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言葉の色が見える私には、追放された冷徹魔術師様の溺愛がダダ漏れです~黒い暴言の裏に隠された、金色の真実と甘い本音~  作者: 黒崎隼人


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第1話「棘だらけの言葉と、その奥の小さな光」

登場人物紹介


◆リリアナ・シェリー

 本作の主人公。王立アルカディア図書館の辺境分館で働く司書。言葉に込められた感情が「色」や「重さ」として見える特殊能力を持つ。その能力ゆえに言葉をとても大切にしており、物静かで心優しい女性。愛称はリリア。


◆アレン・クロフォード

 かつて「王国の至宝」とまで呼ばれた天才宮廷魔術師。王太子への失言を咎められ、魔力の大部分と地位を奪われ辺境に追放された。皮肉屋で無愛想だが、根は優しく、深い知識と国を憂う心を秘めている。


◆アルフォンス王子

 物語の舞台となる王国の第一王子。アレンの元主君。公正明大だが、若さゆえの危うさも併せ持つ。アレンの「失言」の真意に気づけなかったことを内心悔いている。


◆ヴァルガス公爵

 アルフォンス王子の側近。温厚な仮面の下に、国を揺るがすほどのどす黒い野心を隠している。アレンを陥れた張本人。

 私の世界は、音と、色と、重さでできている。

 普通の人が「聞く」だけの言葉を、私は「見て」、そして「感じる」ことができるのだ。

 例えば、今カウンターの向こうで井戸端会議に花を咲かせているおばさまたちの言葉。


「うちの旦那ったら、昨日も酔って帰ってきてねえ」


 その言葉は、呆れを意味するくすんだ黄色に、親愛を示す柔らかなピンク色が混じり合って、マシュマロみたいにふわりと軽い。本当に嫌っているわけじゃない、ただののろけ話。


「まあ大変」「男の人ってどうしてそうなのかしら」


 共感を示す言葉は、澄んだ水色。穏やかな午後の日差しに溶けて、きらきらと舞っている。

 これが私の生まれ持った、ささやかな秘密。言葉に込められた感情が、色と重さになって見えるのだ。だから私は、この静かな図書館が大好きだった。ここでは、悪意に満ちたどす黒く重い言葉が飛び交うことなんて、滅多にないから。

 そう、滅多に、ない。

 カラン、とドアベルが乾いた音を立てた。入ってきたのは、見慣れない一人の男性だった。背が高く、着古された旅装に身を包んでいるけれど、その立ち姿にはどこか人を寄せ付けない気品が漂っている。長く艶やかな黒髪が、彼の端正な顔立ちに影を落としていた。


(……わ、なんだかすごい人)


 圧倒されていると、彼は真っ直ぐカウンターまで歩いてきて、私を値踏みするように一瞥した。


「ここが王立図書館の分館か。想像通りの寂れ具合だな」


 その声と共に放たれた言葉は、私の目に鋭く突き刺さった。

 漆黒。まるで墨を流したような、光を一切通さない黒。一つ一つの単語がガラスの破片みたいに鋭く尖っていて、ずしりと重い。悪意や侮蔑の色だ。普通なら、私はその重さに気分が悪くなってしまう。

 けれど、彼の言葉には奇妙なものが混じっていた。

 黒い棘の隙間から、ほんの僅かに、ちか、と瞬く小さな光。それは、澄んだ金色。そして、言葉全体の底のほうに、ずっしりと沈んだ鈍い灰色が澱のように溜まっている。


(黒いのに、金色と灰色……? 侮蔑と、それから……後悔?)


 こんな複雑な色をした言葉は、初めて見た。私が呆然と彼を見つめていると、男性は不機嫌そうに眉をひそめた。


「おい、聞いているのか。古代魔術に関する文献を探しているんだが」


「は、はい! もちろんです。どのような分野の……」


 慌てて立ち上がり、笑顔を作ろうとするけれど、顔が引きつるのが自分でも分かる。彼の次の言葉も、やはり黒くて棘だらけだった。けれど、その奥にはやっぱり、小さな金色の光と、重い灰色が揺らめいている。まるで、本心とは違う言葉を無理やり吐き出しているみたいに。


