悪役令嬢ですが、ざまぁ後の人生が楽しすぎます
◇〜第一章:清々しいほどの”どん底”〜◇
「イザベラ・フォン・タルコフ! 貴様のような陰険な女、我が公爵家には不要だ。今すぐこの家から出て行け!」
父の怒声が屋敷のホールに響き渡った。
傍らには、義理の妹であるマリエッタが、これ見よがしに涙を拭いながら父の腕に縋り付いている。
「お姉様、どうしてあんな恐ろしい毒を私の紅茶に……。私、信じていたのに……っ」
もちろん身に覚えはない。
マリエッタが自作自演で吐血の芝居をしたのは明白だったが、この家でイザベラの言葉に耳を貸す者は一人もいなかった。
実母を亡くし、後妻とその連れ子に居場所を奪われて早三年。
イザベラは”マリエッタを虐める悪逆非道な姉”というレッテルを貼られ続けてきた。
だが、イザベラの心境は、彼らの予想とは正反対だった。
(……やっと、やっと追い出してくれるのね!)
内心で小躍りするのを必死に堪え、イザベラは俯いて肩を震わせた。
それは悲しみではなく、こみ上げる笑いを堪えるための震えだったが、幸いにも絶望しているように見えたらしい。
「わかりました。……この身一つで出て行きます。二度と、皆様の前に姿を見せることはありません」
「ふん、当然だ! 貴様のような出来損ない、野垂れ死ぬのが関の山だろう!」
イザベラは、かつて母が残してくれた古びた魔導具製作の道具一式と、最低限の着替えだけを鞄に詰めると、一度も振り返ることなく公爵邸の門をくぐった。
◇〜第二章:悪役令嬢、職人になる〜◇
半年後。
王都の喧騒から遠く離れた、霧深い辺境の街【フォグハイム】。
ここには、冒険者や魔術師たちがこぞって訪れる小さな店がある。
看板には【工房・イザベラ】の文字。
「店主、例の『自動追尾型・魔物除けランタン』は完成したかい?」
「ええ、ロルフさん。小型化に成功しました。これでもう、暗闇でゴブリンに囲まれる心配はありませんよ」
カウンターの奥から顔を出したのは、公爵令嬢時代の縦ロールをバッサリと切り落とし、動きやすい作業着に身を包んだイザベラだった。
彼女には才能があった。
かつては”令嬢にあるまじき卑俗な趣味”と蔑まれた魔導具製作。
だが、今の彼女にとって、それは最高にエキサイティングな仕事だった。
「ああ、楽しい……! 誰にも文句を言われず、好きなだけ回路を組み、魔石を磨けるなんて!」
彼女が作る道具は、実用性と独特の”遊び心”に溢れていた。
例えば、温度調節機能付きの寝袋、振るだけで最高の紅茶が淹れられるポット、そして──。
「……さて、そろそろ届くかしら。例の『お返し』の効果が」
◇〜第三章:沈みゆく公爵家〜◇
その頃、王都のタルコフ公爵家は、かつてない窮地に立たされていた。
イザベラを追い出した後、彼女が裏で全てこなしていた”屋敷の魔導防護網のメンテナンス”や”帳簿の魔法管理”が完全にストップしたのだ。
さらに、致命的だったのはマリエッタだ。
彼女はイザベラを追い出したことで「次は私が王太子殿下の婚約者候補よ!」と息巻いていたが、いざ夜会に出れば、イザベラの代わりにマナーを教える者も、ドレスの不備を指摘する者もいない。
マリエッタの無知と傲慢さは瞬く間に社交界で露呈し、公爵家は笑いものになった。
焦った父は、起死回生を狙って流行の【魔導投資】に手を出したが、そこで掴まされたのは、粗悪な魔導具の山だった。
「なんだこれは! 起動した瞬間に爆発するではないか!」
その粗悪品こそ、かつてイザベラが”欠陥品”として破棄するよう進言していた代物だった。
イザベラがいなくなった公爵家には、それを見抜ける者など一人も残っていなかったのである。
