第3話 リサ・カミシロ
東京ダンジョン第八層。
天井の高い空洞に、鋭い羽音が反響していた。
「……飛ぶのは反則だと思うんですけど」
カイはモップを構えたまま、上空を見上げる。
岩壁を蹴り、旋回する影――バグモンスター《グリフォン》。
紫色のノイズをまとい、完全にバグ化している。
翼を広げた瞬間、突風が吹き荒れた。
「くっ……!」
突きも薙ぎも届かない。
バケツの浄化水を投げても、空中では意味を成さない。
そのときだった。
「――はっ! なにその顔。まさか“届かない”とか思ってる?」
高笑いが、天井に響いた。
「……リサさん」
岩陰から姿を現したのは、黒髪ショートに保護メガネの少女。
リサ・カミシロ。
手にしているのは、どう見ても子供用の水鉄砲だった。
「ちょっとカイ。あんたさぁ」
彼女は肩に水鉄砲を担ぎ、にやりと笑う。
「グズはそこで指でもしゃぶって、黙って見ときなさいよ」
「い、いえ……指はしゃぶりませんけど」
「うっさい」
リサはトリガーに指をかけた。
「さて……掃除の時間ね」
次の瞬間、水鉄砲が銀色に輝いた。
外殻が剥がれ落ち、姿を変える。
散弾銃。
「《ピュリフィケーションブラスト》、通常モード」
ドンッ!
轟音と共に放たれた液体の散弾が、空を切り裂く。
グリフォンの右翼に直撃。
ジュワァァァ!
紫ノイズごと、装甲が溶け落ちた。
「ギィィィッ!」
バランスを崩したグリフォンが、低空へ落ちる。
「逃がさないわよ」
リサはダイヤルを回した。
「薬品切り替え……液体窒素」
再び発砲。
今度は白い霧が炸裂し、翼が一瞬で凍りついた。
「……今です」
カイがモップで地面を叩く。
水の輪が広がり、落下地点を拘束する。
「仕上げるわ」
リサの目が細くなる。
「王水、全開放」
ドン、ドン、ドン!
連続発射。
凍結した体に腐食性の液体が染み込み、内部から崩壊していく。
グリフォンは断末魔を上げる間もなく、地面に叩きつけられた。
「はい、終了」
リサが顎で示す。
「カイ、核」
「はい」
掃除機が唸り、胸部から核を引き抜く。
紫の光が吸い込まれ、完全消去。
静寂が戻った。
「……すごいですね」
思わず言うと、リサは鼻を鳴らした。
「当たり前でしょ。あたしを誰だと思ってんの?」
少しだけ顔を背けてから、付け足す。
「……まあ、あんたのモップ拘束も、悪くなかったけど」
「ありがとうございます」
「べ、別に褒めてないし!」
そう言ってから、ちらりとこちらを見る。
「……怪我、してない?」
「はい。おかげさまで」
「……ふん。ならいいわ」
水鉄砲――いや、ショットガンを肩に担ぎ、歩き出す。
「次もあるわよ。もたもたしないで、ついてきなさい」
「了解です」
リサは小さく舌打ちし、ぼそりと呟いた。
「……別に心配なんかしてないんだから……にゃん」
その背中を、カイは静かに追いかけた。