「専門的なものだ。君のような田舎の司書に説明しても分かるまい。書庫の場所だけ教えてくれればいい」


 うっ、と胸が詰まる。確かに私は王都の中央図書館に比べれば、ただのしがない司書だ。でも、「田舎の司書」なんて言われ方をしたら、普通に傷つく。

 私の心から、悲しみを表す淡い青色の言葉が生まれそうになるのを、ぐっと飲み込んだ。ここで感情的な言葉を返したら、きっと彼の黒い言葉とぶつかって、嫌な空気が生まれてしまう。

 深呼吸を一つ。私は、いつも通りを心がけた。


「……かしこまりました。専門書庫は2階の奥にございます。ご案内しますね」


 私が紡いだ言葉は、いつもと同じ、穏やかで澄んだ水色。重さもなく、さらさらと流れていく。

 その言葉を目にしたのか、彼は一瞬、虚を突かれたように目を見開いた。ほんの一瞬だけ、彼の瞳に浮かんだのは、驚き、だろうか。

 すぐに彼はふいと顔をそむけ、「ああ」と短く答えた。


***


 彼を案内しながら、私は彼のことを考えていた。一体、何があったんだろう。あんなに美しい金色の光を心の奥に持っているのに、どうしてそれを黒い棘で隠してしまうんだろう。後悔の色である灰色は、まるで鉛みたいに重く彼の言葉に絡みついていた。

 書庫に着くと、彼は私のことなどもう目に入らないというように、貪欲な目で書棚を眺め始めた。その横顔は、先ほどの刺々しい雰囲気が嘘のように真摯で、知的な光を宿している。本が、本当に好きなのかもしれない。


「ごゆっくりどうぞ。何かお探しの本が見つからない時は、お声がけください」


 私はそう言って、静かにお辞儀をした。彼は返事もしなかったけれど、それでよかった。

 カウンターに戻り、貸し出し記録の整理をしながらも、私の意識は2階の書庫にいる彼に向いていた。しばらくして、彼は数冊の分厚い専門書を抱えて階段を降りてきた。どれもこれも、解読が非常に困難な古代文字で書かれた稀覯書ばかりだ。


(この人、もしかして、すごい学者さん……?)


 彼は無言で本をカウンターに置く。貸し出し手続きのために、私は利用証の提示をお願いした。彼は舌打ちでもしそうな顔で、懐から一枚のカードを取り出す。そこに記された名前を見て、私は息を呑んだ。

 アレン・クロフォード。

 その名前を知らない者は、この国にはいないだろう。数年前まで「王国の至宝」と謳われた、史上最年少の宮廷魔術師。しかし、彼は王太子殿下への失言が原因で、その地位と魔力のほとんどを奪われ、表舞台から姿を消したと聞いていた。

 追放された天才魔術師。彼が、こんな辺境の町に……。

 彼の言葉が、黒く、重く、そして悲しい色をしていた理由が、少しだけ分かった気がした。


「……何か問題でも?」


 私の手が止まっていることに気づいたアレンさんが、低い声で尋ねる。彼の言葉は、警戒心を示す暗い紫色を帯びていた。自分の正体がバレたことで、壁を厚くしようとしている。


「い、いえ! 何もありません」


 私は慌てて首を横に振った。そして、できるだけ優しい、暖かい色の言葉を紡ぐことを意識する。


「クロフォード様。この本はどれも素晴らしいものばかりですね。特にこの『古代ルーン文字の変遷』は、私も以前読んで、とても感銘を受けました」


 私の言葉は、柔らかな若草色に、ほんの少しの尊敬を示す金色の光を混ぜて、彼へと飛んでいく。

 アレンさんは、また、あの驚いたような顔をした。彼の周りに渦巻いていた黒い棘が、ほんの少しだけ、その鋭さを失ったように見えた。


「……そうか」


 彼は短くそれだけ言うと、本を受け取って踵を返す。その背中は、来た時よりも少しだけ、小さく見えた。

 一人になった図書館で、私は彼の残していった言葉の残滓を眺めていた。黒くて、重くて、棘だらけ。でも、その奥には確かに、小さな、小さな金色の光が隠れていた。

 アレン・クロフォード。

 彼がこれからどんな本を借りに来るのか、そして、彼の言葉の色がどう変わっていくのか。

 私の退屈だった司書生活は、今日、少しだけ色鮮やかに、そして少しだけ重みを増して、新しい頁が開かれたのかもしれない。

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