◇〜第四章:元悪役令嬢の輝き〜◇
ある日、フォグハイムのイザベラの店に、一人の青年が訪れた。
豪奢なマントを羽織ったその男——この国の第二王子、カイルだった。
「見つけたぞ、天才魔導具師イザベラ。……いや、元タルコフ公爵令嬢」
イザベラは作業用のゴーグルをずらし、面倒くさそうに溜息をついた。
「殿下、私はもう貴族ではありません。もし公爵家に連れ戻そうというなら、この爆発ポーションをお見舞いしますが」
カイルは苦笑しながら手を振った。
「まさか。あんな腐りかけた家に戻すなんて、国家の損失だ。……君に頼みがある。王立研究所の顧問になってくれないか? 君が開発した『魔力循環型コンロ』、あれのおかげで遠征軍の食糧事情が劇的に改善したんだ」
イザベラは目を瞬かせた。
「顧問……? 好きなだけ研究していいんですか?」
「ああ。予算も場所も、君の自由だ。ついでに、君を追放した公爵家だが……現在、不正蓄財と管理不備で取り潰しの審議中だ。君が証言台に立ってくれれば、トドメを刺せる」
イザベラは、ニヤリと不敵な笑みを浮かべた。
「いいでしょう。私の『静かなる引退生活』を邪魔したお礼、たっぷりとして差し上げますわ」
◇〜新・第五章:ざまぁ、仕組まれた公開裁判〜◇
イザベラが公爵邸を去って三年──。
事の始まりは、イザベラがカイル王子に持ちかけた”ある提案”だった。
父であるタルコフ公爵は、王都の貴族裁判所に多額の賄賂を贈り、身内の不祥事を闇に葬る準備を完璧に整えていたのだ。
「いいですか、殿下。密室で行われる裁判など、彼らの逃げ道を増やすだけ。……やるなら、この国の歴史に刻まれるほど、ド派手な『娯楽』に仕立て上げなければ」
イザベラは、王立研究所の全予算の半分を投じ、一晩で王都全域に【広域映像配信魔導網】を構築した。
さらに、彼女は公爵家に”最後の温情”と称して一通の手紙を送った。
そこには、『裁判で私の非を認めれば、魔導特許の全権利を公爵家に譲渡する』という偽の示談案が書かれていた。
欲に目が眩んだ公爵とマリエッタは、その餌に飛びついた。
彼らは自分たちが”悲劇の被害者”としてイザベラを糾弾する姿を、全国民に見せつけて再起を図ろうと、自ら【公開裁判】を要求したのである。
——それが、自分たちの処刑台への招待状とも知らずに。
そして当日。
王都の法廷は、かつてない熱気に包まれていた。
「……異議あり! イザベラが提出した証拠など、全て捏造です! この娘は我々を恨んでおり、魔導具を使って不当に利益を……」
被告人席で、いかにも”心優しい父”を演じるタルコフ公爵の言葉を遮るように、重厚な扉が吹き飛んだ。
「お黙りなさいな、お父様。その醜い嘘、私の精密機械の動作音を邪魔しますわ」
現れたのは、もはや令嬢の枠を超越した”歩く魔導兵器”と化したイザベラだった。
数百の極小魔石が神経系のように脈動する【七色魔導ドレス】を纏い、背後には六つの魔導式自律浮遊型ビット【アイズ】が、法廷内のあらゆる角度を監視するように展開されている。
「お久しぶりですわ、お父様。……あ、もう他人でしたっけ?」
イザベラが指先を鳴らすと、法廷の中央に巨大なホログラムが展開された。
それと同時に、王都中の広場に設置された大型スクリーンが、彼女の不敵な笑みを映し出す。
「皆様、これこそがタルコフ氏が自ら望んだ『公開裁判』のハイライトです。ご覧ください、公爵家が三代に渡って隠蔽してきた、『二重帳簿の多次元暗号』を!」
光の文字が空中を舞い、脱税、横領、さらには隣国への軍事技術流出の証拠が、ドラマチックなBGM──彼女が仕込んだ音響魔導具──と共に次々と暴露されていく。
