうな。だが、事実は違う」
彼の言葉が、決意を秘めた硬質な黒色に変わる。
「あの時、俺は気づいていたんだ。王子の側近であるヴァルガス公爵が、隣国と密通し、反逆を企てていることに」
「え……!」
私は息を呑んだ。そんな、国家を揺るがすような陰謀が水面下で進んでいたなんて。
「だが、俺には確たる証拠がなかった。公爵は非常に用心深く、尻尾を掴ませない。俺が王子に直接進言しても、信じてもらえないどころか、逆に公爵を侮辱したとして罪に問われる可能性が高かった」
アレンさんの言葉が、悔しさを滲ませた赤黒い色に染まる。
「だから俺は、最後の賭けに出た。王子の前で、わざと不遜な態度をとり、謎かけのような言葉で警告を発したんだ」
「謎かけ……?」
「ああ。『殿下、熟しすぎた果実は、地に落ちる前に自ら腐り落ちるものです。そして、その腐臭は、最も近くにいる者から漂い始めるものですよ』と」
彼の口から紡がれた過去の言葉。それは、私の目には、鮮やかな映像として見えた。
若き日のアレンさんが、心配と忠誠心を示す、燃えるような金色の言葉をアルフォンス王子に向けている。その言葉は、鋭い刃のようでありながら、主君を守ろうとする必死の思いに満ちていた。
「熟しすぎた果実、というのはヴァルガス公爵のことだったんですね。そして、腐臭は、反逆の兆候……」
「その通りだ。俺は、聡明な王子なら、その言葉の裏にある真意を汲み取ってくれると信じていた。だが……」
アレンさんの言葉が、重い、重い灰色に沈んでいく。鉛のように重い、後悔の色。彼がこの図書館に現れた日から、ずっと彼の言葉の底に澱のように溜まっていた、あの色だ。
「俺の言葉は、王子には届かなかった。それどころか、隣で聞いていたヴァルガス公爵に、絶好の機会を与えてしまった」
彼の脳裏に蘇っているのだろう。当時の光景が、彼の言葉の色となって私に伝わってくる。
温厚な笑みを浮かべたヴァルガス公爵が、アルフォンス王子に囁く。
『王子、クロフォード卿は、あなた様の治世を腐り落ちる果実に例えたのです。これは明らかなる反逆の意思表示!』
その言葉は、どす黒い、ヘドロのような紫色をしていた。計算され尽くした、悪意と野心の色。その言葉に、周りにいた他の貴族たちが同調する声が、汚れた茶色になって重なっていく。
『そうだ、不敬である!』
『天才と驕り、主君への敬意を忘れたか!』
そして、アルフォンス王子が、苦悩と怒りに満ちた表情で、アレンさんを見つめている。王子の心からは、信頼していた部下に裏切られたという悲しみを示す、ひび割れた青色の言葉が生まれていた。
「……王子は、俺の言葉ではなく、ヴァルガス公爵の言葉を選んだ。結果、俺は反逆罪の濡れ衣を着せられ、魔力の大半を封じられて、この地に追放された」
語り終えたアレンさんの声は、ひどくかすれていた。彼の周りには、どうしようもない無力感を示す、色のない、透明な靄が立ち込めている。
私は、かけるべき言葉が見つからなかった。
彼の忠誠心は、本物だった。燃えるような、純粋な金色をしていた。それなのに、言葉が足りなかったばかりに、彼の真意は誰にも届かなかった。
言葉の色が見える私だからこそ、彼の無念が、痛いほどに分かる。
「……アレンさん」
私は、震える声で彼の名前を呼んだ。
「あなたの言葉は、金色でした。とても綺麗で、力強い、忠誠の色でした」
私の言葉は、真実を告げる、一点の曇りもない白色。
アレンさんは、はっとしたように顔を上げた。彼の瞳が、信じられないというように、私を捉えている。
「……君には、見えるのか。過去の言葉の色まで」
「はい。あなたの話を聞いているうちに、見えました。あなたの言葉は、確かに国と王子を思う、忠義の言葉でした。そして、ヴァルガス公爵の言葉は、野心に満ちた、どす黒い紫でした」
私がそう告げると、アレンさんの瞳から、一筋の涙が静かにこぼれ落ちた。
それは、彼がずっと一人で抱え込んできた、悔しさと悲しみの結晶だった。
「……そうか。信じて、くれるのか。俺の言葉を」
彼の声は、安堵の色をした、柔らかな緑色に染まっていた。
「信じます。当たり前じゃないですか」
私は力強く頷いた。私の言葉は、彼を支えたいという決意を示す、大地のような茶色。
「だって私は、あなたの言葉の本当の色を、ずっと見てきましたから」
アレンさんは、それ以上何も言わなかった。ただ、静かに涙を流し続けていた。長い間、彼の心を縛り付けていた重い灰色の鎖が、少しずつ、音を立てて砕けていくのが、私には見えた。
この人を、助けたい。
彼の失われた名誉を、取り戻したい。
私の心の中に、強い、強い光が灯った。それは、今まで感じたことのないほど、熱くて力強い決意の色だった。
そのためなら、私にできることなら、何でもしよう。
私は、彼の涙が止まるまで、ただ静かに、その隣に寄り添い続けた。窓の外では、一番星が、まるで私たちの未来を照らすかのように、強く輝き始めていた。




