第73話 刻印
東京ダンジョン管理局・医療区画。
カイ・シノハラは床を拭いていた。
モップが止まる。
廊下の奥。
担架が運ばれてくる。
人間だった。
だが身体が崩れていた。
腕の一部が透明になり、
指がノイズのように揺れている。
【SYSTEM LOG】
【Human Integrity : Corrupted】
医療スタッフが叫ぶ。
「急げ!」
「崩壊が進んでる!」
リサ・カミシロが眉をひそめる。
「……何これ」
カイが患者を見る。
手首。
そこにあるはずのものがない。
清掃員刻印。
リサが気づく。
「刻印がない」
ナカニシ・コウイチが腕を組む。
「無理やり消したな」
最近、裏社会で流行っていた。
刻印除去施術。
清掃員は身体にバーコード刻印を持つ。
それは
・身分証明
・権限管理
・バグ耐性
すべてを兼ねている。
だが一部の清掃員が嫌がった。
「管理されたくない」
「自由になりたい」
闇医者が言う。
「刻印を消せば普通の人間に戻れる」
結果。
この状態だった。
患者の身体が揺れる。
胸が一瞬消える。
再表示。
【SYSTEM LOG】
【Identity Anchor : Lost】
カイが言う。
「刻印は」
「人体の参照点です」
ナカニシ。
「消したら座標失う」
リサが吐き捨てる。
「身体ごとバグるのよ」
患者の声が震える。
「……戻して」
だが遅かった。
刻印は一度消えると戻らない。
身体が崩れる。
腕が粒子化する。
医療スタッフが止まる。
沈黙。
ナカニシが低く言う。
「自由の代償や」
カイは床を拭く。
崩れたデータを回収する。
【SYSTEM LOG】
【Human Data : Archived】
リサが小さく言う。
「刻印って」
「守るためでもあったのね」
カイは掃除機を背負う。
「人は」
「見えない仕組みで支えられています」
【SYSTEM LOG】
【Cleaning Complete】
廊下には、
消えた刻印の跡だけが残っていた。