「な、何だこの光は! 消せ! 映像を止めろ!」
「無理ですわ。この配信システムは、私の心臓の鼓動と魔力を動力源としていますの。止めたければ、今ここで私を殺すしかありませんわよ? ……できるものなら、ですが」
六つのビットが一斉に銃口のようなレンズを公爵に向ける。
父の顔が土気色を通り越して真っ白になった。
隣で”被害者の妹”を演じていたマリエッタは、あまりの恐怖に本性を表し、イザベラに掴みかかろうとした。
「この泥棒猫! よくも……お父様との約束を破って、こんな恥を……っ!」
「あらマリエッタ。貴女が今着ているそのドレス、私の【試作防護服】の端切れで作った安物ではありませんか? どうりでセンスが絶望的だと思いましたわ。……ああ、それから」
イザベラは冷酷な笑みを浮かべ、指先をマリエッタに向けた。
「貴女がかつて私を陥れた時に使った【吐血の毒】。あれ、私の私物である【高性能擬似血清】を盗んで飲んだのでしょう? 副作用として、三年間嘘をつき続けると、顔に緑の斑点が出るよう回路を組んでおいたのですが……おや、お顔が大変なことになっていますわよ?」
マリエッタが悲鳴を上げて手鏡を見ると、そこには嘘の数だけ浮き出た、醜く光る蛍光グリーンの紋様があった。
配信を通じてその姿が国中に晒され、民衆からは「毒婦!」「詐欺師!」と罵声が飛ぶ。
「ひ、ひぃぃぃ! 消して! その魔導具をこちらに向けないで!」
「無理ですわ。それは『真実を語る』ことでしか消えませんもの。……さて、裁判長。証拠の提出は以上です。あ、ついでに公爵邸の地下に隠されていた隠し金庫の解錠の術式も、今ここに公開しておきましたわ。市民の皆様、どうぞ早い者勝ちですわよ?」
イザベラは、絶望のあまり泡を吹いて倒れた父と、床を転げ回るマリエッタを一瞥だにせず、悠然と踵を返した。
「さあ、カイル殿下。ゴミ掃除は終わりましたわ。……私の用意した最高の『舞台』、楽しんでいただけて?」
傍らで一部始終を「さすが僕のイザベラだ」と惚れ惚れした目で見守っていたカイル王子が、彼女の腰を引き寄せる。
法廷を埋め尽くした民衆の歓声と、公爵家の断末魔。
それは、イザベラが緻密に設計した、最高に派手で残酷な”復讐という名の芸術”の完成だった。
◇〜第六章:女王の誘惑と王子の降伏〜◇
法廷での劇的な勝利から数日後。
王立研究所の最上階にある、イザベラ専用のプライベート工房には、夜の帳と共に静寂が訪れていた。
しかし、その静寂は、扉を叩く遠慮がちな音によって破られる。
「イザベラ、入るよ。差し入れを持ってきた」
カイルが手にしていたのは、王宮御用達の最高級ヴィンテージワインと、彼女の大好物である濃厚なピスタチオのショコラだ。
だが、作業机に向かったままのイザベラは、振り返りもせずに鼻で笑った。
「あら、殿下。国の重要書類を放り出して、こんな辺境の工房──といっても王宮の隣ですが──まで足を運ぶなんて。相変わらず暇な方ですこと」
「……相変わらず手厳しいな。君が法廷で【公爵家の裏帳簿】を花火のように打ち上げたせいで、こちらの事務作業が三倍に増えたんだ。その犯人を労いに来たんだよ」
カイルが苦笑しながら歩み寄ると、イザベラはやっと椅子を回転させた。
ゴーグルを頭に跳ね上げ、不敵な笑みを浮かべる。
その表情は、かつての社交界で恐れられた”高慢な悪役令嬢”そのものだ。
「あら、あれはただの余興ですわ。それより……殿下。そんなところで突っ立っていないで、こちらへいらしたら?」
イザベラは扇——ではなく、魔導式の精密ドライバーを指先で弄びながら、隣の椅子を顎でしゃくった。
カイルが言われるがままに座ると、イザベラは不意に身を乗り出し、彼のネクタイを指先でクイと手繰り寄せた。
