第38話 存在証明
最初に異変に気づいたのは、探索者だった。
「……なあ」
東京ダンジョン・中層。
剣を構えた男が、目の前の“何か”を指差す。
「そこに……何か、いるよな?」
誰も答えなかった。
理由は単純だった。
見えているはずのモンスターに、 攻撃が一切当たらない。
剣はすり抜け、 魔法は素通りし、 スキルは空振る。
【SYSTEM LOG】
【Concept Error Detected】
【Entity Status : Undefined】
「……当たらねぇ」 「いや、そもそも本当にいるのか?」
探索者たちの視線が揺らぎ始める。
「幻覚じゃないのか?」 「俺たち、疲れてるだけだろ」
空気が崩れた。
“存在しているもの”が
“存在しないもの”として処理されている。
【SYSTEM LOG】
【Entity Recognition : Failed】
カイ・シノハラは、一歩前に出た。
「概念バグです」
誰もこちらを見ない。
全員が、自分の認識を疑い始めていた。
「対象は存在しています」
カイはモップを構える。
「ただ、世界が“いないこと”にしています」
探索者の一人が叫ぶ。
「じゃあどうすりゃいいんだよ!」
カイは答えなかった。
代わりに。
モップを、空間に叩きつけた。
バシッ。
何もないはずの場所で、 鈍い衝撃音が鳴った。
空気が歪む。
【SYSTEM LOG】
【Physical Contact Confirmed】
「……ほら」
カイは淡々と告げる。
「ここにいます」
さらにモップを振る。
床に、壁に、空間に。
まるで見えない輪郭をなぞるように。
汚れを拭き取る動作で、 “存在”を書き込んでいく。
【SYSTEM LOG】
【Existence Flag : Writing】
モンスターの輪郭が、 ノイズ混じりに浮かび上がった。
「見え……た!」
黒い塊が実体化する。
悲鳴を上げるモンスター。
【SYSTEM LOG】
【Entity Status : Materialized】
その瞬間。
リサ・カミシロが前に出た。
「はい、現実にお帰り」
化学散弾。
バァン。
胴体が溶解。
探索者たちも我に返る。
「今だ!」 「本体が出たぞ!」
集中攻撃。
数秒後、モンスターは完全に崩壊した。
探索者たちは、膝に手をついて荒い息を吐く。
「……存在、してたんだな」 「信じられなかった」
カイはモップを洗いながら言った。
「見えなくても」
「触れなくても」
「汚れは、あります」
「だから掃除が必要なのよ」
【SYSTEM LOG】
【Concept Bug : Resolved】
【Cleaning Complete】
探索者たちは、ようやく理解した。
魔法よりも。 剣よりも。
清掃員の“現実修正”の方が、 よほど強いということを。




