第4話 用務員室
東京ダンジョン管理局の地下。
一般職員用エレベーターでは辿り着けない階層に、用務員室はある。
古びた扉の前で、カイは一度立ち止まった。
「……今日も、ですね」
カードキーを通すと、低い電子音と共に扉が開く。
中は薄暗く、蛍光灯が一本だけ、心許なく点いている。
壁際にはロッカー、工具棚、そして――掃除機の充電スタンド。
虚無を喰らう竜が、静かに待っていた。
「お疲れさま」
先に戻っていたリサが、椅子に腰かけたまま言った。
脚を組み、保護メガネを外している。
「お疲れさまです」
カイは背負っていた掃除機を外し、スタンドに接続する。
カチリ、と確かな感触。
【充電開始】
システムログが、淡く空中に浮かんだ。
「今日の核、何個?」
リサが何気なく尋ねる。
「……第七層で三つ、第八層で一つ。合計四つです」
「ふーん」
リサは自分の端末を操作し、数字を入力する。
「……あたしは五。勝ちね」
「さすがです」
「当たり前でしょ」
そう言いながらも、どこか満足そうだった。
しばらく、充電音だけが室内に響く。
用務員室は、いつもこうだ。
戦闘の喧騒も、探索者の視線も届かない。
ただ、仕事の終わりだけがある。
「ねえ」
不意に、リサが口を開いた。
「……あんたさ」
「はい」
「なんで、続けてんの?」
カイは少し考えた。
「……掃除、好きなので」
「はぁ?」
「汚れてると、気になるんです」
それだけ、と言うように肩をすくめる。
リサは一瞬、言葉に詰まったようだった。
「……変なやつ」
「よく言われます」
リサは小さく鼻を鳴らし、視線を逸らす。
「……でも」
ぼそりと、続けた。
「今日の第八層、あんたがいなかったら、面倒だったわ」
「そうですか?」
「……そうよ」
また沈黙。
やがて、ログが更新される。
【本日の清掃記録 登録完了】
【世界修正率:0.0041%】
ほんの、誤差のような数字。
それでも、確実に増えている。
「……増えましたね」
カイが言うと、リサは肩をすくめた。
「誤差よ、誤差」
「それでも……」
カイは充電中の掃除機を見た。
「放置よりは、いいです」
リサは何も言わなかった。
しばらくして、立ち上がる。
「じゃ、あたしは先に帰る」
「お疲れさまでした」
扉の前で、リサは一度立ち止まった。
「……あんた」
「はい?」
「明日も来なさいよ。サボったら許さないから」
「分かりました」
満足そうに頷き、扉を開ける。
「……別に、寂しいとかじゃないんだから……にゃん」
小さく呟いて、リサは出ていった。
用務員室には、再び静寂が戻る。
掃除機の充電ランプが、淡く光っている。
「……明日も、ですね」
カイはそう言って、椅子に腰を下ろした。
世界は今日も、少しだけ――綺麗になった。