至近距離で、彼女の瞳が妖しく光る。
「私を顧問に迎えたのは、単に私の頭脳が惜しかったから……だけではありませんわね? 貴方のその、隠しきれない独占欲が、私の魔導センサーにビンビン響いていますの」
「……っ。気づいていたのか」
「ふふ、馬鹿にしないで。私は悪役令嬢ですのよ? 人の欲望や裏の顔を見抜くことに関しては、そんじょそこらの聖女様よりずっと年季が入っていますわ」
イザベラは、カイルの困惑したような、けれど熱を帯びた視線を存分に楽しむように、わざと意地悪く囁いた。
「どうしますの? 私を受け入れるということは、この先一生、私の気まぐれに振り回され、私の実験材料にされ、私の派手な浪費に付き合わされるということ。……貴方の穏やかな王子様生活は、今日この瞬間に終わりますわよ?」
カイルは観念したように息を吐き、彼女の腰にそっと手を回した。
「今更だよ、イザベラ。君に追放を言い渡したあの家を、君と一緒に地獄へ叩き落とした時から、僕の平穏なんてどこにもない。……むしろ、君に振り回されるくらいが、僕にはちょうどいい刺激なんだ」
「……あら、重症ですわね。変態さんかしら?」
「君がそうさせたんだろ」
カイルがそのまま唇を重ねようとすると、イザベラはそっと彼の手の甲に、冷たい”何か”を押し付けた。
「っ? これは……指輪か?」
「私の新作、『心拍数連動型・愛の拘束具』ですわ。貴方が私以外の女性に見惚れたり、嘘をついたりすれば、たちまち指輪が締まって警告音が鳴り響く優れものですの。……どうかしら、カイル様? 殿下自ら、私の最初の被験者になってくださる?」
カイルは、指に嵌められた妖しく輝く魔導指輪と、愛しそうにそれを見つめる”最愛の悪役”の顔を交互に見た。
普通の男なら逃げ出すような状況だが、彼はこらえきれずに吹き出した。
「はは……! さすがだ、イザベラ。最高の贈り物だよ。……ああ、本当に、君を追い出した奴らの気が知れない。こんなに楽しくて愛おしい女性を」
カイルは指輪の嵌った手を掲げ、彼女の指先に誓いのキスを落とした。
「謹んでお受けしよう。君の愛という名の、一生解けない呪いを」
「ええ、せいぜい覚悟してくださいな。……私の幸せは、どこまでも派手で、貴方を巻き込んで止まらないんですから」
イザベラは満足げに目を細め、今度こそ、カイルの首に腕を回してその愛を受け入れた。
工房の片隅で、試作中の魔導具たちが、二人の門出を祝うようにチカチカと小さな火花を散らしていた。
◇〜エピローグ:悪役令嬢は止まらない〜◇
現在、王都で最も有名なのは、どの公爵家でも、どの姫君でもない。
”元悪役令嬢の天才開発者”イザベラだ。
彼女の周りには、常に新しい発明品と、それを求める人々、そして彼女を心から慕う──そして時々振り回される──カイル王子の姿がある。
かつての公爵邸跡地に建てられた【イザベラ魔導記念館】の入り口には、彼女の座右の銘が刻まれている。
『人生最大の復讐とは、自分を捨てた奴らが後悔で歯噛みするほど、最高に派手で、自由で、楽しい人生を送ることである』
イザベラは今日も、工房で怪しげな光を放つ魔石を手に、子供のような笑顔で笑っている。
その輝きは、どんな高価な宝石よりも、ずっと派手で美しかった。
〜〜〜fin〜〜〜
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興味を持って頂けたならば光栄です。
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ブクマ頂けたら……最高です!




